トリあえず
浅川さん
トリあえず
僕の目の前にはパイプ椅子にロープで縛り付けられた人物がうなだれるように座っている。
どうやら意識を失っているようだ。
僕は数十数のクラッカーを取り出し、すべて同時に紐を引いた。
連続する破裂音、火薬の匂い、飛び散る紙吹雪。これだけの数を一度に鳴らせば、もはや暴力と言って過言ではない。
引っ張った僕も相当びっくりしたが、縛られていた人物は絶叫を上げながら慌てて立ち上がろうとし、バランスを崩して前のめりに椅子ごと倒れた。
「な、なんだぁ!?!?」
目をしばしばさせ、痛みに耐えつつそう言うので、僕は彼の顔を覗き込んだ。
「いえーい、ハッピーバースデー」
僕の声を聞いて彼は愕然とする。
「君は………どうしてここに………」
怯えた表情でそう尋ねるので僕はピースサインをする。
「びっくりするかなって思って。サプラーイズ」
僕がそう言うと、彼は涙を流し始めた。
「ええーそんなにうれしい?やってよかったなあ」
僕は彼をそのままにしてキッチンへ向かう。冷蔵庫にはとっておきのバースデーケーキが入っている。
「君の望みはなんだ!」
彼が床に転がったまま、少し震えた声で叫ぶ。
「いや、だから誕生日おめでとうってだけさ。ほら、ケーキもあるよ」
僕はケーキを掲げて見せる。
「じゃあ、どうして私は縛られているんだ!」
「それは日ごろの恨み」
僕が真顔で言うと彼はこの世の終わりというような表情をした。
「ほら!やっぱり!」
「まあ、まあ、落ち着いて。ほら、カフェインマシマシのブラックコーヒーだよ」
僕が真っ黒な液体が充填された極太シリンジを見せると、彼はより一層激しく暴れ始めた。
「よ、よせ、そんなもの摂取したら、今夜眠れなくなってしまう!」
「それが目的さ。さあ、不眠の世界へようこそ」
彼の口を無理やり開き、シリンジでのどの奥に直接コーヒーを流し込む。
「がぼぼぐぼがぶぼ!」
彼は抵抗して吐き出そうとするが、僕はシリンジをぐいと押し込む。彼の意志とは関係なく胃に直接コーヒーを流し込んだ。最近出たカフェインマシマシコーヒーの中でも最強と噂のサントリー「キラーコーヒー」をチョイスした。
「ははは!大丈夫かい?さあ、立つがいい」
僕が縄をほどいてやると彼は苦しそうに呻きながら立ち上がった。
「く、くそ、なんてことを。そんなに私が憎いか!」
彼がそう言うので僕はポケットから手帳を取り出す。ここには彼から受けた苦しみが列挙されている。
「えーと、まず、今月期限切れで没収されたリワードが51でしょ」
「それはしかたないだろ!」
「あと、カクコンの1次選考落ちたでしょ」
「それも君の技量の問題だ!」
「あと、KAC2024で変なお題で書かされたでしょ」
「自由参加だろ!」
「でも、トリあえずってお題は卑怯だわ。どうしてトリをカタカナにしたんだ?ひらがなでも良かったよなぁ?」
「う、それは………」
「カクヨムにおいてトリと言えばあんたしかいねーよなぁ。なあ、トリさんよ」
僕の言葉で彼………トリはびくりと震えた。
「こんなお題出されたら、とりあえず書くしかねーよなぁ!」
ぐいとトリに顔を近づけると、彼は顔をそむける。
「………本当は書いて欲しかったんだろ?自分のことを」
「そ、それは………」
トリは言いよどむが、構わず続ける。
「僕はあんたら運営のコマじゃねえ。だから出されたお題にはとことん逆張りしてきた。期待を裏切ってきた!だけどなぁ、今回だけは書いてやるよ」
僕はモバイルキーボードを構える。
「僕たちユーザーにとっての、とっておきのハッピーエンドってやつをなぁ!!」
僕の気迫にトリは後ずさる。
「く、馬鹿な。君は三流ユーザーのはずだ。そんなペラペラなキーボードで何も出来はしない!」
トリも懐からスマホを取り出す。背面にはトリのスマホリングが装着された特別仕様だ。
「僕のキーボードを馬鹿にするなぁ!!」
二人が動いたのは同時だった。
僕のキーボードとトリのスマホが交差する。
一瞬の間の後、へニャリと垂れ下がったのは僕のキーボードだった。
「うわああ!僕のキーボード!」
「………ふ、私はカクヨムの運営であり、管理人。この場において、私に勝てるものはいない」
トリが乱れた髪を整えながら立ち上がる。
「くそ。だが、ハッピーエンドを書いて悲しむやつはいないはずだ!みんな、僕に力をくれ!」
僕はへにゃったキーボードを空に向かって掲げた。
すると、どこからともなく赤い物体がキーボードに集まり始めた。
「これは………
「そうだ!こいつがある限り、僕は、僕たちは何度でも蘇る!」
キーボードを正面に構える。いつの間にかキーボードは巨大な万年筆の形に変わっていた。
「応援とレビュー、いつもありがとうございます!!!!」
僕は万年筆を振り下ろした。
その先端が僕とトリの間に置かれていたケーキをちょうど半分に両断する。
僕とトリは顔を見合わせた。
「………とりあえず、ケーキ食べるか」
「………そうですね」
[ HAPPY END ]
「あ、でもトリの分はねーから」
「私の誕生日なのに!?」
トリ和えず、完
トリあえず 浅川さん @asakawa3
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