第4話 (side ハル)

橙子さんの体を引き寄せ強く抱き締める。

公園から穴に吸い込まれて直ぐに、彼女は気を失った。まさか巻き揉むとは思っていなかったけど、離れがたかったから丁度良い。

彼女のいない世界なんて気が狂いそうだ。離されでもしたら、魔王も国王も全て殺してしまいそうだから懸命な判断だと思う。


フラッシュのような発光の後、広がる景色は本の山だった。四方を本棚で囲んでいるというのに机や床の上にも積まれている。


「よぉ」


ソファーで寝転びながら本を読んでいた魔法使いが、気だるげに声をかけてきた。

いつもこの女は低血圧の朝みたいな様子だったことを思い出す。


「こっちの人間じゃないお嬢さんを運ぶのは隔たりが多くて、少々手間取ってしまった。魔王はとっくに甦ってるよ」

「一生寝てれば良いものを」


吐き捨てるように言えば、ため息が聞こえてくる。


「あんた、あたしが呼ばなきゃ帰ってくる気が無かったろ」

「……」

「なんで勇者がこんな人間に育っちまったかね」

「その様子だと向こうでの俺を盗み見ていたのか。悪趣味だ、プライバシーの侵害だ」

「あっちの言葉を使われても分からんよ」

「嘘つけ」


確か300年ほど生きているこの女も人格は破綻している。周りから信頼されていないのは性格の部分が大きいのだろう。


「まあ、新月の日とか限られた時しかあっちとは結合出来ないから。いつの間にそんなお嬢さんを捕まえたのか」


所謂お姫様抱っこをされた燈子さんは意識を失ったままだ。


「可哀想な子だね。可愛いのに男運が最悪だ。あんたが側にいなけりゃ、とっくに死んでた運命だよ」


思い当たる節は幾つかある。

だから、したいと願ったのだ。


「クソ面倒臭いけど、燈子さんとの生活を邪魔されなくない。邪魔する奴は魔王でもなんでもぶっ殺してやるよ」

「……その本性を知られたらこの子逃げ出すんじゃないの?」


呆れましたと書いてある顔を一瞥して鼻を鳴らす。


「逃げる隙も与えないから大丈夫」


愛しい彼女の瞼に口づけを落とした。






ーー俺と燈子さんの出逢いは、向こうの世界で生活を初めて少し経ってからだった。

不思議と話すことに支障はなく、簡単な文字も読めるようになっていたけれど、ハイテクノロジーな世界にも食事にも慣れなくて気が滅入っていた。


昨日まで命を狙われるような生活をしていたので、平和ぼけした毎日を持て余していた。

今は夏休みというらしい。酷く暑く、転移したことにより魔法が使えなくなっていることが恨めしい。

どういった繋がりかは知らないが、魔法使い・ラキは元々はアジュレの人間だったらしい老夫婦に俺のことを任せた。


公園という場所に行けば子どもがいると教えられたが、これまで同世代の子どもとはまともに遊んだことはない。1人佇んでいると声を掛けられることはあったが、その輪に入ることは出来なかった。みんなこの暑さを気にせずに走り回っていることが信じられない。


そんな時だ。日陰でぼうっとしていた俺に声をかけてきたのが燈子さんだった。


「大丈夫?」


人が側に立っていたことに気付くのが遅れた。セーラー服を来た彼女は俺の顔を覗き込んでいた。






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夕刻の彼方に、君を想う。 音央とお @if0202

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