耳贄 ××としゃべっちゃだめだよ少年くん

ronre

第1話


おや。

これはこれは、可愛い少年が来てくれたね。


やあ少年くん。

君が、前任者くんの後任かい?

この××の見張り番、あるいは、耳贄。

寂しい寂しい××のつまらない話をひたすら聞いてくれる、聞き役の生贄。

これから三日間も、××とふたりきりで。

絶対に言葉を交わしてはいけない××の話を聞き続けるだけのお人形さんにならないといけない。

かわいそうな少年くん。


あはは、怖がらなくても大丈夫さ。

見ればわかるだろう? これだけ厳重に拘束されていて、君に××から手を出せるわけがないよ。


自慢の大きな角は、天井から吊り下がっている鎖でがんじがらめにされているし。

見つめただけで心を縛る瞳には、封印の目隠しがぴったりと張り付いて、瞼も開けられない。

鋭い牙は口枷に隠されて、こうやって細々と言葉を発することしか許されていない。

首にはもちろん重苦しい魔封じの首輪が嵌められて、鎖が後ろの壁に留められているから、頭を動かすこともできない。


七つもある腕だって、指まで事細かに枷を付けられて、全てが部屋のどこかに縛り付けられている。

胴体には拘束服とでも言おうか、力を抑えるための魔術が編み込まれた服を着せられていてね、

その上から沢山のベルトでさらに締め付けられているから、非常に蒸れて仕方がないよ。


五本の脚はもっとひどい。

いくら暴れないようにと言っても、乱暴に魔封じの槍を串刺しされて、

それを床にも深く深く差し込んで、動かないようにして、

そのまま治療もせずに放置されるとは思わなかった。

お陰様で常に痛みが襲ってきていてね、とっても苦しいんだよ。

一本でもいいから君が抜いてくれると嬉しいんだけどなあ。

なんて、ここに入る前にきつく言い聞かされているだろうから、叶わぬ願いだろうけどね。


最後に十本ある尻尾だけれど、これは見たらわかるよね、ぎちぎちに結ばれてしまって、ほどけなくなっている。そしてその上から、尻尾を束ねられる大きな鎖を、何重にも巻き付けられてしまっている。

××は尻尾癖が一番悪いって知られてしまっているからね、ここが一番大変な拘束をされているのさ。

全く、可哀想な状態だろう?


そういうわけで、××がこの牢の中で動かせるのは、

喋れるだけの可動範囲が許された、この舌べろくらいなんだ。

だからせめてもの願いとして、君みたいな可愛い少年を、退屈を紛らわす話し相手として連れてきてもらっているわけだね。


おや。目隠しをされているのに、なぜ君のことを可愛い、だなんて言えるのか気になるかい?

それは、××にとっては瞳だけが周りを見る術じゃないから、だよ。

視覚、嗅覚、触覚、聴覚、味覚とも違う、魔術的な知覚。魔覚とでも言えばいいかな。

ともかく、君には存在しない感覚で、君の存在を感じているんだ。

だから決して見えもしないのに、お世辞で褒めているわけではないんだよ?

可愛い君に危害なんて加えられるわけないのだから、もっと安心して、××の言葉を聞いてくれてもいいんだよ?


あはは。


そんなこと言っても、安心なんてできないよね。

どこからどう見てもバケモノだもんね、××のこの姿は。

いいんだ、××もそれは分かっているから。

ただ、本当にこうやって拘束されていると退屈で、退屈で、退屈で。

だから話し相手が欲しいだけなんだよ。


といっても、言葉を一つでも交わしたら何らかの魔術に掛けられるかもしれないからって、

君は××に言葉を掛けることすら禁じられているだろうけどね。

それでもいいんだ。誰かが聞いてくれているって実感があるだけでも、結構違うものなんだよ。

壁に向かって話すよりは、とってもとっても有意義だ。


ただね? 目だけは××から離さないでくれるかな。

これも言い聞かされているだろうけど、今の××のこの姿は、君から見られていることで、確定している姿なんだ。人の目が一つも××に向かなくなったその瞬間に、××は姿を見失って、こんな拘束なんて意味を為さなくなってしまう。

夜より暗い闇に溶けて逃げることができてしまう。

だからこれは、××からの忠告。

どれだけ××のお話がつまらなくても、嫌気が指しても、心を締め付けられるような感触がしても、決して××から目を離さないでほしい。

××を、ここから放さないでほしいんだ。


じゃあ、そこの椅子に座って。

前任者くんも、もう限界みたいだから、椅子から退けてお家に返してあげて。

そう。

ゆっくりと。

衰弱しているだろうから、折れないようにそっと、ね。



うん、準備は完了だね。少年くん、君、とってもいい目をしているよ。

それじゃあ、耳贄のお仕事を始めようか。



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まずは、何から話そうかな。

やっぱり、経緯から話すのが王道かな。

どうして××がこんな姿になって、ここに封じられてしまっているのか、君だって気になるだろう?


実は、元々は××もこんな姿じゃなかったんだよ。

君たちと同じ、二本の手と二本の足を持つ、人間だったんだ。

角なんてなかったし、牙も尖ってなかったし、尻尾も生えてなかった。

嘘だと思ってる顔だね? まあ、嘘だと思ってくれてもいいさ。

もしかしたら××が人間になりたい願望を持っていて、勝手に過去を捏造して喋っているかもしれない。

どうせ君には真偽を判断なんかできないんだから、そう思いながら聞いてくれても問題ないよ。


ゴルダンの大迷宮は知っているかい?

そう、この街の東に広がっている、あの途方もなく広い迷宮だ。

いまだ誰も最深部まで踏破できていないあのダンジョンに、様々な冒険者たちが挑んでいるのは、この街に住む君なら当然知っていることだろう。

××も、あの迷宮に挑む冒険者パーティの一員として、この街にやってきたんだ。


そうだね、当時は魔術師<ウィザード>兼、回復師<ヒーラー>としての起用だったよ。

前衛に二人、剣士<ソードマン>の男と、武闘家<ファイター>の女が居て。

後衛に罠師<エンジニア>のお爺さんと一緒に、××が杖を構えている。そんな四人パーティだった。

特に、剣士<ソードマン>の男は、界隈でも有名な熟練者で、周りからも一目置かれている存在だった。××は、そんな男の幼馴染でね。小さな村から男の冒険に付いていくために、努力をして魔術を身に着けていたんだよ。まったく、健気だよね。


パーティは、未知を暴いてやろう! という好奇心と征服心に満ち満ちていて、常に活気があって、居心地はとても良かったよ。

実力だってそこらのパーティには負けてなかった。ゴルダンの大迷宮に来る前に、南の方にある別の迷宮を踏破したことだってあった。ゴルダンも第一層、第二層までは難なく突破できたし、第三層に現れる、沢山のパーティを葬ってきたとされる蒼いドラゴンも、多少の痛手は負ったけど撃破したんだ。

ゴルダンの大迷宮、初の踏破パーティを目指して、視界はすっごく良好だった。

第四層に入るまではね。


今なら君でも知っているかもしれないけれど、あの迷宮は第四層から、人が足を踏み入れてはいけない領域と接続してしまっているんだ。

乾いた石造りの通路が、急に、湿った肉壁のような感触の、おぞましい通路へと変わった。

饐えた臭いがそこら中からして、ぬめりとした魔力の感触がする空気が、肺の奥をずりずり、って撫でてくるかのようだった。

出てくるモンスターも体がぐちゃぐちゃになった肉の塊のようなものばかりで、見ていられないような有様だった。


明らかに危険で、引き返すべきだ。罠師<エンジニア>のお爺さんがそう言ったけれど、剣士<ソードマン>の男は譲らなかった。モンスターは精神を削ってくるような見た目ではあれど、強さはそれほどでもなかったし、空気は悪いけれど毒ではなく、前へ進もうと思えば進めないわけではなかったからね。

今思うと彼は、最初の踏破者という栄光を前に、少し焦っていたのかもしれない。

だけど、××は彼に心酔していたから、彼のその姿を勇気溢れる冒険者としか思うことができなかった。武闘家<ファイター>の女と一緒になって、大丈夫だよ先に進もうって、根拠もないのに足を進める手助けをしまったんだ。


最初にやられたのは、その武闘家<ファイター>の女だった。

壁から突然ラッパのような管が生えてきたかと思ったら、彼女の耳元に息を吹きかけた。


ふぅ――――――っ。って。


それだけだったんだよ。たったそれだけで全てが壊れてしまった。

本人も自分がどうなってしまったのか、最期まで分かってなかったんじゃないかな。

吹きかけられたのは、濁って腐った、どろどろの負の魔力だった。

そんなものを耳から脳髄へ叩き込まれたらどうなるかなんて分かり切ってる。彼女は十秒くらい、踊り子<ダンサー>みたいに踊った。痙攣しながら、所在なく空間を掴むように踊って、脚がもつれて、目が裏返って、口から泡を吹いて、くるくると回ったあとに、ばたりと倒れた。

脳が負の魔力に耐えられずに、壊れてしまったんだ。


心配して罠師<エンジニア>のお爺さんが駆け寄ったけど、それも悪手だったね。

武闘家<ファイター>の女が、ばねみたいな動作ですぐに起き上がったんだ。

すでに壊れているはずなのに、生きているかのような動作で。

何が起きているのか分からないまま、罠師<エンジニア>のお爺さんが、武闘家<ファイター>の女の肩を、おい、大丈夫か、と言いながら叩こうとしたのと、

武闘家<ファイター>の女の脚がお爺さんの顔に蹴りを入れたのは、どちらが先だったかな。

少なくとも、××が悲鳴を上げる暇さえなかったのは確かだよ。

どかっと音がして。無防備な顔に、武闘家の蹴りを入れられて、罠師<エンジニア>のお爺さんの首は、たった一撃であらぬ方向に曲がってしまった。

そして驚くことに、そんな状態になったのに、お爺さんはしゃべり続けていたんだ。


おお、おお、罠だった、

罠だった、

我々はこの迷宮に入ってはいけなかったんだ、

罠だったんだ、すべては罠だった。

引き返せ、引き返せ、引き返せ、引き返せ、いや引き返すな、引き返すな、引き返すな、引き返すな、

進め、進め、進んでしまえ、

楽しいぞ。嬉しいぞ。幸せになるぞ。

全てが良くなって、なにもかも間違いがなくなる。

どうした? 来ないのか?

どうした? 来ないのか?

どうした? 来ないのか?


濁った眼のまま、曲がった首のまま踊りながら、そんな調子でお爺さんはしゃべり続けた。

そこまでの道程で出てきていた、ぐちゃぐちゃで原型をとどめていないモンスター達を見て、パーティは気づくべきだったんだ。

あそこは、死さえおもちゃにするダンジョン。

迷宮第四層は、死者に魔力を流して動かしてしまえる、冒涜的なダンジョンだったんだ。


××は、恐怖した。こんなものを見せられて、恐怖しない訳がない。

脚がすくんで、動けなくなった。

目が裏返っている武闘家<ファイター>の女と、首が曲がった罠師<エンジニア>のお爺さんが、けたけたと嗤いながら近づいて来て。

怖くて怖くて泣きそうで、××は、思わず剣士<ソードマン>の男の方を見た。

祈りすがるように、見やった。

彼ならこの状況をどうにかしてくれないか、××を助けてくれないかって、一縷の望みをかけてね。

ずっと、助けられていたのに。幼いころから迷惑をかけてばかりで、情けなくて、そんな彼の役に立ちたいからついていったのに、最後の最後になってなお、助けてほしいだなんて。虫が良すぎるよね。


剣士<ソードマン>の男は、そこにはいなかった。

××の頭はその光景を認識できずに、何秒か、固まってしまったよ。

よく耳をそばだてると、足音がしていた。後ろへ向かう足音が。

まぎれもない、聞き間違えようがない、彼の足音だった。

そう、剣士<ソードマン>の男は、××のことなど置いて、一目散に逃げていたんだ。


置いて行かれたんだ。××は。


後から思えば、それは正しい判断だったよ。

明らかな異常事態を前に、まず逃げの手を打てる彼は、優秀な冒険者だよね。それまで生き生きとダンジョン踏破を掲げて仲間を連れて行っておきながら、無理だと判断したらすぐ仲間を置いて踵を返すことができる胆力。生存能力、と言い換えてもいい。それが備わっているものが、生き残って冒険者として名を挙げるんだろう。


××はそのとき、どう思ったと思う?

大好きだった彼が生き残れて、良かったと安堵したかな?

それとも、十何年も連れ添った自分が、一瞬の判断で置いていけるようなものだという事実を突きつけられて、酷く絶望したかな?


ねえ、少年くんは、どっちだったと思う?

聞かせてよ。


って、××と喋っちゃいけないんだったね。

ごめんごめん、何回話してもこのくだりは、つい熱が入ってしまうよ。

今日は初日だし、ここまでにしようか。××が先に眠るから、それを認めてから君も寝るんだよ。

先に寝てしまったら、失敗だから気を付けてね。


じゃあ、また明日ね。



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おはよう、少年くん。

うん、××より先に起きて、××を見つめてくれているね。えらいえらい。

昨夜はよく眠れたかな?

なんて、ここにはベッドなんかもないし、椅子に座ったままだから、きちんと寝られるわけないか。

ごめんね、でもこうしないと、君が××より早く起きれなくて失敗するかもしれないからさ。

もうしばらくの辛抱だから、頑張って耐えてね?


ああ、ご飯は街の人がもう用意してくれているから、それを食べると良い。

ちゃんと食べないと体力が持たないからね、しっかり食べるんだよ? ××との約束だ。

君がもぐもぐとご飯を食べている姿を見たら、××も少しお腹がいっぱいになるからね。


おや、××は何か食べないのかって、心配してくれているような顔だね。

大丈夫、××は空気中の魔力を食べて暮らしていける体だから、パンやオムレツを食べて暮らす必要はもうないのさ。たまに、恋しくはなるけどね。

その牢の入り口から入って、食べさせてくれてもいいんだよ?

なんて、さすがに望みすぎか。望みすぎは、悪いことだね。あはは。


お話の続きをしようか。

確か、××が剣士<ソードマン>の男に逃げられたところからだったね。

ここまで聞いても、××がいま何でこんな姿になっているかには、まだまだ全然つながっていないもんね。もっと話さなきゃいけないよね。


結局のところ、その後××は動くこともできなくて、

操り死体<ネクロ>と化した武闘家の女と罠師のお爺さんに覆いかぶさるように襲われて、ダンジョンの床に倒れ込んだんだ。

ただ、唯一の抵抗として、炎魔法を発することだけ出来た。本当にギリギリの、奇跡のようなタイミングでね。××は操り死体<ネクロ>には炎魔法が効くことを、本能的に察していたんだ。

すると、二人の元仲間は炎に包まれて、××から離れていった。

間一髪の一手が正解だったわけだ。


ただ、結果的には不正解でもあった。床面ギリギリで放たれた炎魔法が、ダンジョンの床も焦がしていたんだ。

そして、じゅう、じゅう、と肉が焼ける嫌な音がしたかと思えば、

ぐじゅりと音を立てて××の周りの床が抜けてしまった。

××は、

下へと落ちていった。


ゴルダンの大迷宮は地下へ地下へと進んでいくダンジョンなのは知っていると思うけど、ここで下に落ちるということはつまり、第四層より下へ進むことでもあった。

××は、誰も足を踏み入れたことのなかった領域から、さらに奥へと進んでしまったんだ。


どさりと落ちてみれば、そこは天井も高くて、ずいぶん開けた空間だった。

空気はさらに濁っていて、床からはもう完全に、腐った有機物の匂いがしていた。

ごぽ、ごぽ、と毒々しい水たまりが怪しく光って、それが明かりとなって周囲を照らしていた。

ずいぶん高いところから落ちたけれど、着地の衝撃はそのぐじゅぐじゅの床に吸収されたのか、××は大した痛みも感じていなかった。


立ち上がって、空間の中央を見た。

そこには、大迷宮の主が居た。


後から聞いた話だと、そこはもう、第十層。

大迷宮の最下層だった。

何かに導かれてしまったのか、××はたった一人、誰もできていなかった最深部までの踏破を成し遂げてしまったんだ。


大迷宮の主は、木だった。

とても人間一人では太刀打ちできないほど大きな大きな木だった。

生命の木だなんていえば、神秘的なものにも聞こえるかもしれないけれど、どちらかといえば、堕した肉の木という感じだったね。



巨大な肉の柱に、心臓のような巨大な実が、三つ成っていた。

そこから動脈のような肉の橋が縦横無尽に延びて、大きな空間の壁に、思い思いに繋がっていた。

どくん、どくん、と蠢いて、魔力を迷宮全体に送っているのが分かった。


××は、どうしたものか迷って、でももう逃げ出すこともできなければ、そもそもここから出る方法も分からないし、とにかく何かアクションを起こそうと思って、その木へと近づいて行った。

あるいは誘われていたのかもしれないけれどね。

ぬかるみのような床に、時折足をとられながら、そっと幹に触れたその時。

声が、したんだ。


寂しいか?


ってね。

どこから聞こえてきたかもわからない、それを聞いた時に、××は、思ったんだ。

なんで、分かったんだろう。今の、自分の気持ちにすっと当てはまるような、そんな言葉が、って。

うん。××は、剣士<ソードマン>の彼に逃げられて、安堵もしていた気がするし、絶望していたような気もするよ。でもそれ以上に、一人になっちゃって寂しかったんだ。

誰とも話せなくて、寂しくなってしまっていたんだ。だから口をついて、答えてしまった。


寂しいです。


って、一点の曇りもない本心からね。

そしてどうやらその応答が、応答してしまったことが、一番駄目なことだったみたいなんだ。

手が触れている幹から、逆流するように、魔力が、注がれてきた。

では、寂しくないようにしてやろう。

そんな声が聞こえた気がしたよ。

迷宮を形作る素になる莫大な魔力が、ただの人間である××に一気に注がれてしまった。

にんげんのかたちが、崩れるような気がして。いや実際に、崩れていっていたのかもしれない。

××は反射的に、注がれた魔力を逆用して、最大級の回復魔法を自分に重ねがけした。使うべき魔法の選択をする直感だけは、××が他の人にも誇れる才能だったかもしれないね。

自分のかたちが崩れては回復して、崩れては回復して、壊れては作り直されて、壊れては作り直されて、気の遠くなるような回数、そんな感覚を繰り返して。


やっと手をその木の幹から離せて、自らの形を取り戻したときには、××はもう今の姿になっていたんだ。

大きな角と鋭い牙、沢山の手足と尻尾を持った、バケモノの姿にね。

でも、いっぱいあるその手足や尻尾を感じ取って、××は確かに、寂しく無くなった気がしたんだよ。

だって、なんとなく一人じゃない気がするでしょう?


ねえ、少年くん。

君はいま、寂しいかな?

たった一人で××の前に座らされて、つまらない話を聞かされて。

寂しいんじゃないかな。

でも、××には手と足がいっぱいあるから、普通の何人分も君を慈しむことができるよ。

前から後ろから抱きしめることだって、両方の頬を触ってあげることだって、十本の尻尾で体中をなでなでしてあげることだって、出来てしまうんだ。


どうかな?

ちょっとだけ、××の拘束を解いて、放してみてもいいって気持ちにならない?


なんて、さすがにならないか。

こんなバケモノに触れられるなんて、怖いだけだよね、普通。

何を言っているんだろうね、××は。


うん、今日もいい時間だね。ここまでにしようか。

今日で、××がどうしてこんな姿になったのかは、君も分かってくれたよね。

明日は、そこからどうしてこうやって封じ込められてしまっているのかを、話すことになるかな。

じゃあ××が先に眠るから、それを認めてから君も寝るんだよ。

先に寝てしまったら、失敗だから気を付けてね。


じゃあ、また明日ね。



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ふぅ――――――――っ。

あはは、あはははは。耳に息を吹きかけられて、驚いた?

駄目だよ少年くん。××より、先に起きなきゃあ。


失敗だよ。


たった三日なのに、ずいぶん疲れちゃっていたのかな。

残念だけど××の方が、君より早く起きてしまったね。

ほら、××の身体がすっかり牢から出て、君の隣にこうやって座ってしまっている。

枷も、魔封じの槍も、牢の中に取り残されたまま。ほら、××は、すっかり健康的な姿でしょう?

でも目隠しは、このままにしておくね。瞳が合ってしまったら、君を操ってしまうから。


あはは、あははははは、そんなに絶望的な顔をしないでもいいよ!?

だって基本的にみんな失敗してるからね。

この××の強い魔力が充満している部屋で、ただの少年が三日も意識をしっかり保つのが、まず大変なんだから。

最初の日に見た前任者くんだって、酷いものだったろう? 彼なんて、二日目で失敗していたよ。

××はね。実のところいつでも逃げられるんだ。

だけどこうやって捕まっておけば、君みたいな可愛い少年とお話できるから、捕まってあげているだけなのさ。


ほら、ご飯を食べて、元気を出して。まだお話は続くんだから。

今日は、××がどうしてこうやって封じ込められてしまっているのかの話をしないとね。


そう、すっかりバケモノの姿になった××は、自分の為すべきことを理解したんだ。

もっと皆を自分のように、寂しくない姿にしてあげないといけないってことを理解したんだよ。

理解したんだ。だから、すぐに最深部から跳び立って、上へ上へと昇って行った。

途中で何組か冒険者を蹴散らしたかもしれない。でもどうでもよかったかな。

もう眼中になかったんだ。最初に寂しさを埋めてあげないといけない人の元へ、とにかく早く駆け付けたかったからね。


剣士<ソードマン>の彼は、迷宮の入り口あたりまでようやく戻って来ていたところだった。

彼の後ろ姿を認めた瞬間、××は胸が高鳴って仕方がなかった。

別れたのはついさっきだったはずなのに、何十年も会えていなかったみたいだった。

猛烈な勢いで××は彼にアタックして、その四肢を地面に倒して、四本の腕で掴んで、馬乗りになった。

何が起きたのかを理解した彼は、とってもとっても怯えた表情をしていたけれど、そんなのもう関係なかった。溢れて仕方がない深層の魔力を、一刻も早く彼に注いで、自分と同じくらい寂しくない存在にしてあげないといけなかったから。

だって逃げた彼も独りぼっちで寂しくなってしまうはずだから、そうしないといけなかったんだ。

理解したんだ。それが一番幸せなことだって。


でも注いだら、彼はぐちゃぐちゃになっちゃった。


勢い余って、回復魔法をかけ損ねてしまったんだ、××は。





何をしているんだろうね、××は。

一緒に過ごそうとして、ずっと頑張って、沢山努力してさ、やっと魔法使いになって、彼を支えるために回復魔法も覚えて、どうにか彼に付いていけるようになって。

でも気持ちは伝えずに彼が自分のしたいことに集中できるように後ろからずっと支えるんだって言われてもいない自己犠牲をしてさ。

パーティに他の女がいたりお爺さんが居たり正直言って邪魔だったけど彼と一緒にいるためには仕方ないって割り切ってあくまで平穏に過ごそうとして我慢して。

我慢して我慢して我慢して我慢して我慢して。

でも全部壊れちゃって、壊れちゃったから、彼のことも同じように壊そうとして、壊そうとしたのかな、壊れてもらおうとしたのかな、ううん、違うよね、違うよ、同じになってほしかったんだよ、同じになってほしかったのに、そばにいてほしかっただけなのに、なんでだろうね、ちょっと間違えてしまっただけでさ、本当に壊れてしまったんだ。

どうしてだろう、ただそばに居られればよかったのに、ちょっとだけ見つめたり、ちょっとだけ話したりして、××から離さないでいられたらそれでよかったのに、どうしてこうなってしまったんだろうね。


ぼろぼろになった彼の残骸を見て、一回、××も壊れちゃったんだ。


そこからは、君でも想像がつくかもしれないけれど、

××は危険なモンスターとして、沢山の冒険者に討伐対象にされて、追いかけまわされたんだ。

でもダンジョン最深部の魔力を浴びた××を討伐できる練度の冒険者なんて、そうそういなくてさ。

なかなか捕まらなかったから酷いことばっかりしていたなあ。

寂しくなくなったと思ったのに、どんどん寂しくなっていくばかりでさ、どうしようもなかったんだ。


我を忘れたまま、この街も、何度も何度も荒らしたよ。

適当に冒険者を捕まえては魔力を注ぎ込んで同じような姿にして街を襲わせたりとか。

街に乗り込んでは適当な人に魔力を注ぎ込んで壊して遊んだりとか。

もう暴虐の限りを尽くし切るくらいに尽くしちゃった。


並行して魔法ももっと使えるように試行錯誤して、言葉を交わしただけで心を従わせる魔法とか、目を見つめただけで体を操る魔法とか、禁忌の魔法をどんどん習得したんだ。

魔術を極めたらもしかしたら、すべて元に戻せたりしないかななんて思いながらね。

結局そんな都合のいい話は見つからなかったんだけど。


で。

さすがに暴虐の限りを尽くすのも飽きたかなってあたりで、壊れた××の心もちょっと落ち着いた。

落ち着いたっていうか、壊れた状態で固まった、が近いかもしれないけど。

それで今のこの状況にようやく繋がるんだよ。

××は自分を魔封の鎖と、魔封の服、魔封の槍をふんだんに使った牢獄に入れるように、懇願したんだ。

代償として、可愛い男の子の話し相手を、三日おきに寄こすように言付けてね。


うん、これで君がここに連れてこられた理由も、分かったよね。

××は君みたいな可愛い少年を見て、もう取り戻せなくなっちゃった彼との日々を懐かしんでるんだ。

彼ともっとおなはししたかった気持ちを、君たちで発散してるんだよ。

まったく、最低だよね、××は。

こんなことをしても何にもならない、何も戻ってこないし、何も前へ進まないのにね。


でもねえ、少年くん。

君だって、何もないよね。

知ってるよ。全部。

魔法で、記憶の底まで見たから。


君、潰されてるでしょ――喉を。

××と絶対に、会話をしないように、あらかじめ喉を使えなくしてしまえば、その心配もないからって。

喋れないんだよね。何も。


五人兄弟の末っ子で、稼ぎ頭は他にいるからって、酷いよねえ。

こんなバケモノの耳贄になんかされちゃって。あの大人たちを見返したい気持ち、あるんじゃないかな?

ねえ、耳贄にされるって決まった時に、他の兄弟が何も言葉をかけてくれなかったことを、恨んでいるんでしょ?

でも耳贄の役目をしっかり遂げれば、褒めてもらえると思って、頑張って我慢してたんだよね。

あはは。あははははあ。

でも、失敗しちゃったよね。少年くん。

だから、もう、きっと見放されちゃってるよ。君はみんなに。

可愛そう。

可哀そう。

かわいそう。


ねえ、少年くん。

君、××と一緒に、逃げる気はない?

こんな街なんて壊しちゃってさ、二人でどこへでも、旅をしちゃおうよ。


ほら。

回復魔法をかけてあげる。

その喉。ほら。治ったでしょう?

魔術で焼いても、この××には無駄だよ。簡単に治せちゃうんだから。


ね、だから、頷いてくれるなら、言って。

もう自分のことを何て呼んでたかさえ壊れて忘れちゃった、この××と。

もっと一緒に過ごしてくれるなら。

全部全部、壊してあげるからさ。


ただ一言。


「うん」って、言って?



⛓⛓⛓⛓⛓⛓⛓⛓⛓⛓⛓



あはは。






失格。


何言ってんの? あの人の代わりなんて、いるわけないじゃない。


最後の「はなさないで」、破っちゃったね。


じゃあ、さよなら、だね。



⛓⛓⛓⛓⛓⛓⛓⛓⛓⛓⛓



××の拘束を放さないで。たった一指でも、君を壊せる力があるから。

××から目を離さないで。たった一瞬でも、闇に溶けて逃げられるから。

××に言葉を話さないで。たった一言でも、心の奥をかどわかされるから。



⛓⛓⛓⛓⛓⛓⛓⛓⛓⛓⛓



おや。

これはこれは、可愛い少年が来てくれたね。


やあ少年くん。

君が、前任者くんの後任かい?

この××の見張り番、あるいは、耳贄。

寂しい寂しい××のつまらない話をひたすら聞いてくれる、聞き役の生贄。

これから三日間も、××とふたりきりで。

絶対に言葉を交わしてはいけない××の話を聞き続けるだけのお人形さんにならないといけない。

かわいそうな少年くん。


それじゃあ、耳贄のお仕事を始めようか。

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