第85話 公爵家の長女でした


とうとう、結婚式の日を迎えた。おじいさまは以前からの宣言通り、10台もの馬車を連ねた花嫁行列を作ってくれた。世間的には、病を患い、ディケンズ公爵家の客として、老マクラウド家で療養生活をしていたことになっている私は、その恩義に報いるために、老マクラウド家から嫁入りする。近衛の礼装をした騎士様たちが、飾り立てた馬でお迎えに現れた。宿場町の商家から、絢爛豪華な馬車列が宮城に向かうとなって、街は朝から大騒ぎだ。


「嬢ちゃん、幸せになるんじゃぞ。でも、辛いことがあったら、いつでも帰ってくるがええ。ここは嬢ちゃんの家なんじゃから」

「おじいさま……」

「ローリさま、泣いたらせっかくのお化粧が崩れてしまいますよ」

そういいながら、メリンダさんも泣いてくれた。


「ローリさま、綺麗だよ」

マクラウド商会の護衛として、いつもの装備の上に華やかなマントをまとったユミも、肩を抱いてくれる。貴族家の嫁入りは、自家の騎士が花嫁行列の護衛につくのが一般的だけれど、私の場合は皇家への嫁入りのために近衛騎士がメインの護衛となる。実家側を立てる慣例の一つとして、花嫁の付き添い護衛もつくため、商隊の護衛代表としてユミが付き添ってくれることになった。


おじいさまに、メリンダさんに、ユミに。それから、その後ろでやっぱり涙ぐんでいる老マクラウド邸の使用人の皆さんたちをぐるりと見まわした。

「辛くなくても、特別な日じゃなくても。私、帰ってきます、みんなに会いに。こっそり、商会の納品馬車で」

少し涙声で途切れ途切れになってしまったけれど、笑顔で伝えられた私の気持ち。焦げ茶の髪に、焦げ茶の瞳。高位貴族らしい華やかな色彩を持たない私は、商会の制服を着てしまえばすっかりと街に溶け込んでしまうから便利がいい。母や兄妹のような鮮やかな色の髪や瞳に生まれたかったと泣いた夜もあったのに、環境が変わると、人は望みもあっけない程簡単に変わってしまう。


「そうじゃなあ。そうじゃ、いつでも帰っておいで」

「お部屋はいつでも使えるように整えておきますからね」

「そうだね、今度はお城から、商会にこっそり出かけるようにすればいい。今までと行先が逆になるだけだね」


みんなで泣き笑いして、真っ白な花嫁衣裳の裾を引き私は馬車に乗り込んだ。公爵家の馬飾りをつけたタビーには、今日はユミが乗ってくれる。馬車の窓に顔を寄せてきたタビーの鼻筋を撫でた。タビーも一緒に、お嫁にいくのだ。


ノルド様の護衛隊や近衛騎士達と一緒に行進をするために必要な訓練を受けに何度かお城に通っていたのだけれど、タビーは武装したシュヴァルツさんを乗せられる程のがっちりした馬なので。お城の厩務員には、私が乗るのならばもっと細身の馬のほうが見栄えがよいのでは? と勧められたりもしたけれど、きっぱりと断った。夜の街道を逃走したり、森をさ迷ったり、生国のお城に向かってパレードをしたり。どんなときだって、これからだってずっと私の相棒はタビーしかいないから。


「いってきます!」

老マクラウド邸のみんなに手を振る。


「参る!」

いつもの騎士様の一人が、いつものように掛け声をかけて、行列が動きだした。タビーも「ムヒヒン!」と気合を入れて嘶いて、私の馬車に寄り添うように進みだす。


すっかり石畳が敷き詰められた街を、街門に向かってゆっくりと馬車列が進む。道の両脇にはたくさんの人が笑顔で手を振ってくれていた。ここをノルド様と、荷馬車で移動したこともあったなあ、と懐かしんでいると。

「ローリさん! ローリさん!」


串焼き屋のおかみさんの声がした。人垣の前列で、ふくよかな体を揺らして一生懸命手を振ってくれている。私も、馬車の窓から手を振り返した。

「幸せになるんだよ! それから、坊ちゃんを幸せにしてやっておくれよ! 見に行くからね、お城のバルコニー!」

私は頷いて。

「待ってます!」

と窓から叫んだ。


そう、結婚式のあとには。ノルド様と二人でお城のバルコニーに出て、帝都の皆さんの祝意を受けて結婚のご挨拶をするのだ。いつか見た御伽噺の映画みたいなことを、私がする日がくるなんて。あの辛かった日々に、終わりが来るなんて。“私”と出会う日がくるなんて。人生というのは、本当に先がわからず、曇り空から突然日が差し込むように思いがけない未来がやってくるものなんだ。諦めなくてよかった。前に進んでよかった。


「タビー、ありがとう」

馬車の窓越し。この帝国に連れてきてくれた大切な相棒に、私は改めて御礼をいった。タビーはちらりと私を返り見て、「ブフン」と鼻を膨らませると、胸をはるように蹄を高く鳴らして歩いて行く。キラキラと馬飾りが日に輝いている。すっかり美しい白馬になってしまったタビーだけど、陽気で優しいところは全然変わらない。その馬上でユミが、肩を竦めてニコリと笑った。


街門を出て、お城へ続く街道へも、たくさんの人が手をふってくれていた。時々は屋台なんかも出ていたりして、まさにお祭り騒ぎだ。程なく帝都に入り、マクラウド商会の前を通る。エディさん始め、深緑の髪をした何人もの人を前列に、大勢の人達が手を振ってくれている。あの人達がみんな、ユミの家族。私は精一杯に手を振ってこたえた。――それにしても。結構たくさん立っている似た面差しの深緑の髪の男性陣の存在感が大きい。みんなヴォイドさんの従弟や親族なんだなあと、いろいろな意味で感慨深かった。


城門を通り、馬車寄せに止まる。いつもは荷馬車で裏口から出入りしているから、正門を通るのはいつかの舞踏会以来かもしれない。扉が開いて、あの日のように白い手袋をはめた手が差し出された。

「ローリ!」

騎士団の正礼装のノルド様だった。

「待ちきれず、迎えにきてしまった」


少し照れ臭そうな笑顔を向けてくれるノルド様に手を預けて、馬車を降りる。

「花嫁姿も美しいな。やはり迎えにきて正解だ。オレだけその姿を見るのをお預けにされて、城内で待っているのは割に合わん」

「ノルド様も、とても素敵です」

二人で笑顔を交わし、ノルド様に手を引かれて。少し呆れたようなヴォイドさんと、いつものようにあまり表情の変わらないシュヴァルツさんを背後に、お城の人達の間を抜けて、広間へ向けてゆっくりと歩き出した。


「ローザリンデ、ようやくだ。今日からはずっと一緒に城で暮らす、誰憚ることのない、オレの妻だ」

「私も嬉しいです」

私はノルド様に笑顔で頷いた。私はローザリンデ。公爵家の長女でした。



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こちらにて、第一部完とさせていただきます。

ご高覧ありがとうございます!


こちらをベースに書籍版をブラッシュアップいたします。

物語の時系列等の関係で、連載と書籍化作業の平行が厳しく……。

大変恐縮ではございますが、少しお休みをいただきます。申し訳ありません。


再開後は、舞踏会のあとから結婚まで、王国の公爵令嬢から帝国の庶民に立場を入れ替えたローザリンデさんが結婚に至る物語を書いていきたいと思っております。

この終話は連載再開までの期間限定的な感じで、お楽しみいただければ幸いです。


公爵夫人やロバの皆さんの閑話なども随時更新していけたらと思います。

再開したのに、またお休みで本当にすみません……。

そして、本当に本当にいつもありがとうございます!

今後ともどうぞ、よろしくお願い申し上げます。

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【書籍・コミカライズ】公爵家の長女でした 鈴音さや @suzunesaya

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