第8話


 サプライズ告白から始まった楽曲「ふたりどこまでも」は好評いただいた。

 内容はプロデューサーが煽ったように、歌詞も振り付けもラブラブする内容だった。

 スキャンダルも含めて、新しい道を開いたエリちゃんはセンターに返り咲き。

 うちはホッとして、その背中を端から眺めた。

 まぁ、「ふたりどこまでも」では、エリちゃんの相手役として目立つシーンも多かったのだけれど。


「レイ、置いてかないって言ってたじゃん」


 それから、公認カップルとして扱われることは増え。

 プライベートでも何やかんやあって、無事にお友達から昇格できた。

 それなのに、なぜか再び窮地に追い込まれているのは何故か。

 目の前で頬を膨らませたエリちゃんが上目遣いで迫ってくる。


「いやー……流石に、エリちゃんの側でアイドルを続けるにはキツく」


 ちらり、ちらりと周りを見る。

 今いるのはリビング、とかではなくステージの上だ。

 上を見れば眩しいくらいのスポットライトと観客席で振られているペンライトが見える。

 周りからは軽く野次が飛んできていた。


「なんで?」

「年齢とか、スキルとか……そういうやつです」


 あれから月日は流れ、あっという間に二十代半ば。

 アイドルのセカンドキャリアを考えなければいけない歳になった。

 ありがたいことに、あれから様々な経験をさせてもらって、プロデュースに近いことも始めている。


「瀬名ー、エリちゃんが辞めないでって言ってるぞー!」

「嫁の言うことは聞けよー」


 ステージ上でも遠慮なく素を出せるようになったエリちゃんは、この調子でさらに可愛い。

 上手いこと自分の可愛らしさも使えるようになったので、人気は右肩上がりで。

 勝手なことを言うファンの人たちに、うちは唇を尖らせた。


「いやいやいや、エリちゃんの言うことは聞いてあげたいけど……皆さんだって、わかりますよね?」


 瀬名レイはオタク気質なアイドルだ。

 だけど、歌や踊りのスキルが高いわけではない。

 対してエリちゃんは歌も踊りも、演技さえできる正統派。

 ずっと隣でアイドルをするのは難しいし、彼女の、邪魔になりたくない気持ちもある。


「もっと夫婦漫才がみたいぞー」

「また行ける!」


 だけど大方エリちゃんの味方である観客席はそんなことを返してくる。

 うちは大げさに肩を竦めてみせた。


「もう、こういうときだけ」


 と、観客席の方を見ていた肩に手を置かれる。

 改めて体ごと振り向けば、眉根を寄せて悲しげな顔をするエリちゃんが。

 これはマズい。身構える。

 この顔にうちは心底弱いのだ。


「レイは私と一緒にいるのが嫌なの?」

「っう〜……そんなわけないでしょ」


 きゅっとうちの衣装を掴んで小首をかしげる。

 素直になったエリちゃんは、破壊力がヤバい。

 女優業も増えて、破壊力のある仕草ばかり覚えてくるのだ。

 女優ってこわい。


「ひゅーひゅー!」

「よ、公認カップル」


 もはや卒業コンサートを見に来たのか、うちらの痴話喧嘩を見に来たのか。

 観客は沸き立つばかりで、このままだと延々にエリちゃんの可愛い部分を見せることになる。

 それはそれで嫌、という贅沢な考えをこの頃のうちは持ち始めていた。


「と、とにかく、次の曲行きますよ!」


 タイムスケジュールもあるし、うちはわざとらしく目をそらすと曲振りを行った。

 流れ始めたイントロの中でも少し膨れたエリちゃんの顔が印象的だった。


「よ、同期の卒業を見送りに来たよ」

「ゆうな、忙しいのに悪いねぇ」


 コンサート終わり、余韻を噛み締めながら楽屋に戻る。

 楽屋までの廊下の間にゆうなが立っていた。

 目が合うと以前と変わらない様子で手を挙げられる。

 ゆうなもタレントとして頑張っていて、テレビで毎日とは言わないけれど、週一くらいでは必ず見つけられた。

 着実な地位を作り始めていた。


「まぁ、うちらの期で最後まで残るとしたら小田っちだとは思ってたけど」


 なんとなく、そのまま立ち話。

 撤収を始めているバックヤードのざわめきが心地よい。

 ゆうなの言葉は、そのままうちが思っていたことでもあった。

 少しだけ口角を釣り上げる。


「その次がうちだとは思わなかった?」

「その通り!」


 ニッと笑うゆうなに、思わず笑みがこぼれた。

 そうだよなぁ、うちもまさかこんなに遅くなるとは思っていなかった。

 首を回すようにして動かす。

 思えば遠くに来たものだ。


「うちもビックリだし」

「まぁ、エリちゃんと公認カップルじゃ、辞めるに辞めれないよねぇ」

「うへへへ」


 呆れ半分からかい半分のニヤニヤした顔でこちらを見つめるゆうなの言葉にうちは頭に手をやった。

 全くもってその通り。

 エリちゃんと公認カップル。その響きだけで未だに顔がにやける。

 アイドルとしてはNGな顔をしている自覚があった。


「まったく、小田っちも、これのどこが良かったんだか」


 それはうちにも分からない。

 お友達から徐々に距離を詰めていったことが良かった。

 うち自信にもエリちゃんに慣れる時間があったから。

 急に恋人のように振る舞うのは心臓に悪すぎる。


「このあとは? 公認カップル続けるの?」

「うーん、どうしようか考えてる」


 ゆうなの言葉に腕を組んで首をひねった。

 少しだけ彼女の眉がピクリと動く。

 真剣味を増した瞳がうちを捉えた。


「プロデューサーに回るから?」

「まぁ、それもあるし。もう今さら、いらないよね?」


 公認カップルはスキャンダルを吹き飛ばすための言葉だった

 インパクト優先で作られたイメージは十分に定着している。

 ましてや片方がアイドルを卒業するのだ。

 わざわざ残しておく必要をうちは 感じていなかった。

 と、後ろから急に両手が回ってきた。


「いるよ!」


 最初に香り。だいぶ慣れた良い匂い。

 次にぬくもり。さっきも何度か触れたもの。コンサート終わりだから少し高め。

 最後に声。うちが彼女の声を聞き間違うわけがない。


「うわっ……エリちゃん、危ないよ」

「久しぶりー、小田っち」


 急な登場にも関わらず、ゆうなは普通に挨拶をした。

 こういうところが肝が据わっているのだろう。

 うちはエリちゃんを引き離そうとしたが、逆に腕の力が強まり顔を見ることさえできない。


「ゆうな、久しぶり。でもエリちゃんは渡さないから」

「あー、いらないから大丈夫。話してただけで、謹んでお返しいたします」

「ちょっと、端組の絆は?」


 とても早口。一息で告げられた言葉は、勝手に捨てられた気分にさせてくれる。

 一緒に端っこを温めて来たはずなのに。

 同い年の気軽さで唇を尖らせたまま尋ねれば、首を大きく横に振られた。


「公認カップルに言われても」


「ちょ」と口を挟もうとしたら、エリちゃんに肩を引かれた。

 何だかさっきもあった展開だ。

 そこには軽く汗を拭いただけのエリちゃんがいた。

 汗で乱れた髪の毛が色気を倍増している。これは危険物。

 色んな人を魅了してしまうこと間違いなし。


「公認カップル、解消する気はないからね!」


 エリちゃんの宣言に、うちは眉を下げた。

 卒業するうちにとっては、公認カップルは唯一の肩書きと言っていい。

 だが、アイドルを続けるエリちゃんにとっては邪魔にしかならない。

 特に女優業が増えてきている彼女には足かせだ。


「えぇ、でも、アイドル活動とか女優業する上で邪魔だよ?」

「邪魔じゃない」


 子供に言い聞かせるように伝えたのに、コンマ一秒の隙間もなく否定された。

 取り付く島もない。

 でも、ここはもうステージの上じゃない。それなら、うちもエリちゃんの不安を解消する言葉も遠慮なく言える。


「うち、そんなのなくてもエリちゃんのこと好きだよ?」

「っ、レイはたまにズルい!」


 赤い顔をしたエリちゃんにぺしりと叩かれた。

 なぜだ。うちはエリちゃんが気にしていることを言っただけなのに。

 いつからか心の声は聞こえなくなった。

 それはうちが彼女のことを本当に理解し始めたからだと思う。

 ほんと、うちのセンターさまはとても可愛らしいのだ。


「はぁー、やってられないわ」


 ゆうながうちらの隣でそれだけ呟いて去っていく。

 あとでメッセージを送っておこう。

 今は可愛いエリちゃんを独り占めしたいから。

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一緒に罰ゲームをしたら、同期のトップアイドルの心の声が聞こえるようになった件 藤之恵多 @teiritu

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