第43話 同期のトップアイドルの心の声が聞こえるようになったら


 さて、アイドルバトルの結果である。

 結果である、なんて言った所で、端組のうちが残せるものなんて決まっている。

 だけど、精いっぱい頑張った結果が、目の前のネットニュースになっているわけで。


『瀬名レイ、小田切の代わりに踊るも転倒!』


 もう、エリちゃんがいることにも慣れたうちの部屋。

 うちの前に置いてあるタブレットには、堂々とそのタイトルが表示されていた。

 下にはアイドルバトル決勝戦の動画付き。

 うちは自分の映像を見れないタイプなのだけれど、この頃、この動画ばかりを見てくれる人がうちの隣にはいるわけで。


「うう、恥ずかしすぎる……」


 エリちゃんは、何が気に入ったのか、うちがソロで踊ってるとこばかり見る。

 しかも、楽しそうに。目を細めて、少し口元も緩んで、すごくファンの人みたいな表情。

 ずっとエリちゃんの横顔を眺めていたくなるような、恥ずかしくて目をそらしたくなるような。

 何とも言えない、複雑な気持ちをうちの中に作ってくれたのだった。


「いいんじゃない? 実際、あの決勝戦、あそこばっかり流れるし」


 見終わって満足そうなエリちゃん。

 そう悲しいことに、アイドルバトルの映像が流れる時は、うちの転ぶとこが必ず抜かれる。

 リアルさの為なんだろうけど、うちは深いため息を吐くしかない。


「あれ絶対、しばらく後でハプニング集として使われる……」

「テレビ史に残るのは凄いことだよ」

「エリちゃーん」


 感心したように頷くエリちゃんに、うちは軽く肩をぶつけた。

 ハプニング集で使われるアイドルの映像って、本当に数十年残るときもあるのだ。

 空恐ろしい発言に、うちは体を小さく震わせた。

 エリちゃんは小さく「いいと思うけど」と言った後、うちを見て不思議そうに首を傾げる。


「課題曲はばっちりだったじゃん。『ふたりどこまでも』も途中までは、歌えてたし、踊れたし」

「ジュンちゃんには鼻で笑われましたけど」

「あの子は……パフォーマンスの鬼だから」


 エリちゃんは仕方ないというように、半笑いになった。

 決勝戦というか、うちのはお情けの一回に近い。だから、ジュンちゃんの後に踊ることになった。

 エリちゃんとガチバトルできると言われるアイドルだ。そして、パフォーマンス力だけだったら、エリちゃんより上かもしれない。

 そんな子の後に踊っただけ、うちは自分を褒めたい。

 あの鼻で笑うのを我慢しているような視線を、うちはしばらく忘れないだろう。


「エリちゃんは、体調大丈夫?」

「うん、もうばっちり……知ってるでしょ?」

「知ってますけど、ね」


 気分を切り替えるように尋ねる。

 エリちゃんの体調は、あの後一日で治った。やっぱり、疲れすぎが原因だったらしい。

 病院でもう一度点滴をし終わった後も、結局うちの家で寝ていたので、その回復は知っている。知っているけど、まぁ、エリちゃんは無理する子だから。


「ほら、仕事、仕事」


 うちの視線から逃れるように、エリちゃんが時計を指さした。

 時刻はもうすぐ夜の8時。

 まぁ、何をするにもゴールデンタイムと言えるだろう。

 この時間に、家でする仕事。そんなものは限られる。

 うちは、目の前に準備された生配信用のカメラやマイクを確かめてから、画面のボタンにカーソルを合わせる。


「っー、行きます!」

「行こ―!」


 8時を告げる音と共に、珍しく片手をあげてはしゃいでいるエリちゃんに背中を押される。

 エリちゃんの楽しさが伝染してきたように、うちの口元も緩んでいた。


「初めましての方も久しぶりの方も、こんにちは。ご視聴ありがとうございます。スターライトクラウンの瀬名レイです」

「小田切エリです」


 二人そろって頭を下げる。

 同棲企画の時もしていた、二人での配信だ。

 そっちから継続して見てくれている人も多いだろうから、エリちゃんと相談してこの挨拶にした。


『あ、始まった』

『優勝できなかったのに、ほぼ同棲やね』

『エリちゃん大丈夫?』

『瀬名、頑張ったなぁ……最後の転倒は面白かったけど』


 次々と流れて来るコメントに、口角を吊り上げる。

 やっぱ、転倒には触れられる運命らしい。

 エリちゃんはカメラに向かって手を振ったり、頷いたり、隣で見ているだけで可愛らしいアイドルをしていた。


「はい、優勝できなかったので、同棲はできませんでしたけど……公認カップルとして、YouTube放送ができるようになりました」

「ご心配おかけしました……最後まで踊れるって言ったんだけどね」

「いや、ダメでしょ! あの状態で踊らせられません!」


 エリちゃんが唇を尖らせる。

 そう、エリちゃんは未だに決勝戦を踊れなかったことが悔しいらしい。

「踊らせてくれたら、優勝してた!」と啖呵を切られた気持ちを考えて欲しい。

 いや、まぁ、優勝しただろうけど。

 でもね、恋人としては、踊らせることなんてできないんだよ。


『瀬名はなんであそこにいたの?』

『瀬名はエリちゃんのマネージャーだから』

『歌って踊れるマネージャー……凄いぞ! 瀬名』


 って、コメント欄はうちのことをマネージャー扱いだし。

 まぁ、半分以上してたことはマネージャーだから、合ってるんだけどね。

 うちは顔の前で手を横に何度も振った。


「いやいやいや……アイドル、一応アイドルだから」

「レイはアイドルでしたよ。代わって踊ってくれて、嬉しかった」

「エリちゃん」


 嬉しかった。その言葉にエリちゃんを見る。

 ちらりとだけ、うちを見た。その横顔は、少し赤い。

 皆に見えない机の下で、ぶつかった手を握られた。

 やばい、これはニヤけないようにするのが難しい。


『あま~い!』

『これが楽屋でも繰り広げられていると思うと、メンバーが可愛そう』


 すぐに、何かを察したファンたちから茶々が飛ぶ。

 画面が読めないほど埋め尽くされた。

 うちは苦笑いを浮かべながら、画面に向かって頭を下げる。


「楽屋やグループ内ではベタベタ禁止になりました」

「そんなにベタベタしてないと思うけどなぁ」


 不思議そうに首を傾げるエリちゃん。それはバカップル過ぎる発言だ。

 さすがに、エリちゃんよりは冷たい視線をバシバシ向けられるうちは頭を掻きながら、もう一度頭を下げた。


『無自覚エリちゃん』

『他のメンバーのSNSで結構ボヤかれてるのに』

『ゆうなのが一番面白いな』


 ゆうなのは、もはや実況みたいになっていた。

『今日の瀬名エリ』みたいなタイトルでブログを書くのは止めて欲しいのだが、これが一番伸びると言われれば止めるわけにもいかない。

 エリちゃんはうちの反応とコメントを見比べて、きょとんとしていた。


「ほんと、うちのエリちゃんがすみません。無自覚なんです」

「すみません?」


 無自覚なわりに、素直だ。

 うちに合わせて頭を下げてくれるから、完璧アイドルなのに天然で、天然なわりに空気は読める。

 こんなアイドル、いなくない?

 と思った、うちの気持ちを読んだようなコメントが溢れた。


『かぁっわぃぃーー!』

『エリちゃんって、ステージだと完璧アイドルなのになぁ』

『そのギャップがたまらん!』

『瀬名エリ!瀬名エリ!!』


 燃え上がるコメント欄を見て、同棲の前に動画配信で認められろと言った美緒ちゃんの言葉の意味が理解できる気がした。

 エリちゃんとうちの必死さが伝わったのか、表立ったアンチの行動は増えてない。

 だけど、アイドルの公認カップルを認めさせるには、まだまだ活動が必要なのだ。


「はいはい。思ったより好意的なコメントが多くて、ホッとしている瀬名ですよ」


 と、安心したところで、爆弾を見つけてしまった。


『絢:レイさんは、いつでも私のスーパーアイドルですわ!』

「んっと?」

「あ、絢さーん、コメントありがとう」


 目ざとく、絢さんの名前を拾って、エリちゃんが目を細める。

 変わりそうな雰囲気に、うちは誤魔化すように大きくリアクションをした。

 だけど、ここにいる人たちは、こういった匂いを逃がしてくれない。


『これは……修羅場か?』

『珍しい瀬名ガチ恋系』

『女の子だけどね』

『瀬名ってすげーな』


 止めて、止めて!

 エリちゃんに、この手の話題を交わす技術はないのだ。


「とにかく、公認カップルとして同棲が認められるように頑張りますので、よろしくお願いします」

「今度、また機会があったら、同棲をお願いします」


 ぺこりと頭を下げる。

 そして、エリちゃんは相変わらずその願いを諦めてないらしい。

 きっと、そのうち、ホントに認めさせてしまうのだろう。

 彼女はそれができるアイドルだ。


『小田切、ぶれないなw』

『センターとかじゃないのな』

『エリちゃんは、もうセンターだから……』


 そうなのよねー!とうちは、コメント欄に同意する。

 エリちゃんはアイドルとしての願いの大半を自分で叶えている。だから、こういう願いになるのも、仕方ないのかもしれない。

 そして、うちの、端組の瀬名レイの願いも、少しだけはっきりした。


「うちも、エリちゃんを支えつつアイドルを続けますので、何卒よろしくお願いします」

『瀬名マネージャー、エリちゃんをよろしく』

「もちろんっ……って、一応、アイドルだから!」


 やってること、マネージャーだけどさ。

 一応、アイドルもやるので。公認カップルとしての活動もあるし。

 画面に向かい反論していたうちの耳元で、エリちゃんが囁く。


「レイはアイドルだよ。わたしにとっては、一番の」

「……っぅう」


 甘い。熱い。どうしろと。

 推しからの、これ以上ない一言に、うちは一撃でやられてしまう。

 もう顔を伏せるしかない。


『あ、瀬名が撃沈した』

『何を言ったかか気になる!』

『これから、ずっと楽しめるんだからいいんだよ!』


 横にいるエリちゃんを見上げる。

 どういうつもりで言ったのか。

 エリちゃんは満足そうに笑っているだけだった。

 これだから、可愛すぎる同期は困るのだ!

 うちは復活までしばらく時間が必要だった。

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