第42話 ステージに立つ理由
ステージの上に駆け上る。
エリちゃんはうずくまるような体勢で、ピクリとも動かない。
胸の中に苦いものを大量に流し込まれたみたいだ。気持ち悪さがこみあげて来る。
うちは、エリちゃんの体を支えた。
力が入っていない。くてんとうちの腕の中に頭を転がしたエリちゃんの頬は真っ赤だった。
「エリちゃんっ」
軽く頬を叩く。
「うっ」と小さな声は漏れたから、少しだけ安心した。
抱いている腕からでも、熱さが馬鹿みたいに伝わってくる。
美緒ちゃんがエリちゃんの額に手を当てて、肩を竦めた。
「中止だな……まぁ、よく持った方か」
「っ」
熱が出れば、休み。
美緒ちゃんは病院で言ったことをそのまま守っているようだ。
うちだって、エリちゃんには休んで欲しかった。欲しかったはずなのに、どうしてかエリちゃんが決勝にいけないことが悔しくて仕方ない。
だけど——うちにできることが、あるんだろうか。
審査員席を含めて周りの状況を見回した。誰もが傍観者として、こちらを見ている中、星野さんだけは興味深げにうちを見ていた。
「……う、レイ?」
「エリちゃん!」
ゆっくりとエリちゃんの瞼が開く。
その中から、いつもよりぼんやりとした瞳が現れて、ゆったりと細くなる。
熱に浮かれている。そんな状態でも、エリちゃんは笑っていた。
「大丈夫、決勝までには、戻るから」
アイドルは、どこまでもアイドルで。まだ勝つ気でいる。まだ、踊る気でいる。
いや、きっと、踊れるのだ、エリちゃんは。
それがトップアイドルの証拠だから。
だけど、うちは、エリちゃんに無理をさせたくなかった。
オタクとして、トップアイドルを見たがる自分を踏みつけて、うちは首を横に振った。
「駄目だよ。また熱上がってきてるし」
なんでか、言いながら、泣きそうになった。
うちより、エリちゃんの方がよほど泣きそうに決まってるのに。
起き上がろうとするエリちゃんの肩を、美緒ちゃんが抑える。
「小田切、タイムアップだ。言ったろ、熱が出たら終わり」
「は、い」
そこで、初めてエリちゃんは美緒ちゃんに気づいたようだった。
周りを見て、微笑んでいた口元が、徐々に引き締まっていく。
最終的に血が出そうなほど噛みしめられた唇が、真っ赤になった。
『絶対、勝ちたかったのに……なんで』
控室に運ばれていくエリちゃん。その背中を見送る最中に聞こえてきたのは、久しぶりの声。
ほとんど聞こえなくなっていたのに、今だけははっきり聞こえた。
一緒についていこうとした足が止まる。
「棄権ということで、よろしいでしょうか?」
スタッフさんの声が響いた。
まるで聞こえているように、エリちゃんがこちらを見た。
『絶対……勝つ』
それは、きっと熱に浮かされた人間の、夢の狭間での一言。
だから、真に受けてはいけない。
わかっていた。わかっていたのに、うちはぎゅっと拳を握りしめる。
「仕方ないでしょう。収録中に、ご迷惑をおかけします」
「いえ……決勝まできたのに、残念ですね」
美緒ちゃんとスタッフさんが大人らしく、頭を下げあう。
エリちゃんの欠場決定に、現場の雰囲気がざわつき始める。
「どうすんだ、決勝、不戦勝とかつまらんだろ」
「繰り上げ、ですかね」
「対戦相手は、ジュンだ。小田切以外で勝負になるとも思えん」
決勝戦は大方の予想通り、ジュンちゃんとエリちゃんだった。
エリちゃんが倒れたことで、誰かが繰り上がる可能性ができた。
だけど、負ける勝負をわざわざしたい人間はいない。
スタッフも残ったメンバーもそれをわかっていた。
『君の理想のアイドルは何かな?』
星野さんに、対談の時言われたことが頭をよぎる。
理想のアイドル。うちにとっては、エリちゃんで、星野さんだった。
そして、その二人の目指すアイドルはきっと同じ。
不思議と見られている気がした。その感覚に従って顔を上げる。
楽しそうに笑う星野さんと視線が合う。
うちは次の瞬間に声を上げていた。
「あのっ」
「どうした、瀬名」
「うちが、代わりに出ていいですか?」
「君は、バトルにも入ってないだろ。急に出てきても」
「うち、エリちゃんのサポートをしてたから、同じ曲踊れます」
ぴんと手を挙げて、スタッフさんたちにとってのメリットを伝える。
元々準備していたのがエリちゃんの曲だろうから、同じもので行ける方が楽だ。
うちは、ただひたすら、声をあげた。
「エリちゃんは本当にこのアイドルバトルに賭けてたから、せめて代わりに……うちじゃ、勝負にはなりませんけど、話題にはなりますよ」
うちの提案に、美緒ちゃんが腕を組む。少しして胡乱気な表情が向けられた。
「『小田切の夢を、公認カップルが引き継ぐ』って? 面白いが、瀬名、本当に踊れるのか?」
普通だったら、踊れない。
エリちゃんとはスキルも何も違うから。
だけど、今回の曲だけは、踊れる。
「……決勝の曲は、うちの曲でもありますから」
「ああ、『ふたりどこまでも』を選んだんだよな、小田切は」
「はい。だから、うちにできることを精いっぱいしたいんです」
課題曲も自由曲も、エリちゃんに付き合ってたから、踊れる。
特に『ふたりどこまでも』なら、大丈夫だ。
うちと美緒ちゃんは頷きあう。
「だけどなぁ」
「ずるくない?」
「ねぇ……?」
けど、スタッフとしては、簡単に認めるわけにもいかない。
他のメンバーから、うちに突き刺さる視線が剣のようだった。
「しかし」
「いいじゃん。出させてあげれば」
「星野さん」
ぽんと、まるで鶴の一声。
自分の意見が一番聞こえるタイミングがわかっている。
うちみたいに喚くだけじゃない。すごいなと、素直に感心した。
「瀬名ちゃん、面白い子だよ。相方のためなら出るなんて、まさしく公認カップルらしい行動だもの」
「あ、ありがとうございます!」
大きく頭を下げる。少しだけ風向きが変わる。
スタッフと他のアイドルのマネージャーさんたちを含めて話が始まる。
その輪の外で、星野さんにこっそり聞かれた。
「……答えは見つかったの?」
「まだです……ただ、エリちゃんを裏切ることだけは、嫌なんで」
エリちゃんがしたかったことをしてあげたい。
結局、うちにわかるのはそれだけ。
だけど、星野さんはうちの答えを聞いて、アイドル時代と変わらない笑顔を浮かべた。
「君は答えを見つけてる、気がするけどなぁ」
どういう意味ですか、と聞こうとした時点で、スタッフさんから声が上がる。
「それじゃ、他のメンバーが納得しませんって」
「私はいいですよ。小田切さん以外に負ける気はしてませんから」
「ジュンさん」
目が合って、挑発するように微笑まれる。
エリちゃんが倒れたことで、優勝間違いなしのジュンちゃんにとっては、相手は誰でもいいのだろう。
うちだって、そうだ。
「もちろん、勝てるなんて、思ってません。最初から優勝にはならないって言ってもらってもいいです……ただ、エリちゃんが決勝で歌いたかった歌を流させてください!」
スタッフが周りを見回す。残りのメンバー全員が頷いている。
ジュンちゃんとスキルバトルなんてしたくないメンバーも多いのだろう。
うちだって、ろくな対決にはならない。
美緒ちゃんが周囲の反応を見て悪い笑みを浮かべた。
「決まりだな」
美緒ちゃんの手がうちの背中を押した。
一歩前に出る。そこは、エリちゃんがさっきまで踊っていたステージだ。
うちは、美緒ちゃんを振り返る。
「エリちゃんに、側にいれなくてごめんって伝えてください」
「ああ、もちろん」
美緒ちゃんが大きく頷く。
ああ、やばい。ステージのセンターに一人なんて、考えただけで足が震える。
星野さんが審査員席に戻り、他のメンバーも戻っていく。
うちだけが、取り残されたステージで、美緒ちゃんの声が響いた。
「頑張ってこい、瀬名。お前は、アイドルとして面白い」
「……それ、褒めてます?」
「当ったり前だろ!」
美緒ちゃんが珍しくサムズアップしてくれる。
いや、アイドルの応援で面白いは、やっぱり違うと思うけど。
端組アイドルの、公認カップルの意地をみせるために、うちは震える足を一つ叩いた。
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