はなしたくない、はなさない、はなさせない

松平真

第1話

「俺ははなさへんぞーー!!」

 俺はお酒を……カップ酒を抱えながらそう叫んだ。

 昼の住宅街に中年男性の悲痛な叫び声が響き渡ら……ない。

 一応ご近所に配慮した清涼である。

「俺から酒を取ったらなんも残らへんやんけー!」

「私は!?」

 娘の千佳がそうツッコむ。

「そりゃお前…………ええこと言おうと思たけどなんも出てこおへん……」

「アホ!」

 千佳はおおきくため息を吐くと

「酒におぼれたクズごっこはそれぐらいにして。ええから外で時間つぶしてきて。掃除の邪魔やから」

「わかった」

 そう言うと俺は手を差し出す。

 千佳はジト目で俺を睨むと、なんやその手はと聞いてきた。

「おぜぜもなしに時間なんて潰せへんやろ。大丈夫やって。倍にして返すって」

「クズ!」

 千佳はそういうと俺を玄関から蹴りだした。




 蹴りだされたが、1000と書かれた日本銀行券はしっかり渡してくれるのが千佳である。

 少ないが文句は言えない。

 さてなにをしようか。

 時間を潰す方法はいろいろある。

 パチスロとかパチスロとかそれからパチスロだ。

 だが、今日は天気のいい日曜日。

 こういう日はなにをするべきか……決まっている。

 つまり競馬だ。


 競馬場はバス一本でいける場所にあるのですぐについた。

「ウワーッ!!ちくしょう!ちくしょう!何で賭博がこんなに簡単に出来るんだよこの国は!」

 そう言いながら馬券を買いに行く。

 公営カジノができたらもっと簡単に出来るのだろうか。千佳には気をつけるように言わないと。

 馬券にはいろいろ種類がある。

 一位になる馬を当てるだけのものから、着までに入る馬を当てるもの、1着と2着になる馬の馬番号の組合せを当てるもの……たくさんある。

 詳細はJRAのサイトを確認してほしい。

 そして俺はたまに来る程度のライト勢。

 なので単勝一択である。よくわからないからだ。

 お気に入りの馬、オカネスキデンガナが重賞、つまりでかいレースに出るようなのでそれを買う。

 倍率は21.3倍。なかなかだ。

 馬券を買った後はすることがないのでレースまではのんびり待つ。

 春の日差しがぽかぽかと温かい。



 レースが始まった。

 オカネスキデンガナは、7番人気。

 まぁ人気で勝敗が決まるわけではないが、厳しいのだろう。

 レースは、16頭の芝2000mのコース。長くもなく短くもない距離だ。

 オカネスキデンガナは、はじめは中団の後ろの方にいた。

 差し型の後半で加速して後ろから追い抜くタイプの馬だからこれは普段通りだろう。

 なのでぼけーっと見る。


 最終コーナーあたりでレースが動き出す。

 オカネスキデンガナも加速する。

 5位、4位、3位……だが1位の馬まではまだ2馬身はある。

「差せーッ!差せ―ッ!」

 馬券を握りしめて叫ぶ。

 ついには1位の馬と横並びになる。

 そして駆け抜けた。

「鼻差ないで!?」



 結局オカネスキデンガナは2位だった。

 馬券は紙切れとなった。

 俺はとぼとぼと日が沈みかけた家路を歩く。

 千佳に倍にして返すと約束したのに……。

 辿り着いた家のドアをそっと開ける。

 夕飯のいいにおいが、鼻を刺激する。



「お父さん御帰りー」

 ドアを開けたことに気が付いたのか、千佳の声がキッチンのほうからした。

「ただいまー。今日はハンバーグなんか」

「お父さん好きやろ?」

「す、好きじゃないやい!そんな子供っぽいの!」

「その反応が子供っぽいんやって……」

 呆れる千佳の反応に倍に返す宣言は忘れてそうだと内心ガッツポーズをとる。

「で、負けてきたん?」

 ぎくっ!?

「負けてきたんやね……」

「済まん……」

「そんなんやからおかん出ていくんやで……」

 項垂れる。

 千佳は呆れた目で俺を見ていたが、

「まぁお父さんには私がついとるから」

 そうため息をつきながら千佳は俺を撫でた。

「ほな、はよ手洗って来て。ご飯食べよ」

「お、怒らへんのか……」

「怒っても治らへんやろ……」しっしっと手洗い場に追い払われた。





 私は洗面台に向かうお父さんのちょっと丸まった背中を見つめる。

 私はお父さんのやることを否定しない。

 コントロールしつつできるかぎり肯定し、慰める。

 あの人が出て行ったのは私にとって幸いだった。

 これからどんどん私だけに依存していくように仕向けよう。


 私はこの人を離さない。

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はなしたくない、はなさない、はなさせない 松平真 @mappei

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