隣の席の優等生が爆睡している
海音まひる
隣の席の優等生が爆睡している件
隣の席の優等生が、爆睡している。
現在、五限目。地理の授業中。
人間なら誰しも体感するであろう昼食後の眠気、さらには、俺の中でひそかに「催眠術師」の異名を欲しいままにしている地理の根室先生の授業ということもあって、一年四組はおよそ半数が脱落、平たく言えば居眠りという惨状だった。
残りの起きている奴らも、真面目に授業を聞いてなんかいない。そんなクラスを根室先生も注意しようとはしていないようだった。
俺とて例外ではなく、起きていようと一応目をかっぴらいてはいるのだが、眠気には抗えず、うつらうつらと船を漕ぎ始めてしまっていた。
そんな
それで、俺の眠気は完全に吹き飛んでしまった。
これが他の奴なら、こんなに驚かなかった。
だが月島は、クラスの誰もが認めるような優等生。席替えで隣の席になってからしばらく経ったが、俺は彼女が居眠りをしているのを一度も見たことがない。
……もっとも、俺は居眠り常習犯なので、俺の寝ている間に彼女が寝ていたら気づけないのだが……まあ、彼女に限ってそんなことはないだろう。毎回ノートもみっちり書いてるし。
いや、そうなのだ。月島は全く、居眠りをするようなタイプではないのだ。
そんな彼女が今まさに、俺の目の前で眠っている。
いったい何があったんだ。ひょっとして、明日は槍でも降るのか。
……いや、シンプルに疲れているだけかもしれない。彼女は優等生で、成績もすこぶる優秀だ。きっと俺が家に帰ってから宿題をやらずにゲームをしている間も、彼女は勉強をしていることだろう。
そろそろテストも近づいてきている。勉強のしすぎで寝不足だったとしても不思議ではない。
うん、彼女だって人間だ。
おまけに今は一週間の時間割の中で一番、脱落者、もとい、居眠りが多い時間。
優等生だって、うっかり寝てしまってもいいだろう。
……ところで、月島の寝顔、見えたりしないかな。
とまあ俺は、冴えてしまった目で普段の何倍も真面目に黒板を見つめながらも、呑気にしていたのだが、そうもいっていられなくなってしまった。
「じゃあ、ここの空欄に入る言葉は……今日は十八日だから……十八番の月島」
月島が先生に当てられてしまったのだ。
先生は手元に視線を落としていて、月島が寝ていることにはまだ気づいていない。
だが、あと数秒も返事がなければ顔を上げてしまうだろう。
彼女が寝ていることが先生にわかってしまったら、優等生の成績の授業態度の項目に傷がつくかもしれない。
しかし残念なことに、彼女はまるで起きそうにないのだった。
俺の頭は、なけなしの知性を振り絞って一瞬のうちにフル回転する。
そして、俺の脳みそが導き出した答えは……
「おい、月島……起きろって」
月島を揺り起こすことだった。
彼女はガバッと飛び起きた。
「ごめん、私、当てられた?」
「うん、ここ」
俺が該当の箇所を指し示して見せると、彼女はすぐに答えを言った。いや、頭いいな。
そして俺は、女の子の肩を揺さぶって起こすシチュエーションが自分にやってきてしまったらしいという事実のせいで、せっかく目を覚ましてはいたのに、その後の授業には全く集中できなかった。
授業が終わったあとで、月島は俺に声をかけてきた。
「ごめんね、さっきは起こしてもらっちゃって」
「ああ、いや、気にしないで、困った時はお互い様っつーか」
俺は答えながら、気になっていたことを聞いた。
「そういえば、月島が寝るなんて珍しいよな。どうしたんだ? 勉強のしすぎだったり?」
「あー……それが、ちょっと恥ずかしいんだけど……」
俺が聞くと、彼女は途端に恥ずかしそうに顔を赤らめた。
「笑ったりしない?」
「いや、大丈夫、笑わないよ」
「あのね……根室先生の授業って、みんな寝るでしょ?」
「まあ、そうだな」
「だから、そっちの方が普通なのかなって思って……ちゃんと起きてる私が、みんなに変って思われてるんじゃないかって思って、寝たふりしてました。ごめんなさい」
え?
寝たふりだって?
「じゃあ……先生に当てられた時も、起きてたのか?」
「そう。でも、今まで授業中に寝たことなかったから、先生に当てられていきなり起きていいのかわからなくて……君が起こしてくれなかったら、起きられなかったと思う」
「はははっ、なんだそれ!」
「ちょっと、笑わないって言ったじゃん、反則」
いや、だって、面白すぎないか?
腹を抱えて笑う俺を見て、月島はむくれている。
「いや、ごめんって……でも、月島は、寝たふりなんかしない方がいいよ」
「そう?」
「うん、解釈不一致だ」
「解釈……?」
「いや、こっちの話です」
というわけで、月島はもう寝たふりをしなくなった。
それはいいのだが、それに加えて、どういうわけだか彼女はあれ以来、俺が授業中に居眠りをしていると起こしてくるようになった。
俺としては、授業中の睡眠時間も計算に入れて夜更かしをしているところもあるから、正直、あまり有難くはないのだが。
「ほら……起きてってば」
肩を揺する手に目を開くと、視界にはこちらを気遣うようにじっと見てくる月島の姿。
うん、これはこれで悪くないかもしれない。
隣の席の優等生が爆睡している 海音まひる @mahiru_1221
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
書くことで紡がれる世界/海音まひる
★6 エッセイ・ノンフィクション 完結済 1話
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます