2000円の差

ハルパ

第1話 2000円の差

「あ、すいません」


 目の前に置かれたひつまぶし。値段は3800円。確か昔に食べた時は1800円だったっけ。俺の前に座る女性、絹糸のように艶やかなストレートの長い髪、黒のシックなスーツ姿の女性。


「どうぞ、お召し上がりください。遠慮はいりませんよ」


 とあるうなぎの名店で店には俺と彼女だけ。ひつまぶしのお盆の傍らにはほんの少しの厚みの、茶色の封筒。中には現金が入っている。

 この店昔はよく来たよなあ。1ヶ月に1回は来てたっけ。

 はぁ、うめえ、やっぱうめえわ。昔は当たり前のように食べてたのにいざ食べれなくなるとこんなにもうめえのか。


「ゆっくり食べていただいて結構ですよ。この店は貸し切ってありますので、誰もあなたを邪魔することはありません」


 ゆっくり、噛み締めながら食べていたはずなのに、気づけばお櫃の中身はもう残りわずか、茶漬けの分も残っていない。ほんの少し後悔が残る俺のひつまぶしはあっさりと終わった。


「ありがとうございました。えぇと、今回の対価、今更ですけど、本当に俺の今までを話すだけでこんな大金頂いてもよろしいんですか?」

 

 彼女は俺の問いに答えることなく、ただ頷くだけ。

 彼女の傍らにはボイスレコーダーがひとつ。


「え〜っと、なにから話せばいいのかなぁ。子どもの頃の話からでいいかな? う〜んと、あれはたしか……」


 俺は俺のこれまでを彼女に話す。大学を中退してとある会社に就職したこと。何年か経って独立し、その頃は順風満帆だったこと。いつからか歯車が狂いだしたこと。すべてがうまく回らなくなって首も回らなくなってしまったこと。結局大きな負債だけが残って破産申し込みを弁護士に頼みに行ったこと。


 ――もうなにもする気が起きなくなったこと。


 話し終えた後、彼女は一言ありがとうございましたとだけ言って、鰻屋の店主に挨拶をしにいった。

 最初の約束、話し終えたら立ち去る。俺は店を出た。知ってる道のはずなのに、帰り道は分からなかった。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

2000円の差 ハルパ @shin130

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ