わたしを、はなさないで。
暁 夜星
邂逅~別れ
1人の女性が、死んだ。
高校生1年生の16歳から、大学4年生の23歳まで、約7年間、
「意外と早かったな、
そう周りに誰もいない墓地で一人つぶやき、愛翔は愛美との運命的ともいえるような出会いを思い出していた。
**********
それは、愛翔も愛美も高校1年生の時だった。
「お前、部活どこにするー?」
「俺はサッカー部かなー。中学からやってたし!」
「お、俺もそうしようかと思ってたんだよ!また一緒だな!」
「あ、美術部とかよさそうじゃない?!」
「ほんとだー!週5かぁ……私塾あるしどうしよ…」
「その時になったら休めるんじゃない?ほら、『休みながらでも大丈夫!初心者歓迎!』って書いてるし!」
「ほんとだ!よし、美術部にきーめた!一緒に入ろ~!」
「うん、もちろん!」
周りで、新入生に向けて配られた部活動に関するパンフレットと、『入部届』…その名の通り、どこの部活に入るか書かなければならないプリントを交互に見て、どこに入るかとか、一緒に入ろうだとか騒いでいる生徒がたくさんいた。中学生の時にも同じようなプリントが配られたなぁなんて、窓の外を見ながら、一人の高校生、中山 愛翔は思い返す。
ちょうど数分前に帰りのSHRが終わって、これから部活を見に行こうかとかいう声も聞こえてくる。愛翔は、この高校に来る以前から、どこの部活に入ろうかは決めていた。だから、周りの生徒と関わる気は一切ないとでも言うように、バッグを持って、1人教室を出た。
「どうせみんな、俺をバカにするやつらばかりなんだから」
そう、つぶやいて。
*****
「あれ、お前、まーたそんなガラクタ作ってんの?」
「……ガラクタじゃないよ」
「あ?聞こえねぇよっ!」
横の席に座っている体格のいい男子が、そう叫んで俺たちの座っているテーブルを蹴飛ばしてくる。その反動で、俺の力作……自分で発電できる簡易ラジオが床に落ちて、ネジがいくつかコロンと音を立てて吹っ飛ぶ。
「ほーら、ネジ外れちまってるから、まーた付けなきゃいけなくなったなぁ」
俺は何とか立ち上がって、ネジの外れた簡易ラジオと外れたネジを手にのっけて回収する。でもすぐにソイツが俺の目上からにやにやしながら、ラジオを思いっきり蹴っ飛ばす。サッカーをやっているというソイツの蹴りは、俺の大事なものを教室の隅まで追いやった。
「あ……」
「お前の大事なもんなんだろ?早く拾わねぇと、今度は外にぶん投げてやろうか?」
「……」
ギャハハと他の男子たちと笑いながら、ソイツは技術室を出ていった。
なんで、技術部なだけでこんな目に遭わないといけないんだろう。
技術部とはいっても、そんな大したものじゃなかったけど、俺にとっては魅力そのものだった。
「部活紹介会」という、うちの中学校がやってる伝統的な小さな集会で、技術部の先輩たちが作った物とかをステージに映して、紹介してくれた。小さな鉄の部品で作られた有名なタワーのプラモデル。リモコンを操作したら実際に動かすことができる、簡易的な木の車の模型。それに感動して、すぐに入部を決めた。ここだったら、目標に近づける、そう思ったから。
実際、俺が小学生の頃に作った小さな鉄の車の模型を見せたら、技術部の先輩たちは褒めてくれた。「すごいね」だの、「どうやってつくったの?!」だの。初めて親以外の人に褒められて、俺は嬉しくて嬉しくてたまらなかった。
だけど、現状はこれだ。物を作っているだけで、バカにするやつらが出てくる。他の2・3年生の先輩方はまじめに、誰にも邪魔されずにできているのに、俺だけはなぜか違った。
……いや、理由は考えれば明確だった。偶然応募した「モノづくりコンテスト」に、俺が作ったその車の模型が銀賞に選ばれたのだ。クラスのみんなの前で先生が自慢げに報告してくれたけど、クラスの中で浮いていた俺にとっては、それが気付かぬうちに嫌がらせの的になるきっかけだった。
それから、ソイツが技術室にやってくるようになった。さっきみたいに、机を蹴飛ばしたり、「手が滑った」と嘘をついて俺の作品をぶん投げたり。でも、昔から弱気な俺は、何も言い返せなかった。たとえ邪魔されても、ムカついても、何か言い返したらもっとひどくなる、中学生の俺の勘がそう言っていた。
1年生なくせにここにいることがダメなのか。
それとも、ものづくりしていること自体がダメなのか……。
*****
あれからはたしか、技術部をやめて、家でしかものづくりをやらなくなったんだっけ……。そう思い返しながら、高校にもあるという「モノづくり部」という、まるで「技術部」のような響きの部活に足を運ぶ。もちろん部室は、技術室だった。
入り口では男の先輩が「お、興味ある?!」とテンション高めに聞いてきたから、俺はその気力に押されて小さくうなずくことしかできなかった。「入って入って!」と背中を押され、技術室に踏み入れる。
次の瞬間俺は、「入部届」とペンを急いでバッグから取り出していた。
溶接をする鉄が溶ける匂いや、電動のこぎりの音。木の匂い。
俺の好きなにおいが、たくさんした。俺はすぐに記入して、その場で机を借りて「入部届」に記入し、職員室に行って、担任の先生に提出した。
ーーー数か月後。
「愛翔、順調か?」
「はい。なんとか」
「よかった。何かわからないことがあれば聞けよ」
「ありがとうございます。先輩」
モノづくり部に入って、正解だと感じるのは早かった。部員数は20人という微妙な人数だったけど、みんな好きに作品を作って、好きにコンテストとかに応募する。中学生の時みたいに、邪魔してくる人なんていなかった。むしろ、先輩……部長が教室中歩き回って、何か困ったことがあれば解決してくれる。相談に乗ってくれる。そんなところだった。
「快適」
この言葉以外に合うものは、何もなかった。
だけど、1つだけ引っかかることがあった。みんな大体、グループで固まってモノづくりをやっているのに、俺以外にもう一人、一人で黙々とやっている生徒がいた。
「伊藤さん、大丈夫?何か困ってることとか……」
「いや、ないです」
「…そっか。何かあったら言ってね」
男の先輩が話しかけた生徒。モノづくり部ただ一人の、女部員だった。女子は、クラスに飛び交う声を聞いている限り、放送部だとか美術部だとか、そういう、いわば女子が入るような部活に入るという人が多かった。だけど、伊藤さん(名前を盗み聞きしてるから知ってるだけだけど)は違った。
何か事情があって入ってるのかな。
もしかして、絵が苦手、とか?楽器が弾けない、とか。
でも、楽器が弾けなくても、絵が苦手でも、その部活に入らない、という選択肢はないような……。大体初心者っぽい人でも入ってるし……。
「ねぇ」
「はい??!!」
急に横から声が聞こえて、手動ドライバーを床に落としてしまった。びっくりしすぎて、声も裏返った。……死にたいくらいに恥ずかしい……こんな大きい声出したことすらないのに……。
ドライバーを拾いながら上を向くと、そこにはちょうど思考のど真ん中にいた伊藤さんがいた。さらさらしていそうな綺麗な黒髪を1つにまとめて、切れ長な目にうっすらとしているけどひび割れ1つすらしていない唇。学校指定の制服から伸びた白くて細くて長い足。美人という言葉以外合わないくらい、美人だった。
「…そのドライバーって、貸し出してもらえるの?」
「あ、これは……俺の私物で……。あ、でも、貸し出してもらってる人もいたはずだよ?!」
「…そう。ありがとう」
俺の変な早口にも動じず伊藤さんは冷淡にそう言って、先輩に話しかけに行った。なんだか、冷たげな人だな…そう感じた。
ドライバーを無事受け取ったようで、伊藤さんは他に誰と話すわけでもなく、淡々と席に戻っていった。自然と目で追ってしまう中で、伊藤さんが俺の隣のブロックのテーブルに座っていたことが判明した。テーブルの上に視線をやると、今の俺と同じように木で何かをつくっているようで、慣れた手つきで軍手をはめて、ネジをはめ始めた。
この日から俺は、伊藤さんを自然と目で追うようになった。
**********
初めて伊藤さんに話しかけられた1週間後。転機は、やってきた。
変わらず、俺は自分の「モノづくり」を進めていた。ドライバーを回して、ネジを次々に止めていく。手首は少し痛くなるけど、全く気にならなかった。それくらい、楽しかった。夢中だった。
周りが見えないくらいに。
「え、すごっ!!」
急に横から声が聞こえて、俺はびくっと体を震わせた。つい夢中になるあまり、横で人だかりができて騒ぎが起こっていることにすら気づかなかった。何が起こっているのかさすがに気になって、立ち上がって人だかりの中から覗きに行く。「それ」と「それを作った人」を見て、俺は目を大きく見開いた。
「それ」は一軒家の骨組みのようだった。細かなところまで作られていて、どのような家なのかが容易に想像できる。そしてそれをつくったのは、あの伊藤さんだった。
「伊藤さん、それ、どうやって作ったの?!」
「え?」
「どうやって作ったのか、教えてほしいんだ!」
「え、っと……」
目の前の伊藤さんの顔が赤くなって目が泳いだ時、俺は初めて自分の現状を思い知った。俺は人だかりを分け入って、人だかりの最前列にいて、テーブルに手をついて、前のめりになっている。俺以外のおそらく全部員が、俺に視線を向ける。
俺は急に恥ずかしくなって、席に逃げ帰った。そこからのその日の記憶は、ない。ある時点までは。
その日の部活が終わり、俺はいつもの通学路を歩いていた。お母さんにメッセージを送ると、「了解!晩ご飯作って待ってるね」とすぐに返ってきた。「ありがとう」とお礼を言って、スマホを閉じる。
夜空を見上げて、今日の出来事を少しだけ思い返す。伊藤さんに、あんな詰め寄って……。他の部員にも見られまくっていたのに……。思い返すだけでも、顔が熱くなっていく。
「……のっ!あのっ!!」
後ろから声が聞こえて、俺は反射的に振り返った。すぐにその声の主の名前が、口から飛び出る。
「伊藤、さん……?」
俺が気付いたことにほっとしたような表情をしてから、すぐに深々と頭を下げた。
「ごめんなさいっ!」
「……え?ど、どういうこと?」
「私、緊張して何も話せなくてっ…。本当は説明だってたくさんしたかったんですけど、緊張しちゃって……だから、ごめんなさいっ!」
「いや……あ、頭上げてよ。何も悪くないよ」
急な現状を飲み込めないまま、俺は返答するけど、うまく答えられているのかすらわからない。でも、伊藤さんの顔はほっとしていて、俺までうまく返答できていたんだなと安心する。
「あれ、実は、私の家の骨組みで……」
伊藤さんは、ぽつりぽつりと話し始めた。
あの模型は自分の家の骨組みだということ。骨組みはどうやって知ったのかと聞くと、自分でこんな感じかなと予想して作っただけだから、正しいかはわからないと、照れくさそうに笑った。
その笑顔がすごくかわいくて、それが全ての俺の…俺たちのきっかけとなった。そして同時に、俺の心の中にあった真っ暗な自分の中の劣等感は、気にならないくらいに薄くなっていった。
**********
「……えぇ?!同じクラスだったの?!」
「そうだよ、気付かなかったの?」
話をしていくうちに、どうやら俺と伊藤さんは家が近いらしく、部活が終わった後は自然と一緒に帰ることになった。そして今日、俺は伊藤さんと同じクラスだったことに初めて気づいた。ずっと気づかなくて申し訳ない。
「授業とかで、先生が指名してるでしょ?その時に『伊藤さん』って呼ばれてるんだけど……」
「……ごめん。全然気づかなかった」
「うそでしょ……。授業ちゃんと集中してるの?」
「いや……モノづくりのことばっか考えてる……」
「もう……テストの点数取れないよ?」
「あ、あはは……」
話していくうちに、伊藤さんはものすごくしっかりした性格なのだと気づいた。最初に話した時は冷たげな人かなと思ったけど、今俺の横に並んでくすくすと笑っている様子を見ると、第一印象とは正反対だなぁと思うと同時に、愛おしくなった。
「伊藤さんこそ、勉強できるの?」
「……」
「……伊藤さん?」
伊藤さんが、急に立ち止まって黙りこくってしまった。何かまずいことを言ってしまったのだろうかと思って謝ろうかと思った矢先、「あの」と口を開いた。手はもじもじとしていて、街灯の下に照らされている顔を見ると、真っ赤だった。
「苗字じゃなくて、下の名前で、呼んでくれないかな……?」
「もちろん!」
俺は、伊藤さんの手を握って、即答した。それくらいにもう俺の中では、伊藤さんは大きい存在になっていた。顔を上げた伊藤さんの顔は、さっきと比べてものすごく真っ赤だった。「手も握っちゃってるし、顔はすごく近いし、当然か」と自分で心の中でツッコミを入れる。
そして、もう一つ大事なことに気が付いた。
「あ、でも、下の名前知らない……」
そんな俺の様子に目を細めて笑い、伊藤さんはゆっくりと言葉を吐いた。
「まなみ。愛に美しいって書いて、愛美」
「愛美、か……。俺は……」
「愛翔くん、でしょ?」
「え、なんで知って…」
「部活の先輩たちに呼ばれてるから、知ってる」
「あ、たしかにそっか…」
そんな俺の様子を見て、伊藤さ…愛美はクスリと笑った。その後連絡先も交換して、俺たちは手を繋いで一緒に帰った。その人生初めての気恥ずかしさと、好きな人と手をつなぐ嬉しさを、今でも忘れられない。
**********
そして高校2年生の冬。人生二度目の転機はやってきた。
いつも通り、愛美と帰る帰り道。「部活楽しかったね」だの、「数学の授業で出された課題がわからない」だの、他愛ない話をしながら歩いた。道路は雪のせいで真っ白になっていて、手袋を履いているはずなのに冷える手は、同じく手袋がはめられている愛美の手を握っている。
「愛翔くんっ」
「びっくりした……きゅ、急にどうしたの?」
急に名前を呼ばれて驚くと同時に、急に手をパッと離されるもんだから悲しさを感じていたら、愛美はバッグの中をゴソゴソと漁って、小さな箱を俺になんとも雑に手渡した。ピンク色の小さな箱に、赤いリボンが結ばれている。
「これ、な……」
「それ、あげる!!じゃあ、また!!」
これが何か聞こうとしたら遮られ、愛美はあわてたようにそう言って、家の方向に走っていってしまった。しばらくポカーンと突っ立っていたけど、寒さが勝って、俺は家に急いで向かった。そして家に帰り、俺はその箱の意味を知って発狂することになる。
晩ご飯をいつもより急いで平らげ、課題も高速で終わらせた後、俺は愛美に電話をかけた。頭の中でいろいろな言葉が渦巻いていて、愛美の声が聞こえた瞬間に早口になってしまう。
「もしもし?愛美?!」
「愛翔くん…どうしたの、こんな夜に。もう11時だけど」
「あー…ごめん、寝るとこだった?」
「ううん。今ちょうど課題終わったところだから、大丈夫」
「…そっか」
「…うん」
愛美の冷静な声の後、沈黙と気まずさだけが広がる。何言うか考えておけばよかった……と後悔しつつも、気付かれないように小さく深呼吸して、名前を呼ぶ。
「愛美」
「ん?なに?」
「…俺と、付き合ってくれませんか?」
電話の向こう側で、「え」と小さく驚く声が聞こえる。
あのピンク色の箱の意味は、「告白」だった。中には白と茶色のトリュフが入っていて、メッセージカードも入っていた。そこには、「好きです」とただ一言と、「伊藤 愛美」という愛おしい名前が書かれていた。
それに対しての俺の答えは、1つに収まりきらなかった。「俺も好き」「叶うなら、付き合いたい」「ずっと一緒にいたい」。そんなことを、ずっと考えてきていたけど、やっと、伝えられた。
答えがなんだとしても、受け止める自信が、あったけど……。
「ぜひ、お願いしますっ……」
俺の気持ちは、実った。
涙ながらの声が、電話越しに聞こえてきた。そうして俺たちの、長いようで短い旅が始まった。
**********
無事そうして付き合うことになった俺たちは、大学まで進んだ。お互い、少しだけ違うけど「モノづくり」という面では同じだった。俺は鉄鋼業系で、愛美は建築系。一緒に勉強して、大学進学が決まった時には、抱き合って一緒に喜んだ。
合格発表後に2週間経ち、俺は、ある決意をした。
「愛美、一緒に、暮らさない…?」
「一緒に、暮らす……?」
目を真ん丸にして、まっすぐに俺を見つめてくる。そのまっすぐすぎるくらいの瞳に怖気づいてしまうけど、一呼吸して話し始める。
「俺さ、ずっと考えてたんだ。高校卒業しても、愛美とは一緒にいたくて。家は近いけど、せっかくなら一緒に暮らしたい。毎日会ってたいし、離れたくない。……俺のわがままかもしれないんだけど、だめ、かな……」
「……ううん。むしろ…すごい、嬉しい!」
少しうれしそうに、だけど恥ずかしそうにうつむいてから目を細めて、愛美は本当にうれしそうに笑った。俺もつられて、一緒に笑った。
その後は、2人で一緒に部屋を探して、決めて。家具も相談して決めて。
一緒に暮らし始めてからは、お互いの知識を交換し合った。どうやって骨組みを木でつくるのかとか、溶接はどうやるのだとか。俺が教える度に、「愛翔くん、すごいね!」とか、「やっぱかっこいい……」ってつぶやいてくれる愛美が愛おしくて、何度も唇を重ねた。
これでようやく、俺たちの幸せな生活が始まる。そう、思っていた。
ーーーあの時までは。
**********
「愛美っ!!!」
大学3年の夏。俺は、電車に乗って病院に駆け付けた。
授業が終わり、愛美と同棲生活をしているマンションの部屋に帰る途中、愛美のお母さんから急に、愛美が急に大学で倒れ、病院に運ばれたのだと連絡があった。
病室につくと、愛美はベッドですうすうと寝息を立てて寝ていた。そのかわいらしい寝顔に安心したのもつかの間、お医者さんから言われたのは、耳を疑いたくなる言葉だった。
「がん、ですか……?愛美が?」
愛美は、肺がんの、ステージ4だった。余命は、長くても1年半。
彼女が起きてから、俺はお母さんやお父さんと相談して愛美に病気のことを伝えた。彼女は泣き崩れ、俺も一緒に泣いた。そして、一緒に戦うことを決意した。
だけど、俺よりも愛美の方が強かった。
抗がん剤の影響で綺麗な黒髪は抜け始めたけど、帽子をかぶって隠して、少し症状が安定すれば、お医者さんにちゃんと許可をもらって学校の勉強やモノづくりに励んだ。
だけど体は病気に徐々に蝕まれているようで、倒れる頻度も増えていった。俺は、そんな愛美を支え続けた。
時々、1人で泣いた。愛美を失うと考えると、涙が止まらなくなった。モノづくりをしているときの無邪気な笑顔や、稀にけんかした時に見る怒った顔。だけど仲直りしたらまたくしゃりと笑う顔。全て思い出して、辛くなった。もう二度と見られなくなるなんて、嫌だった。嫌で嫌で仕方なくて、目を何度も腫らした。
そんな、余命宣告されてから半年ほど経った、ある日。
「愛翔くん、お願いがあるんだけど、いい……?」
いつも通りお見舞いに行くと、愛美はベッドに横になりながら天井を見上げ、俺にそう告げた。その弱々しくなっていく、大好きな人の声を一つも聞き逃したくなくて、ベッドの横に腰掛ける。
「いいよ。なんでも言って」
「ふふ、ありがとう……。…あのね、愛翔くんと一緒に…モノづくりが、したいの…」
「…え?」
「私たち…思い返せば、一緒にモノづくりしたことなんて…ない、でしょ…?だから、最期に、一緒に、作りたい…」
「……っ……最期とか、言うなよっ……。これからも、一緒にたくさんモノづくりしようよ……」
「そう、だね……」
優しく微笑みながら、愛美は俺の手の方に腕を伸ばした。それにこたえるように俺は、その小さな手を握った。その強くて優しい、彼女の手を。
2週間後。お医者さんに少し無茶なお願いをして、俺の大学に行って、最初で最後の2人でのモノづくりをした。
「お城」をつくりたい。
彼女からのそのお願いに俺は答えるべく、部品を大量に仕入れた。愛美も、建築系の知識をたくさん活かしてくれた。朝から夕方まで、休みながら作業して、その小さいけど立派な城は完成した。
「……ありがとう。愛翔くん……私、すごく、楽しかった…」
テーブルの上に乗った小さなお城を涙ながらに見ながら、愛美はそう呟いた。
「俺も、楽しかったよ…。愛美」
ずっと、この時が続けばいいのに。そう、神様に願った。
だけどその願いを、神様が叶えてくれることは、なかった。
**********
「意外と早かったな、愛美…」
墓地の前でただ一人、俺はつぶやく。周りに人はいない。俺だけの…いや、俺と、愛美だけの空間。
2人でモノづくりをしたちょうど1週間後、愛美は静かに天国へと旅立った。
お墓参りが終わって、俺はマンションの部屋に帰る。まだ愛美のお気に入りの冬靴とか、歯ブラシとか、マグカップとかが残っていて、生きているのではないかとバカな考えが頭に浮かぶ。
だけど、リビングの隅に置いた仏壇が、事実を突きつけてくる。
「会いたいよ、愛美……」
仏壇に置いた、あの時一緒に作った小さなお城を見る度に、笑う愛美の顔が、頭の中に浮かぶ。思い浮かべたいような、思い浮かべたくないような。だけど、思い浮かべてしまえば、涙が止まらなくなる。
愛美がいなくなってもう1カ月は経つのに、こんな生活が、ずっと続いていた。
「あれ、これ……」
愛美の遺品整理をしている途中、俺は、愛美が愛用するテーブルの引き出しの中に、一通の手紙が入っていることに気づいた。「もしかして」という期待を込めて、すぐに封を開け、便箋を取り出す。そこには、愛美の文字がたくさん並んでいた。
『愛翔くんへ
この手紙を読んでるってことは、私はもうこの世にいないってことになるね。置いていっちゃってごめんね。だけど、愛翔くんは優しいから、きっと、これから先も幸せになれるよ。
だけど、もし病気になんてならなかったら、もっと、愛翔くんと一緒にいたかったな。まだまだ一緒にモノづくりしたかった。一緒に笑い合って、結婚まで行きたかった。…お嫁さんに、なりたかった。
私、強がってたけど、私も泣いてたんだよ?笑 愛翔くんも泣いてくれてたんだよね。目腫れてるの知ってたよ。きっと私のために隠してくれてたんだろうから、言わなかったけど…。
きっとそんな寂しがり屋な愛翔くんのことだから、もう一つ、プレゼント用意しておいたよ。実はね、お城の中に、1つスイッチがあるの。それを押してくれたら、私と、もう一度会えるかも?よかったら、押してみてね。
最後に、私を彼女にしてくれて、ありがとう。来世でもう一度会えるのを、楽しみにしています。
伊藤 愛美』
そっと手紙を閉じて、泣き崩れた。涙を、止められなかった。
「俺も、結婚まで行きたかったよ、一緒にいたかったよっ……愛美……!!」
何度も彼女の名前を呼んで、床に額を押し付けた。涙が、止まらなかった。ただ、「会いたい」とだけ願った。
どれくらい時間がたったかわからない時、ようやく、涙が止まった。我ながら泣き虫だな、と突っ込みながらゆっくりと立ち上がって、俺は仏壇の前に置いてある小さなお城の前に来た。
少し見回してみると、お城のドアに蝶番がついていることに気が付いて、ドアをゆっくりと開ける。その中を覗いてみると、薄暗かったけど指が届く範囲に、赤くて丸いスイッチがあることに気が付いた。
俺はゆっくりと、そのスイッチに、手を伸ばしたーーー。
**********
『続いてのニュースです。
本日、北海道○○市のマンションの一室にて、爆発音がしたとの通報があり、消防が駆け付けました。2時間ほどで鎮火されましたが、部屋からは中山 愛翔さん 23歳の遺体が発見されました。警察と消防は、火事の原因を……』
**********
「ごめんね、愛翔くん……」
「私のこと、死んでも、ずっと離さないでいてほしいんだ……。だから、許してね。」
たとえ、私たちの愛の証に、爆弾が仕込まれていても。
わたしを、はなさないで。 暁 夜星 @yoboshi_akatsuki
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