第14話 少女は大体やばいやつ

深夜の繁華街には多くの危険が潜んでいる。


建物と建物の隙間にある細い路地。そこでは今日も非合法な売買が行われていた。


「オニサン、ウチノハ、シツガイイヨー」


「お、いいね」


売人プッシャーと呼ばれる男はカタコトの言葉を操り、カタギには見えない男に声をかけた。


「マジリッケ、ナシ、コレホンモノ」


「良かったらまた買うよ」


「キモチイイ、キモチイイヨ、オニサン」


売人は非合法な栽培をされた薬草と引き換えに金を受け取る。


「アリガトアリガト、アナタ、イイヒト」


ニコニコと引っ掻き傷のような目をさらに細める男。暑い日に関わらず長袖を着ていた男がパケを受け取り、そのまま片手をあげて去っていく。そして裏路地には売人だけが残った。


「ひー、ふー、みー、よー……ちっ、しけてんな」


笑顔のかめんを外して流暢な言葉で本日の売り上げを数える男、好夫である。


ついに好夫はヤクの売人にまで身を落としていた。カタコトの言葉は身元を特定出来なくするためである。闇夜で多少は紛れるとはいえ、好夫の髪色はこの国ではいささか目立ちすぎた。


「どうだ、あがりは」


「あっ、兄貴」


好夫に声をかけた男のシャツにはうるさいぐらいに柄が入っていた。好夫が兄貴と呼ぶこの男が今の好夫の上司だ。兄貴は好夫が手にもった紙幣を無遠慮に覗いてくる。


「ちょっと借りてくぜ」


「あっちょ……それは俺のあがりで……」


札が何枚か引き抜かれる。それは好夫の取り分だった。好夫は少なくない金を払い兄貴からヤクを仕入れている。


「あ? なんか文句あんのか?」


兄貴は感情の篭らない顔で好夫に顔を近づけると、やがてニカッと笑った。


「好夫、いつもヤク勉強してやってんじゃねぇか? な? こんぐらいでガタガタいうなよ」


「へ、へへへ。はい、すいません……」


言葉の馴れ馴れしさとは真逆の圧力に好夫の口から媚びた笑いが漏れた。


「しっかり頼むぜ」


引き抜いた札で好夫の頬を軽く叩いた兄貴は、肩で風を切りながらそのまま夜の街へと消えてしまった。


──どうしてこうなった。


好夫は自分がなぜこんな境遇にいるのかが理解できなかった。いや、わかってはいるのだが脳が理解を拒んでいた。


ことの起こりは数日前に遡る。


好夫はいつものように「チートがあれば」と考えながら地方を転々としていたときのことだった。移動の関係で寄り合い馬車を多用する好夫はその日も馬車に揺られていた。そこへ、


「あの、ちょっと宜しいですか」


なんともグラマラスな大人の魅力あふれる貴婦人が馬車に寝転がる好夫に声をかけてきた。基本的には異世界無双のことしか興味のない好夫は「よろしくないです」と無愛想に答えて再び目をつむる。一瞬、女の顔には怒りの表情が浮かんだが根気強く好夫に話しかける。


「次の街で荷物の積み下ろしを手伝っていただけないかしら? もちろん謝礼は払いますから」


後半の言葉がキッカケだったことは言うまでもあるまい。金持ちっぽい人の謝礼という言葉聞いて「はいよろこんでー!」と好夫はホイホイ着いていくことしたのである。



──その結果がコレだった。



大きな街で降りた女はこれまた大きな屋敷まで好夫に荷物を運ばせると、奥の部屋向かって大声を出した。そこには馬車で聞いた品のある響きは見当たらない。


そして女の声に反応するように奥からコワモテの男たちがゾロゾロ出てきたのである。一様に武器を所持していて、何人かの男が女に向かって労いの言葉を投げた。そのコワモテ男たちを束ねていたのが先ほどの『兄貴』である。


その後、兄貴と女が報酬の額で軽い小競り合いをしていると奥から一人の少女が現れた。


見た目は10を少し過ぎたぐらいだろうか。慌てて頭を下げる兄貴を無視し、その少女は好夫のところまでまっすぐ歩いてきた。


「ひどいじゃない。何も言わずに姿を消すなんて」


大人のような言葉を使う少女は一度だけ色素の無い真っ白な髪をかきあげた。上品な黒いドレスが少女にかしずくようにフワリと舞い上がる。


「久しぶりね、好夫」


好夫目の前まで迫った真っ赤な瞳は少女が人間ではないことを伝えている。フラン・マーガリット。悠久の時を生きる吸血鬼は血のような唇を真っ赤に裂いた。ちなみにミルキと並ぶ好夫の債権者の一人である。


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転生して最強の俺が追放されて婚約破棄されてざまぁされた後のはなし たぬき @tanukigatame

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