プロジェクトタイムマシン

高野ザンク

未知なるパワー

 数十年後、未知子は、高校の卒業生で手品師の誠一のアシスタントとして、大脱出の手品に参加した。その脱出マジックには、敷島が作った箱が使われた。箱はタイムマシンになっていて、この時代にタイムスリップしてしまった。


「面白い。実に面白い」


 話を聞いて、敷島たつるは興奮気味に言った。

 未来で彼の作った箱はタイムマシンとなり、未知子をこの時間に送り込んだ。その事実が自分の理論の正しさの証明であることが、実に愉快だった。


「僕はちゃんと手品師になってたんだね」

 誠一も静かに喜びを噛み締めているようだった。


「でも、俺おっさんなんだね。未知子さんと本当はそんなに歳が離れてるのか」

 悲しげな顔で誠一が未知子を見る。

 そこをそんなに残念がるか。ただ、なぜかちょっと嬉しい気もした。

「いや、ちょっと待って。もしかして僕らって……」

「親子ではないから心配しないで」

 誠一の質問の意図を先回りして未知子がピシャリと言うと、誠一は少しホッとしたような表情をした。そこも大事なことか?ただ、彼の顔を見て、親戚であることはなんとなく話さないでおくことにする。


「もし未知子ちゃんをタイムスリップさせたのが、未来の俺だとしたら、疑問点がいくつかある」

 二人のやりとりを気にせずに敷島が話を進めた。


 まず、どうして敷島本人がタイムスリップしなかったのか。そしてなぜ未知子が選ばれたのか。そして、来させた日時がなぜ今なのか。


「ちょっと待って。私は偶然タイムスリップしたんじゃないの?」

 未知子の疑問に敷島が冷静に答える。

「君が如月の手品の道具、つまり俺の箱だ、それを使ったということは、これは意図的に起こされたことだ。未来の俺と、おそらく如月の二人によって」

 如月はともかく、俺はそんなにいきあたりばったりの人間ではないからね。と敷島は付け加えた。誠一が不貞腐れたような表情を作る。


「未知子ちゃんがここに来て、俺らと会わなければ、未来の辻褄が合わなくなる。そう考えたんだと思う」


 あの箱を見てから、そういう考えがなかったわけではないが、改めて突きつけられると未知子にとってはショックだった。今ここにいる二人は頼もしいが、そもそもこのトラブルの原因を作った人たちなのだ。信用していいのかわからなくなってくる。


「まあ、その理由は今考えてもわからないだろう。だから現実的に、君を未来に戻す方法を考えることにする」

 敷島はそう言って二人の顔をじっと見た後、ニヤリと笑った。


「実はもう当てはあるんだけどね」



 三人は、高校の体育館にやってきた。

 未知子のタイムスリップしてきた場所だ。夏休み中だし、この1週間は部活も休みになっているので、二日経った今でも、誠一の手品用具はあのときのままステージに置きっぱなしで、天井の檻もそのままぶら下がっていた。


「ここに当てがあるのか?」

 誠一が訊ねる。

「いや、それはまた別だ。その前に、あの檻の位置を正確に測っておきたい。未知子ちゃんを未来に戻す時は、あの檻の中になるだろう?ちょっとでも座標がズレるとマズいからね」

 敷島は測量用の器具を取り出すと、舞台に上がって計測を始めた。

「マズいことってなに?」

 恐る恐る未知子が訊ねる。

「移動した座標の位置に壁があったとしたら、どうなる?壁にめり込んで登場!ってなるだろう。当然そうなったら……わかるよね」

 そんなことを平然と言える敷島は、やはり変人なのかもしれない。

「ぬりかべ女として生まれ変わるという選択肢もあるけど」

「絶対に正確に測って!」

 未知子は心の底から嘆願した。


「あれ?でもどうして私、ここに来た時にちゃんと箱の中に入れたんだろう。運が良かったから?」

「そんな偶然に俺が頼るわけないだろ?」

 敷島は檻の下から、舞台に置かれている人が入れる大きさのダンボール箱の近くに移動した。そしてその箱を指しながら得意げに言う。

だよ」



 昼過ぎまでに計測を終えると、学校近くのファーストフードで遅い昼ご飯を食べる。未知子が今も使う店だが、この時代にできたばかりのようで、どこもかしこもピカピカに見える。そういうことを誠一と敷島に話すと、少し場が和む気がした。


「時間を移動する理屈は簡単で、空間を時間に変えればいいだけなんだ」

 敷島はさも簡単そうに言うが、二人にはマンガのような話にしか思えない。もっともそのマンガのような話が実際に起きてはいるのだが。

「ただ、そうするには莫大なエネルギー源が必要だ。原子力レベルのね」

「それをどこから手にいれるんだよ。原子力なんてもし手に入っても、危なくて扱えないだろ」

 誠一が訊ねる。

「だから、未知のパワーを使うんだ」

 敷島は鞄からスクラップブックを取り出し、目当てのページを見つけると、未知子と誠一の前に切り抜きの新聞記事を広げて見せた。そこには、昨年、この街近くの海岸線にいくつかの隕石が落ちた、というものだった。


『拾われた隕石の解析結果では、まだ地球にはない宇宙線を含んでおり、未来のエネルギーとなる期待が持たれている』

 記事はそう結ばれていた。


「このエネルギーを利用する」

 敷島がハンバーガーを頬張りながら力強く言った。


「これで未来に帰れるの?」


「この隕石にどのくらいのエネルギーが含まれているのか、この記事ではわからない。ただ、その後の研究によればプルトニウムに匹敵するぐらいではあるらしい。それにほぼ人体に無害だそうだ」


 敷島曰くエネルギー源さえあれば、空間を時間に変換することは(あくまでも彼の理論からすれば)さほど難しくないという。


「そう言ったって、どうやって隕石を手に入れるんだよ」


 記事によれば回収された隕石は政府の研究施設に保管されている。そこに盗みに入るわけにもいかないだろう。


「実は、隕石は回収されたもの以外にもあるんだ。しかも、この近くにね」


 今度は地図を取り出して、敷島が場所を指差してみせた。それは隕石が落ちたと言われる海岸線にほど近い、森林地帯だった。


「報道されてない情報だけど、海岸線に隕石が落ちたとニュースになった後、続いて同じように隕石が落ちるのを見た、という目撃証言があったんだよ」

 敷島はその話を科学マニアの情報網で知ったという。

「なぜ、それが公になっていないかというと、それは落ちた場所が理由。この森はとある新興宗教の私有地だからさ」


 なんでもその新興宗教は政府にも顔が利くほど勢力が強く、隕石が落ちたということで調査が入ろうとした時も、私有地だからという理由で捜索をさせなかったらしい。そして、今でもこの森には隕石がそっくりそのまま残っている。


「それって、ただの噂なんじゃないの?」

 未知子が訝しげに訊ねる。

「もちろん、噂の域はでない。でもかけてみる価値はある。それに俺はもともと夏休みのうちに、その森に行くつもりだったんだ。そのことを未来の俺は知っているはずだ」

 敷島は一息おいて続けた。

「もっとはっきり言えば、俺はこの夏、そこで隕石を見つけたんだと思う。未来の俺から『そこに行け』というメッセージが送られてきたからね。未知子ちゃんというメッセージを」


 確かに、彼の推論が正しければ、未知子がこの時間、この場所に送られた意図がはっきりする。それは高校2年生の敷島にタイムマシンを完成させるエネルギーを手に入れさせるためだ。


 しばらく三人は押し黙っていたが、そのうち誠一がズッとシェイクを飲み干して言った。

「とにかく行ってみよう。結局今はそれしか手はないんだから」

 その言葉に、未知子は小さく頷き、敷島はニヤリと笑った。



 敷島の自転車を先導にして、誠一は未知子を荷台に乗せて自転車を漕ぐ。夏の日差しは強いが、幸い湿度は低く、あまり汗ばまずに済んだので、誠一は未知子を背負っても、あまり気にせずに済んだ。


「未知子さん」


 下り坂に差し掛かった時に、誠一が呼びかけた。


「未来の僕はキミにひどいことをした。なにか事情があったと思いたいけど、騙し討ちでキミをここに送り込んだんだから」


 未知子はどう返事をしてよいかわからず、ただ黙っていた。


「でもキミをちゃんと送り返したいと思う。そして未来の僕に、きちんと理由を説明させてほしい。だから……」


 2台の自転車は、海岸線を右手に見ながらカーブをくだってゆく。


「今はしっかりつかまっていて」


 未知子は背中越しに誠一の決意を感じた。


 未来の誠一のことは、叔父であるという関係性以外、正直よく知らなかった。私をこの状況に巻き込んだ張本人だし、信用できる人間かはわからない。

 でも、今の誠一は信用できる。するしかない、というよりも、彼のまっすぐな想いを信用したいと心から思った。だから、私はこの背中を離さない。

 ここは私の生まれた時代ではないけれど、今私が生きている時代なのだから、今の私が信用できるものを信用するのだ。


「あなたこそ、私を離さないでね」


 未知子はぎゅっと誠一の背中を抱きしめた。

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