あなたのハートひとり占め

亜璃逢

あなたのハートひとり占め

 学校が終わったら、手をつないで帰ってた。

 幼稚舎のときは、お袋たちも一緒。4人で帰ってた。


 うちは、私立敬愛大学附属の学校で、校区関係なくあちらこちらから生徒が通ってくる。僕たちは、家が徒歩10分。かなりのご近所さんだった。

 日曜になると、公立の小学校に行っている近所の幼なじみたちも一緒に、町内の公園に集まった。

 

 一段高くなっているそこは、お祭りの時には、ステージにもなるのだけれど、土曜のお昼は、彼女の世界が広がる。


「私、絶対、アイドルになるんだぁ」


 ずっとずっと強い瞳で自分の未来を語りながら、僕たち幼なじみグループの手拍子を受けて、バッキングオケがあるわけでもないただの公園で、人気のアイドル曲やアニメの曲を振りを付けて歌い踊る。

 小学校にあがると日曜日や長期の休みはテレビにも出てる子役をよく輩出する有名な児童劇団でレッスンを受け始めた。

 ちなみに、土曜の夕方からは個人でボーカルのレッスン。劇団ではダンスのレッスンもあるらしくて、日が経つほどに、彼女自身の輝きが増していく。


 さすがに、3年生になるくらいには、手をつなぐのがなんだかイケナイコトをしてるみたいな感覚になって「もう、ちっちゃい子じゃないんだし」とちょっと強めに言ってしまった。

 瞬間、何ともいえない、傷ついたような、いつかそんな時が来ることが分かってたような……そんな感情を宿した彼女の瞳、今でも思い出せる。


「りんちゃん」「まさとくん」って呼んでた名前も、いつしか、「水無瀬」「園田君」に変わっていった。

 ただ、家の方角は一緒だから、やっぱり一緒に帰っていた。


 中学校になると俺もサッカー部に入ったし、彼女は彼女でさらに芸能系のレッスンを放課後に詰めて、その時間すらなくなったけれど。


 高校1年の夏休み。オーディションに受かって、大手プロダクションの3人組アイドルグループの一人に選ばれたと凛ちゃんから聞いた。

 特に芸能活動禁止というわけでもない学校だったから、一応学業優先で出席もしながら、仕事があるときは休む。そんな風に活動するらしい。

 幼稚舎や小学校から一緒の仲間、中学や高校からの仲間、そして近所の幼なじみたち。みんなが夢への大きな一歩を踏み出した彼女をわいわいと祝福した。

 ちっちゃい頃から知ってる友達がアイドルになる。

 それは、日常の中の非日常だ。



 そんなある日、凛ちゃんからメッセージが届いた。

「今度の土曜、部活終わったら、いつもの公園にきてね」

 そう書かれていた。



「あのね。デビュー曲決まったんだ」

「お、おめでとう。いよいよ水無瀬の夢が叶うな」

「そうだね。ありがと雅人君」


 まさとくん、か。懐かしい響きだな。


「デビューしたら、男女交際禁止なんだよね~」


 そう、笑う彼女。夢のさらに向こうの夢をつかもうと進む君はやっぱりまぶしい。


「ま、そりゃそうだろうな。みんなの凛ちゃんになるわけだもんな」

「……そうだね。でねっ。じゃじゃーん! そのデビュー曲を今からここでお披露目しちゃいます!」

「え? いやほら、それならあいつらも呼んでこなきゃ」

「ううん、いいの」


 そう言うと、だいぶ古くなった感じが否めないあのステージに飛び乗る。


「ちゃんと、見ててね」

「お、おう」


 そして、彼女は歌い始めた。

 アイドルが、ファンに向けたメッセージのような曲だった。



♪どんな大きな夢をつかんで どんな遠くに飛んでいったとしても

 君の視線は 私だけのもの 目を離さないで

 そのハート ひとり占め……




 小さい頃は明るい中こうやって彼女を見ていた。

 今、夕陽を受け彼女は歌う。

 俺にピタリと目線を合わせて。


 その瞳に宿る熱にまけたのか

 俺は……

 俺は……


 思わず凛を抱きしめていた。


 

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あなたのハートひとり占め 亜璃逢 @erise

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