第二十話「出会いと別れ」

 魔王の城は、オーガスタが杖を一振りして作り上げた。特に威厳だとか、自尊心の誇張の意図は建物の外観・内装には反映されていない。

 

 辺りが肉塊まみれの中、材料にされた記憶の一部に建築を夢想した病人の、デジタルのシュミレーションの産物がうっすらと湧き上がったのがはじまりである。

 だんだんと理性を取り戻し、自らの行いに恐怖と後戻り出来ぬ絶望感に対する逃避先として、このかつての"夢"であった城を建て、そこに引き籠ったのであった。


 世情など分からぬまま城の中で哲学していたオーガスタの元へ、所謂"職人"たちが恐る恐る謁見してきた。彼らの世界では、個人(もしくは少数精鋭)が魔力を用いて悪行で国を支配、統治政府の陥落を行い、魔族を支配した者を『魔王』と呼んだ。

 その魔王が現政府を壊し尽くしたというのに、何も国を支配することへのアクションがないことに不気味さを感じ――感じながらも、『金持ちをパトロンとして働いた者』かつ『今後の国の未来の調査に乗り出したい者』であった数人が、様子を伺いに来たのである。

 オーガスタは、彼らを淡々と追い返すばかりであった。しかし、オルガン職人数人が来た時、悩みながらもその人物を招き入れた。

 壁に固定、設置された大きなパイプオルガンというのは、楽器でありながら建築物そのものである。オーガスタの記憶にはこれを建築できるスキルはなく、城を訪ねた職人たちに頼んだのだ。

 

 魔王は職人たちの働く姿を常に後方で眺めていた。職人たちは魔王に聞かれぬようヒソヒソ声で会話した。

「どうだ?」

「前政府を一人で滅ぼしたヤツだぞ。全くスキがない」

「あの何もかも見下したかのような冷めた表情。友人はあいつに殺されたってのに、復讐もできずアイツのために働いてしまっている!しかし、期を待つのだ……」

 職人たちの会話は、魔王には筒抜けであった。城に設置した監視網は魔王の持つ『キューブ』に集約された。

 

 このキューブは、元は魔王を生み出すために魔法使いたちが用いた『材料入れ』である。

 当時は一立法メートルほどのサイズであった。ホムンクルスの肉体が徐々に透明板の円柱型"母体"に移されたあとも、材料は一度キューブに入れられそこからチューブを通ってホムンクルスへ供給された。 

 透明板を破り魔法使いたちを一人残らず肉塊にしたあと、自分が生まれた体の"一部"と認識していたキューブを圧縮・小型化し、魔道具として持ち歩いているのである。その中に、魔法使いたちの膨大な極秘研究資料も詰め込まれていた。時間操作魔法もそのひとつである。

 

 魔王は職人たちにどう対応するべきか分からなかった。理性を日々取り戻し心情を変化させている魔王にとって、不必要に人を殺すことは避けたかった。

 しかし、彼らから感じる殺意に対する不快感も募らせていた。

 

「もういいよ。理解した。あとは我自らでなんとかできるので」

 オーガスタは、内部構造を理解し、大まかなオルガンの材料が揃えられた時点で職人の作業をストップさせた。 

 これからが作業の山場だという場面での中断に、職人達は困惑した。

「材料たちは"ただ"材料だからな。設計図は先人たちの知識の集合であろう。この城に適合させるための調整はもうなされているからな。そこから先、お前たちが手をつける箇所はない。お前たちの"色"はいらない」

 そういってオーガスタは左手にキューブを持ち、右手に杖を持ちそれを指揮者のように振ると、どんどん材料が一人でに動き、だんだんと組み上がっていった。その光景を見て、職人たちは驚愕と恐怖で硬直する。

 オーガスタは鍵盤の前に座ると、オルガンを奏ではじめた。


 巨大なオルガンには何百何千というパイプが収納されており、おおよそ一人の人間が奏でているとは思えないような多彩な音色を、同時に鳴らし、建物全体を支配する特性がある。

 オルガンはその建物で求められる膨大な物語を音で語るために用いられる。教会であればそこで祀るもののために、コンサートホールであれば各々の作曲家の世界のために。

  

 魔法使いの"好奇心"から生まれたオーガスタの城で、彼女の自己を見つめるために表出した物語は、その場にいた人間にはあまりに重圧で耐えられない振動であった。ある職人は発狂し、ある人物は絶叫して城から飛び出し、外にいる魔獣に襲われた。

 そうしてまた、城の中にはオーガスタが一人佇むだけであった。


 


 両手で胡麻を擂りながら魔王に謁見してきた人物は、彫刻家であった。名前をソルベ・プトレマイオスという。

 彼はオルガン職人たちのような"志"など持っていなかった。強者につけば儲かる。そういう生き方をしてきた。


 その頃オーガスタは、古代ギリシャ神話のコルキスの王ピグマリオンの物語を読んでいた。彼・彼女にはある種の嫉妬と冷笑、そして一見矛盾する暖かい心を、同時にこの物語に感じていた。

 

『人間不信の王ピグマリオンは日々彫刻に勤しんだ。

 その内自らの創った象牙の女性像に恋をして『彼女が実際の人間であったどれほどよかっただろうか!』と毎日嘆いた。その恋心は彼自身の肉体に耐えきれず、日々食事も喉を通らず衰弱していく日々だったので、哀れみと本物の恋を見かねた女神アプロディーテーは女性像に生命を与えた。

 ピグマリオンはその像から生まれた女性「ガラテア」を妻として迎え入れた』

 

 オーガスタは日々彫刻作りをしていた。魔法を使えたのに、彼女は手彫りにこだわった。そうして作っていった像たちに、何を彼女は見出したのだろう?

 

 ソルベはオーガスタの持つ「ピグマリオン」の書をみて『魔法で像たちに生命を与えましょう!』と進言した。

 オーガスタはソルベに侮蔑の顔を向けた。彼女にとって、生命を"与える"ということの重さと、ただ人形を動かすことに命を与えたと表現する嫌悪と、ソルベ自身の相手を慮る心のない見栄のための『押し付けがましい恩』の三つが許せなかった。 

「今すぐ何も言わずに帰れ。ただ帰れ」

「私の能力を過小評価してらっしゃる。とにかく私の魔法を見てください!そうすればきっと私の評価をかえるでしょう!」 

 そう言ってソルベは杖を振った。すると、像たちは1人でに動き出し、手に持つ剣をソルベに突き刺した。

 魔法をかけられた像は、彼女が魔王になってからの「人間への憎悪の擬人」であった。特に魔法でプロテクトをかけようとしなくても、魔力は『像の物語』に従って動いた。 

 初級の人形師であれば闇雲に像を動かさない。一流の彫刻師も決してそのようなことはしない。ひたすらに自己中心的で二流なソルベの最期が像に殺されるという自滅であったことを百人の彫刻師が聞けば、九割は納得の表情を浮かべるだろう。

 

 彼女は残った"親切心"で、遺体をプトレマイオス家に返還した。受け取ったのはトールだった。




 オーガスタは城の周りをより厳重にし、何人たりとも入れないよう魔法を何枚も貼った。彼女を討伐しようという勇者、冒険者、賞金狩りたちを追い返した。 

 誰も入れないよういくつも罠を施したというのに、城内には人を招いて作品を鑑賞してもらうための『ギャラリー』が建てられていた。

 彼女はどこまでいっても孤独であり、自分の象ってきた像たちを通じて、意思疎通が生まれる空間を夢想した。

 

 ある日、鑑賞者の一人もいない"はず"のギャラリーに入っていき、像たちを眺めようと思った。

 そこに見知らぬ人物が立っていることに気が付き、身構えた。しかし、その人物はただ自分の作品の前に立って、像を鑑賞していた。

 オーガスタは緊張を少し緩め、その人物に近づいていった。

「トラップを全部回避して来たのか、すごいな」

「暗号解読は俺の専売特許のようなものだから。自分が通り抜けたあと、各トラップはちゃんと元通りにしておいたよ」

「それはどうも」

 一通り会話を終えるとまた、その人物はじっとある像を鑑賞ていた。

 オーガスタはもっとその人物と話したいという欲求と、鑑賞の邪魔をしたくないという願望に挟まれていた。

 城に来訪したその人物を見つめていると、頬に流れるものを認めた。それを見て、やっとオーガスタは『話しかけたいという欲求』をスっと抑えることが出来た。彼が違うことをするまで静観しよう。


 数分経ったあと、目の前の人物はチラとオーガスタを確認したあと、また彫像に向き直った。

「ダンスを披露しているこの人物、俺の友人にそっくりだ」

「人物の名は」

「ワシミヤ」

「……そのモデルとなった人物は無理やりこちらに連れてこられた、異世界の人だ。同じ名前だよ」

 

 そうして、また会話が途切れてギャラリーを二人で回って行った。

 その場で出逢いお互い名前も知らないのに、そうするのが当たり前のように二人は方を並べてギャラリーを順にめぐり、作品を鑑賞した。

 オーガスタは、その男性を見ていた。

 全て巡り終わると、ギャラリーの入口で、オーガスタは改めて名乗った。

「この作品を造った、城の主のオーガスタだ」

「幸田紅葉。よろしく」


      *      *


『筆:幸田紅葉』

 

 とある記録書の著者名欄に、彼は自分の名前を書く。

「本名を使うのか?」

 斜め後ろから、背中越しにオーガスタは署名を読んだ。

「まあ、気に入ってる名前だし」

「……どこで貴方の知人が我との出会いと知らずにそれを読んでしまうともわからん。ペンネームを使うと良い」

「ペンネームねえ。なにか思いついてる?」

「紅葉を"落ちる葉"と言わず"赤い葉"という心は残したいな。『ルージュ・フイユ』君にあげるよ」

「――ありがたく頂戴する」


      *      *


 十月中頃、学園祭が無事に終わり、文芸部・吹奏楽部・演劇部・ジャグリング部の四部活合同の劇はかなり評判の良いショーとなった。

 

 各クラス、団体が片付けを終えて各々の打ち上げなどに行く中、俺は魔王とルージュと共に屋上に来ていた。

「うむ、なかなかによい演目ができたんじゃあないか?」

 魔王はいつになく上機嫌に笑っていた。ルージュも一見無表情だったが、その魔王を見る目に僅かに優ししさがあった。

「さて」

 魔王はキューブを取り出し『アイバ。ちょうどいい区切りだ』と言って改まって俺に向き直した。

「どうする?このままこの世界線で生きるか、異世界に戻るか。もう一人の相羽は『異世界で冒険者をするのも、君と入れ替わりで高校に戻るのもどちらでもいい』と言っているな」

「魔王、君はどうするんだ」

「我は――ちょっといいたくないな」

 ルージュは物悲しそうに魔王を見て、魔導書を開いた。嫌な予感がする。

「もう、生きていてもしょうがないって、言うつもり?」

「よくわかったね。君が異世界に行くのに、異分子の我が行く訳には行かない」

「いやだな、そんな展開、好きじゃない」

「その弓で、魔王城でするはずだった魔力の射出するとよい」

「……」

 キューブが光りだし、俺の持っている弓も共鳴して光り出した。

「ルージュ、止めないのか!」

「彼女にとって、今が良い終わり方だという意見は、蔑ろに出来ない」

「そんな……」

 弓の元に魔力が集まってくる。これを引けば確実に魔法の矢は魔王を貫くだろう。どうするべきなのか。

 弓に手をかけるが、矢の生成はしない、代わりに"琴"への全体魔法をかけて、音楽を奏でる。

「その曲は……」

 名雪辰月の家があった廃墟に向かう前日、魔王の指揮で演奏した曲の旋律だ。

 

 どうやら「無調音楽」という調性の音楽で、そこに"表面的には"感情を載せず、譜面に導かれて調べが進んでいった。

 ただ、この音楽は鏡のようだった。そもそも聞きなれない人物には不気味に聴こえるが、帰郷の念があれば卿を思い起こさせる余韻がある。悲しみがあれば悲しみが。

 喜びは……直接は表現されてない。ただ、旋律の中にバラバラになって隠されている。

 パズルのようにそれを組み合わせて、初めて自分の前に現れてくれる。

 

 演奏し終わると、しばらくは静寂が支配した。誰も音を立てる気はなかった。

「この曲、一、二周で良さに気づけって方が無茶な話だね!」

 俺ははにかみながら第一声を伝えた。魔王は面食らったが、仕方ないなという様子で、キューブの発光を抑えた。

「なあ、相羽、良かったら――」

 魔王がなにか言い終わる前に、一度抑えたキューブが、今度は赤色に光り出した。

「な!?」

 キューブから突然、一人の人間が飛び出した。その姿を俺は――ここにいる全員が知っていた。

「タツキ!」

<魔王、覚悟!>

 タツキの持つ槍が魔王に放たれた。だが、魔王を貫くことはなかった。

<え……なぜ……>

 その光景に、ルージュ以外のその場にいた全員が驚愕し、呆然と立ちつくした。

 ルージュ・フイユ、幸田紅葉が、魔王を突き飛ばし、彼の心臓に槍が刺さっていた。


<なぜ……なぜ紅葉がここにいて、魔王を庇うんだ……。

 なんで、私の槍が刺さって、紅葉は……ぴくりとも動かない……>

 辰月が呆然と見つめる中、魔王が嗚咽を漏らして紅葉に近づく。

「どうして、なぜ庇った!!」

 魔王が駆け寄ると、紅葉の持っていた魔導書が宙に浮き、表紙が開かれ、パラパラと自動でめくられていった。ある箇所でとまり、そこから映像が空中に照射された。

「これが再生されているということは、俺はもう息絶えたということだろう」

 再生され始めたところで、キューブから残りの魔王討伐パーティのメンバーも出てきた。眼前に広がる異様な光景に、皆戸惑いを隠せなかった。

「魔王は、討伐メンバーがとどめを刺しに来たら『成り行きに任せるように』と言っていた。でも俺のことだからなあ、絶対、庇うと思うよ。だからまあ、勝手な行動をとるだろうが、許して欲しいね」

 

 そうして、魔王と出会ってからの記録が、順に再生されていった。自体を飲み込んだルカとカエデは、膝から崩れ落ちた。辰月は魔王と並んで紅葉の亡骸に駆け寄り、声にならない声で泣き叫んだ。

 

 雨がぽつり、ぽつりと降ってきて、だんだんと大雨になった。周囲の木々に生えた紅葉は、この日に全て地面へ落ちていった。きっとその地面の生命の糧となるのだろう。


(終)

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俺の同級生は異世界の魔王 彩色彩兎 @SaisyokuAyato

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