第十九話「城前霊園」

 数ヶ月前、七月中旬、前期が終わろうとしていた頃の出来事。

「お化け屋敷をやりたいクラスが一つもないだって!?」

 図書室で馬場美海は司書教諭の夜道路美に愚痴を話していた。

 司書教諭がおしゃべりだとほかの生徒に示しがつかないだろ、と思いながら眺めていると、図書委員長に二人して怒られていた。


 文化祭は後期の十月半ばに行われるが、この高校は気が早いのか、前期の七月中旬には文化祭の出し物を決定する決まりになっていた。

 集計をした馬場がショックを受けたのは、一年生全八クラスはどこもお化け屋敷をやらないと発覚したことだった。


 俺の在籍するクラスでも、お化け屋敷は候補に上がった。しかし、声を大にして反対した生徒が三人もいた。

 俺(相羽)、

 楓、

そしてクラスの中心人物である八月一日マオ(魔王オーガスタ)。

「ホラーまじで無理なんだ。夜寝れなくなるし、フリーホラーゲーム無理やりさせてきた元友人とは絶交した。そのレベルで無理」

 俺がそういうと、『まじか』という反応をする人が四分の一くらいいたが、俺の発言に魔王が何度も頷きながら賛同してきたのだ。

「お化け屋敷はやめよう!私も大嫌いなんだ!もしこのクラスでホラーテイストななにかをやるなら私は不参加だぞ。ほんとはクラスのために盛り上げたいのに」

 あまりに肩を組んでくるものだから警戒心が強まったが、クラスの中心人物である魔王が意思表明したことにより、楓を含む『ほんとはお化け屋敷が苦手・嫌いだが泣き寝入りし続けていた人々』が次々と魔王に合わせてお化け屋敷反対の声をあげた。

 

「くそ、私はハロウィンチックな恰好をしたかったのに。マオが扇動したから私のクラスはコスプレ喫茶になってしまった」

「コスプレ喫茶でキョンシーとかゾンビっ娘になれば?」

 鷲宮路美が名案だと言う風に馬場に提案した。図書室隣の廊下で。

「あ、それはありだ!よし、中華服を来てキョンシーの恰好するぞ」

 この会話を聞いていた俺は、めんどくさい事になったなと思った。俺自身は、所謂『驚かしてくること、トラウマになりそうな物語、演出をやめて欲しい』というタイプであるが、魔王は違う。

 人付き合いの中で、「苦手」と「嫌い」はイコールでは無いことをもっと意識した方がいいなと思う。

 魔王は異世界にいた頃から知られていることがある。彼女は、理由は分からないが死霊魔術を毛嫌いしていた。


      *      *


 これは勇者カエデ率いる冒険者一行が魔王討伐依頼を受ける少し前の話である。

 

 とあるネクロマンサーが、山の岬に建つ魔王城を見上げて深くため息を着いたあと、ハーッと息を悴む手に吐き出し、両手を擦り合わせ寒さを凌いだ。

 

 ネクロマンシーは古来より賢者、詩人達により非難されて来た。死というモノを弄ぶ行為であるからだ。

 腐敗の進んでいないそこそこの死体を用意し、死体を器としてそこに精霊を入れ込み未来や過去を知るための行行為がネクロマンシーのはじまりである。

これ単体でも糾弾される行為であるが、そこに東方の国の『キョンシー』という異国の地で死んだ人間を"操って歩かせて故郷へ帰らせる術"を悪用して取り入れ、精霊を使役して下僕として戦わせたりしていた。

 実際には死者など蘇りはしない、もしくは生と死が分かつことが世界の均衡のためである、という信仰の多いこの世界では、ネクロマンシーを行うというのは悪の所業であり、極刑であった。

 それでも現在までネクロマンサーが絶えず現れてしまうのは、魔法という理を受け入れたこの世界の『切り離せぬ闇の部分』と人々は認識せざるおえなかった。このネクロマンサーを統括するものは『魔王』であると考えられていた。

 数世紀ぶりとなるフィンア国の『魔王登場』に、身を潜めていたネクロマンサーたちは喜びを露わにした。各々の野望や欲求を大っぴらに満たせるようになると確信したのである。


 しかし、この数千年の有史では慣例であるはずの『魔王から民への通達』『支配の目的・手段の流布』という者が全く行われなかった。ネクロマンサーたちは魔王城に何度か赴いたが、皆城の防御魔法に返り討ちにされた。

「魔王様は俺らを見捨てた!」

「せっかくの闇の時代の訪れだというのに、現魔王は甲斐性なしだ。俺が王座を奪い取ってやる!」

 小さいコミュニティの中で、ネクロマンサーたちはヤケになって死体を集めまくり、悪逆非道を繰り返していた。どんどん行為が表立って行われ『魔王はネクロマンサーを統治するのではなく野放しにして荒廃を楽しんでいる』という噂話が湧き上がり、噂は民にとって事実と信じられていった。


 それがどうしたことだろう、今まで無言を貫いていた魔王から、国民への通達というのが(伝令用グリフォンの群れが各自治体に飛ばされ)伝えられた。そこには以下の二点が記されていた。


  一.

 各自治区は基本的に前政府の執り行いに準じた村、街の統治活動をすること。他国への侵略行為は禁ずる。


  二 .

 ネクロマンシーは一切を禁ずる。持ち出された遺体は全て元のあるべき家に返し土葬もしくは火葬すること。翌年一月までにすませていない者は各冒険者の討伐対象とする。

 

 この通達は多くのネクロマンサーを幻滅された。彼らは自分の禁欲・性欲などを満たす手段としての"最高"の術を取り上げられたのである。

 しかし、幾人かのネクロマンサーは反旗を翻した。なんとしても魔王をうちとり辱めを受けさせようと結託した。

 

 彼らは城の門前まで着いた。本来罠が仕掛けられているのに、それがひとつも作動しないことに疑問を抱かない集まりである。

「屍人たちよ!城に乗り込め、門を突き破れ!」

 ネクロマンサーたちは死体に命令したが、彼らはぴくりとも動かなかった。異常事態に、ネクロマンサーは困惑の表情を浮かべるのみである。

「なにか、彼らにかける言葉はあるか?」

 ルージュ・フイユは、城の壁際の窓から門を見下ろして、オーガスタに語りかけた。

「何も無いが――」

「では、共に"串刺しの魔法を詠唱するか」

 オーガスタはキューブを取り出して、魔力を込め詠唱をはじめた。


 数分後、城の目前には数本の鋭い幹が人間を串刺してまっすぐ生え、平であった土地をガタガタに荒れさせていた。その周りに横たわる数千の死体を、オーガスタと紅葉は赤く燃やして灰にしていった。

 

 魔王城は壺の埋められた土地が凸凹に盛り上がり、そこを縫うように数メートルの針(木の幹であるが、針と形容する他なかった)が突き出しているので、地元の人々の話に、魔王の恐怖の噂話にこの土地の描写が必ず付くようになった。

 

 魔王城に挑む勇者たちはこの話を旅立つ時に聞かされ、身を引き締めるのである。

「勇者カエデ、伝説の剣に選ばれし汝はそれでも平和と安寧のために魔王を討ちに行くのか」

「はい。必ずや勝利をフィンア帝国に」


      *     *


 馬場と鷲宮の会話が聞こえたが、二人が文化祭でキョンシーの恰好をやめさせられるほど、彼女らと打ち解けてはいないし、それを止める権利もなかった。

 魔王の逆鱗に触れても、まあ仕方がないだろうなと思いながら、図書室をあとにして帰路に就いた。

 ――一応、魔王かルージュに合ったらそれとなくさっきの会話を伝えておこう。


      *      *


 十月十日、文化祭まで残り一週間。

 キョンシーの恰好を馬場は嬉々としてして身に纏った。デザインは、魔王自身がしていた。

「嫌じゃなかったのか?」

 俺はミシンの前で中国の官服を縫う魔王に対して、城前霊園の逸話を思い出しながら質問した。

「『異国の地に出稼ぎに行ったが、その地で死んでしまった人を故郷に連れ帰るために操り歩かせた』それがキョンシーの由来だよ。当時の、実際の意図はどうであれ、少なくともこの発送自体を"皮肉り"はしても、悪と糾弾はできない。我とは文化が違いすぎるからね。

 だから変に死者を愚弄するコスプレをさせるよりは、この意図に沿った仮装をして、そういう叙情を認知させて起きたくてね」

「こちらの意図なんて馬場とロミセン(鷲宮路美)はお構い無しだろ」

「我の気を落ち着かせるマシな方法が思いついたから大人しくやってるんだ。それとも魔法で無理やりひっぺ剥がして操り人形にしてメイドさせるか?」

「それ、喜ぶ層いそ……えー、魔王が折衷案を採用してくれて大変嬉しいよ」

 窓奥にいたルージュに睨まれてしまった。

 しかし、魔王は自虐を含めた皮肉として言ったので、俺の発言もジョークとして許容して貰えた。

 魔王オーガスタは悲しそうに失笑して、また一定のリズムで糸を縫うミシンに顔を向けた。


      *      *


 ――。

「屍人たちよ!城に乗り込め、門を突き破れ!」

 ネクロマンサーたちは死体に命令したが、彼らはぴくりとも動かなかった。異常事態に、ネクロマンサーは困惑の表情を浮かべるのみである。


「なにか、彼らにかける言葉はあるか?」

 紅葉は、城の壁際の窓から門を見下ろして、オーガスタに語りかけた。

「何も無いが……。

 もう人を殺すのは嫌だな。さっさとまともな人たちに、国の統治を任せたい。処刑人を雇うというのは、人の精神のために、外しては行けない行為だったんだ」

「監獄運営のしっかりした国であればそちらに引き渡せるのだがね、残念ながら、このフィンア帝国は違う」

「……」

「では、共に"串刺しの魔法を詠唱するか」

「紅葉、君を罪人にはしたくない。祖国に帰れたら、アーキビストとして大切な人を守りながら、生きて行くがいい」

 紅葉は悲しい顔をしてオーガスタを見つめた。オーガスタはキューブを取り出して、魔力を込め詠唱をはじめた。


 数分後、城の目前には数本の鋭い幹が人間を串刺してまっすぐ生え、平であった土地をガタガタに荒れさせていた。

 その周りに横たわる数千の死体を1体ずつ、オーガスタと紅葉は壺に入れていき、赤く燃やして灰にしていった。

 

 魔王城は壺の埋められた土地が凸凹に盛り上がり、そこを縫うように数メートルの針(木の幹であるが、針と形容する他なかった)が突き出しているので、地元の人々の話に、魔王の恐怖の噂話にこの土地の描写が必ず付くようになった。


 地元の無鉄砲な若者が肝試しに城に来るのを追い返しながら、魔王とルージュは壺を一つ一つ城の前に埋めて行った。

 

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