第十八話「辰月の道」

 俺と辰月は再び天井に落下する感覚を覚えた。今回は無事に着地でき、儀式場に降り立った。

 儀式場には当事者であるゼミ生全員が集まっている。ハロルドは松葉杖を着いているが、見た様子だと順調に回復しているようだ。

 ハロルドの隣にはヒッポグリフがいる。一方、ピエレッタとムーチェンは拘束されていた。

 教授がゼミ生に対して状況説明をしはじめた。

「それで、わざわざ局の動向を気にかけたのは、もちろん最初に来た捜査官の対応による不信感からだが、私の受け持つゼミの学生からこのような犯罪者を出してしまったことへの無念さで、せめて私自身で調査したかったというのもある。実際にはゼミ生も各々推理をしていて、ルカの推察通りになったがね」

 普段ルカは予測が当たると終始ニヤニヤするのだが、今回は帽子を深々と被り、拘束されたピエレッタとムーチェンを見下していた。

 ムーチェンが自白しはじめる。

「まさかルカが行った儀式召喚で、俺たちが破棄した魔力先にいた人間が召喚されるだなんて思っても見なかったんだ!幸い言語魔法が機能してなかったから、お前らの目を盗んで取締局へ通報したんだ。クソ!召喚が間に合わずにあの障害者も死んでればこんなことにはならなかったのに!」

「その発言、お前の背後に人形を立たせて、俺が操って通訳してるんだけど(本当は全然カタコトだけどね)、まあもう言っちゃったことだし仕方がないか」

 一応、状況を犯人の二人に伝えた。

「あ……え……」

「あなたたちが対話・魔法・手順を軽視せず、しっかり魔獣契約をしていればこんなことにはならなかったのではなくて?『こうやって手を抜けば効率よく天才を演じられて将来安泰!魔力の不法破棄先なんて知ったこっちゃないわ!』っていうふざけた気持ちだったのでしょうけど」

 ルカはムーチェン達を責めた。

「このまま取締局に引き渡すこともできるが、過去の魔獣契約の非人道的行為も鑑みると実刑二十年以上だろう。しかし、その前にある提案を辰月くんにしなければなるまい」

 教授は一旦私に目配せしたあと、辰月の方を向いた。

 辰月は何も返事を返さず、黙って教授の話を見た。

「このまま元いた世界に戻っても待っているのは死のみ。召喚魔法というのは世界間で多少の時間の流れに歪みが生じるんだ。……再転移しても瓦礫に埋まった衝撃がフィードバックするし、そもそも君の家の周りはもはや魔獣の巣食う危険地帯だ。向こうの政府は上手く隠蔽できるのかな。こちらの取締局も大騒ぎだ。

 ムーチェンとピエレッタが違法に利用した魔力は、半分はあちらの巣窟に、もう半分は召喚されたときこちらの世界に四散してしまった。あの裂け目の魔力は何とか回収を試みていて、できたものは順次魔獣に返却される。しかし、君に当てる魔力を集めるのは、かなり困難な状況だ。正直、半分集まるかも怪しい。

 君の自死を選びながらも『生きながらえたい』という心の底の想いが召喚に呼応して今ここにいる。それを鑑みて三つの提案をする」

 教授は右手を出し、順に指を伸ばして言って説明を続けた。

「一.元いた世界に戻るのは召喚に応じるよりも魔力、エネルギーが必要。元世界の魔力と魔法生産元の『人間一人分の生贄』で戻ることがおそらく可能かもしれない。そして『もう一人』生贄に捧げれば死は回避可能……ただし目は戻せない。家はないどころか向こうの手続きは我々は一切関与できない」

 ピエレッタとムーチェンはどんどん青ざめて行った。

「二.この世界に住み、魔法で目を治す。しかし失ったものをそのまま再生するほど魔法は万能ではない。主犯各のどちらかの目を移植して機能させることができる。主犯格のうち片方は死ぬ」

「そ、それならピエレッタが引き受けるべきだ!魔力破棄も通報も彼女が考えたことで、俺は従っただけだ!」

 ムーチェンはピエレッタを差し出し、自分だけでも助かろうとした。

「はあ!?あれはあなたから――」

 教授は犯人たち二人の言い争いを制止し、提案を続ける。

「三.二人は取締局の法で監獄に入る。目は辰月自身が魔法を覚え"常に魔法を稼働させ続けること"で魔法を行っている間のみ擬似的に目玉を作り出すことが可能。破棄された魔力に晒され続けたことで、魔法を習得しやすい体質にはなっているが、それでもとても困難な修練が待っているだろう」

 辰月は目を閉じしばらく考えた。誰も物音を立てなかった。

 辰月はムーチェンやピエレッタたちに見えないように隠しながら、俺やルカ、教授に<3>と示した。

<あいつらへの慈悲ではない。あいつらからの移植に嫌悪感があるのと、元いた世界に戻っても家族喪失やその時の傷はそのままであるのなら、この世界で魔法を覚え擬似的に目を精製する方がマシと考えたからだ>

 話終えると、ムーチェンは静寂を破った。

「な、なあ、アイツはなんて言ったんだ!後生だ。教えてくれ」

「ん?でも君は手話に対して興味ないんだろ。選ばれた刑が執行されるまで自問自答して過ごしなよ」

 俺は通訳を打ち切り、教授はムーチェンと順子を新しく現場に到着した魔法取締局の局員に引き渡した。

 

 その後、いくつかの事後処理を儀式場でしたあと、ゼミ生は各々帰路についた。辰月はしばらく、ロバート教授の厄介になるようだ。


      *      *


 儀式場の事件から数週間がたったあと、俺たちゼミ生はやっとゼミナールの再開ができた。宝石収集の旅行をしていた路美は途中で帰宅することになり愚痴を明美へ吐露していたが、ほかのゼミ生からは計画性のなさを非難されていた。

 そうこうしているうちに、教授がゼミ室に入ってきた。

「さて、事後処理がやっと済んだ。では新しいゼミ仲間を紹介しよう。名雪辰月くんだ」

<よろしくお願いします>

「まあ、色々あったから、儀式場には入りたくないと申しているが……ほかの工房通いでも問題はないだろう。そしてルカ君にも話があるんだが」

「はい、やはりあの事件は私の名推理が光りましたわ!」

「図画の下の紋様や儀式場の浄化魔法に関してだが」

「え、あれは!ま、まあ。私にも責任の一端が確かに――」

「今後辰月がゼミの平均的技量に追いつくまで無期限で修練に付き合いなさい」

「それは責任関係なく友人としてさせていただきますわ!もちろん召喚者として責任をとる形でもね」

 

 こうして辰月はロバート教授のゼミナールに加わることになった。ここからさらに、俺も辰月と交友を深めて行くことになる。

「一人だと大変だろうから。俺も手伝うよ」

「教授、平均って言っていいんですか。僕がいるんで辰月さんならすぐ追いつきますね!」

 ハロルドが持ち前の陽気さでふざけだす。教授は呆れた様子で『自分で言うな』とハロルドを窘めた。


 辰月はこれより俺やルカ、ハロルドたちと交友を深め、第二の人生を歩みはじめたのであった。


      *      *


 今はもう廃墟となった辰のの家の前。魔王はキューブの発光を止めた。

「なぜ、そこから紅葉――ルージュは魔王の元に、ルカやタツキは魔王討伐の方へ?」

 魔王がキューブを懐にしまったあと、俺は二人に聞いた。

 ルージュは依然廃墟を眺めたまま、回想した。

「俺はゼミを終えて、諸外国の実地調査を任されるようになっていた。この時の経験も評価されて、ね。

 その中でフィンア帝国の情勢が不安定な中、色々文化を調査するようにという報告を受け、入国。魔王のことを調べているうちにホムンクルスの違法な研究を見つけて、これは放っておけぬということで、本人に正面から会いにいった」

 ルージュは廃墟から俺へ、そして魔王の方に視線を移しつつ話を続けた。

「増悪は既に落ち着いて理知的になっていたから、状況整理を共にした。あまりに国の長が腐敗していたから、その腐敗を表に出して国を動かしたところで、一般市民からはむしろ国が"支配され・悪い方に"行ったと認識されるだけだったが、もう魔王は一般人も含めた殺戮を行ったあとだった。

 これならもう『魔王』として統治した方が、無法の国にするよりマシだろうと」

 ルージュが説明し終えると、魔王が引き継いだ。

「その時、お前らが来たのだ。対峙した時も問答無用で来るのはわかっていたのだが、出来れば対話して行政を引き継がせたかった。

 だが、我個人の、一、人間としての――造られた人間であっても、一つの人格としてのあり方を見つめたかった。君のことを通して、我の魂になにか救いはあるんじゃないかと、それを探したかったんだ」

「それじゃあ……失望したでしょう。これは、返すよ」

 魔道具ライアーボウを手に持ち、魔王の前に出した。

「いや、ルージュに怒られたよ。一度創作物が伝わらなかった程度でする判断ではなかったと。しばらく、君に預ける」


 会話を終えて、全員、帰路に就いた。廃墟を背にして歩き始めるとすぐに雨が降ってきた。特に傘は持ち合わせてなく、三人とも雨に濡れて帰った。

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