その20 選択の時

「なるほど、なんか思った以上に大事なんだね」

「うーん、解除する時だけ準備する物が多いのよ。元々変わったらそのままって感じだし」

「へぇ…よくもまぁ、そんな術をかけてくれたものだね…」

「そこはほら、変えて戻るって所まで問題なくテスト済みだったから…本曰く、だけど」

「本曰くって…そんな歴史上の遺物みたいなものの記述で変えられたのか…私…」


年明け早々、丁度私が男の子に変えられて1周年記念?そんな平日の午前中。

私と真琴は、部屋の中に仰々しい魔法陣を作って、それを眺めていた。


魔法陣と言っても漫画で良くあるような血で書かれた…とかそういうものではない。

画用紙を何枚もセロテープで繋ぎ合わせて畳2枚分位にしたものの上に、マジックペンで本にある通り模写した図柄の上に、呪術の際に使う果物とかローソクを配置したものだ。


真琴が、この魔法陣を書けなかった為に、1年間男として過ごす羽目になったわけだが…

出来てしまえば、なんというか…勘でやっても書けそうな位に簡単な魔法陣で、少し拍子抜けしている私達がいた。


「で、この中に私が立って、真琴が呪文を唱えて元通りってわけ」

「うん。裸で立ってね?」

「…もしかして、男に変える時も裸にしたの?」

「うん」

「衝撃の真実だよ…そんなに寝入っちゃってたのか…私」

「まぁまぁ、終わった事だからね!」

「……釈然としない」


魔法陣の前で駄弁る私達。

こうして元に戻れる準備はしたものの、今すぐにそれを実行に移すつもりはなかったのだ。


「で、作るだけ作ったんだけど。ハル、どうするのさ」

「……そうだね。呪文を唱えるには真琴の力が無いとダメなんでしょ?」

「うん。術をかけた本人じゃないと駄目だってさ」

「そう…なんだ」


私は魔法陣をジッと睨みつけて、そして僅かに足が震えてしまう。

別に、魔法をかけられるのが怖いとかではなく…単に女に戻ることに抵抗があるのだ。

1年…あの時のまま引きこもりとして過ごしていたのであれば、喜んで女に戻っただろう。

だけど、中学校に通いだして…ナミや四橋さん、他にも多くの友人が出来てしまった。

その存在が、私の後ろ髪を引っ張っている…


「まだ迷ってるんでしょ?」

「うん、迷ってる。どうしようって、ずーっと…」

「だと思ってたよ」


住み慣れてしまった真琴の部屋。

それも、女になってしまえば、また1人暮らしに戻るのだ。

元に戻れば、この1年の事は何もかもが幻になる。

せいぜい、描いてきた絵とSNS位だろうか?残ってくれるのは。


「迷うよねぇ…ちょっとその辺、外出て考えてきたら?このまま待っててあげるからさ」


♂♀♂♀♂♀


真琴に言われるがまま、私はコートを着て外に出た。


頭に渦巻くのは、悲しい位に甘い自分の考えだけ。

男のままなら…暫くはまた、学生として…今度こそ"楽しく"やれると思う。

どうしても、そう思ってしまうのだ。


「参ったなぁ…どうしよ」


女に戻れば、休学してる大学に戻るなり…再スタートの為にアレコレ動かねばならない。

それが嫌だと思ってしまう自分が、惨めだった。

ずっと先の事まで考えてみれば、女に戻って当然なのに…そうしたくない。


私は適当に歩き回り…気付けば、近くのショッピングモールに入っていた。

そのまま、考えの纏まらない頭でグルグルと適当に中を巡って外に出る。

そして、再び外を歩き…そして、私はふと見つけた建物の中へと吸い込まれていった。


(ゲームセンター…)


ナミと初めて会ったゲームセンター。

吸い込まれるように入っていった私は、コートの中の財布を弄りつつ、適当なUFOキャッチャーに目を向け始める。


(ここで会ってなければ、中学校にも行ってなかったのか…)


何かの切欠になった場所に、また何かを求めるのはどうなのだろう。

そう思いつつ、目に付いたUFOキャッチャーにコインを入れる。

漫画研究部で話題に上がっていた、夏季アニメのフィギュアが入ったUFOキャッチャー。


こうやってUFOキャッチャーをやってる時に、ナミか四橋さんが来たりしないだろうか?

なんて思いながら…いや、そんなはずがある訳も無いと思いながら、UFOキャッチャーを操作し始める私。


「おろっ?」


アームが商品を掴んで上に上げて…

いつもなら確率でアームの力が弱まるはずなのに、力が弱まることなく動き続け…

ガゴン!と商品が取り出し口に落ちてきた。


(あっさり…こんな所で運を使わなくたって…)


唖然としたままUFOキャッチャーの中を覗く私。

呆然と眺めていると、ガラスの反射で私の背後に誰かが立っていることに気付く。


「凄い、お見事!!」


♂♀♂♀♂♀


「どうしてここに?」


UFOキャッチャーで驚いて、更に2人…

ナミと四橋さんがここにいる事に驚かされた私は、どんな顔をしていいのか分からない。

曖昧な…いや、引きつった表情を浮かべて尋ねると、2人は心底ホッとした様な顔を浮かべながら、ニヤリと笑ってこちらに近づいてきた。


「まだ、戻ってなかったんだね!」

「家に行ったら…外に出てるって…お姉さんが…そしたら、ナミがここじゃない?って…」

「なるほど流石だね。そうそう、どうしようかなって思ってて…悩んで時間掛ってるのさ」


そう言いながら、景品を取り出して抱える。


「迷ってるんだ」

「うん。どうしても…ね」

「そんなに…大学…嫌な所なの?」

「そうじゃないけど、自信が持てなくってさ。色々あってね…大学にバイトにって…」


私はそう言いながら、2人を手招いて邪魔にならない所へ場所を移動する。

移動してきた場所は、ナミと初めて話した休憩スペースだった。


「それならさぁ…ハルが"ハル君"でいるの…あと1年、先延ばしにしちゃ駄目かな?」

「1年?」

「そうそう、今は中2でしょ?今年で中3!出来るなら、あと1年、一緒に居たくてね」

「うん…だけど、邪魔しちゃいけないって思ってたから…だけど、ね?二宮君が迷ってて…出来る事なら…あと1年…一緒に卒業したいな…って」


2人は2人で、明るく気丈に振舞いつつも、どこか泣き出しそうな顔をしていた。

今の私には"このままでいて欲しい"という人が居る…戻れば、それは…どうだろう?


「なるほどね…確かに、そうか…あと1年…先延ばしになっちゃうな」


私は2人に迫られて、何故か心がスーッと軽くなってきた気がした。

今女に戻れば、何もかもを"元通り"にしなければいけないだろうけど…

1年延びてしまえば、最早"再構築"するしかない。

女になって、また"駄目"にならないために、楽しくやりながら、自分の将来に向けて準備する…というのはどうだろう?逃げになるけど、逃げちゃダメなんて事は無いはずだ。


「…それも悪くない…かな」


2人にそう言って笑いかけると、スマホを取り出して真琴に"キャンセル"の旨を打ち込む。

送信内容を確認して送信すると、私は"1人の男の子"に戻って、2人にスマホの画面を見せつけるのだった。


「あと1年。次は延長なしだ。あと1年…仲良くしてね?」

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地味子がTSさせられてショタになってしまう話 朝倉春彦 @HaruhikoAsakura

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