その19 クリスマス

「「「メリー・クリスマス!」」」


クリスマスが休日だと、得した気分になるのは何故だろうか?

去年までは、クリスマスなんて只の日でしかなかった私だが、今年のクリスマスはイベントが盛沢山だった。

昼間はナミや四橋さんと共にショッピングモールに出かけて、施設を色々と巡って遊んで…

今からは、家で真琴も含めた4人で鍋パーティ。

これまでの虚無なクリスマスから比べれば、凄くパリピになった気分…


「ごめんね、どうしてもお酒飲みたくてさぁ~…缶ビールだけど…」

「大丈夫ですよ。あ、ハルは駄目だからね?実年齢が成人でも、体は中学生なんだから」

「飲まないって!そもそも、女だった時もお酒は駄目だったの」

「そう…なの?」

「そうそう。ハルはねぇ、カシスオレンジ一口でべろんべろんになるんだから」

「へぇ…」


ぐつぐつ煮立った鍋を囲んで駄弁る私達。

鍋の他にも、幾つか真琴の手料理が並び…

ジュースも何種類か用意してあるこの光景を見て、二ヤリとしない者は余りいないだろう。


「そろそろ中の具も良い感じだから…乾杯しちゃいましょっか!」


ぐつぐつ煮える鍋を見た真琴が、そう言って鍋の中をかき混ぜると、鍋の香りが辺り一面に降り注いだ。


「ん~…美味しそう…」

「最近の鍋の素は優秀だからね〜…今日は有名なラーメン屋さんのやつ!さ、食べよっか!皆、コップ持って!」


真琴の合図に合わせてコップを持つ私達。

真琴は皆を見回すと、彼女が手にしている、ビールの入ったグラスを頭上に掲げた。


「じゃぁ、乾杯!」「「「(かっ)乾杯~!」」」


カシャン!とグラスを当てて、ググっとジュースを一気飲み…

私のオレンジジュースは、あっという間に半分以上が喉奥に消えて行った。


「美味しい~」


右隣では、早速鍋の具材に手を付けたナミが舌鼓を打って顔を蕩けさせる。

左隣に目を向ければ、真琴の料理に手を付けていた四橋さんが大きな唐揚げを頬張っていた。


「私、ね、猫舌だから…」


私の視線に気付いた四橋さんが、恥ずかしそうに頬を赤く染めて言う。

それを聞いてクスッと笑った直後、真琴がバン!とグラスをテーブルに叩き置く。


「わっ」「ビックリした~」

「青春してるじゃないの~3人とも~」


ビール1杯目で既に酔った雰囲気の真琴は、真っ赤な顔で私達を見回すと、2本目の缶を取って開けた。


「食べ過ぎに注意しなさいよ~?終わったら、ケーキもあるんだから!」


♂♀♂♀♂♀


クリスマスイブの夜。

鍋を囲んだ鍋パーティに興じている私達。

女3人に男1人…といえど、食べ盛りの年頃の子が数人もいれば、鍋の中身が消えていく速度はそこそこに早いものだ。

食べ始めて30分かそこらで、鍋の中身は殆どなくなってしまった。


「そろそろ鍋も中も空ね…うどんでも入れましょうか?」

「後で良いんじゃない?ケーキもあるし、なんかおつまみ的なお菓子あったでしょ?」

「そうだった。なら、ちょっと鍋よけるね」


真琴が一旦鍋を片付けて、空いたスペースに広げられるのは2種類のポテチ…

私達はそれに手を伸ばしながら、普段部室でするみたいに駄弁り始める。


「飲み会みたいだね」

「確かに。こういうものっちゃこういうものだし」

「大人…みたいだね」

「やっぱそういうのに憧れちゃう年頃なんだ?」

「それはねぇ~、早く大学に行きたいなぁって思ったりするし」


ナミと四橋さんは、普段はやらない"大人な事"に酔っている様だ。

私はそんな様子を見て、自然と微笑みを浮かべてしまう。


「あ、ハルが大人目線で見てる時の顔だ」「本当だ…」

「…いいでしょ、これ位。それに、気付けば年末だから…どうするかなぁ~って」

「「?」」


2人に弄られて顔を背けて、ポロリと"先の事"を呟いてしまった私。

ナミと四橋さんは怪訝な顔を浮かべたが、真琴は「あぁ~」と煮え切らない表情を浮かべた。


「あ、ごめん。今する話じゃ…」

「ハル~、まだ迷ってるんでしょ?」

「え?うん」


慌てて軌道修正しようとすると、酔って目が据わった真琴に話を続けられて、私はそのまま流されてしまう。


「…真琴さん、ハルは何を迷ってるんですか?」

「それはねぇ、来年の始めには"女に戻る"予定だったのよ。当初はね、それを迷ってるんでしょ」


♂♀♂♀♂♀


クリスマスパーティが俄に真面目な話の場になってしまうとは思わなかった。

私はやってしまったという罪悪感を感じて嫌な汗を流しつつ、ナミと四橋さんからの視線を浴びて気まずい顔を浮かべる。


「そっか…元々は事故?みたいなもので男の子になってるんですもんね」

「確かに…なら、もう居なくなっちゃうんだ」


さっきのテンションから一転して暗い顔を浮かべる2人。

私はその視線を浴びて…真琴に目線を送って助けを求めると、彼女はビールを煽り「ま、ハルが死ぬわけじゃないのさ!」と言ってグラスをテーブルに置く。


「最初は戻る気満点だったからね。その約束だったんだけども。こうなるとは思わなかったしねぇ」


真琴の言葉に耳を傾ける私達。


「どう?ナミちゃん、四橋さん。クリスマスなんだし、お祈りすれば叶うかもよ?」

「え?」「それは…どういう?」

「どうせ、男から戻るには私が…というより、私の家が動かなきゃならないんだけど。タイミングはまだ決まってないのさ。ハルに任せてるの」


真琴は2人にそう説明すると、私の方に目を向けて目を細める。

それは、彼女が"大真面目"な話をする時の癖だった。


「考えてごらんなさいな。ハル、別に大学でなくたって稼ぐ手段は持ってるんだしさ。1年や2年棒に振ったって…ねぇ?今時、それだけでは詰みやしない。今回のは私が原因だから…イザとなれば私が何とかしてあげる!からさ、戻るタイミングはハルに任せた」


真琴にそう言われた私は、アワアワとしたまま目を泳がせる。

さっきと違い、"僅かな希望"が見えたからか、ナミや四橋さんの私を見る目がキラキラしてる様に見えた。


「も少し考えさせて…」


私はすぐに答えを出せず、歯切れの悪い事を言うことしかできない。


「さ、話題…変えよ?く、クリスマス…何だしさ?」


そしてアワアワした様子のまま、ぎこちない笑みで話題転換を図る。

そこからは、皆私を気遣ってくれて話題が変わり、楽しいクリスマスパーティが再開したのだけど…

私の脳裏には、この間からずっと脳裏にこびり付いている"このままでいいのか?"という問いが延々と繰り返されていた。

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