その18 寒さに耐えよう

「寒いね」

「うん、でも、また来週は20度まで上がるってさ」

「寒暖差が凄いから、体調が心配ね」

「そうだね。といっても、この体になってからは体調崩す事なくなったんだけど」

「そういえば…そうね。ハル、女の子の時はちょいちょい体調崩してたのに…男の子になって体力付いたのかしら」

「でも、寒さには勝てないなぁ…」


秋から冬への移行期と言える時期。

朝、学校に出かける前、私は真琴と共に天気予報を眺めながら体を震わせていた。


「来週はまた暑いのか…来週の水曜日なんて28度だよ?夏じゃん…今は冬なのに」


私は学ランの上からコートを着てまで、朝の寒さに耐えていた。

そして、そう、ポツリと呟いて…ハッとした顔を浮かべて居間のテーブルをじっと見つめる。


「だから、こたつが出てないのか…」

「そうよ。押入れの中から発掘しなきゃ駄目だし…来週は間違いなく暑いしね」

「そうだよねぇ…でも、欲しくなってしまうのが人の常でしょ」

「ま、寒いのは数日なんだし、耐えるわ。って…そろそろじゃない?」

「おっと、そうだね」


真琴と駄弁っていれば、もう登校時刻。

私は座っていた座布団から立ち上がって、脇に置いていた鞄を肩から下げると、姿見で身なりを確認し始めた。


「背中、変になってない?」

「大丈夫」

「ありがと、じゃ、行ってきます」

「はいはい、行ってらっしゃい~…あ、今日、ゼミの都合で帰り遅いから先に食べてて」

「分かった~」


真琴といつも通りの朝を過ごした私は、玄関で靴を履いて外に出る。


「寒っ!」


扉を開けて外に出た瞬間、ブワっと吹いた風が全身を突き抜けて私の体を震わせた。

吐く息も白く…フーっと息を吐くだけで白い煙が口から立ち込める程。


(今日、体育外だっけ…?ツイてないなぁ…)


学校まではおおよそ5分の道のり…周囲の人と比べれば比較的近いのだけども、それでも、寒いものは寒い。

私は吹き付ける風を浴びる度に体を震わせながら、足早に通学路を歩いていくのだった。


♂♀♂♀♂♀


「今日は寒いよねぇ」

「寒いよねぇって、ナミ、その恰好でそれはおかしいかな?」

「うん…見てるだけで、寒そうだね…」


昼休み、いつもの様に漫画研究部の部室で駄弁っている私達。

駄弁る中で、私と四橋さんはナミの足元を見て僅かに顔を引きつらせていた。


「生足って、"現役"の時ですらしなかったよ…」

「そう?やっぱ我慢するでしょ?やれるのは今のうちだし!すっごく寒いけど!」

「むくれる…から、やらない」


いつもよりスカートは長めだけど、生足のままなナミ…私はそれを見てから四橋さんの足元に目を向ける。


「私も四橋さんみたくタイツ履いてたなぁ…それ、結構厚手のやつでしょ?」

「そう…暖かくて…なんでスカートなんだろ…女子もズボンが良いのに」

「それは…まぁ、セーラーに学ランの学校じゃ仕方がないよね」

「不服…」


そう言って身を縮ませる四橋さん。

彼女はスカートを膝下まで伸ばし、厚手のタイツまで履いて、足元の防寒対策はバッチリな様子だが…それでも寒そうだ。


「下は我慢一択!上はね、カーディガン着れるから良いんだけどさ」

「わ、僕の所なんてカーディガン着ちゃダメだったんだよ?」

「嘘…」「そんな所があるの!?」

「あるある。あったんだよ。着崩すからってダメだってね」


私が"現役"当時の話を持ち出すと、2人は少々引いた顔を浮かべながら体を震わせる。

今考えても、ちょっと意味が分からない校則だ。


「ネットの中だけだと思ってた…そういう校則」

「ね~、ハルの所、不良ばかりだったとか?」

「いや、ちょっと田舎ってだけだよ。郊外でね」

「へぇ~」


私は学ランの中に着ていたカーディガンの裾を引っ張りながら、暖かさに目を細める。


「だからね、あの学校なら…中に着こめる手段の多い男子の方が暖かいかな」

「中に着るなら…それは良いんだ」

「うん。不思議でしょ?」

「不思議~」「不思議…」


私の昔話で盛り上がる昼休み。

大学生レベルで昔話に頼るのもどうかと思ったが…まぁ、話なんて盛り上がれば何だっていいだろう。


「しっかし、午後からは少し気温上がるっていうけど、どうなんだろうねぇ…」


♂♀♂♀♂♀


昼休みを終えて、今日も残すところは午後の2時間だけとなった。

今は5時間目の社会…歴史の授業中。

私は眠気に耐えながら、授業もロクに聞かずボーっと教科書を眺めていた。

ずーっと前だけど、1度はやった範囲…教科書を見てるだけで、ある程度思い出せる。


「して~19世紀後半には~」


それにしても、この先生の声は眠くなる声だ。

そして、面白くも何とも無い。

この手の授業は、先生がどれだけ楽しませられるかだろうに…

教科書を読むロボットになって、教科書の文章そのままの板書をしてどうするんだか…


(って、上から目線過ぎるよね)


変な上から目線で先生の授業を評価しつつ、退屈しのぎに周囲を見回す。

ナミは教科書を立てて身を隠し、ぐっすり夢の中…

四橋さんは…隣の席で、良く見れば僅かに体が震えていた。


(っと。寒そうにしてたもんなぁ…)


四橋さんは、ブランケットを持っていないらしい。

女子なら持ってきてるものだと思ったが…

急に寒くなったのだから用意できなかったとかだろうか。

私は彼女の様子を見ていると、ふと、鞄の中にブランケットがあったことを思い出す。


(用意してきたけど…要らなかったもんね)


私は今更思い出した事に、僅かながら罪悪感を覚えた。

隣の席だというのに、ここまで気付かなかったとは…


「ごめん、気付かなくて」


私はサッと机にかかっていた鞄からブランケットを取り出すと、隣の席の四橋さんにパッと差し出す。

彼女はこちらに気付いてハッとした顔を見せたが、すぐにブランケットを受け取って、膝にかけた。


「ありがとう。助かった」


小声で一言。


「暫く使ってて。僕はいいからさ」


私は小さく笑ってお礼にそう返すと、再び黒板の方に目を向けた。

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