第36話 歓迎されたり、帰ったり

 聖都までの旅は実に楽なものだった。さすがにすぐには魔物も復活しないらしい。ロセウス、カエルラともと来た道を辿り、そこからは未だ行ったことのない聖都に向けて進んでいった。もっとも、聖都に行ったことがないのは俺だけだけど。

 聖都は美しい、石造りの大都市だった。聖王国の城と、勇者教団の大聖堂という荘厳な二つの建物が都市の中心に聳えている。俺たちは城を目指して街の大通りを進んでいく。

 沢山の人々が国の危機を救った勇者を一目見ようと、大通り沿いにひしめいていた。時々長尾さんがクレメンティアに促されて、街の人々に手を振る。すると手を振られた人たちが歓声を上げたり、大喜びで手を振り返したりした。俺は、といえばお付きの大勢いる騎士たちの一人でしかなかったから、誰からも注目されるわけじゃない。でもそんな事はどうでも良かった。


 帰る前に一応礼がしたいし、勇者様たちの活躍を知ってもらいたい、ということで、俺たちは国王にパーティに招かれた。まあ俺は長尾さんのおまけなんだけど。

 帰る、ということは伝えてあるし、今後のこともクレメンティアから話したはずなんだけれど、国王はやたらと長尾さんに褒美を取らせようとしたし、クレメンティアの兄君である見目麗しい王子様は彼女にやたらとアプローチをしていた。その後ろでは、これまた見目麗しい貴族のご令息が順番待ちをしている。本当にこの先大丈夫かこいつら。


「あなたも、勇者様と同じく異界から来られたそうですわね?」

「勇者様同様にご活躍だったとか」

「素敵ですわ」


 大きく胸の開いたドレスを着た、綺麗な、でもちょっとけばけばしいご令嬢たちが俺を取り巻いた。当然、このご令嬢たちの目的はお家の再興ってことなんだろうな。


「すみません私、勇者でもなんでもなく神殿騎士ですのでそういうのはご法度なんです」


 俺はそそくさとご令嬢たちの前から退散する。人生に三回あるというモテ期の一回を無駄に使い切ったな。


「アヤ様、トム。ごめんなさいね。まだ皆、分かっていないみたいで。でも……これから皆嫌でも変わらなくてはいけないのですわ。わたくしたちで、かならず変えてみせますわ」

「きっと分かってくれる人もいる。そこから少しずつ、変えていくさ。勇者様に頼らずとも、フォルティトゥードを守れるように」


 クレメンティアとウィルトゥスが駆け寄ってきた。どうあれこの二人なら、きっと大

 丈夫だ。それにさっきちらほらと、お付きの騎士たちの中から弟子入り志願者らしいのがウィルトゥスに声をかけたりもしていた。少しずつ、変わっていく人もいるんだろう。


「さあ、それではそろそろパーティは抜け出して、帰る支度をしましょう」


 クレメンティアに促されて、俺たちはパーティ会場を抜け出した。



 元の制服に着替え、クレメンティアの案内で教団本部の祭壇へ向かう。勇者神殿のと似たような祭壇がそこにあった。俺もここで呼び出されていたら、勇者っぽかっただろうにな。でも、いいんだ。俺はあの街に放り出されて良かったと思う。


「アヤ様。あなたと旅ができて良かったですわ。勇者様ということで……色々戸惑いましたけど、それでもわたくし、本当にあなたと一緒にいられて楽しかったんですのよ」


 クレメンティアが長尾さんの肩を抱いた。


「うん。私も。お互い……ちょっと距離の取り方に戸惑っただけだったんだね。同じくらいの女の子と一緒なのは、嬉しかった」


 長尾さんもクレメンティアの肩に手を回し、微笑んだ。


「トム、私たちと旅をしてくれて、ありがとう。お前が一緒じゃなかったら、私はここにはいられなかったし、こんな風に前に進むこともできなかった」


 ウィルトゥスがそういって、手を差し出した。


「いや。礼を言うのは俺の方だ。先生とお前が連れて行ってくれなかったら、俺はこうやって帰ることなんてできなかった。そりゃ、刺されたくらいじゃ俺は死なないみたいだけど、だからって一人で生きていけるわけじゃないからな。本当に、ありがとう」


 俺はその手を握り返す。


「これから本当に大変なのはお前の方なんだよな……。でもウィルトゥス、お前ならきっとやれるって信じているから」

「ありがとう」


 ウィルトゥスはもう一方の手を重ね、強く俺の手を握りしめた。


「さあ、アヤ様、トム。祭壇の上へ」


 クレメンティアに言われるまま、俺たちは祭壇に上がる。クレメンティアが神様からもらった鍵を祭壇の上の虚空に突き刺した。扉が開くように空間が開き、柔らかい光が溢れた。


「ありがとう。さようなら」


 そう告げて、俺と長尾さんはその光の中へ足を踏み出す。ふわりと体が浮く感覚がして、俺は意識を失った。



 目を開けると、そこは見慣れた教室だった。沈む太陽が窓から差し込んできていた。外を見ると、部活終わりの生徒たちが校門を出ていくところだった。


「お前たち、何をしている? そろそろ下校時刻だぞ」


 教室の見回りに来た先生が、若干苛立った調子で声を掛けてきた。「はい、すみません」と答えてやり過ごす。


「戻って、来たんだよね……? それとも、夢、だったのかな……?」


 長尾さんが少し混乱した様子で呟いた。


「いや、夢じゃない。刺された俺の制服、穴が開いたまんまだ」


 インウィクトゥスだったか、魔王の信奉者の男にナイフで刺された跡はそのままだった。だけどこれ、親にどう説明したもんかな。どこかに引っかけたってことにするしかないか。血の跡がなくて良かった。


「本当だ。でも、なんだか信じられないね。随分長い事向こうにいた気がするけど、部活の時間くらいしか経ってないし」


 長尾さんが時計をちらりと見た。


「でも良かったよ。何日も行方不明だったら、みんなに心配かけるところだった。一日部活サボったくらいで済むなら、その方がいいさ」


 向こうとは時間の流れが違うのか、神様の配慮なのか。その辺は分からない。まあとにかく大事にならずに済んだのなら良かった。


「帰ろう。いつまでもここにいるとまた先生に怒られちゃう」


 俺は鞄を担ぎ、教室を出る。「そうだね」と彼女も急いでついてきた。


「稲村君、向こうでは色々とありがとうね。稲村君のお陰で帰って来られたようなものだから。私だけじゃ、きっとダメだった」


 校門まできたところで、彼女が足を止め、少し俯いてそう言った。


「俺だって長尾さんがいなきゃ、帰って来られなかったよ。だからお互い様ってことで」


 彼女は強かったし、彼女の魔力のチャージが無ければ俺は戦えなかったし、それよりなにより、勇者の彼女がいたからこそ人々がまとまって、スムーズに魔王を倒す旅ができていたんだ。それは俺には絶対にできないことだった。


「ありがとう。じゃあ、また明日」

「うん、また明日」


 学校の近くにある高級住宅街に帰る彼女と、電車通学で駅方向に向かう俺とでは逆方向だ。俺たちは、校門で手を振って別れた。

 そうだよな。明日も夏休みの補習授業はあるんだ。明日からは、ごく普通の日常が待ってる。ごく普通で、幸せな日常が。

 さあ、帰ろう。

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回復チート勇者ですが、騎士様守って下さい 須藤 晴人 @halt_sudo

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