第35話 これからのことを話したり、自称神様に会ったり

「これでようやく、終わりなんだよね……?」


 先程まで黒い竜がいた辺りを見つめながら、長尾さんが呟いた。


「いや……多分終わりじゃない。魔王というか魔物って、根絶できるものではないのかも」

「どういうこと?」

「俺にも良くは分からないんだけど……今までの話を総合すると、多分魔物ってずっとこの世界にいて、どうあっても出てくるものなんじゃないかな? 封印すれば出てこなくはなるけれど、それは押しとどめられ、より強い力となっていずれ封印を破る。つまり今魔王を倒しても、魔物がいなくなるわけじゃなくて、いずれまた出てくるのかも。ただ封印しなければこれほど強力な魔物には成長しないんだと思う」


 マグヌスの言っていたことや、先生の部屋にあった日記から得た情報から考えるに、恐らく『魔』という力は消すことは出来ないんだ。いずれ表に魔物として表れてしまう、そういうものなんだと思う。


「常に現れた魔物と戦い続けろと、そういうことか?」


 ウィルトゥスが怪訝な顔で尋ねる。俺はこくりと頷く。


「恐らく。常に、かどうかは分からなくて、周期とかあるのかもしれないけど。とはいえ、それを避けるため古の勇者は封印する道を選んだ。こうやって後世に魔王を押し付けることになったわけだけど」

「そうか。それなら小さな脅威のうちに叩ける仕組みを作ればいい。私たちにだって、戦う力はあるんだ。普通の魔物になら対抗できる。こんな大きな危機になる前に、自分たちで自分たちの世界を守れるようになればいい」


 ウィルトゥスはこともなげにそう答えた。魔王は倒したけれど、いつ魔物に脅かされるかは分からない世の中……。俺は結局、ウィルトゥスたちにそんな辛い世を押し付けることになってしまったというのに。ウィルトゥスは心配するなというようだった。


「お前たちには、お前たちの世界があるのだろう? 私たちは、いつまでも勇者を頼るわけにはいかないんだ」

「そうですわね。ウィルトゥスの言う通りですわ。勇者の力が弱くなったとはいえ、わたくしたちにも戦う力はあります。今回魔物を倒したことで、魔石も手に入りましたわ。これらを活用すれば、もっと戦う力を得ることができるでしょう。トム、あなたがやっていたみたいにね」


 クレメンティアも晴れやかな笑顔で同意した。そして、


「そうと決まれば、早速そのための組織を作らなければ。お父様……陛下も説得しなくては。大仕事ですわ。ウィルトゥス、手伝ってくれますね?」


 と、ウィルトゥスに微笑みかける。


「もちろんです、クレメンティア様」


 ウィルトゥスは胸を張り、二つ返事で請け負った。


「では、戻りましょう」


 クレメンティアが踵を返す。俺たちも後に続いて封印の間を出ようとしたところで、眩い光に包まれた。俺は思わず目を閉じる。



 目を開けると、そこは封印の間ではなかった。どこだかわからない、真っ白い空間だった。


「おめでとう、二人とも。君たちは見事、召喚者たちの願いを叶えたよ」

 そんな子供のような声に振り返る。白いローブを着た、銀色の髪の子供が楽しそうににっこり笑ってこちらを見ていた。


「え……? あなたは一体……?」


 長尾さんが怪訝な顔で尋ねる。まあきっと、神様ってやつなんだろうな。


「神様ってところかな? とにかく、君たちが召喚者たちの願いを叶えてくれたから、僕も君たちの願いを叶えようってわけ」


 ほら、やっぱり。


「じゃあ、元の世界に戻れるの?」

「もちろん。この鍵を、聖都の祭壇で王女様に使って貰えばいい。それで君たちが帰るための扉が開くよ」


 神様を名乗る子どもが、長尾さんに銀色の小さな鍵を手渡した。長尾さんはそれを大事そうに受け取る。


「トム君は? さっきから君、僕に驚きもしなければ何も聞きもしないけれど、なんか僕に聞きたいことはないの?」

「じゃあ、一つ。さっきから、『召喚者たち』って言っていますよね? 結局、俺を呼び出したのは誰だったんですか?」


 召喚者が複数いるなら、俺を呼んだのはクレメンティアじゃないってことになる。


「本人にも自覚はないけど、ウェリタスだよ。少なくとも君が叶えた願いは、彼のものだ」


 神様は優しく微笑んで答えた。


「そう……ですか。結果的に先生の願いを叶えられたなら、良かった。俺はあの人から、受け取ってばっかりだったから。それだけ聞ければ十分です」

「そう。僕の子たちの願いを叶えてくれて、ありがとう。じゃあね」


 神様が手を振る。ふっと、白い空間が消えた。



「トム? どうしたんだ?」

「アヤ様? どうされましたの?」


 もう一度目を開けると、ウィルトゥスとクレメンティアが心配そうに俺たちを見ていた。


「ええと……ちょっと神様? に呼び出されていたみたい。これ、私たちが元の世界に帰るための鍵だって。聖都の祭壇で、クレメンティアさんに使って貰えって」


 長尾さんが手を開き、さっき神様から受け取った鍵をクレメンティアに見せる。


「これは……確かに凄い魔力を秘めていますわね。神様に会ったというのも、本当のようですわね。さすがアヤ様ですわ。では、今日はもう休んで、明朝聖都に向けて出発しましょう」


 クレメンティアが鍵を覗き込み、驚いていた。他の人にもちゃんと見えるってことは、どうやらあれは本当のことだったらしい。

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