DON`T let me go

紫陽_凛

心という名の不可解な機構についての一考察

 心という部品がどこにあるかを人間たちは大層議論したそうなのだけれど、私たちにはそんな議論は不要だ。メイン中枢ブレインにつながる記憶領域と、感性センスと呼ばれる感応領域、それを繋ぐための繊維管ケーブルさえあれば事足りる。指先に記憶領域があろうが、左足に感応領域があろうが自由。パルスが体のどこから発されていようが、感じるだけなら本当はどこに何があったっていいってイリャが言っていた。

 イリャは感応領域を臍の下に設置してあるのだけれど、これは原始的で感傷的な行為だとイリャは言う。ねえラァキ。人間のメスの臍の下あたりにあったモノのことを知っている? って。 

 私たち人工人間アーティスティは一種の芸術品アートなんだという。私やイリャをデザインした人間はどうも懐古主義的だったらしい。私の記憶領域は頭部にあるのに、感応領域は肋骨の間にある。だから私の体はその二つを長い繊維管でつなぐ必要があった。

 私がイリャの腹部を撫で、イリャが私の胸を触る。それが私たちにとっての性行為セックスになる。

「本来の行為ってもっと野性的だと思う」とイリャが私の体にもたれて言った。長くて透明な髪が私の上に覆いかぶさってくる。私の性感帯に耳を押し当てたイリャは、小さく笑う。「こんなに静かな行為を人間たちは想像したことがあるかしら」

「わからない」

 そんな会話をした数日後、私の記憶領域は突如ショートしてしまった。修理のため頭部だけ外された私は語る口を無くした。イリャは慰めるみたいに私の胸を撫で続けた。私のセンスは彼女の指先に宥められ、七色の光を放った。どれもこれもイリャの口から聞いたことだから、定かではない。でも私の感応分野の反応とは全く矛盾しない。イリャは私に寄り添ってくれた。

 修理された私のパーツは記憶領域の復旧に成功し、なんとか私の首の上に戻ってきた。繊維管がつながる瞬間、信号のようなものが静かに胸から頭に突き抜けていった。

私を放さないでDON`T let me go.

これは、一体誰の言葉だったんだろう。

 

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DON`T let me go 紫陽_凛 @syw_rin

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