【KAC20245】『離したその手』
小田舵木
【KAC20245】『離したその手』
その手を離してはいけないような気がした。
僕は精一杯手を握ったが。
ああ。その手は僕の
「離さないで」僕はそう叫んださ。
だけど。彼は。もう手を握る事すら難しい状態で。
ああ、僕の愛しい人は。今、死にゆくのだ…
冥府に。彼は落ちていく。
僕は。冥府に入る資格はない。
生と死。交わり難いその様相は。今、僕の眼の前にある。
これが―戦場だ。僕たちは今、戦いの最中に居て。
今は死を悼んでいる場合ではないが。
僕の大切な人だったんだ。死を悼む余裕くらい与えられても良いじゃないか。
でも。今は戦場の最中で。
感傷に浸っている暇はない。
僕は…彼を殺した敵軍を―
僕は彼を。物陰に引っ張りこんで。
装備を確認して。作戦を遂行する。
すぐ。君の元に帰ってくるから。どうかそれまでは。冥府に落ちていかないで欲しい―
◆
僕と彼は。
革命軍に属する仲間であり。同士だった。
本当は。軍の中での恋愛はご法度なのだが…共に過ごした時間が長過ぎる。
気がつけば僕らは恋仲で。気がつけば僕らは前線へと送り出された。
僕たちの国は。長きに渡った政権が崩壊し。
その隙に軍事クーデターが起こっていた。
僕らは。軍事クーデターを起こした革命軍に属する。
…前々から。この国は間違っている、と思っていたクチな訳だ。
僕が革命軍に属するようになったのは大学生の頃。
学生運動を起こしていた僕は。自然と革命軍に組み込まれた。
その時、彼と。出会ってしまったのだ。
彼は僕と違う大学で学生運動の指揮を取っていた男であり。
僕とは気が合った。そして革命軍の同じ隊に組み込まれて。
厳しい訓練の日々を共にした。そして友情が芽生え、その友情は愛に変わっていった。
いや。僕も昔はヘテロセクシャルだったのだが。
軍に居ると。女っ気は少ない。男っ気ばかりである。
隊の知り合いなんか、ラブドールに欲情していたっけな。
それと比べたら。僕と彼の愛は綺麗なモノである。
我が組織が軍事クーデターを起こすまでは。膨大な時間がかかった。
僕は20の頃にこの組織に組み込まれたが、軍事クーデターが起きたのはその7年後。
それまでの
雌伏していた頃は。無差別にテロを起こしていたっけな。
政府系の施設への妨害行為…いやあ。アレはキツイ仕事だった。
そんな作戦を共にしていると。友情や同僚への仲間意識以上のモノが芽生えるのだ。
僕と彼は。
あまり性格が似ていない。
僕が神経質でどちらかと言えば女々しい。
彼は大雑把で。どちらかと言えば男臭い。
だからこそ。僕と彼は恋仲になれたのだろう。
異常なシチュエーションを共にこなす戦友。
ヘテロの男でも、何かしらの友情以上の感情を戦友に抱くものだ。
僕と彼が特別なのではない。
革命軍は男色に塗れていたものだ。
うん。僕らなんて。数あるカップルの一つに過ぎない。
ま、それが原因で機能不全を起こす可能性があるから。表向きは恋愛厳禁になっていたんだけど。
去年。
ついに軍事クーデターを起こした我が軍。
アレからの日々はあっという間だったな。
政府系の施設の制圧…政府軍との小競り合い…思えば多くの戦闘があった。
僕と彼は同じ隊に属するから。多くの戦闘を共にこなしてきた。
士気が低い政府軍を相手にするのは―楽だった。
今まで、手こずった経験などなかった…のだが。
今回ばかりは上手くいきそうにない。なにせ。首都の制圧作戦なのだから。
隣国からの加勢、パルチザンの台頭…ゲリラ戦…ああ、我が軍は劣勢に置かれている。
そんな。絶望的戦局。
それをひっくり返す作戦が、今回の作戦だったのだ。
僕も彼も。決死の覚悟で臨んださ。
だが…死に瀕したのは彼ひとり。
◆
僕は彼を置いて。
作戦を遂行しようとするが…今さら、何が出来るというのか。
僕は知っている。この作戦は失敗に終わりつつあると。
軍事無線はとうの昔にスクランブルでかき消されているが。
7年の訓練の日々が。僕に勘を与えている。
この作戦は失敗に終わる、と。
だが。僕は。彼を殺した政府軍を。許せない。
一人でも多く。死に至らしめてやる…
ああ、意味のない事をしている。僕はそう思う。
死地へと向かっているようなモノだからだ。
今回の作戦のターゲットは政府の枢要、首相官邸。
政府の枢要を叩くことで。戦局をひっくり返そうと言うわけだ。
だが。そんな作戦はお粗末である。
冷静な今ならそう言える…そもそも政府軍を指揮する首相官邸はガチガチに固められている訳で。簡単に制圧出来る訳ないじゃないか。
僕は死地へと向かっている。
冷静な頭は引き返せ、と言っている。
だが。僕の真反対には。冷静じゃない僕が居る。
「一人でも多く。政府軍を殺してやる―」
彼の。彼の
例え。それが絶望的戦局であれど、僕は突っ込んでいかなくては―
◆
僕は。
混乱を極めた戦場をひた走る。
途中の戦闘は避けさせてもらった。
目指すべきは。首相官邸。そこでしかない。
パルチザンとゲリラをやっている暇はない。
彼を殺したのは政府軍。アイツらであって。市民からなるパルチザンではない。
僕は夕方までかかって。
やっと首相官邸まで到着する。
やはりと言うか。首相官邸の前には政府軍が展開している。
我が軍は…途中で足止めされていて。
ここに居るのは軍の指揮を抜け出した僕位のモノである。
一対多勢。僕は間違いなく死ぬ。
だけど。別にそれで良いじゃないか、そう思える自分が居る。
だって。彼もまた死にかけているのだ。
もしかしたら。冥界で再会できるかも知れないじゃないか…
物陰から。僕は首相官邸を伺う。
多分、見つかるのは時間の問題で。
さっさと
僕は手榴弾のピンを2、3抜いて、腰に巻きつける。
そして、物陰から飛び出して―
政府軍の陣に突っ込んでいく…
◆
「…」
俺は。目覚める。見上げれば知らない天井。
ここは―何処だ?俺はアイツと作戦を遂行していたはずなのに。
「お目覚めになりましたか?」そんな声が聞こえる。
「…おい。ここは何処だよ」俺は問う。
「ここは。政府軍の野戦病院です」
「ちっ。捕まっちまったか」
「運が良かった…政府軍が
「相棒が居たはずなんだ、アイツは?」
「見つかったのは。貴方一人です」
「…あの馬鹿。突っ込んでいきやがったか」
「お悔やみ申し上げます」
「それは早いんじゃねえか?」
「そうでもない。もう革命軍は崩壊したのですから」
「…ちっ。作戦は失敗か。これで。俺達の革命は終わりだ」
「ええ。もう掃討作戦が展開されています。もうじきこの内戦も終わるでしょう」
「短い夢を見ていた訳だ、俺達は」
俺は。
アイツが死んだ事を肌で感じている。
別に死体が出てこなくたって分かる。アイツは俺の弔い合戦をしに行ったのだ。
ああ、アイツは馬鹿だ。あの作戦の失敗を知った段階で撤退してても、誰も文句は言わねえ。
だが。俺とアイツは愛しあっていた。
その俺が。政府軍の弾で死にかけていた。
アイツが逆上して政府軍に突っ込んでいくのは予想ができる事だ。
なにせアイツは義理堅い。作戦の遂行という目的を忘れてしまったんだろう…
「離さないで」それが俺が覚えているアイツの最後の言葉だ。
だが。俺はその手を離しちまった。
ああ、それが今になって後悔として襲ってきやがる。
あの時、俺が踏ん張ってアイツの手を握りかえしていたら―
この状況は無かっただろう。
俺は俺の貧弱具合が嫌になる。
あの手を握れなかった自分が。情けない。
俺は。あの手を。一生忘れられないだろう。
そして後悔と共に生きていく他ないのだ。
◆
革命軍に属してた俺は。
やはりと言うか軍事裁判にかけられる。
俺は軍の上位にいた訳ではない、だが、多くのテロに加担している。
そのテロの過程で。多くの政府軍関係者と政府関係者を殺しちまっている…
予想は出来ていたが。俺はやはり死刑となった。
当然だ。革命軍の先鋒として、多くのテロに加担したのだから。
死ぬのは怖くない。むしろ嬉しささえある。
やっと。アイツの元に行ける。
それだけで。俺は救われた気持ちになる。
俺の死刑はスピード執行された。
判決から1年も経たない内に。首吊り台に送り込まれる。
俺は階段を登って。輪っかになった縄に首を通して。
最後に手を伸ばす。「離さないで」そう言ったアイツの手を探し求めて。
だが。『ここ』には。アイツの手はありはしない。
俺が冥府の門を潜ったその先に。アイツの手はある。
冥府に送り届けてくれる首吊り台。俺は首を通した縄の中で微笑む。
そして―首吊り台の板が跳ねる。
やっとお前の手を握れるな―
【KAC20245】『離したその手』 小田舵木 @odakajiki
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