第21話:現実を直視する




 農夫として仕事をして、誰もいない暗い家に帰る。

 食事は雇用先で出るので、仕事さえ辞めなければ飢える事は無い。

 明日の朝用のパンとチーズをテーブルの上に置いた。


 本当は卵と牛乳も配られているのだが、両方熱を通さないと食べられないので、貰っても捨てるだけになる。

 子沢山の同僚達に日替わりで渡していた。

 感謝され、仕事を手伝ってくれる時もあるので、良い関係だと言える。


 日替わりといえば、妻である阿婆擦れの相手は、1対1の順番からは抜いてもらった。

 慣れない肉体労働だ。そこまでの体力は無い。

 しかし乱交は断れなかった。

 結婚の誓約書に、夜の営みを行う、と明言されていたからだ。

 どれだけスキモノなんだ。



 乱交ではとんでもない目に合わされた。

 女一人でどうするのかと思っていたが、本当に乱交だった。

 拒否したくても、相手は元王族。廃籍されてたとしても、完全に関係が切れているわけでは無い。

 現に、毎月金が振り込まれているらしい。


「断ったら、お兄様に言って処刑してもらうわ。いえ、暗殺で良いわね」

 俺の妻になった阿婆擦れは、平気でそんな脅しをかけてくるクズだった。

 平民どころか、奴隷になった気分だ。

 アイツらは毎日好き勝手やって暮らしているが、俺は農夫としての仕事もあるのに。


「辞めちゃえば良いじゃない」

 デカイ腹で俺の上に乗った阿婆擦れが簡単に言う。

「慰謝料を払っているから無理だ」

 そう答えたら「ダサッ」そう言って笑っていた。




「結婚指輪?」

 休みの日。朝まで付き合って、さぁ寝よう! と自宅へ帰ろうとしたら阿婆擦れに呼び止められ、結婚指輪を寄越せと言われた。

「そんな金は無い」

 ゴテゴテと宝石の付いた指輪など、今の俺には一生掛かっても買えない。


「平民に流行はやってる安物で良いのよ。貴方とのお揃いが欲しいの」

 そういうこの女の全身は、他の男とのお揃いだらけだ。

 両耳のピアス、ネックレス、両乳首にピアスがあったのには驚いた。

 乳首のは右は優男と、左は可愛い系の男とお揃い。耳のピアスは、眼鏡と、体格の良い男とのお揃いだ。

 ネックレスは魔法使い。体に傷を付けると魔力の巡りが変わるとか何とか説明されたが、どうでも良いのであまり聞いてなかった。




 領地内ではその『平民に流行ってる指輪』というのが売っていないので、王都まで買いに行かされる事になった。

 往復の交通費や王都での宿泊費はあちら持ちで、当然指輪の予算より高い。

 そこまでして欲しいものなのか?

 俺の雇用主や、王都に居る兄の許可まで取っていた。


 久しぶりの王都。

 そうだ、ここに俺もかつては住んでいた。

 華やかな街並みに涙が滲む。

 今までは馬車で通っていた道を、歩いて行く。

 貴族の馬車は、道行く人を避けたりしない。歩く側が気を使わないと跳ねられるのだと知った。



 平民でも断られない店に入り、結婚指輪を見せてもらう。

 予算内でも意外と種類があって驚いた。

 適当に選ぶにしても、悩む量だ。

 指輪を見ていると、少し離れた場所から楽しそうな男女の声が聞こえてきた。


 店内は広く、植物の植木鉢を並べる事で貴族と平民が分けてある。

 声がしたのは貴族側からだ。

「……今のは」

 思わず口から言葉が零れた。

 俺の対応をしていた店員が、俺の視線の先を見る。


「あぁ、あちらの方が注文したのは、宝石と地金を指定する物なので、最低でも1ヶ月は掛かりますよ」

 この距離で指輪など見えるはずが無いのに、店員が説明してくる。

 それもそうか。

 平民の俺と、王太子と侯爵令嬢のアイツらが知り合いだと思うはずがないからな。


「若い貴族の方達は、恋人同士で着けるのが流行ってるのですよ」

 聞いてもいない事をペラペラ話す店員だ。

 貴族も着けるような指輪だと自慢したいのだろう。



 お互いに指輪をはめあい、それを見せ合って笑っている。

 あの女は、あんなに嬉しそうに笑えるのか。

 いつも沈んだ顔で表情もとぼしく、不健康そうに俯き加減だったじゃないか。

 あんな笑顔を俺にも見せていれば、俺だってもっと一緒に居てやったのに!



 イライラして、何も考えたくない。

 目の前に置かれた指輪から、1番安いのを選んだ。

 俺と阿婆擦れの関係には、この程度がお似合いだ。


 子供の頃から、あの男があの女を好きなのは知っていた。

 当時は王太子だとは知らなかったが、「メルは僕のお嫁さん候補なんだよ」と嬉しそうに言っているのを見て、ふざけんなって思ったんだ。

 なんで俺を除け者にするんだ、と思った。

 だから軽い意地悪をあの女に言ったら、大声で泣き出し、あの男との結婚を嫌がった。


 そして、俺との結婚は嫌がらなかった。

 勝った! そう思ったのに……。

 手の中の安物の指輪を握りしめる。

 箱を買う金も勿体無いから、無料の袋に入れてもらった結婚指輪だ。

 帰ったら、他の五人の男と共有の妻が待っている。


 俺にとても似合いの、妻だ。




 終

───────────────

最後までお読みいただき、ありがとうございました。


大人しく従順で病弱で、婚約者を愛していると勘違いされた主人公の逆襲……のはずでした。

↑最近、後書きにコンセプトを書かないといけないくらい、本筋を離れている気がしてます(^_^;)


元婚約者side。

子供が生まれてその世話を任され、懐いて可愛くなってきた頃に隣国に取り上げられる、というところまで書こうと思っていたのですが、しつこいのでここでサラリと報告です。そうなります(笑)


次作は勢いで書くのをやめようと思います……ちょっと休憩


カクヨムのみですが、キャッチコピー募集(笑)

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あなたの知らない私 仲村 嘉高 @y_nakamura

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