第3話 『終わらせ』たい二人の話

橘天音が『私の言葉は忘れている』と思った日の夜。

――天満瑠夏は、絶賛その言葉に悩んでいる最中であった。



「『終わらせる』って……何を? どうやって?」



――私、この恋を終わらせようと思うんだ。


そう笑った幼馴染の事が、頭から離れない。

明日の服でも頭を悩ませているのに、更に増えた案件に俺は頭を抱えた。


諦めるとか……実は付き合ってる人がいた?

それか……告白するつもり、とか。



「うっそぉ……」



——それは、何度も考えた可能性だったけれど。

いざ天音には好きな人がいるという状況を突きつけられた今では、少し思うことが違う。


自分自身の恋に終止符ピリオドを打とうとしている中、気持ちがついていけない。



(……わかってた、つもりだったんだけどな)



今朝母に言われたように、自分が十年間幼馴染を追いかけていたのは疑いようもない事実で。

それでもどこかで、『天音はずっと隣にいる』と思い込んでいたのだと思う。


——実際には、あと一ヶ月もしないうちに別々の場所へ行くというのに。



「……終わらせよう、俺も」



人生の半分以上を一緒に過ごしてきた人へ、ついに別れを告げる時が来たのだから。





◇◇◇◇◇





——桜まつりを回ったあと、天音に笑顔で別れを告げる。

そうすればきっと、十年間引きずってきたこの気持ちも終わるはずで、彼女は俺から解放される。



(『今までありがとう』、『大学でも頑張って』)



絶対に、何事もなく終わらせる。

何度も同じ言葉を反芻した俺はうんと頷き、スマホを取り出して時刻を見る。


午後五時五十五分。



「……五分前」



集合は六時なので、集合時間までギリギリだ。

我ながら落ち着きがなさすぎると苦笑していると、不意に誰かとぶつかった。



「あ、すみませ――」

「瑠夏」



反射的に謝ると、驚いたような声と共に見慣れた顔が視界に入る。

けれども俺が予想していた恰好とは違う幼馴染の姿に、俺は大きく目を見開いた。



「天音。それ……」

「やっぱり変、かな」



おばあちゃんのだけど、と目を逸らした天音は、浴衣に身を包んでいる。

桜まつりは結構大規模で浴衣姿の人たちも多いので、違和感はないけれど。


さて、『友達』として何を言うべきか悩んだ俺は……結局心の裡を素直に明かした。



「……似合ってる、と思う」

「なにその間」

「いや、なんでも」



可愛い、と言うかどうか悩んだ俺は、結局それを飲み込む。

そうして二人で喋っていると、「あ、やっと見つけた」という言葉が背後からかけられた。



「お、橘さん浴衣じゃん。いーね、可愛い」

「天音、めっちゃ綺麗!」



さらりと誉め言葉を口にした日向と碧に「これ! これだよ!」と彼女は俺に顔を向けて言う。

それに気まずさを感じながら、俺は碧の方へと顔を向けた。



「モテる男なんて滅びてしまえ」

「いや今のは自業自得だろ」





◇◇◇◇◇





「あ、りんご飴食べてくる」

「私もー」



しばらく屋台を歩いていると、不意に碧が声をあげる。

そしてそのままカップル二人は「ちょっと行ってくる」と言って人の流れから外れていった。



「天音。どっか行きたいところ、」

「あ、綿あめ!」

「なあ頼むからもう少し大人しく……天音!?」



駆け出した天音の手を掴もうとするが、それはするりと空を切る。

天音! と名前を叫んだけれど振り返る気配はなく、俺は慌てて追いかけようとした。



「すみません!」



けれど追いかけようにも人混みに押され身動きは取れず、抜け出すことができない。

それどころか、流れに逆らったことで入り口に近い場所まで来てしまっていた。



「……碧に連絡するか」



そう誰にともなく呟き、スマホを取り出す。

『進藤碧』の画面をタップして、俺は素早くメールを打ち込んだ。



『天音いない?』

『いないけど。はぐれた?』

『ああ。見かけたら教えてくれ』



用件だけを端的に伝え、俺はスマホをポケットにもう一度仕舞いなおす。

それから天音に追いつこうとしたけれど、やっぱり早く進むことはできそうになく、俺は早々に諦めて人ごみに沿って歩くことにした。



「綿あめか」



最近は四人で行っている桜まつりは、中学までは二人で行っていた行事だった。

そして綿あめは甘いものが苦手である天音が、唯一食べるのに難色を示していたものだったのだけれど。



(今日、どうしたんだろう)



浴衣は別に違和感はない。天音の浴衣への憧れは前から知ってたし、それが祖母のものなら尚更だ。

けど、綿あめは? ずっと一緒に来ていた祭りで、彼女が食べようとしなかったそれを今日買おうとしたのは、なぜ?


プルルルル!



「うわっ」



いつの間に思考に耽っていたのか、突然音を立てたスマホを慌てて取り出し、『日向菜乃花』と表示された画面をタップする。

その瞬間ドアップで碧の顔が出てきて、俺は思わず仰け反った。



「碧かよ」

『充電切れた』

「充電しとけよ。どうした?」

『橘さん、奥の境内にいたぞ』

「境内? って、入り口から一番遠いじゃん」



どこいってるんだか、とため息をつき、けれどもここからはそう遠くないことに気づき安堵した。

五分くらいで着きそうだなと考えた後、碧にお礼を言って電話を切ろうと口を開く。


けれどその前にスマホから声がして、俺はそれを持ち直した。



『そういえば、橘さん』

「ん?」



天音がどうした、と首傾げる。

その瞬間、タイミングを見計らったかのように碧の声が聞こえた。



『明日の朝には、いなくなるらしいぞ』

「……は?」



脳が理解を拒否するその言葉に、足が止まる。

けれど人とぶつかり我に返ると、後ろの人に謝りながらスマホを握り締めた。



「それどういう、」

『俺はよく知らない。菜乃花がそう言っただけで』



その言葉に、目の前が真っ暗になる。

けれど、そんなわけない、と言い聞かせながらもどこかで納得してしまっている自分がいた。


今日・・」、彼女自身の恋を『終わらせる』と言った理由。今まで食べようとしなかった綿あめを始めて買ったわけ。



「……あ」



人が多すぎて電波が悪かったのか、電話さえも切れていて、俺はいつの間にか人が少なくなった場所で立ちすくんだ。



(……本当に明日、いなくなる?)



だとしたら彼女が言わないわけないだろう。

だって俺たちは幼馴染で。十年間、ずっと一緒にいて。


でも、と無意識に言葉が続く。



でも――ただ、ずっと一緒にいた『だけ』。



俺たちは所詮家族でも何でもなくて、ただの幼馴染。

だから、彼女が俺に報告する必要はない。わかっているけれど。


――そういう大切なことを知らせないのは、腹が立つ。



「そうだ、天音に」



ここで悩むより、本人に真実を聞こう。

震える手を握りこみ、自分が今いる場所を確認する。


確認するとかなり境内に近い場所にいて、俺は足を動かした。



「天音……天音」



十年間、ずっと一緒にいた幼馴染。

けれどその関係はそれ以上でもそれ以下でもなくて――もしかしたら、天音にとっては『ただ一緒にいた』――それだけの、なんてことない事実かもしれない。


けど。



(……いた)



まるで、光の道が続くようにまっすぐに。

人気がない境内に佇む少女に、視線が吸い寄せられる。



「――天音!」



ずっと一緒にいただけ? ただそれだけの、なんでもない関係性?

上等だ。その関係で、十年間俺たちは一緒に居続けたのだから。



「瑠夏?」



――けれど今日、この恋を『終わらせる』と決めたから。

何を言われようが、笑った天音に何も言えない俺は不甲斐ないけれど。


ずっとずっと好きで、追いかけて。


さっきまで腹が立っていたはずなのに姿を見ただけでどうでもよくなった自分が単純だけど、嫌いではなかった。

俺の名前を呼んだ幼馴染は目を見開くがそれを無視して、俺は天音の腕を掴む。



(――やっと、追いついた)



明日いなくなるのは本当かとか、用意してきた言葉とか色々言いたかったはずなのに、その全てが頭から消えて、一つだけ。

導かれるように口が動いた、と言ったら、彼女はどんな顔をするだろう。



「―—――好きだ」



人生の中の十年間を、ずっと同じ人に捧げてきた。

だったら、この先も君に捧げていきたいと――幼馴染この関係を終わらせたいと思うのは、きっと俺だけではないはずだと信じてみたい。






―――――――――――――――――――――――――――――――――――――





オープンエンドとなりますが完結です。

少しでも「面白かった」と思っていただければ幸いです。

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「男だったら絶対好きになる」と言った幼馴染、男だとわかった今も全然好きになってくれない件。 沙月雨 @icechocolate

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