第2話 橘天音という女の話
「ほんと信じられない! 馬鹿! 鈍感!!」
私————
ずんずんと進んで行くと、先程まで瑠夏を共に揶揄っていた男女————進藤碧と
「進藤くん! 菜乃花!」
「どうしたどうした」
「また瑠夏になんかされたのか?」
表立ってイチャイチャしないにしろ、なんだかんだで今年で3年目に入る————ちなみにクラスでは『レジェンドカップル』と呼ばれている————そして中学からの私と瑠夏の同級生である二人に泣きつくと、おおうと二人が目を丸くする。
もはや慰めるのが慣れてしまっている手つきのその二人に、私はこの攻防の長さを感じてなんだか少し泣きそうになった。
「これ、告白だよね!? ほぼ告白だよね!?」
「「えぇ…………」」
逆になんで気づかないの!? 馬鹿なの!? と二人に向かってやや半泣きで叫ぶ。
何があったの、と苦笑いした二人にとりあえず事情を説明すると、なんとも言えないような微妙な顔をされた。
「うわ、それは………」
「どっちもどっちで不憫というか、なんというか………」
「しかも人には聞いてくるくせに自分は好きな人いるか言わないし! ほんと有り得ない! もうこの恋やめたい!!」
「やめればいいじゃん」
「やめれたらこんな苦労してないよ!!」
「見事に沼にハマってるな」と進藤くんが笑う。
笑い事じゃない、と言いながらも教室へ向かうために階段を上がっていると、不意にたったった、と誰かがこちらを追いかけてくる音がした。
(足音で分かっちゃう私、ちょっと気持ち悪いな)
そう考えながら苦い笑みを浮かべ、私は足を止めて振り返る。
「瑠夏」
「天音………って、なんだ、碧と日向も」
「なにー? いちゃいけないわけー?」
「飯食おうって誘ったのそっちのくせにー、瑠夏のいけずー」
「いやなんだそのだる絡み………」
うざあ、と顔を顰めた瑠夏を笑っていると、そういえばと瑠夏が登校した時を思い出す。
その手には何も持っていなかったよねと首を傾げ、私は彼へ視線を向けた。
「瑠夏。ご飯持ってきたの?」
「え? あ、やべっ」
母さんから受け取るの忘れたー、と項垂れている瑠夏に苦笑いする。
碧弁当ちょーだい、と進藤くんに言って拒否されながら頭をどつかれている幼馴染を菜乃花と共に笑っていると、不意に瑠夏が声を上げた。
「そういえば。さっきなんか話してるみたいだったけど、何話してたんだ?」
「えー………と」
「私の好きな人の話」
「天音!?」
言っちゃっていいの!? と目を見開く菜乃花に向かい、私はうんと笑いかける。
今度こそ、もう本当に『終わり』にする。
————ずっとずっと一緒にいて、家族よりも長いくらいいるんじゃないかってぐらいずっと一緒だった。
でも、それももう終わり。
「私、もうこの恋終わらせようかなって」
「…………は」
目を大きく見開き狼狽える彼は、今何を思っているのだろうか。
そう思いながら幼馴染をじっと見つめていたけれど————不意に、目の前にいたはずの瑠夏が、傾いた。
「…………あ」
◇◇◇◇◇
小学校3年生の時、家の隣に引っ越してきた子がいた。
その子は透き通るような肌を持ち、長いまつ毛には儚く影を落とす、それはそれは美しい————女の子だった。
それから仲良くなりたいと思って友達になって、毎日遊ぶくらいの仲になって。
それでも何を思ったのか可愛い瑠夏ちゃんをいじめる彼女のクラスメイトは、私が全て返り討ちにしてやった。
その度に、瑠夏ちゃんは目を輝かせて私を見つめ、決まった言葉を口にする。
「天音ちゃん、カッコいい!!」と。
その言葉を聞くたびに「私が瑠夏ちゃんを守らないといけない」と思う気持ちが強くなった。
けれど高学年になるに連れて、何故だか瑠夏ちゃんが変わったように見えて————正確には、私が気になるようになってきたのに、すごく焦ったのを覚えている。
何だか他の人より優しく笑ってくれるなとか、そんな自惚れみたいな事だったけれど、当時の私はとにかく焦った。
けれど、中学生の時、それが————世界が、変わった。
『ええ————っ! 瑠夏ちゃん、男の子だったの!?』
そう、私の瑠夏ちゃんは————私のお姫様だった瑠夏ちゃんは、『瑠夏くん』だった。
学ランをきた瑠夏は、やっぱり女の子に間違えられるくらい可愛かったけれど、『男の子』だった。
きちんと体格もしっかりしてきて、背も伸びてきて。
そして何故かその事にすごく狼狽えた私は、あろうことか瑠夏にとっての禁句を口にした。
『名前も女の子っぽいし、声も身長も私とそこまで変わらないじゃん……!』
その状況は今となってはよくわからないし絶対に言っては行けない言葉だったとわかるけど、私はたった一つだけ覚えていて————瑠夏がすごくショックな顔をしていたのが見えた。
それでも段々とその事実をゆっくり飲み込んできて、やっと何ともないふりを出来るくらいの関係に戻って————そんなとき、『それ』は起こった。
『天音………?』
中学校に上がった瑠夏はいつのまにか私を呼び捨てにしていて、私もつられるようにそうして。
当時陸上部に入っていた私が保健室にいる際に瑠夏がその場に来たのは、本当に偶然だった。
『あはは………怪我、しちゃった………』
担当だったハードルで転んで、歩けなくなって、保健室の先生に見てもらったあと、もうハードルを全力でやるのは難しいと言われてひとりにしてもらった、すぐ。
悲しくて悲しくて仕方がなかったけど瑠夏が来たことで思わず笑みを作ったのは、今思えば一種の意地だと思う。
そして彼は、そんな私を見てさっきの私よりも戸惑った顔をした。
『なんで、笑ってるの…………。陸上が、ハードルが出来なくなるかもしれないんでしょ!?』
『あれ、聞いちゃってた? まあ、しょうがないようよね。大丈夫大丈夫!』
そう言ってヘラリと笑った私に、その時瑠夏はずんずんと近づいてきて。
そして固まった私を見て、何故か泣きそうな顔をしたのだ。
『…………瑠夏?』
何でそんな顔をするのとか、大丈夫かとか声をかけたいけど、それよりも前に瑠夏が口を開いたのが見えて、私が口をつぐむと、彼はくしゃりと顔を歪めた。
『天音の事情とか、俺、何にも知らないけどさ…………』
—————いつから私の幼馴染は、『俺』というようになったのだろうかと、ふとそんなどうでもいいことが頭をよぎった。
『本当に大丈夫な奴は、泣いたりなんかしないだろ…………』
その言葉が耳に届いて理解した時、やっと自分の頬に生ぬるい何かが伝っているのを知った。
そして、気づいて呆然としている視界の中で、瑠夏がすごく辛そうな顔をしているのに、無理やり顔に笑顔を浮かべるのが見えた。
さっきの私もこんな顔してたのかな、とぼんやりとした頭で考えて、瑠夏をじっと見つめていたら、彼は————私の幼馴染は、私が知らない顔で微笑んだ。
『俺、全部聞くよ。ゆっくりでいいよ。全部、聞くから』
『…………なんで』
その言葉を聞いてなんだかどうしようもなく安心して、泣きたくなって、タガが外れて全部全部話してしまって。
全てを泣きじゃくりながら話して、そしてこんな楽しく無い話を聞いて、それでもずっと優しく微笑んでいる瑠夏を見て、ふと思った。
ああ、瑠夏も男の子なんだ、と。
それがわかってしまったその瞬間、今までの言動も全て見方が変わってしまったのだ。
それまで何とも思っていなかった小さな仕草とか、言葉が全て気になるようになった。
歩く時にさりげなく車道側を歩いてくれるところとか、話を聞くときに目を見て聞いてくれるところとか。
そんなこと一つ一つに心臓が鳴って、————惹かれた。
そのうち段々自分の気持ちが何なのか理解して、
『んー、可愛くて可愛くて仕方がなくて、カッコいい子じゃないかな』
そんな言葉が返ってきて、カッコいいとか可愛いとか抽象的なものに頭を抱えたりもしたけれど。
幼いころの言葉があったからということもあり、それを信じて外見に気を使うようになったり、けどそれ以外にも筋トレとかも頑張ったりした。
けれどどうしても『カッコいい』がわからなくて、それでも自分なりに『可愛く』は————見掛け倒しかもしれないけれど、メイクやオシャレを頑張った。
そして、私なりに『カッコよく』もなったつもりなんだけど。
「————………っと」
傾いた瑠夏の体を咄嗟に掴み、抱えたまま手すりを掴む。
危な、と呟いた私の声は、前にいた二人の感嘆の声と重なった。
「橘さん、かっけえ.................」
「天音、今日も男前だね…………」
その声にいつも通り「ありがと」とお礼を言って、私は幼馴染へと顔を向ける。
しかし当の本人は俯いたまま顔を上げず、私は心配になってその顔を覗き込んだ。
「瑠夏?」
「............さすがにそれはズルいだろ」
その瞬間、瑠夏の顔が真っ赤になっていて、私は小さく首をかしげる。
ずるい、かっこいい..........とブツブツ呟いているのが聞こえた私は、ようやく彼の顔が赤くなっている理由を察した。
「あ、あとカッコいいだけじゃなくて可愛いとも俺はおもっ、」
「うんうんそうそう、瑠夏もカッコいいと思うよ!」
「...........は?」
俺の話聞いてた? とどこから出したのかと思うような声でつぶやいた瑠夏は、きっと怒っている。
昔から「カッコよさ」や「男らしさ」にこだわる瑠夏は、きっと女子の私に助けられたことに怒っているのだろうとわかり、私は一気に真っ青になった。
「いや、ただ俺は天音がすごくかっこいいと思ってて」
(怒ってる............絶対怒ってる...........)
「それで、そのうえで可愛いと、ですね、思ってるんですよ」
「ごめん瑠夏...........」
「あの、聞いてる、天音? 俺的には結構攻めてるつもりなんだけど。って、攻めるって責めるじゃないからな。おい、天音? ...........あれ、これ聞こえてない?」
「今のは不可抗力というかなんというか」
「好きだー、天音」
「本当に申し訳ないとは思っていて」
「好きだー!!」
好きになってもらうどころか、嫌われたら元の子もない。
そう思う一心でとりあえず謝罪してみるが、どうにも反応が芳しくない。
そう思ってちらりと上を見上げると、首から真っ赤にした瑠夏となぜか目が合い、そしてそのあと気まずげな表情をしている進藤くんたちとも目が合った。
「早く結婚すればいいのにこの二人」
「私の中の法律では両思いの男女が10年以上一緒に居たらもうそれは結婚だから」
「じゃあここに教会を建てよう...........」
俺、神父...........。私ブーケ............。ブーケ............? と言いながらなぜか祈りをささげている二人に必死にSOSを送るが、気づいていないのかなぜか助け舟を出してくれない。
とりあえず何でかわからないが真っ赤になって震えている瑠夏をもう一度見ると、「とにかく、怒ってないから!」とどう考えても怒っている口調で言われた。
そうしてなんとか一段落ついて教室の近くまで来たとき、今日ずっと言おうと思っていたことを思い出す。
「――――ねえ」
10年間。
出会ってきて10年間、私たちはずっと一緒に、隣にいた。
だから今度こそ、本当にもう『終わり』にしよう。
今まではなんとか一緒にいられたけど、もうこれからはそうはいかない。
私も彼も、それぞれ自分の進む道へ、大学へと進むから。
ずっと一緒にいたこの日々も、もうおしまい。
「今年も、4人で桜まつりに行かない?」
それぞれの承諾が得られた後、私は手を洗ってくると言って教室を一度出る。
振り向きざまに窓をちらりと覗き込むと、いつの間にか大きくなった幼馴染の背中が微かに見えた。
呑気に笑っている幼馴染は、先ほど私が言った「終わらせる」なんて言葉は忘れてしまっているのだろう。
いつの間にかその背中は、私よりも大きくなってしまったけれど。
――――ふと、一人の声が脳裏に蘇った。
『天音ちゃん、カッコ良すぎて好きになっちゃいそう!』
「…………あとどれぐらいカッコよくなったら好きになってくれるのよ、アホ」
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
24時投稿と言いましたが作者の都合でこれからは22時前後の投稿となります。すみません。
そして毎度毎度話が長くて申し訳............。
明日三話目を投稿してこの短編は終了となります。
『終わらせ』ようとしている二人を最後まで見届けてくださると幸いです。
三話目はこれから頑張って書きます。
少しでも「面白い」「続きが気になる」と思っていただけたら星を入れてくださるとうれしいです。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます