図書室にギャル[KAC20245]

カビ

 図書館にギャル

 学園生活で最も緊張するイベントは何だろうか。


 文化祭? 違う。決められた役割を淡々とこなしていれば終わる簡単なものだ。

 体育祭? 違う。走ることに何を緊張することがある。無難に3位辺りをとっていればクラスカースト上位に目をつけられることもない。

 試験? 論外だ。普段から勉強している私にとって、試験なんか復習でしかない。


 そんなものよりも、ぶっちぎりで緊張するイベントがある。

 クラス替えだ。


 大体の能力が平均を上回る私だが、コミュニケーション能力は著しく低い。友達を1人作ることに相当の労力を要する。

 中学1年生では、1年かけて友達を作れなかった。

 2年生では、去年の反省点を活かした結果、1人だけ友達ができた。


 伊藤鈴音ちゃん。


 彼女も私と同じタイプらしく、休み時間も1人で過ごしていた。ボッチであることに反抗するように読書をしている点も似ている。

 その時に読んでいた小説を、私も読んだことがあったという幸運を最大限に活かし、友達と呼ぶに差し支えない関係になることができた。


 一緒に帰った。

 体育で準備体操の際、ペアを組んだ。

 休み時間に談笑した。


 やっとできた、学校での安全地帯。絶対に離したくない。


 4月6日の月曜日。


 わざとらしいくらいに咲き狂った桜を睨みながら、私は早足で校門をぬける。

 本当は走り出したいくらいだが、冷静でないことがバレたくないから思い止まっている。


 前方には、大勢の同級生達の塊がいた。間違いない。あそこが新しいクラス発表の場だ。

 人の壁のせいで見えにくいが、人混みをかけわけて自分のクラスを確認する。4組。これはどうでもいい。鈴音ちゃんも名前を血眼になって探す。


「‥‥‥ない」

「あ。鮫島さん、クラス別れちゃったね」


 目の前が真っ暗になっているところに、件の鈴音ちゃんの声が聞こえてきた。

 もう、この声を聞けないんだ。


「休み時間になったら会いに行くからね」


 鈴音ちゃんは優しいからこう言ってくれるが、絶対に続かない。別クラスに遊びに行くなんて面倒なことを継続できる聖人君子なんて、この世にはいないんだ。

\



 4月の下旬。予想通りボッチに戻った私は、休み時間を1人で過ごしていた。


「ギャハ! あいつそういうトコホントダメな!」

「そうなのよ! バカだよね!」


 ボッチの辛いところの1つに、周囲の会話が無駄に鮮明に聞こえてしまう点が挙げられる。特に悪口だ。全く交流のない人達の会話なのに、自分が言われているのではないかと被害妄想をしてしまう。


 チラッと声の主達を見る。クラスカースト上位の派手なグループの佐藤さんと板倉さんが口大きく広げて笑っている。ただでさえブスなのにさらに醜く見える。

 そんなブス2人の会話をニコニコ笑って見ているのは、加納さんだ。派手な見た目はブス達と変わらないが、不思議と下品に見えない。


 ‥‥‥まあ、私には関係のない人達だ。

 あと2分もしたら次の授業が始まる。私は、英語の教科書をリュックから取り出して予習を始めた。

\



「ねぇ知ってる? 加納さん、佐藤さん達にハブられたらしいよ」

「あぁ。知ってる知ってる。なんか要らないこと言っちゃったんでしょ?」


 昼休みに図書委員の仕事とは名ばかりの、受付でボーっとするだけの時間を過ごしていると、そんな噂話が聞こえてきた。

 そっか。あの人やらかしたのか。ボッチが基本状態である私よりも、高いところから転げ落ちることになった加納さんの方が状況は悪そうだ。


 可哀想に。


 興味が無いが故のテキトーな感想を抱いく。

 そこで神聖な図書室が騒がしくなった。


「うわ‥‥‥空気読んでよ」

「ウチらのテリトリーにまで入ってくんなよ‥‥‥」


 先ほどの噂話の子達が、そう言いながら退出していく。


 代わりに現れたのは、件の加納さんだった。


 確かに、図書室にはあまりいないタイプの外見をしている。

 まず、髪を茶色に染めている。今時珍しくもないが図書室の利用者は、生まれてから一度も髪を染めたことのない子が多いため、この場所から浮いているように見える。


 ギャルらしくない、思い詰めた表情で席について机に突っ伏して寝る体制をとる。あの体勢でしっかりと睡眠がとれることはない。ただ、時間が過ぎるのを待つためのポーズだ。

 そのまま微動だにせずに昼休みを過ごして、予冷がなると同時に去っていった。

\


 

 加納さんは翌日も図書館にきていた。


 その日、私は図書当番ではなかったが、たまには利用者になってみようと思って来てみたのだ。決して加納さんのことが気になったとかではない。


 驚いたことに、加納さんは小説を読んでいた。

 サイズから察するに文庫本だ。タイトルは何だろうか?ギャルに読んでみようと思わせた小説のタイトルが気になり、じりじりと近づく。


 しかし、日々勉学に励んでいる影響から、私は目が悪い。


「えっと‥‥‥鮫島さん? 何?」


 気づけば、加納さんの真後ろで表紙を覗きこんでいた。


「‥‥‥何読んでるのかなーって思って」


 言い訳が一つも浮かばなかったので、正直に答える。

 終わった。絶対キモがられている。もしかしたら、私の醜態を土産に佐藤さんグループに返り咲くかもしれない。ギャルは怖い生き物だ。私は詳しいんだ。


「‥‥‥『満月と蟹』」


 そんな被害妄想をしていると、加納さんは質問に答えてくれた。

 少し嬉しそうに見えるのは気のせいだろうか。


「へぇ。渋いの読んでるね」


 何年か前に芥川賞にノミネートされていたが、映画化もドラマ化もされていないのに、世間的にはマイナーな作品のはずだ。


「この作者さんが、好きで」


 口元をモニョモニョして喋る加納さんを、可愛いと思ってしまった。


「そうなんだ。あの、主人公達が神様に祈るシーンとか‥‥‥良いよね」

「うん。良い。‥‥‥鮫島さんは、今どんなの読んでるの?」

「私はね‥‥‥」


 ボッチが傷の舐め合いをしていると、佐藤さん達は笑うだろうか。

 それでもいい。そう思えるくらい、加納さんとの会話は楽しかった。


 思えば、私は鈴音ちゃんのことを孤独を遠ざける道具として見ていた節がある。

 その証拠に、あの子が何が好きで何が嫌いなのかも知らない。

 そんな繋がり、クラス替えで消えて当たり前だ。


 道具じゃない。今私は確かに加納さんのことを知りたいと思っている。


 キーンコーンカーンコーン。


 居心地の悪い教室に戻らなくてはならない、忌々しいチャイムが鳴り、私達は顔を見合わせて一緒に歩き始めた。


 

 

 

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