第3話 ギルドマスター

 異世界転生を果たした4人の中、勇者伊織によって異世界無一文問題を脱却し、伊織にとって念願の冒険者デビューが始まろうとしていた。

 しかしそこでシャルロットは身長が自身より二倍以上ある上半身裸の男に肩をぶつけてしまう。


「あ、すみません!」


「どこ見て歩いてんだごらぁ!! この俺様の体にぶつかるとは良い度胸じゃねぇかあぁ?」


 男は声を荒げ、シャルロットとその周りにいる人をじっくりと見渡す。

 そこで伊織はぱあっと表情を明るくするがすぐに真剣な顔に戻る。


「すみません! 俺らこのギルドに来たばかりで……見逃して貰えませんか?」


 伊織はただ単純に謝れば運が良ければ事を穏便に済ませると思っていたが、同時に血気盛んな人間ならばと喧嘩になることも想定していた。

 その想定はピッタリ合っていた。


「ふざけてんじゃねぇぞ! そもそもギルドはクソガキ共が来る場所じゃねぇ。そんな奴らが俺様にぶつかって装備を汚すとはなぁ!? 怒って当然だよなぁ? まぁ……そんなに許して欲しいんなら……」


 男は許す条件を一瞬探すと、たまたま恐怖で体を震わせるシャルロットと目が合ってしまう。


「よく見りゃこいつすげえ良い女じゃねぇか……決めた! こいつをくれたら許してやる」


「えっと……あの……その」


「おい。今この首を落とされたく無ければ、俺の前から消え失せろ」


 桐彦は気づけば既に男の首筋に刀を当てていた。その目は酷く冷たく、いつでも首は落とせるのだと相手に警告する。


「桐彦さん……?」


 まるで既に多くを殺したことがあるような目だとシャルロットは感じれば、たとえ生まれた世界が違くとも、どうしてそこまで冷たい目を人に向けられるのか疑問で、半分止めようと桐彦に声を掛ける。が、そこで男は大きく後ろへ飛び退く。


「ぶっ殺されてぇのかお前……」


 桐彦は男の小声を聞き逃さず、無言で刀を頭上に持ち上げながら、床を勢いよく蹴る。


「桐彦! 駄目だ! 気絶で済ませろ!!」


 伊織は怒っても当然ではあるが、本当に殺しかねないと察すれば桐彦に叫ぶ。その声が届いているか分からないが、既に刀は男の首の一枚皮に到達しており、大きく開けられた口から叫び声が上がるところだった。

 だがどうやら声は届いたようで、桐彦は刀を咄嗟に下げると同時に男の足元から高く飛び上がり、鋼の膝蹴り凄まじい勢いで顔面に捻り込んだ。


「あぁあがッ……!?」


 断末魔になるはずだった声は途中で止められ、男は白目を剥きながら鼻血を吹いて床に吹き飛ばされた。


「あっぶねぇ……! 次は危うく王国を追放される所だった……!」


 まさに別の意味で危機一髪。伊織は大きく安堵で胸を撫で下ろすが、シャルロットの困惑する表情は変わらず、ヴィヴィは冷めた目で周囲を見渡していた。

 もし伊織が声を上げなかったら、もし桐彦が男を殺していたら。と周囲の人間の誰もが一部始終の結末を予想できていた。


 先ほどの喧騒は嘘だったかのように静まり、暫くその場が静寂に包まれれば、それを破る一声はギルドの二階へ続く階段から響いた。声の主はゆっくり辺りを見渡せばすぐに問題の元を見つけたのか、男が気絶しているのにも拘らず、胸ぐら掴んで持ち上げて振り回す。


「何事だテメェら!! いつもの糞野郎共の声が途端に聞こえなくなったと思えば……またテメェかガロンッ! 何度問題を起こせば済むんだ糞野郎!」


 だが男は変わらず白目を剥き、声に反応することも無かった。そこで胸ぐらを掴む男は険しい表情で伊織達の方に首を向けた。


「はぁん? なんとなく状況は分かった。どうせ主犯はガロンの野郎なんだろうが……こうもギルドがしらけちまったことはどうしてくれるんだろうなぁ?」


 男は全身小麦色に焼けた肌で、一見すれば80を超える歳と深く彫りの入った顔、身長はガロンと呼ばれる男の半分にも満たないが、同じく半裸だがその体には歴戦の戦士だったとも言えるいくつもの古傷を持っている。

 また片目も深い切り傷で開かなくなっており、それらの雰囲気が只者では無いような気迫を伊織たちに感じさせていた。

 男は暫く悩むと、悪戯のある笑みを見せて続ける。


「よぉし。このギルドの活気を戻すには最適の依頼があったなぁ……。テメェら、まだギルドに登録してねぇだろ。本来なら銀貨2枚で十分だが……迷惑料として4人で金貨1枚ずつ、合計で4枚払え。

 そして、今から俺が渡す依頼を達成出来れば、登録料はちゃらで、最初から冒険者ランクブロンズを約束してやる」


 男が言い終えると横から受付をしていた女性が話に割り込んでくる。


「ちょっとギルドマスター!? いくらなんでもそれはやりすぎです! 登録料はともかく、最初からブロンズだなんて。ランクはギルドの信頼にかかわるものなんですから!」


「良いじゃねえかよ。冒険者ギルドの信頼なんざぁ、所詮強さが全てだ。それ相応の依頼用意してやるから心配すんな」


 男の正体はギルドマスターだった。伊織は話を聞いてまた興奮気味になるが、シャルロットとヴィヴィと桐彦はそうでは無かった。

 特にヴィヴィは怪訝な眼差しでギルドマスターに問いかける。


「ギルドマスターなんて肩書きは十分じゃ。だが、話を聞くところによれば、高難易度の代わりにかなりの高待遇だそうな。しかも登録料に迷惑料を足すということは、断っても良い訳じゃな?」


「別に構わねえが……こんな高待遇を断ろうと考える奴は初めて見るぜ。冒険者に登録すればランクが高いほどによりさらに高待遇が待っているってのに……。まさかそれを知らねえ訳じゃねぇよな?」


「無論。そんなものは知らん。儂らはわざわざ危険を顧みずにやることでも無いと言うておる。迷惑だけ払って普通に登録はさせてくれんかのぉ? 金はある」


 そんな会話をしている後ろでは伊織は大きくため息を吐き、それを見逃すギルドマスターでは無かったが、真面目な交渉に我慢の限界が来たのはギルドマスターだった。


「テメェの味方の坊主はやる気満々らしいが……? ……ったく止めだ止めだ! 俺はこんなしけった話は苦手なんだよ。良いからやれ女ァ……歳食った口調しておいてビビってんじゃねぇぞ。冒険者ギルドにいる奴らはなぁ、無謀者集まりなんだよ。これ以上白けさせんじゃねぇよ」


 この対応にヴィヴィは顔を顰め、桐彦に視線移そうとするも、また斬りかかり兼ねないと考え、伊織に視線を移すが、やっぱり依頼を引き受ける流れになった今の現状に表情を明るくしているのを見て、小さくため息を吐いてから更なる交渉は諦めた。


「やろうぜみんな。難易度は高いらしいけど、丁度みんなの力を知れる良いタイミングだ。な?」


「ギルドマスターさんは引き下がる感じは無いね……」


「無謀を避けて何が悪いんじゃい。儂らはまだ冒険者ですら無いのだぞ? こいつは言うなれば一般人を危険に巻き込もうとしているのだ。それでも行くと言うのか伊織」


「俺は行く! これが異世界テンプレイベントって奴だろ!?」


 またしてもこの場にいる全員が理解できない言葉を叫ぶ伊織に、桐彦はヴィヴィに諦めろと言う。


「ヴィヴィ。伊織には何を言っても伝わらないようだ。こうも聞き慣れない言葉を連呼されてはどうしようもないだろう」


「はぁ〜ったく仕方が無いのぉ。これが味方の信頼を失うことだと何故気付かぬのやら……。分かった。引き受けよう」


 ヴィヴィは大きくため息を吐くと、ギルドマスターの命令に従うことにした。


「よぉし! そんじゃ依頼はこれだ。よ〜く読んでおけ。ブロンズどころかぎりぎりシルバー寄りの依頼だがな。そいじゃ行ってこいや!」


 ヴィヴィと伊織たちはギルドマスターから依頼書を受け取ると早々に建物の外へ追い出された。

 その直後、建物の中からギルドマスターの大声が聞こえれば、一気にギルドの活気は戻ったような歓声が湧き上がったのが聞こえた。


 これにより伊織はここで初めて苦笑を浮かべながら、まるで厄介事を押し付けられたのだと察する。


「あ、あれぇ? 活気戻ってんじゃん」


「こんなもの、半分出禁されたような物じゃぞ。儂らは全く悪く無いのに。話の分からんギルドマスターじゃったな」


「いやいや、断ろうなんてことはせずに潔く引き受ければ良かったと思うんだけど……」


 まるで駄々っ子のように反論する伊織をヴィヴィは冷めた目で返せば、少しだけ敵対心を露わにするような言葉を吐く。


「のぉ伊織。儂らはお主の味方であって仲間ではないと言ったじゃろ。お主がリーダーであることは認めてやるが……、あまり振り回すな。リーダーを務めるなら、せめて味方を案じて欲しい物じゃのぉ」


「な、まさか俺が自分勝手な奴だと思ってるのか?」


「伊織。そこまでにしておけ」


「桐彦もヴィヴィと同じかよ……」


 4人はこの世界で出会ってからまだ一日も経っていないというのに、既に不審な空気が流れていることに、シャルロットはなんとか話を切り替えようと声を大きくする。


「はい!! みんな! まずは依頼のこと考えよ? 全部私が肩をぶつけたのが悪いの! ごめんなさい! これで話は終わり!」


「いや、シャルロットが謝ることじゃ……分かったよ」


 軽くも頭下げるシャルロットを制しようとする伊織だが、途中で言葉を詰まらせて渋々依頼書の内容を見る。


 依頼書には『オーガの巣窟の殲滅』と書いてあった。


「ほう……これはまた大層な依頼じゃな」


「っはぁ〜!? なにがシルバーぎりぎりだよ! オーガなんて強い決まってんじゃねぇか! 嘘だろ……」


 オーガと分かればヴィヴィは遠くを見るように目を逸らすが、伊織はその態度を説明するかのように突然大声で叫ぶ。

 二人の態度はシャルロットと桐彦から見てもあからさまで、オーガという化け物の恐ろしさを容易に想像が出来てしまい、ただ苦笑を浮かべることしか出来なかった。

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機械戦争を駆けた半人半機の侍が行く異世界奇譚 Leiren Storathijs @LeirenStorathijs

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