第29話 前は見ていることしかできなかったけど
化け物の姿を確認してすぐ、俺は窓から頭を引っ込めた。
それからダークさんの方を見たのだが、どうやら呆然としているよう。
「おい、アレなんだよ」
ダークさんの正体は置いといて、どうやらダークさん自身、化け物という存在を目にしたことがないらしい。心ちゃんはなにか知っているのではないかと疑っていたが、この様子を見るにそれはないだろう。
つまり、今のダークさんはなにも知らない一般人と変わらない。果たしてどう説明したものやら。
「あんなん、この世に存在しちゃいけねぇ奴だろ」
「落ち着いてください。確かに見た目こそヤバいものですが、その脅威度は心ちゃん……探偵ハートとなんら変わりませんよ」
「テメェはあの化け物のこと知ってたのか?」
「ええ。というか、今から向かうところは多分その化け物の巣窟です。深きものやクトゥルフについては聞いていたでしょう?」
「いや、そんなのただの作り話だろ? 俺はつい、テメェら作り話になにマジになってんだって……」
「ダークさん、一つ約束してください。これからはなにか分からないことがあればすぐに俺に聞いてください。なんでなにも聞かずに俺達のことバカにしてるんですか。俺達は中二病じゃないです」
そんな感じで化け物に詳しいみたいな雰囲気出してるが、俺だって会ったことのある化け物は深きものだけだ。深きものはただの魚人。魚人も充分怖がるべき相手ではあるものの、ダークさんや心ちゃんなど、既に化け物のような存在と出くわしていたのだからそれほど驚きはしなかった。
ただ、あいつは少々次元が違うすぎる。魚人というだけあって多少は人に似ていた深きものとは違い、アレは化け物という点では完璧すぎる。少なくとも、俺達が太刀打ちできる相手ではない。
……いや、ダークさんならなんとかなるかもしれないが、今は怖がっている上に、そもそも俺達は逃げ専門。心ちゃんが居るから戦っているだけで、戦闘能力と言う点では心ちゃんに比べてだいぶ劣る。
「なあ、これからどうなるんだ? これじゃ海にすら行けねぇよ」
「ここまで堂々と現れたんです。話題になっていないはずがありません。すぐに心ちゃんが来て倒してくれるでしょう」
とはいえ、それまでなんとかするのは俺の仕事だろう。
……ダークさんではなく、俺の。
心ちゃんと釣り合うようになるには、化け物絡みの問題に首を突っ込んで行くしか方法が無い。
意を決して、再び化け物の様子を確認する。
「……あれ?」
「どうした?」
「動いていない……?」
よく見たら、化け物は電車の前に立ちふさがっているだけで、それ以外どんな行動も取っていない。
なんでだ? 人間を襲うのが目的じゃないのか?
ということは、化け物の目的が電車を止めることだということ。それなら俺が動く必要もないが……
ではなぜ、化け物が電車なんかを止める必要があったのか。
化け物にとって人間は、なんの躊躇いもなく儀式に使えるくらい、取るに足らない存在なはず。それなのになんで表に現れてまでこのようなことをしたのか……
「ああ、そうか」
一つだけ心当たりがある。
「俺達のせいか」
「どういうことだ?」
「あの化け物がここに来たのは俺達のせいですよ。多分、俺達が海に行くのを引き留めているんです」
「あ? なんでだよ。俺達が海に行って困ることでもあるのか?」
「ありますよ。儀式が止められる」
「だとしてもだ。そもそも俺達が海に行くことを、なんで化け物が知ってる。今日のことを知ってんのは探偵だけだろ?」
「もう一人居ます」
「誰だよ」
俺は手紙を取り出した。
それを見て、ダークさんは押し黙る。
「……そいつが仲間ってのは?」
「それなら結構。ですが、敵だと警戒しておく方が最善でしょうね」
「ったくよ、なんなんだよそいつは」
「こうなってしまった以上は仕方ありません。問題は、俺達がここに居る以上、あいつが動くことが無いということです」
「だが、それならこのまま待ってようぜ? 俺達への被害なんて、海に行けないことくらいだろ? 結局は安全第一だ」
「後先考えず博物館や美術館に忍び込む怪盗がなにを言っているのか」
そこでポケットの中にあるスマホが震えた。
その相手は名前を見なくても分かる。
『ひかり、大丈夫か?』
「心ちゃん。俺達が乗ってる電車の前で化け物が陣取ってるけど大丈夫だよ」
『やはりか……海行き電車でトラブルが起きたと聞いてもしやと思ったが、やはりおぬしは運が悪いの」
「それで、今心ちゃんはこっち向かってるところ?」
『ああ。じゃが、ちと問題がある』
「問題?」
『相手、写真を見たところビヤーキーじゃな。あれは深きものに比べてかなり狂暴じゃ』
「もしかして倒せないとか?」
『もちろん倒せる。じゃが、周囲の安全までは保障できん。戦ってワシが殺すまで、あやつがどれだけ暴れてしまうか。少なくとも線路は確実に壊れる。電車は……聞かん方が良い』
「それが今の問題? 倒せるけど、周囲への被害をどうしようかって」
『そういうわけじゃ。そこで頼みがあるのじゃが……電車内の人を避難させてはくれんか? ワシは戦闘に集中せないかんから」
「それならもっと良い案がある」
『良い案?』
「あの化け物がここに来た理由。つまり狙っているのは俺とダークさんだ。だから、俺が囮になって、あの化け物を海まで連れて行くよ」
『な、なにをバカなことを言っておるのじゃ! 危険すぎるぞ!』
「それでも、海で戦えば周囲の被害は気にしなくて済むよね。それならこうする方が良いよ」
『とはいえ、おぬしへのリスクと比べたら……』
「……心ちゃん。俺はさ、こういう問題に首を突っ込まないといけないんだよ。危険なことをこなすことこそ、キミに近づくことができる」
『……おぬしはまた、そんなくだらん理由で自分を犠牲にして……』
「ダメかな?」
『もう良い。止めても無駄なのじゃろう? 集合場所は前回戦った浜辺じゃ』
「了解」
電話を切り、上着を脱いでカバンに押し込む。
そうして探偵衣装を現したので、やはり注目を浴びることになってしまった。
まあ仕方ない。上着を着たままではやりにくいし。
「お、おい、なにする気だ?」
「あいつを浜辺まで連れて行きます。そしたら心ちゃんが来るので倒してもらいましょう。ダークさんは追われている俺を追いかけてきてください」
「そんな、あぶねぇぞ!」
「ダークさんって、意外とそういうこと気にするんですね。怪盗してる時もこれくらい危険なのに……それじゃあ、ちゃんと俺について来てくださいね?」
そう言って、俺は窓から飛び出した。
ただの高校生だが怪盗が逃げてるところに鉢合わせた件について 夜葉 @yoruha-1
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