第28話 電車に乗るのは初めて
電車から眺める景色は、なんだかいつもよりも新鮮に見えた。
俺にとってこの風景は慣れ親しんだものであるが、それでもいつもと違うように見えるのは、いつもと違う状況のせいだろう。
「こうしてダークさんと電車に乗るというのは、なんだか不思議なものですね」
「そうか? まあ、そもそも俺は電車に乗る必要がねぇからな。確かにおかしな状況ではあるか」
「それもありますが、ダークさんと出かけるというのが新鮮です」
「なんでだよ。買い物行っただろうが」
「昨日だって新鮮でしたよ。ダークさんって、俺が出かける時について行ってくれるとは思ってませんでしたから。博物館に行ったのは下見を兼ねてましたけど、買い物は俺一人でできるだろうって言いそうだし」
「あのなぁ。俺だってたまにはゆっくりしたい時くらいあるんだぜ? いつも仕事について考えているわけじゃない。リフレッシュってやつだ。一人ならめんどくせぇだけだが、テメェが居るなら退屈はしねぇし」
「それは良かったです。俺は未だにダークさんが居る日常に慣れませんし、そういった意味でも退屈しないと言えるのでしょうかね」
「俺達、もうそこそこ一緒に居るだろ。慣れねぇ理由が分からねぇな」
「そりゃ、ダークさんがいつも突拍子の無いことをするからでしょう?」
「仕事についてはともかく、昨日はなにもしてねぇよ」
「心ちゃんとめちゃくちゃ喧嘩してたでしょうに。アレ、俺が一番気まずいんですからね?」
「それは探偵が悪い」
まったくこの人は……心ちゃんに関わらずだが、この人は人と話すのが苦手すぎるところがあるな。これまで誰とも話さずに生きて来たからか、警戒心が強すぎるんだ。
……その分、俺と普通に話せている理由が未だによく分かっていないが。まあ、普通に話してくれるなら理由なんてどうでも良い。
ダークさんと関わってきて、ダークさんがどんな人間なのか少しは分かってきた。
正直、ダークさんは俺にとって、積極的に関わりたいと思える性格はしていない。気分屋だし、喧嘩っ早いし、子供だし。だけど、嘘を吐くことはない。いつも本音をぶつけてくる。特にやりたいこと、ほしいこと。ゲームしたいだとか、あそこに行きたいだとか、このご飯食べたいだとか。そういうのは普段人に気を遣うことを意識している俺にとって楽。
できることなら、この関係を維持していきたいところだな。互いに本音を言い合える、雑に扱っても問題ないこの関係を。
「そういやよ、今日って月曜日だったよな?」
「そうですね。それがどうかしたんですか? ダークさんにとって曜日なんて関係ないですよね?」
「俺にとってはだろ? テメェにとってはどうなんだよ」
……関係は、ある。というか、その上で俺は曜日という概念を無視していた。
「テメェ今日学校だろ? 良いのかよ、サボっても。テメェは誰もが慕う優等生だ。そんな優等生が学校サボるってなったら話題になるんじゃねぇか? しかも休むのは今日だけじゃねぇ」
「それは確かにそうですよ。学校をサボることは良いことじゃないです。少なくともダークさんと出会う前なら絶対にしていなかったでしょうね」
「今は?」
「悪い子になりましてね」
「うぇーい、やるじゃーん」
「そんなことはどうでも良いんですけど、とにかく俺なら学校をサボるのは良くないって頑張っていたはずです。でも、今回は事情が事情ですもん」
「事情?」
「クトゥルフが目覚めそうなんです。学校に行ったところで、その間に世界が終わったらなんの意味も無いじゃないですか」
「やっぱ良い子ちゃんは損するってわけだ」
「その言い方やめてください。俺はずっと間違ったことしかやってません」
「本盗んだことも?」
「それが一番の間違いです」
「んじゃ、もうなにしても変わんねぇな」
「それは俺が一番実感しています……」
できれば一生実感したくなかったのだがな。
「それじゃ、さっさと事を終わらせて帰るとするか……なあ、まさかとは思うが、帰りも電車か?」
「そうですね」
おそらく帰りはかなり疲れている。クトゥルフなり、深きものどもなり、ハスター教団なり。そんな未知の存在と戦っていくわけだし、身体的にも精神的にも疲労するのが必至。
しかし、そういった後々のことを考えないのがダークさんだ。
「俺、電車はあんまり好かんのだよな」
「なんでです?」
「だって遅いだろ。しかもこんなのでそこそこの金を取るんだ。絶対電車より走った方が良い」
「その理論が適用されるのはダークさんだけです。普通ならとても速いし、その上この料金で利用できるとなります」
「ならその分俺に金をかけてくれ。安くしておくからよ」
「なんでですか。ダークさんに出すお金なんてないですよ」
「おいおいそんなこと言って良いのか? 俺なら帰り、テメェを抱えて帰ってやることができるんだぜ? 確かお姫様だっこだったよな。前に探偵から逃げてた時もやったし、テメェなら簡単に運べる」
「それはガチでやめてください。そんなことしたら目立つどころの騒ぎじゃないですから」
「なんだ、照れてんのか?」
「そりゃ照れますよ。相手はダークさんなんですし」
「……いきなりはやめろ、バカ」
「俺なにもしてないんですが……」
瞬間、走っていたはずの電車が止まった。
急ブレーキ。反動で身体が倒れかけたのをダークさんが抱き留めてくれた。
ダークさんは警戒するように俺を抱きしめて周囲を見回す。
「なにがあった?」
これはなんらかのアクシデントがあっての緊急停車だ。電車内……いや、この電車は大した長さではないので確認できたが、電車内でトラブルが起きたように見えない。
つまりは外的要因。人身事故、動物、その他もろもろ。
いろいろあるが、とにかく窓の外を調べてみよう。でないと、ダークさんが警戒しっぱなしで俺を離してくれない。
「ダークさん、窓開けてください」
「あ? ああ、こうか」
「そのまま外を見てみましょう」
「外でなにかあったってことかぁ? ……なんだアレ」
「どうかしましたか?」
「なんか、グロいの居る」
「え、なにそれ怖い」
ひとまずダークさんに場所を代わってもらい、俺も電車の先頭へと目を向ける。
……そこには、龍とも鳥とも言えない、口の端を派手に裂いた、大きな化け物が居た。
ああなるほど。アレはグロい。
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