第6話 This Bird had flown.
「えっ、そうなんですか??」
翌日、所長からの言葉に隆司は色を失った。
「いや、近藤君、申し訳ない。伊藤さんから『みんなには黙っておいてほしい』と言われていたんだ」
と所長は申し訳なさそうに言った。
「伊藤さん、東京に住む友人から、起業の手伝いを以前から誘われていたそうなんだ。いろいろ考えていたそうだけど『ようやく踏ん切りがついた』という事らしいんだ。もう退職の手続きも終わってて、というかその手続きをするのも彼女の仕事なんだけどさ、『有休消化は不要』というから昨日が最後の出勤日だったんだよ」
紗代子の言ったとおり、紗代子は突然に消えてしまった。彼女のいた部屋も少しバタついているようだ。
「『私を離さないでね』って昨日は言ってくれていたのに、彼女から離れていったじゃないか」
と隆司は、大きな切なさと、ほんの小さな怒りに悲しくなってしまった。もちろんこんなことは言葉にできないが。
「近藤君、突然同僚がいなくなったから、寂しい気持ちはわかるよ。まぁ、でも、彼女の人生だからさ。僕らは僕らで進んでいこうよ」
事情を知らない所長は、的外れに隆司を励ましてくれる。それが少し滑稽で、そしてとてもありがたい。
「そうですね。じゃあ、仕事に戻ります。ありがとうございます」
と所長に伝えて、隆司は自分の席に戻った。
そして、彼の好きなビートルズの曲を口ずさむ。
“And when I awoke, I was alone. This bird had flown.”
有名な「ノルウェーの森」の一節だ。歌詞のとおり、目覚めると僕は一人。小鳥は飛び去ってしまったのだ。
隆司は少しだけ泣きそうになりながら、机に向かった。
This Bird had flown. 川線・山線 @Toh-yan
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