ゲームを片手に

栗尾りお

はなさないで



 「あ、そうだ」



 ベッドにもたれる君が喋った。


 画面に夢中になってゲームをする。そんな君を斜め後ろから見つめるのが好きだった。



 「彼女できた」



 思い出したように話す。


 本当は部屋に来た瞬間言いたかったんだろう。でも浮かれた姿をイジられたくなかったから、そうした。


 私の勘がそう告げる。



 「……マジ? やったじゃん! ついに春が来だね! ねぇ、初? 初彼女?」



 「うっせえ。操作がブレる」



 「照れんなよー。ほらほら」



 「やめろ。蹴んな」



 「あーでも、去年ぐらいだっけ? 告白が失敗して泣きついてきたのって」



 「泣いてねえし!」



 「あの時もゲームしたよね」



 「ああ」



 「……」



 これが最後?とは聞けなかった。だって君は必ず頷くから。


 君は一途だから、彼女が心配することはしない。天秤の先に『私とのこれまで』があったとしても、悩んだ末に愛しい人を選ぶ。


 私の好きな人はそういう人だ。



 「少しメンヘラで、束縛が強いけど。でも、そこも好きで。俺、本気なんだ」



 君は画面から目を逸らさない。

 私は黙ってコントローラを強く握る。文句は言えなかった。



 今、話さないで欲しかった。


 「顔だけでしょ?」と言いたくなることも。

 「絶対、後悔する」と言いたくなることも。

 「私にしなよ」と言いたくなることも。


 全部、全部、全部。私の側で話さないで欲しかった。



 画面の片側にfinishと表示される。ファンファーレと共に画面の上部にでる私の名前。

 まるでゲームの中でしか1位になれないのかと煽っているように思えた。


 遅れて君がゴールする。

 そして静かにコントローラをテーブルに置き、立ち上がった。


 別れを告げ、部屋を出て、静寂が残る。

 何十回と見た光景は今日も変わらないのだろう。



 「じゃあな」



 顔だけ私に向けて別れを告げる。


 寝癖が目立った髪。似合わない服装。私に向き合うことのなかった態度。


 今になって君の悪いところに目がいくのは何故だろう。




 溢れて崩れそうになる顔を必死に保ち、私は最後まで笑って見送った。

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ゲームを片手に 栗尾りお @kuriorio

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