本編


 ━━━━━━プルルルルルルル

 

 福知山ふくちやまじょうの入り口に立った、ちょうどその時。ポケットにしまっていたスマホがけたたましく鳴り響いた。

 近くに掲示板とベンチがあるスペースがあったので、そこに座ってスマホを確認する。

 

 非通知だった。

 

 しかし、今さら不気味さや恐怖などはない。もう何度も、こういう目・・・・・には遭っているのだから。

 

 電話を取り、恐る恐る耳に当てる。その四秒後、ノイズのような音を遮るようにして、聞き馴染みのない初老の男の声が聞こえてきた。

 

 

 『━━━━━━ようこそ、福知山城へ』

 

 知らない声。そして、自分の様子を全て見透かしているかのような語り口。

 ……明らかに、"人"ではない者の声であることが分かった。

 

 貴方は誰だ、と尋ねてみる。

 

 『私か? そうだな……私のことは"あさひ"とでも呼んでくれ。

 ……それより、お前はここへ何をしに来た?』

 

 何をしに……それは勿論、自分の身に起こる災いの原因を突き止めに。

 "呪い"を解くために、ここへ来たのだ。

 

 二、三年ほど前から、不気味な怪奇現象にたびたび見舞われるようになった。正体不明の着信があったり、物が勝手に壊れたり、謎の声が聞こえたりするのだ。いつも肩に何か乗っているような感覚があって、体調も優れない。そういう日は、まるで何かに取り憑かれたかのように悪夢にうなされた。


 その悪夢の中で何度も見た、福知山城の景色。幼少期に二、三度行ったことがあるぐらいで、特段思い入れがある訳でもない。それなのに、何度も夢に出てくるのだ。

 気になって調べてみたところ、遠縁の先祖がかつて福知山に住んでいたことを知った。


 つまり、悪夢は先祖の霊からのメッセージ。自分を脅かす何かの力の源が、ここにあるはずなのだ。

 


 『分かっているか? ……お前は、自ら死地に足を踏み入れているも同然。 引き返すなら今しかないぞ?』

 

 挑発するかのような、電話口の声。きっとこの声も、霊か何かが電話を乗っ取って話しかけているに違いない。だったら、余計に引き下がれない。そう思うことで自分を鼓舞こぶし、立ち上がる。

 


 『━━━━━━そうか、ならば来い。 上で待っている』

 

 電話の声は、強いノイズに掻き消され、そのまま切れてしまった。

 

 ***

 

 長い坂を上がり、広場へとたどり着く。

 無数の石が散りばめられたその場所は、福知山城の立派な外観を見上げるのに打ってつけのスポットだった。

 

 ……悪夢の中で見た景色と、同じ。

 

 そう思った矢先、

 


 ━━━━━━プルルルルルルル

 


 またしても着信が鳴った。

 

 

 『━━━━━━お前は、この場所に巣食すくう霊に呪われている』

 

 核心を突くような一言を、"あさひ"は平然と言ってのけた。

 

 『お前の後ろに、石碑のようなものが並べられているだろう? これはかつて、寺の五輪塔や石仏せきぶつ石塔せきとう……墓石などだったものだ』

 

 後ろを振り返ってみると、確かにそこには変わった形の石がたくさん並べられていた。また、立て看板にはその説明とともに、『転用石てんようせき』という言葉が記載されている。

 

 『福知山城の石垣には、その『転用石』が多く使用されている。 かつて、明智あけち光秀みつひで公が近隣の寺などから石材として集めたのだそうだ。 自然の石などもまじえて積まれたこの石垣の構造は、他の城では見ることができぬ代物しろものだ』

 

 言われて、再び福知山城の方へと向き直り、石垣を注視する。一見、乱雑な積み方に見えなくもないが、大きさも形も違う石がパズルのように綺麗にハマっている様は、確かにすごい。


 もっと近くで見ようと、一歩前へ出る。


 しかし、

 


 

 『━━━━━━動くな』

 

 恐ろしいほど冷たい、威圧感のある声だった。

 

 身体をピシッと締め付けられるかのように、反射的に足を止める。

 そうして、ふと顔を上げて気づいた。

 

 福知山城の石垣の隙間から漏れ出る、邪気のような黒い影。

 スマホを当てていない方の耳から微かに聞こえてくる、うめき声や悲鳴のようなノイズ。

 

 一歩でも近づけば、呑み込まれる……。

 根拠はないが、自分の五感全てが危険を察知して、警鐘けいしょうを鳴らしていた。

 

 『忘れたか? ……お前は今、呪いの器となっているのだ。 下手に動けば、その魂ごと"向こう側"へいざなわれるぞ』

 

 息を飲んだ。

 全身から、変な汗が吹き出している。

 

 『気になるか? 何故自分がこんな目に遭わなければいけないのか、と。

 ……こっちへ来い。 お前を呼んだ者に会わせてやろう』

 

 そう言って、また電話は切れてしまった。

 スマホを耳から離してもなお、耳障りなノイズがずっと響いている。

 

 ……行かなければ。

 

 そして、誰に言われるでもなく。

 ただ自分を導く何かに引き寄せられるように、北側の石階段へと向かっていった。

 

 ***

 

  ━━━━━━プルルルルルルル

 

 電話を取ると、さっきよりも強いノイズが走った。

 不快な空気のよどみを感じつつ、"あさひ"の声に集中する。

 

 『ここもまた、転用石の石垣だ。 ……お前、ここに来た時に、目に留まった石が一つあるだろう?』

 

 ちょうど、石垣をじっと見ていた所だったので、ドキッとした。"あさひ"の言葉通り、この石垣の中で一つ、なんとなく気になる石があったのだ。

 

 『その石には、お前に災いをもたらした霊の怨念おんねんが宿っている。 ……そう、お前の遠縁の先祖が供養くようされていた墓石の一部が、それだ』

 

 思わず、声を漏らす。背筋を駆ける悪寒が、ゾクリと身を震わせた。

 

 『戦国時代に果てた若い武士の霊だな。 供養された後、墓石がここに持ち込まれたことで、奴はこの石垣に閉じ込められた。 それで、助けを求めて血縁を辿り、手当たり次第に呼び寄せているのだろう。 結果として、それが災いや悪夢を呼ぶ火種になっているのだな』

 

 つまり、家族や親戚の誰かも同じ目に遭っていたかもしれない、ってことか。築城されてから現代まで、ずっと呼び続けているなんて……とんだ執念だ。

 

 『そうして、お前に行き着いた。 選ばれし者となったお前は、まんまとさそいに乗り、福知山城に足を踏み入れてしまった訳だ。

 お前の先祖だけではない。 ここは、そのような怨念を抱えた霊が無数に閉じ込められている、"名もなき霊"の巣窟そうくつ

 器となる身体を……お前を、皆が狙っているのだぞ?』

 

 器……それってまさか、ここに居る無数の霊が自分に取り憑こうとしている、ってことなのか!?

 そんな……呪いの真相を明らかにするためにここへ来たのに、これじゃ、自分から呪われに来たようなものじゃないか!

 

 「お前は霊感が強いようだからな。 まぁ、案ずることはない。 この場所には━━━━━━」

 

 

 ━━━━━━ピチャリ、と音がした。

 

 いや、音だけじゃない。

 今、確かに足首に冷たい感触があった。何者かに掴まれている感触が。

 

 ……金縛りに遭ったみたいに、動けなくなってしまう。

 さっきまで聞こえていたはずの"あさひ"の声も、もう届いていない。代わりに聴覚を支配するのは、無数のうめき声と悲鳴……そして、"呼ぶ声"だった。

 

 『こっちへ来い』と。

 

 

 このままじゃ死ぬ。

 それを意識した瞬間、グッと足に力が込もった。

 

 勢いのまま、その場をダッシュで離れる。

 声から逃げるように、掴む手を振りほどくように。ただ夢中で、城の天守閣入口に続く石階段を登っていく。

 ……何故か、坂を下りることはできなかった。

 

 

 ━━━━━━そう。 この時点でもう、自分はいざなわれていたのだ。

 


 声のする方へと。

 

 

 ***

 

  門をくぐり、命からがら辿り着いたのは、天守閣の前にある大きな井戸だった。井戸を囲む石に手をついた瞬間から、うめき声のノイズや悪寒はスッと治まった。強張こわばっていた筋肉がゆっくりと緩んでいく感覚に合わせて、ふぅ……と息を漏らしながら座り込む。

 

 何故かは分からないが、ここにいる間は大丈夫みたいだ。しばらくすれば、霊もきっと大人しくなってくれることだろう。それまで、ここで呼吸を整えつつ、誰かに助けを求めれば良い。

 

 そう思った時、ふと気づく。

 

 

 ━━━━━━人がいない。

 


 ここに来るまでに、観光客らしき人たちと何度かすれ違ったはずだった。敷地が広いとはいえ、この短時間でここまで人の気配がなくなるのはおかしい。スタッフらしき人の姿さえ、見当たらなくなっていた。

 

 ……これも、"名もなき霊"たちの策略だったのではないか?

 

 自分が置かれた状況を理解するにつれ、血の気が引いていく。

 まるで、追い込み漁によって罠にかけられた、憐れな小魚のように。

 


 自分は、さそわれるままにこの井戸へとやってきたのではないか、と。

 




 ━━━━━━ブクブクブク……と、水が揺れる音がした。



 その音は深く……重厚に響いている。すぐに、その音が井戸の奥底から響くものであると分かった。

 

 ゆっくりと、振り返る。

 

 駄目だと分かっているのに、身体が言うことを聞かない。

 

 石に手をつきながら、ゆっくりと、その深淵を覗き見る。

 

 

 『此方こっちヘ来イ………………』

 


 目が、合ってしまう。

 


 何もいるはずのない、深い深い井戸の底。

 


 そこから此方を見上げる、黒い影。

 


 ニタァ、と笑いながら手招きをする影が、呼んでいた。

 



 『サァ……ハヤク、来イ…………此方こっちヘ……!』

 

 






 『━━━━━━━━答えるなっ!!』

 

 

 全てを切り裂くようなその声で、ハッとした。

 そして、自分が井戸に身投げをするかのような格好になっていたことに、初めて気がついた。

 

 慌てて身を引っ込める。あと一センチでも身を乗り出していれば、井戸に頭から転落していただろう。恐怖で心臓が歪みそうだった。

 

 『━━━━━━今すぐ逃げろッ!』

 

 "あさひ"の声が、頭に直接響く。訳も分からぬまま、とにかく声のする方へと走った。

 

 ***

 

 そうして、一歩、また一歩と井戸から離れていく度に、身体を覆っていた重苦しさや頭痛が引いていった。頭を割るようなノイズも、もう聞こえない。今度こそ大丈夫……と、先ほどよりも明確にそう信じることができた。

 

 『……無事か?』

 

 鳥居をくぐり、社の前の荘厳そうごんな柵までたどり着いた時。スマホを介さない"あさひ"の声が、頭の中で聞こえた。

 最初に聞いた時と同じ声音だったものの、今は恐怖心や不信感などは感じなかった。

 

 『言っただろう? 福知山城の『転用石』は、寺の五輪塔や石仏、石塔でできていると。

 無論、墓石などに宿る霊も居るが、それらの悪しき力は、同じく石垣に封じ込められた神仏の力によって抑え込まれている。 元来、『転用石』はそういう意図で使われた、という説もあるのだ。 「この地を守って欲しい」という願いを込めて石垣を築いた、とな』

 

 なるほど……神聖な力を宿した『転用石』。その力が、絶妙なバランスで悪霊らを抑え込んでいる、ということなのか。

 

 『……だがお前は、特に霊の力を受けやすい。 故に、守りの力が及ばなかった』


 "あさひ"は続ける。


 『"応答"は、それ自体がちぎりとしての意味を持つ。 霊の言葉に応えれば、お前も"霊の世界"の者となる。 ……あと一歩で、お前は死んでいた』

 

 身震いする。やはりさっきの出来事は、生と死の分岐点だったらしい。

 

 ……となると、"あさひ"が自分を助けてくれたのか。

 最初は、悪い霊か何かと疑っていた。けれど、今は心からお礼を言いたい気分だった。

 

 『…………』

 

 改めて、聞いてみる。

 貴方は誰なのか、と。 何故、自分を助けてくれたのか、と。

 

 

 『━━━━━━私は……遠い昔からこの地を見守っている』

 

 "あさひ"の声が、なんとなく優しくなった気がした。

 

 『民たちの願いを……平和への祈りを受けて、私はここに宿っている。その呼びかけが、私という鎮守の存在を形づくったのだ。

 ……だからこそ、お前の強い意志に、私は応えた。 お前を救うために口を利き・・・・、そしてお前が応えた。 ……ただそれだけのことだ』

 

 

 ━━━━━━その言葉を最後に、声は聞こえなくなってしまった。

 

 ゆっくりと立ち上がり、ピシッと姿勢を正す。目の前には、『朝暉あさひ神社』の立派な社が建っている。

 

 大きく二度、頭を下げ。

 二回、手を叩いた。

 


 ━━━━━━ありがとうございました。

 


 そう、静かに心の中で呼びかけながら、ゆっくりと瞳を閉じた。

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福知山城からの呼び声 彁面ライターUFO @ufo-wings

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