第2話

「やっぱり、ルールは守んなきゃいけないんスよ。それを教えてくれたのは、アンタなのにね」


 5年の月日は人を大きく変える。あの日と同じ廃工場、午前5時。

 

 あれから俺は組に気に入られ、出世コースに乗ることが出来た。債権回収キリトリも、抗争カチコミも、上が言うことなら何だって従った。陰で“組の犬”だと陰口を言った奴等は、今は海の中だ。

 全ては兄貴——縁堂さんの御膳立てだった。自分に変わって示威行為を行う番犬を連れていれば、組織の中での立場も上がる。上納金を餌に、俺たちの組は急速に拡大していった。


 身の程を知らなかったのが縁堂さんのミスだ。あの人が任されたシノギは莫大な利益を組にもたらし、それを機に独自の権力を持つようになった。俺が組の仕事をしている間に、縁堂さんの独断専行はエスカレートしていった。


「俺がちょっと目を離してる間に、組の金持ち出して麻薬ヤクの密売っスか。挙げ句の果てにヤク中になって、カタギを何人も堕とした? 流石のウチでも看過できないっスね、縁堂……」


 麻袋の中で静かに呻く“標的”を尻目に、俺は例の果物ナイフを取り出す。あの日と同じく、これで充分だ。

 殺しはしない。組のルールを何重にも破った裏切り者がどうなるかを周囲に知らしめる。その為には、嘗ての若頭も容赦なく処分する必要がある。死ぬよりも苦しい罰が必要なのだ。

 麻袋を切断し、その顔を晒す。あの頃の健康的で威厳のある姿とは程遠い、眼窩の落ち窪んだ負け犬の顔が露わになる。骨張った身体は実年齢以上に老いて、背中の鶴は弱っていた。


 『片眼の白鶴』は、とうに死んでいた。


「ずっと憧れてたんスよ。極道のやり方も、選んだ道も、アンタに教わったんだ。アンタを殺したのは、アンタだ」

「……すぐにこうなるぞ、お前も」

「ご忠告痛み入ります、兄貴」


 俺は標的の耳に刃を添わせた。健常な右眼が大きく見開かれ、視線が重なる。瞳に反射する俺の顔は、やけに満足げに笑っていた。


 窓から差す陽光が朝の訪れを告げた。血溜まりを眺め、俺は自分の未来へ想いを馳せる。

 このまま組織に従ったとして、俺に安息が訪れるだろうか? 逸れた道を極めれば、その道に従って生きていくしかない。もう陽の当たる道に戻れないのは、既にわかっていた。


 日陰者に、朝陽は似合わない。昇り往く太陽から逃げるように、俺は倉庫を出た。

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デイブレイク @fox_0829

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