こじれにこじれた三角関係

多田光里

1話完結

そいつとの出会いは本当に不思議で、お互いが住む区域でトップとして番を張っていた、とにかく手をつけられないような、破天荒なヤンキーという立場だった。


かなり気も短く、性格も荒っぽい俺は、違う区域のトップと顔を合わせては、ケンカの繰り返しで、毎日が本当にハチャメチャな生活だった。

そんな中、ズバ抜けて恐れられていたのが、昔『隼』という族が解散して集まっていた、どこよりも大きな区のトップに立つ『ジュン』と呼ばれる男だった。ジュンはどんな喧嘩も容赦せず、最強で負け知らずと言うこともあり、誰もが一目置く存在だったのだ。


三月上旬のある日の放課後、俺はヤンキー仲間のクラスメイト、柏木陸斗に、屋上に呼び出された。

「縣。今日、廉から、ジュンのところの連中も集まるって聞いたぜ?鉢合わせたら、ヤバいんじゃねぇの?」

廉とは、ジュンが率いる仲間のメンバーで、なぜか陸斗と仲が良い。

「お前さ、何でいつもジュンを避けようとするんだよ?情けねぇと思わないのか?」

「だってよ、あいつ、マジで容赦なくて相当ヤバいし、何人も病院送りになってるって、お前も知ってるだろ?一度喧嘩に負けた奴らは二度と近付かないくらい恐れられてんだぞ?」

「うるせぇな。お前が今まで止めてたから、ジュンたちを見かけても手は出さないようにしてきてたけど、俺は別にジュンなんて恐くねぇし。俺だって今までの喧嘩、負けたことねぇんだからな」

「それは、そうだけど…」

「もう、仲間にも全員声かけてあるし、今さら中止ってのも面倒だから、今日の集まりはこのまま続行」

俺は心配そうな陸斗を背に、屋上をあとにした。


その日の夜、陸斗の心配は的中した。

俺たちの溜まり場に、ジュンとその仲間がやって来たのだ。大人数の群れ。白い特攻服で統一されていた。背の高い、一人の男が一番前に立ち、俺に近付いた。

「お前がここの区のトップをやってる村瀬縣だな?」

金髪をリーゼントにして、眉なんて全剃りしてあるのだか、その顔立ちはかなり整っていて、相当な男前だった。目の色の色素がとても薄いせいか、それがよりイカれた感じを出していて、逆らえないような雰囲気に包まれる。そこにきて、自信に満ち溢れた態度が、ジュンの姿をより大きく見せているように感じた。

「だったら何だ?」

俺は睨みをきかせた。

「こんな細い小さな体で、よくトップやってんな」

腕をグッと掴まれた。一触即発…。周りの空気が、ピンと張り詰めたのが分かった。俺は黙ったままジュンから目を逸らさなかった。

「やんのか?」

俺が先に口を開くと、

「明日、夜七時に、お前一人でここに来い。今、よそでひと暴れしてきて、サツに通報されてんだ。今日はこれ以上騒ぎを起こしたくない」

ジュンが言った。

「受けて立つよ」

俺は腕を振り払った。

ジュンは、

「怖かったら、来なくていいぜ?」

と、口の端を上げ、ニッと余裕を見せるように笑った。

「余計な心配してんじゃねぇ」

俺が言うと、今度はフッ、と軽く息を吐いて笑う。ジュンは俺に背を向けると、大人数の仲間を連れて、その場をあとにした。

「縣…」

陸斗が心配そうに近付く。

「心配すんな。どっちが一番か分からせてやる」

俺は、ジュンの大きな背中を見送りながら、呟いたのだった。


翌日、俺は七時に着くように、カーキ色の特攻服を身に纏い、ジュンとの待ち合わせ場所へと向かった。約束の場所に行くと、白い特攻服を着たジュンが、タバコを咥えて、柵にもたれていた。

「よぉ」

俺に気付き、声を掛ける。男の俺が言うのも変だが、本当に顔立ちが良い、かなりのイケメンだ。まだ俺と同じ中学三年の、たかだか十五歳ほどのガキのくせに、変に大人びていて、背もスラリと高くスタイルも良いせいか、つい男の俺でも見惚れてしまうくらいの、完璧と言っていいほどの容姿だった。

俺は少し距離を置いて立ち止まった。

「もっと寄れよ。それとも、俺が怖いか?」

「まさか」

俺は歩みを進めて、ジュンとの距離を詰め、向かい合うように立った。

「お前は俺のこと噂でしか知らねぇだろうけど、俺はお前のこと、よく知ってるんだぜ?」

ジュンの言葉に、俺は顔をしかめた。

タバコを咥えたまま、ジュンは話を続けた。

「お前がいろんな奴らと喧嘩してるところ、よく見に行ってたからな」

「は?何のために?」

ジュンが黙って俺を見つめる。

「お前、確かに強いけど、もう少し喧嘩の仕方を覚えた方がいい。あんなガムシャラな喧嘩、自分だって相当なケガしてるだろ?」

言いながら、ジュンがタバコを足元に投げ捨てる。赤く染まった灰が、何ヵ所かに飛び散った。

「何が言いたい?」

「今のお前じゃ、俺と喧嘩したって敵わないってことだよ」

ジュンのセリフに、カッと頭に血が上った。

「やってみなきゃ分かんねぇだろ!」

俺は、ジュンの特攻服の胸倉を勢い良く掴んだ。

「噂通り、気が短いんだな。まあ、待てよ。俺はお前と喧嘩する気はないんだ」

「じゃあ、何で呼び出した!」

「俺、三月いっぱいでトップを辞めるつもりでいてよ。真面目な高校生活ってヤツ?送らなきゃかな、って」

俺はジュンの唐突な言葉に呆気に取られ、胸倉を掴んでいた手を思わず放した。

「そんな話、俺には関係ないだろ?」

「お前、鈍そうだからハッキリ言うけど、俺、お前のことすげぇ気に入ってて。マジで好きなんだ」

「は?」

呆然とする俺に、ジュンは続けた。

「俺、こんなだから、周りの奴らが怖がって近付いてこないだろ?だから、思い出作りってやつ?俺がトップを辞めるまでの間、俺のことを対等に見てくれる奴と一緒に過ごしたくて」

一瞬戸惑ったが、ジュンの言うことも少しは分かる気がした。ジュンは、誰からも一目置かれていて、喧嘩も強すぎるせいか、いろんな奴らから恐れられていた。だからこそ、一緒につるむ仲間がいたとしても、意外に孤独だったのかもしれない…。

そう思うと、何だか不思議とすごく親近感が沸いてきて、俺は、

「分かった。いいぜ、別に」

と、いつの間にか返事をしていた。

「マジ?超絶嬉しいんだけど」

 ジュンが、嬉しそうに、はにかみ、そして俯く。

本当に、これがみんなから恐れられているジュンなんだろうか?何だか、あまりにも嬉しそうに笑う姿が、無邪気な子供みたいで憎めなかった。

それから俺たちは、学校が終わってから、夜に少しの時間だけ外で毎日のように会うようになり、自然と距離も縮まって行った。

だが、その時の俺は、まだジュンの言う好きの意味をよく理解していなかったのだと、あとになって気付くのだった。


それは、八ヶ月ほど前の夏休み前の出来事だった。

「ここか…」

ジュンは金髪の髪を栗色に染め、前髪を下ろし、黒縁のメガネを掛け、違う学校の制服を着て縣の通う中学校へと足を運んだ。

立ち止まって、学校を眺めていると、騒がしい声がして、ガラの悪い集団が歩きながら学校へと近付いてきた。中には、手に金属バットを持っている男も何人かいた。ジュンはその集団を目を逸らさずに見ていた。

先頭を歩く、左手の甲に、龍のタトゥーが入っている金髪ピアスの男が立ち止まる。ジュンが仕切っている隣の区のトップ、金池愁だった。

「…お前…。まさか、ジュンか?」

金池は、変装しているジュンに、いち早く気付いた。

「来ると思ってたよ。学校巡りして、あらゆる中学校のトップを一人ずつ潰して歩いてるって聞いたぜ?俺たちの学校に来られる前に、先に潰しておこうと思って、待ってた」

「へぇ。そりゃ、そっちの学校に行く手間が省けて助かったぜ。せっかく来てくれたんだ。先にお前を潰してから、村瀬を潰しに行くことにするよ」

集団が、一気にジュンを取り囲んだ。その数は、二十人以上いるように見えた。

「この人数相手に、一人でどこまでやれるか、見物だな」

金池が言うと、

「おい!こら!」

と、大きな声がした。

金池とジュンが声の方向を向くと、縣が立っていた。

「村瀬!?何で?」

金池が言うと、

「屋上から、お前らが歩いて来るのが見えたんだよ。俺に用だろ?関係ない奴を巻き込んでんじゃねぇ」

そう言いながら、縣は自ら集団の中に入り込み、庇うように、ジュンの前に立った。

「どうせ俺のこと潰しに来たんだろ?ちゃんと俺が相手してやるから、通りすがりの学生に絡んでんじゃねぇよ。お前、番張りのトップのプライドもねぇのか?」

縣が言うと、

「は!?」

と、ジュンと金池が同時に声を発した。

縣は、変装していた男が、何度か顔を見たことのあるジュンだと、全く気付いてなかったのだ。

「あのなぁ!こいつは…」

金池がジュンの正体を明かそうとした時、

「そうなんです!ただ歩いていただけなのに、急にこの人たちに絡まれて…」

と、ジュンがセリフを棒読みしているかのように大声を出し、縣の後ろに隠れるような素振りをして見せた。

「てめぇ!!」

金池が勢い良く前に歩き出したその時、

「縣!」

柏木が仲間を率いて、外に出て来た。学校の窓からは、ほとんどの生徒たちが顔を出し、その様子を見ていた。

「くそっ!いいから、やれ!」

金池の怒鳴り声を合図に、双方の、容赦のない乱闘が始まった。

「危ないから、外、出てろ!」

縣が、ジュンの背中を押し、集団の輪の中から追い出した。ジュンは、輪の中から抜け出すと、少し離れたところに移動し、そこに腰をおろしてあぐらをかいた。

「お手並み拝見だな」

肘を膝に置くと、頬に手をやり、そのまま喧嘩の行方を黙って眺めていた。最後は、縣が金池をノックアウトし、騒ぎは収まった。

「一生気絶してろ!バーカ!!」

倒れている金池の腹に、もう一発、縣が蹴りを入れる。

そして、ジュンと目が合った。

「何だ?まだいたのか?早く帰れよ。今から警察来るだろうし、ここにいたら巻き込まれて面倒なことになるぜ?」

傷だらけの縣がジュンに近付き、そして腕を持つ。

「立てるか?」

縣が聞きながら、ジュンを立ち上がらせてくれる。

「ありがとう。僕は大丈夫。それより、そっちのケガの方が…」

「俺は慣れてるから。とにかく早く帰れよ」

そう言って、縣はジュンに背を向けて、仲間の元へと戻って行った。

ジュンが、片手で口を塞ぐ。

「状況によっては加勢しようかと思ってたけど、必要なかったな。って言うか…」

あんなに華奢で背も低いのに、喧嘩は強いし、勘違いにしろ、一般の学生だと思って俺を助けたり、早く帰るように気遣うところとか、マジで男気あって、カッコよすぎるんですけど?

ジュンは、縣の背中を思わず目で追った。縣が、柏木と肩を組み、嬉しそうに笑い合う。その横顔がものすごく綺麗で、そして、色白の肌が、鮮やかに輝いて見えた。

その一瞬で、ジュンの心は縣に奪われた。そしてその日をキッカケに、ジュンは縣から目が離せなくなってしまったのだった。


ある日、ジュンと会っている時、

「俺たちの仲間に、藤間廉ふじまれんて奴がいて。今、そいつが二番手で、他の区の奴らからもかなり目ぇ付けられててさ。あんまり一人で行動するなって言ってあったんだけど、この前、金池んとこの連中に捕まって。それをたまたま、お前んとこの柏木に助けてもらったらしいんだ」

「へぇ…」

全く知らなかった…。陸斗の奴、俺にそんな話、一言もしないで。それであの二人、あんなに仲が良いのか。

「他の区の番張ってる奴らと仲良くすんの、あんま良くねぇのかもしれないけど、廉とは昔からの付き合いだし。あいつ、柏木のこと心配して、お前らにだけは手を出さないで欲しいって、ずっと頼んできてて」

そういうことか。それで陸斗も俺たちがジュンと、その連中に会わないようにしてたのか…。

「お前も許してたんだろ?柏木のこと」

「俺は別に。その話も知らなかったし、陸斗のダチのことにまで口を出す必要もねぇって思ってたから」

そこまで言って、くしゅん!と、くしゃみが出た瞬間、肩を抱き寄せられる。そんなジュンから、フワリと、とても良い香りがした。

「薄着してるから」

言いながら俺を見るジュンの顔が、すごく近い。

「あの二人、付き合ってるんだぜ?」

ジュンからの、突然の真実に驚かされる。

「嘘だろ…?だって、陸斗は彼女も何人かいたし、それにあの二人、男同士…」

「男同士でも、好きになっちまったら性別なんて関係なくなるもんだろ。俺だって、お前のことが好きだって、最初に言ったよな?」

「え?」

驚いてジュンを見つめる頬を両手で素早く包み込まれたかと思うと、その瞬間に、唇に温かく柔らかい感触が訪れた。そして唇が、一気に深く押し付けられる。

そういう意味だったのか!?

どうしよう!どうしたらいいんだ!!

内心は穏やかではなかったものの、こんなことでうろたえる姿なんて、トップの意地として、絶対にジュンになんか見せたくなかった。

そうだ。仮にも俺は、ここの区のトップで、それがどんな理由であれ、動揺したり焦ったりしているところなんて、相手が誰であろうが、見せたくなんかない。

「縣が好きなんだ。夏のあの日から、ずっとずっと好きだった」

全身を抱き締められ、ジュンの優しい香りに包まれる。俺はなぜだか、抵抗することもできず、身動きがとれないでいた。

「…あの日…?」

ジュンの胸の中から尋ねると、

「金池が、お前の中学校に殴り込みに行った日があっただろ?あの時に、通りすがりの学生を助けたの、覚えてるか?」

「え…?いや…」

金池と激しくやり合ったのは覚えてるけれど、学生を助けたことに関しては、あまり記憶になかった。

「本当に、喧嘩以外のことには、全く興味がないんだな…」

ジュンが呆れたようにため息を吐くと、俺を抱き締める腕の力を抜き、俺と距離を置いた。その表情がひどく悲し気で、何だか少し悪いことをしてしまったような気持ちになった。

「明日から、一番上の兄貴が使ってるマンションで会わないか?外はまだ肌寒いしな」

ジュンが、暗く黒い空を見上げる。

「勝手に使っていいのか?」

「愛人を連れ込む用に購入したマンションだから。明日から長期出張でいなくなるし、気兼ねなく使える」

愛人…って。大人な発言すぎて、少し戸惑った。しかも、それだけのためにマンションを購入するって、どんだけ贅沢な生活してんだ…?

「でも…」

そんなマンションで二人きりで会ってしまったら…

それ以上何も言わなくなった俺に、

「もう、何もしねぇよ」

と言って、まるで俺の不安を見透かしたかのように、ジュンが笑った。


「入れよ」

翌日、マンションに案内された俺は、そのあまりにもの広さに驚いた。

「冷蔵庫の中とか棚に置いてある物、好きに飲んだり食べたりしていいから。毎日清掃に入ってもらってるし、ゴミもそのまま置いといていいぜ」

言いながら、ジュンが高級そうなソファへと腰をおろす。あまりの綺麗で大きな空間に圧倒された俺が、しばらく突っ立ったままでいると、

「とりあえず、座れよ」

と、声を掛けてきた。

「あ、ああ…」

ジュンと距離を置いて、座る。

「何か飲むか?」

ジュンが立ち上がり、冷蔵庫へと向かった。

「いや、いい」

「そっか」

ジュンは自分の飲み物を手に持って、ソファへと戻って来て、俺のすぐ横に腰掛けた。

「昨日のことだけど…」

ジュンが手に持った飲み物を見つめたまま、不意に話し始める。ジュンに見合った、細くて綺麗な長い指に、つい目が行ってしまう。

「金池がお前らの学校に殴り込みに行った日、俺もそこにいてさ。あの時、俺を普通の学生だと思って庇ってくれた縣がめちゃくちゃカッコよくて。しかも、帰りの心配までしてくれて。その男気と、柏木に見せた笑顔に惚れたって言うか…。あの瞬間、縣のことを本気で好きになったんだ」

ジュンが顔を上げて、俺を見た。俺も顔を上げて、ジュンを見た。

「いや…。俺、そういう意味だって、全然思ってなくて…。今は、ただ驚いてるだけ、って言うか」

今の正直な気持ちを伝えた。

「俺のこと、嫌いか?」

まっすぐな、薄い色の透き通った瞳が、俺を真っ直ぐに見つめる。

ジュンのことは、嫌いじゃない…。俺だって、ジュンの存在には昔から憧れていた。だけど、それは恋愛感情じゃなくて…。 

答えられずにいる俺に、ジュンの顔が近付く。そして、唇が重なった。フワリといつもの甘く優しい香りに包まれる。舌を絡み取られる激しいキスに、体から力が抜けていくような感覚に襲われた。

俺、変だ。相手は男なのに、抵抗も出来ず、受け入れてしまっているなんて。

「やめ…ジュン…」

キスの合間にこぼれたのは、ひどく掠れた声だった。カアッと顔が赤くなる。それでもジュンからの優しく激しいキスは、全く収まることはなかった。

唇がやっと離れたかと思うと、

「縣は、経験あんのか?」

と、不意に聞かれた。

「な、何のだよ!」

思わず声を荒げてしまった。

「もしかして、俺とが初キス?」

ジュンが嬉しそうに口の端を上げて、いたずらっぽく笑う。

急に恥ずかしくなって、目を逸らす。顔が熱い。こんな顔、ジュンに見られたくない。

「いつも強がって、睨みきかせてばっかいる縣のそんな顔を見られるの、俺だけだよな?」

ジュンの温かくて大きな両手が俺の頬を包み込み、ビクリと身体が反応する。それを言うなら、ジュンのそんな穏やかな表情を見られるのは、俺だけなんだろうけど…。

「縣の全部が欲しい」

ストレートな言葉に、ひどく戸惑う。

「もう何もしねぇって、昨日言ってなかったか?」

「好きな奴と二人きりでいて、我慢できるワケねぇだろ?それとも、何?もしかして怖いとか?」

「は?ふざけんじゃねぇ!お前と関係持つくらい、別に何とも思わねぇし!」

ジュンがわざとそういうことを言って俺を煽っていることにも気付かず、まんまと挑発に乗って、思いっ切り強がってしまった。

「さすが」

ジュンが、クスリと笑うと、容赦なく俺の上へと覆い被さってきた。

唇が重なる。ジュンの唇はいつも熱くて、その熱が伝わるかのように、俺の全身も熱くなる。舌の絡み合う音が、部屋中に響き渡っていた。

くっそ…!こいつ、こういうことにめちゃくちゃ慣れてるのが分かる。

感情を見せないようにしていたけれど、長く激しいキスに気持ちが昂ってきて、体が疼き出した。

何で…?俺、キスだけでこんなに感じてるなんて、あり得ないだろ…。

「縣、もしかして感じてる…?」

耳元で囁きながら、ジュンが手を伸ばし、俺のズボンの上から下半身に触れた。

「やめろよ…。気安く触んじゃねぇ…」

顔を背けながら俺が言うと、

「俺はもうこんなだよ」

ジュンが自分の腰を俺へと押し付けてきた。衣服越しにでも分かる、熱くて硬い感触。

一気に服を捲り上げられ、上半身への愛撫が始まる。

「思った通り、すげぇ綺麗な肌してんな…」

ジュンが興奮気味に呟き、そして激しく俺への肌へと吸い付いた。

「…っ…」

「好きだ、縣」

タガが外れたかのような、容赦のない抱擁だった。

もう三月も、後半にさしかかっていた。ジュンと会える日は、あと二週間もない。以前、四月に入ったら会うのをやめる、と言われたことがあった。完全に、こういうヤンキーとしての生活環境から去るのだろう。

息が乱れる。呼吸を必死に整えようとするが、上手く行かない。

「あんなに強いお前がこんなに愛らしく乱れるなんて、最高だよ、縣」

「ふ…ざけんな!乱れてなんか…」

強がる俺に、再び口の端を上げ、不適な笑みを浮かべたかと思うと、ジュンの動きが一気に激しくなった。思いっ切り揺さぶられ、意思に反して、喘ぎが漏れる。

「お前のこんな姿を見られんのも、俺だけだよな?」

そう言いながら、必死になって俺を抱くジュンが、何だかとても愛しくなって、思わず首に手を回した。そして、結合が深くなる。

「縣、好きだ。俺、もう…」

その言葉と同時に、力強く抱き締められる。その瞬間、ジュンが中で脈打ったのが分かった。二人して息を整え、ゆっくりと体をはがす。

「ありがとう、縣。俺、マジですんげぇ幸せ」

髪に優しくキスをされ、俺の胸が、くすぐったくなった。


一度そんな関係になってしまってからは、ジュンと会う度に、そんなことをするのが当たり前になっていた。そして、お互いに中学を卒業して春休みに入ってからは、毎日、一日中のほとんどを一緒に過ごしていた。そして、あっという間に三月の最後の日を迎えた。

「縣、ありがとな。良い思い出がたくさん出来た」

ジュンがベッドから起き上がり、服を着る。俺もベッドの下に脱ぎ捨ててあった服を身に纏った。

「縣はさ、結局最後まで俺のこと、好きって言ってくれなかったな…」

二人で部屋を出て、鍵を掛ける。

確かに、最初は勢いでだったかもしれないけれど、好きじゃなきゃ、こんなに何回も体を許すワケないだろ…。恥ずかしくて、そんな言葉すら、口から出てこない。

「俺、今日の夜の集まりで引退するから」

「…ああ」

「それから、今後も金池には気を付けろよ。あいつ、どんな手段使って来るか分かんねぇから」

「余計な心配してんじゃねぇよ。何回もやり合ってるけど、一回も負けたことねぇし」

「あまり過信せずに、気を張っとけ。縣は攻撃をかわさずに喧嘩するからケガも多いし、慎重にな」

「だから、心配しなくていいって言ってるだろ」

俺が言うと、ジュンが目を細めて切なそうな表情で俺を見つめた。しばらく沈黙が続いたあと、

「今までありがとな」

ジュンが、ためらうことなく、背を向ける。

「ジュン!」

俺がその背中に向かって声を掛けると、ジュンが顔だけを向けた。

「また会えるよな?」

俺が聞くと、ジュンがとても嬉しそうに笑った。

「ああ。また会えるだろ。いつかな」

そう言い残し、ジュンは俺に背を向けて歩き出した。俺は、その遠ざかるジュンの背中をいつまでも見送っていた。そしてその日から、ジュンは、どこにも姿を現すことが一切なくなり、俺の前からも消えてしまったのだった。それが、ジュンなりのケジメだったのだと、しばらくしてようやく知り、俺の心の中の、何か一欠片ひとかけらが抜け落ちたような気がした。


また会えると、気楽に考えていた俺は、会うたびに次の約束をしていたこともあり、ジュンの連絡先を聞いたこともなく、それは向こうも同じで、俺の連絡先を聞かれたこともなかった。

あの日から、バカみたいにジュンのことで頭がいっぱいで、今すぐにでも会いたいと思うのに、連絡の取りようがないなんて…。

ここの区のトップの俺が、ジュンの連絡先を教えて欲しいという理由でジュンの区の集まりに行ったところで、ジュンがいない今、間違いなく喧嘩になるだろうし、だからといって、陸斗に頼んで、廉に連絡先を聞いてもらうとか…?

「それも無理だよな。理由を聞かれても答えられねぇし、第一、すげぇ怪しまれる…」

あんなに、何度も何度も『好きだ』と言いながら、俺と何回もあんなことをしてたくせに、こうもアッサリと関係を絶てるなんて、ある意味、心も強靭だよな…。

仲間と集まっていても、一人上の空で、悶々と考え込んでいるうちに時が過ぎ、春休みも終わり、ジュンと会うこともなく、高校の入学式の日を迎えたのだった。


「縣、最近、何か覇気がないな。ジュンと喧嘩せずに済んだって聞いたから安心してたけど、それから何かあったのか?」

陸斗が俺に尋ねる。

エスカレーター式の高校の入学式にも出ず、屋上でタバコを吸いながら過ごしていた俺は、陸斗を睨み付けた。

「別に。それより、ジュンのとこにいた廉が、ここの学校受験して入学してきたって、本当か?」

この前、たまたま連絡を取り合っていた、情報収集担当の奴が言っていた。

陸斗の顔が赤くなったのが、目に見えて分かった。

「いや、何か俺に憧れてるらしくって。一回、絡まれてるところ助けただけなんだけど、参るよな」

そう話す陸斗の顔が、にやけている。

そこに、ブブッとスマホのバイブ音が鳴り、陸斗が慌てた様子で制服のスラックスのポケットからスマホを取り出す。

「あ、俺、そろそろ教室戻るわ。廉が心配してて」

と、屋上をあとにした。

結局、ダチより恋人か…。

はあ…と、思わずため息が漏れた。

しばらくして、ガチャリと屋上のドアが開き、一度も見たことのない奴と目が合った。

「あ!」

そいつは声を上げると、扉を少し閉じ、

「先生、あとは僕が…。まだホームルームの途中なので、先に教室に戻ってくれて、大丈夫です」

と、声が聞こえた。

先生…!?ヤバい!

俺は慌ててタバコの火を消すと、非常階段用の鉄板の扉の蓋を開けて、中学の頃からいつもタバコを置いている場所に、吸い殻を隠した。

そして、再び扉が開き、現れたのは、かなり背の高い、細身の男だった。こちらに向かって歩いて来る。

足、長っ!顔、小っさ!モデルかよ!思わず、心の中で、あらゆる突っ込みを繰り広げてしまう。

俺は、そのあまりにもの男前な容姿に、少し呆気に取られてしまった。

「入学式早々、タバコが見つからなくて良かった」

「は?誰も頼んでねーし」

俺が悪態を付くと、男は少し困ったように眉をひそめた。

黒くて、澄みきった、大きな瞳。風が、いかにも真面目で優等生という感じの男の、サラサラの黒髪を揺らす。

「俺、村瀬君のクラスの学級委員長になったから。これからは、サボってる村瀬君を教室に戻すように、って、先生が」

そして、少し咳払いをして、俺の横に座り込んだ。

「みんな学級委員長を嫌がっていた理由が分かったよ。授業をサボる村瀬君を教室に戻すことが主な役割ってとこだね。それと、タバコは控えたほうがいい。せっかく入学した高校を退学にはなりたくないだろ?法律違反だし、何よりも、体にも肌にも悪い」

「余計なお世話だよ」

俺が言うと、男がニコッと笑って、

「学級委員を決める時に、みんな村瀬君のことを怖がってる感じだったけど、肌も綺麗で体付きも華奢だし、すごく可愛い」

「は?」

何だ、こいつ。どういう感性してんだ?少し声の掠れたハスキーボイスのイケメンの男に、突拍子もないことを言われ、俺は何だか拍子抜けしてしまった。

「俺、尾上穂積って言うんだけど、どうしても学びたい学部があって外部受験したんだ。これから、よろしく」

言いながら、手を差し伸べられる。

「慣れ慣れしくすんじゃねぇ」

俺は、そいつの手に触れることなく、立ち上がると、屋上をあとにした。

変な奴。俺になんて、みんな怖がって近付こうともしねぇのに、ズケズケとテリトリーに入ってきやがって。調子も狂うし、ムシャクシャするな、マジで。

俺は階段を降りると、渋々、教室へと戻ったのだった。


「村瀬、隣いいか?」

それからと言うもの、穂積は何かにつけて俺の側にいるようになった。移動教室のある授業では、必ず俺の隣に座り、ジッとこちらを見ている。

「こっち見てんじゃねぇ!」

「別に減るもんじゃないし、いいだろ?」

マジでムカつく。いつも至近距離で人の顔をジロジロ見てきやがって。

毎日、冷たい態度や言葉であしらっているにも関わらず、穂積は俺に寄ってくるのをやめようとせず、むしろ喜んでいるようにさえ見えた。

いくら鈍感な俺でも、毎日のように「できるだけ村瀬の側にいたい」だとか「綺麗な顔をずっと見てたい」だとか言われたら、もしかして、俺に気でもあんのか…?などと、バカみたいなことを考えてしまったりすることもあったりした。

いや、ただの興味本位なんだろう。真面目な優等生が、悪ぶってる不真面目なヤンキーに興味を持つ程度の…。


穂積は、男女問わず、誰からも人気があった。ものすごく顔立ちがいいくせに、それを全く鼻にかける様子もなく、誰とでも分け隔てなく気さくに付き合う性格が、人気の出る理由なんだろう、と思った。

放課後、女子に囲まれながら楽しそうに話している姿を何度も見たこともあるし、たまたま、何人もの女子に呼び出されて告られてるのも、目撃して知っている。穂積は、俺とはまるで正反対の人物だった。

俺なんて、髪は金髪で耳はピアスだらけだし、喧嘩ばかりしてるせいで、顔にアザや傷が付いていない日がほとんどなく、寄って来るのはヤンキー仲間だけだった。学校帰りには、毎日のように溜まり場で集まって、好き放題やって遊んでいる。

だけど、穂積はこんな俺にまで、簡単に踏み込んできて、陸斗に「いい加減、観念して、仲良くしてやれよ。お前みたいな奴のこと、あんなに想ってくれる奴なんて、そうそういないぜ?」と言われる始末だった。


ある日、授業をさぼって一人屋上でタバコを吸っていた時だった。突然、屋上の扉が開き、穂積が現れた。

「また呼びに来たのか?それとも、学級委員長も一緒に、ここで授業さぼる気か?」

俺は、皮肉たっぷりに言ってやった。

「先生の都合で自習になったから」

迷わず、俺の横へと腰を落とす。

「呼びに来たんじゃないなら、教室に戻れよ」

「いや、縣と一緒にいたいから。ほら、またタバコなんか吸って…」

穂積は、いつの間にか、俺を村瀬から縣と呼ぶようになっていた。俺からタバコを奪い取った穂積が、そのタバコを自分の口元へと持って行くと、スウッと思いっきり吸った。その、妙にサマになっている横顔に、一瞬見惚れてしまった。細い顎のラインも、ものすごく綺麗で、改めて穂積のカッコ良さに気付かされる。

フーッと静かに煙を吐くと、俺用に準備したと言っていた携帯用灰皿に、タバコの火を消して入れた。

「間接キス」

穂積が俺を見て、嬉しそうに笑う。

「バカか」

「タバコやめろって、何度も言ってるだろ?綺麗な肌に悪い」

穂積の手が、俺の頬に触れた。

「気安く触んな」

すぐさま、その手を払いのけ、

「お前さ、いい加減、そういうのやめろよ。マジで迷惑なんだよ」

俺は穂積の目を見ずに、俯いたまま言い放った。

「何で?俺のこと、嫌い?」

「俺みたいなのといると、お前の価値も下がるし、何もかも完璧なお前のせいで、自分が出来損ないみたいで、すげぇ嫌な気分になる」

「何だ…。そんなこと気にしてたのか?俺は別に完璧でもないし、縣は自分で気付いてないだけで、誰よりも魅力的だよ。縣が俺のこと嫌いじゃないなら、俺は今まで通り、縣から離れない」

こいつ、マジでイラつく。

「ムカつくんだよ。お前のそういうところも!俺のこと何も分かってねぇくせに、一方的に寄って来て!だいたい無駄にイケメンすぎるその顔も、そもそも気に入らねぇし!」

俺が言うと、穂積は俺の目を見たまま、しばらく黙った。自分でも、ひどいことを言ったかもしれない、と思った。ただ、俺の気持ちの問題であって、別に穂積が悪いことなんて一つもないんだし、これじゃ、自分の持つ劣等感に対する気持ちに苛立っているだけの、ただの八つ当たりだ。

「分かった。じゃあ、今日の放課後、買い物に付き合って」

穂積が、優しく微笑んだ。

「は?」

「約束な」

そう言うと、穂積は立ち上がって、そのまま屋上をあとにした。


「面倒くせぇな!何で俺が!」

穂積に見つからないように帰ろうとしたところを見破られ、俺は手を引かれながら、学校から一番近い眼鏡屋へと連れて行かれた。

「いいから。縣に選んで欲しいんだ」

「だいたい、何で伊達メガネなんか…」

「この顔が気に入らないんだろ?眼鏡したら、少しでも隠せるかな、と思って」

「は?」

バカか、こいつ。俺の言ったことを鵜呑みにして、伊達メガネをかけようとするとか?俺は穂積の行動の意味が全く理解できなかった。

穂積がいろんな眼鏡を持って来て、俺の前に並べた。

「どれがいい?」

「知らねぇよ。お前がどんな眼鏡しようが、俺には関係ねぇし」

穂積が、並べた眼鏡を取って、順番にかけて行く。やっぱり顔立ちがいいせいか、どんな眼鏡をかけても似合っていた。

「何?」

穂積が、笑いながら俺を見た。

「何が?」

「いや。口開けて、ボーッと俺のこと見てたから」

「見てねぇし!って言うか、俺、マジで帰りてぇんだけど!」

「分かった。じゃあ、目をつぶって、この中から一つ選んでくれる?それにするから」

「そんな適当でいいのかよ」

「うん。それでも縣が選んでくれたってことに、変わりはないよ」

俺は、渋々、一つの眼鏡を手に持った。

「これがたぶん、一番似合ってた…と思う」

穂積に手渡す。声がうまく出ていないのが、自分でも分かった。

穂積は少し驚いたように目を見開くと、すぐに笑顔になった。

「ありがとう。これにするよ」

嬉しそうに言うと、すぐに店員を呼んだのだった。


「何だかなぁ…」

翌日、体育の授業での野球の試合中、ダチと笑いながら話している穂積を見ながら、思わず口に出していた。

「どうした?」

陸斗が聞いてくる。

「穂積だよ。すげぇ突き放したいのに、できねぇっつーか。何言っても効果なくて、めっちゃ調子狂う」

「別にいいんじゃねぇの?悪い奴じゃないし。逆に、何でそんなに嫌うんだよ」

「別に、嫌ってるワケじゃねぇけど…」

それ以上、何も言わなくなった俺に、

「好きになりそうで、怖いとか?」

と、笑いながら言う陸斗の冗談に、一瞬、言葉を失った。

「何でそんな発想になるんだ?バカじゃねーの?」

冷静に言ったつもりだったのに、心臓が激しく鼓動を打つ。

「嫌う理由がないなら、突き放す必要もないだろ?」

「あいつが俺に近付く理由が分かんねぇ」

「そんなことは本人に聞けよ。ほら、また来た」

穂積が、グラウンドの隅であぐらをかきながら座っている俺たちに向かって歩いて来る。

「俺、サボるわ」

俺は穂積が来る前に、その場から去ろうと、立ち上がろうとした。

そこに、

「危ない!」

と、大きな声が響いた。

野球ボールが、俺をめがけてすごいスピードで飛んで来るのが見えた。俺は、目を閉じて肩をすくめた。

ガツン!と鈍い音がし、体に重みを感じ、そのまま俺は後ろに倒れた。

「おい!大丈夫か!」

陸斗の声。俺の上に覆い被さる、大きな体。一瞬、何が起きたのか分からなかった。

「尾上!」

先生と、他の生徒たちが大声を上げながら走って来る。

俺は体を起こそうとしたが、穂積の重みで起き上がれず、穂積は俺の上で、グタッとしたまま動かなかった。眼鏡が割れて、地面に落ちていた。

「え…?穂積…?おい、ウソだろ?」

「こいつ、お前のこと庇って…」

陸斗が言う。

「は?何やってんだよ!バカか、お前!」

目の上が、みるみるうちに腫れあがっていく。

「おい!目ぇ開けろよ!穂積!」

こんなことって、あるのかよ。ヤバい。何か、涙が出そうだ。

俺の腰に回っている穂積の腕が少し動き、力がこもった。

「尾上…?大丈夫か?」

手が動いたのを見て、先生が声を掛けた。穂積が俺の胸に頭を乗せたまま、横向きの体制から、仰向けになった。

「…はい。何とか…」

穂積の声を聞いて、先生もクラスメイトも安堵した様子だった。

「気分はどうだ?」

先生が尋ねると、

「…しばらく、このままでいていいですか?もう少ししたら、自分で保健室に行きます」

「ああ。分かった。村瀬、悪いが、落ち着いたら尾上を保健室まで連れてってくれるか?俺も後で様子を見に行くから」

俺は、黙ったまま頷いた。

先生とクラスメイトが体育の授業へと戻って行く。なぜか陸斗も一緒に戻って行った。

「穂積…。大丈夫か…?」

穂積が少し体を起こし、俺も起き上がってあぐらをかいた太ももに、頭を乗せる。

「…めっちゃ痛い。でも、縣が無事で良かった」

「俺は、別にボールぐらい当たったって…」

「ダメだよ。そんな綺麗な顔に傷なんか付けちゃ…」

弱々しく腕を上げ、俺の頬に手を当てる。

「眼鏡、割れたな…」

「せっかく選んでくれたのに、ごめんな…」

「お前が謝ることじゃ…」

言葉に詰まる。

「縣…。頭、撫でてくれる?何か、ズキズキするんだ…」

言いながら、穂積が辛そうに、ふう…と息を吐いた。

俺は、穂積のサラサラの髪にそっと触れ、それからゆっくりと頭を撫でた。

「サンキュ…」

穂積が、静かに瞳を閉じる。

そんな穂積の髪を少し横へとずらし、ケガをしたところを確認する。ボールが当たったところが、どんどん青くなってきていた。そこに、授業終了のチャイムが鳴り、俺は穂積を連れて保健室へと向かった。穂積の額に、大きな湿布が貼られ、教室へと戻る途中、穂積が陽気に、

「縣がめっちゃ心配してくれてたから、わざと、大げさに弱った振りしちゃったな~。太もも、超気持ち良かったし、頭撫でてって甘えた時の縣の優しい手つきに、マジで欲情するかと思った」

と、言ってのけた。

「は?」

「本気で心配した?」

ニコッ、と嬉しそうに笑う。

「てめぇ、マジでふざけんな!お前みたいな奴、一生倒れてろ!!」

俺は思いっきり怒鳴ると、穂積を一人廊下に置いて、足早に教室へと戻ったのだった。

人の純粋な気持ちを何だと思ってんだ!本当に、どんだけ心配したと思って!!

俺は、その日、どんなに穂積が近付いて来ても、一切口を聞くことをしなかったのだった。


そして、その日の放課後、陸斗たちと帰ろうとしてたところに穂積がやって来て、突然腕を引かれたかと思うと、そのまま屋上へと連れて行かれた。

「何だよ!放せよ!」

「ごめん。今日、本気で怒らせたみたいだったから」

黒くて純粋な瞳。見つめられると、逸らせなくなる。右目の上は腫れて、湿布はしているものの、相変わらずの容姿端麗な姿に、思わずドキッとする。

「当たり前だろ!人のこと騙すような真似しやがって」

「本当にごめん。そのことは謝るよ。悪かった。ただ、今日は、大事な話があって…」

「何だよ。また眼鏡でも買う気か?」

「いや、違う。もう気付いていると思うけど、俺、縣のことが好きなんだ。だから、俺と付き合って欲しい」

穂積からの唐突な告白に、俺は驚いて目を見開いた。

「付き合うって、俺と?」

「そう。俺と縣が」

「ちょっと待て。付き合うって、その…」

恋人になるってことで、それって、デートしたり、もちろんHなこともするってこと…だよな?

「俺、本気だから」

穂積が、愛しそうに目を細め、俺を見る。

俺は、ジュンのことを思い出した。

『お前のこんな姿を見られるのも、俺だけだよな?』

その言葉と共に…。

ダメだ。こんな気持ちのままじゃ、穂積と付き合うことなんて、できない。

「分かんねぇよ。何で、俺?お前、女子からもすげぇモテてんのに」

「女とか男とか関係なく、ただ純粋に縣が好きなんだ。ずっと縣のことを見てた。悪ぶってるけど、本当は単純で純粋で優しいところとか。見た目が怖いからあんまり人が寄ってこないだけで、授業とかサボったりタバコ吸ったりはしてるけど、ちゃんとテスト受けたり、担任や学校に迷惑はかけてないだろ?そんな風に、非情になりきれてないところも、また可愛くて仕方ないんだ」

俺のことを話す穂積は、とても嬉しそうで、幸せそうに見えた。

俺は俯き、そして、しばらく黙り込んだ。

「縣…?」

穂積が、心配そうに声をかけてくる。

「…悪いけど、俺、好きな奴がいるんだ。お互い連絡先も知らねぇし、もう四ヶ月も会えてなくて、そいつにとっては、俺のことなんて、もうどうでもいいんだろうけど…。俺がまだ、忘れられないって言うか…」

思い出す頻度も少なくなり、平気なふりをして生活してはいたけれど、ジュンのことを考えない日は一度もなかった。

俺が言うと、今度は穂積が俯いて、黙り込んだ。すごく傷付けてしまったかもしれない。でも、これは本心で、真剣に俺のことを想ってくれている穂積に、嘘は付きたくなかった。しばらく沈黙が続いたあと、穂積が顔を上げて、俺を見た。

「俺が縣のことを好きになったせいで、縣のことを苦しめてたんだな…。知らなくて、ごめん」

ゆっくりと俺に近寄り、ふわりと優しく抱き締められる。

「違う…。穂積が悪いんじゃない。会えない奴のこと、いつまでも想ってても仕方ないって分かってんのに…」

でも、あいつは俺にとって初めての男だったから…。

見上げた穂積の顔は、すごく悲し気で、いつも陽気で明るく振る舞う穂積からは、想像もつかないくらいだった。穂積の気持ちを思うと、胸がギュッと痛くなる。

「縣は、そいつと会えたら、もう俺なんかいなくても平気?」

いつになく、真面目な表情に、ひどく戸惑った。毎日一緒にいる穂積がいなくなるなんて、考えたこともないけど、それはそれで寂しくなるのかもしれない。

そして、穂積が続ける。

「俺が学校辞めて、縣の前からいなくなったら、そしたら、俺も、そんなふうに想ってもらえるのかな…」

穂積の言葉に、喉の奧が苦しくなって、目頭が少し熱くなった。

「そんなこと言うな、バカ」

穂積の、俺への強い想い。それに応えてやれない、俺の気持ち。でも、穂積が俺の前からいなくなるなんて、考えたくもなかった。

「縣の気持ちは、分かったよ」

そう言って、大きな手で俺の頭をそっと撫で、そして、

「困らせて、ごめん」

と、俺を置いて、屋上から一人で階段を降りて行った。

自分でも、自分の気持ちが分からなかった。何で俺、こんな気持ちになるんだ?ひどく辛くて悲しい気持ち。

俺は、どうしていいか分からずに、両手で髪をグシャグシャにかき回すと、

「あー!もう!」

と、思わず声に出していたのだった。


その翌日から、穂積は俺に寄ってくるのを一切やめた。クラス中で、何かあったのかと、話しているのが聞こえてくるくらいに、ざわついていた。

陸斗が、

「尾上と、何かあったのか?」

と、聞いてくる。さすがに付き合いの長い陸斗にも、穂積から告白されて断った、とは言えなかった。

「別に、何も」

毎日毎日、ウザくてダルいくらい横にいたくせに、穂積はいつもつるんでるダチとずっと一緒にいて、俺と目を合わせようとすらしなかった。

三時間目、屋上で授業をサボっていると、キイッ、と重そうな扉が開いた。一瞬、穂積が呼びに来たのかと思ってドキッとしたが、開いた扉から現れたのは、副学級委員長の、廉だった。

「村瀬、授業に戻るように、って先生が」

「…分かった」

何だよ、穂積の奴。昨日、俺が断ったからって、普通、ここまで態度変えるか?俺は腹立たしいを超えて、すごく悲しい気持ちになった。

「村瀬、穂積と何かあったのか?」

廉にまで聞かれる始末だ。

「別に」

「それならいいけど。何か、二人して、飼い主に構ってもらえない子犬みたいな顔してるから」

「え?」

「毎日、すごく楽しそうにしてたのに。今は二人とも、ものすごく悲しくて辛そうな顔してる。見てる周りが、心配になるくらい」

廉はそう言うと、

「とりあえず、早く教室に戻るように、頼むな」

と、付け加えて、屋上をあとにした。

「俺にどうしろって言うんだよ…」

正直、ここまで穂積に避けられると思っていなかった。俺が振ったところで、穂積は俺から離れないという自信も、心のどこかにあった。それが、まさかこんなに距離を置かれるなんて、思ってもいなかったのだ。

胸が痛い。昨日の今日で、今さらどうしていいかも分からない。

俺は、座り込んだまま、うなだれるように頭を下げ、深いため息を吐いた。

そして、その日、一言も穂積と言葉を交わすことも目を合わせることもなく、一日が終わったのだった。


翌日、学校へ登校すると穂積の姿がなかった。

「…あれ?穂積は?」

思わず陸斗に尋ねていた。

「何だよ?気になるのか?」

陸斗がニヤニヤしながら聞いてくる。

「別に…」

俺はカバンを机の上に置くと、椅子に腰掛けた。

「あっ、そ」

陸斗が白々しく、漫画をめくる。

「で?」

「え?」

「何で休みなんだ?って話だよ」

「気にならないんだろ?」

「てめぇ…」

おもしろがりやがって。

「相変わらず、素直じゃないな。何か昨日の夜、家で吐いたらしくて。おとつい、頭にボール当たってるし、一応、検査するのに入院したんだってよ」

「入院?どこに?」

「さあ。今、教頭が病院に行ってるみたいだけど」

そんなにひどかったのか…?

俺は、一限目の授業も上の空で、穂積のことがひどく気にかかった。

そこに教頭がやって来て、授業中の担任を手招きし、何やら廊下でヒソヒソと話し出した。穂積のことだろうか?

「縣…?何か、顔色悪くね?」

陸斗が俺に声を掛けると同時に、俺は教室を出て教頭につっかかると、病院の名前を聞き出し、そして、勢い良く外へと走り出していた。


病室の、個室の扉をノックして開く。

「はい」

と、返事がした。

ゆっくり歩いて、静かにカーテンを開けると、穂積がベッドに横になっていて、腕には点滴の針が刺さっていた。

こちらを見た穂積の目が、驚きで一瞬大きく見開かれ、そして、いつもの優しい微笑みへと変わった。目の上のケガが、まだ痛々しい。

「縣。来てくれたんだ…。まだ、授業中なのに」

穂積が、ゆっくりと体を起こす。

俺は黙ったまま、穂積に近付いた。言葉が出ない。

病衣を着て点滴をしている穂積が、ひどく弱々しく感じた。

「どうした…?」

穂積が心配そうに尋ねる。無視されるかもしれないという不安は、穂積の優しい声色で、一気に消え失せた。

口を開くと涙が出そうで、声を出せずにいた俺の手に、そっと穂積の手が触れた。そして、突然グッと手を引かれ、体制を崩した。

「その顔は反則だよ、縣」

頬を右手で包まれ、穂積の顔が近付いたかと思うと、穂積の唇が、俺の限りなく唇に近い頬に優しく触れた。

ああ…、そっか。俺、穂積に触れられるのが、こんなにも嬉しいだなんて、全然気付いてなかった。俺はもう、ジュンよりも、とっくに穂積のことが好きになってたみたいだ…。

唇が離れ、俺は穂積の胸にしがみついた。

「ごめん、縣。我慢できなくて…」

俺は穂積の胸の中で、首を横に振った。

「いい…。俺、嬉しかったから。穂積に触れてもらえて、すげぇ、嬉しかったから…」

正直な気持ちを伝えはしたけれど、恥ずかしくて、顔は上げられなかった。

「縣…?それって…」

「何か、今やっと気付いたって言うか…」

穂積が、片手でゆっくりと俺を抱き締め、そして、その腕に力がこもった。

「縣。これからは俺が縣を大事にする。だから、会えない奴のことなんか、もう忘れろよ」

穂積が俺を胸からはがすと、俺の目を見つめながら、

「昨日、たった一日、縣と話せなかっただけで、どうにかなりそうなくらい、苦しかった」

「ん…」

俺も…と言った声が、掠れる。想いが溢れて、うまく言葉を発することが出来なかった。

そして、俺たちは、今度はお互いの唇で、ちゃんとしたキスを交わしたのだった。


「責任?何の?」

俺は、穂積のベッドの横に椅子を置いて、座った。

「だって、ボール…」

「ああ。あれは別に縣が悪いワケじゃないし。それに、そっちの方は検査したけど、単なる打撲で、たいしたことなかったから」

「でも、吐いたって…」

「何か、夕飯の食材にあたったみたいで」

「え?」

そこに、コンコンとノックの音がして、

「穂積、調子どう?」

と、カーテンがガバッと開かれた。

白衣を着た綺麗な女性と、その横に立つ、背の高い、かなり男前の若い男。

「あら、学校のお友達?初めまして。穂積の母です」

軽く頭を下げられ、俺も頭を下げた。

「おかげさまで、元気になりました。だいたい、入院までさせて、大袈裟なんだよ」

穂積が、ぶっきらぼうに言う。

「だって、当直で面倒見られなかったから仕方ないでしょ。お父さんも学会でいなかったし、病院の個室のベッド、ちょうど空いてたから」

穂積の脈を測りながら、高級そうな腕時計を見る。

「お前が変な料理を作るからだろーが」

「うまく火が通ってなかったのかしらねー。あの豚肉」

「仮にも医者のくせに」

「医者ですけど、調理人ではありませんから。この点滴が終わってしばらく休んだら、家に帰っていいわよ。学校は明日からね。佳積、あとよろしくね」

そして、穂積の母親は、病室を出て行った。

佳積と呼ばれた男が、点滴に手をかける。

「穂積、母さんにあんな口を聞くな。あれでも本気で心配してるんだぞ」

「分かってるよ。佳積は次男のくせに長男の|亜積より真面目だからな…。気を付けるよ」

俺は、驚くことばかりで、ずっと呆気に取られていたのだった。


「お前んちの家系、医者ばっかりなんだな」

言いながら、俺が穂積の荷物を持って、穂積の自宅へと向かって一緒に歩いている手をギュッと握られる。

「幸せだなぁ。縣と恋人同士になれるなんて」

「やめろって!誰かに見られたらどうするんだよ!」

「いいよ、見られても。って言うか、見られたい」

「バカか、お前」

ストレートな表現に、顔が赤くなる。

「俺の部屋まで荷物運んでくれる?お茶ぐらい出すよ」

「…いや、いい」

「何で?」

襲われそうなんだよな…。迫られたら流されそうな気がするし。答えようとしない俺の心を見透かしたかのように、

「大丈夫。何もしないから」

と、穂積が笑いながら言う。

「本当だろうな?」

「約束する」

「…分かった。じゃあ、部屋まで運んでやる」

そして、穂積の大豪邸の自宅に案内された俺は、その立派さに驚きすぎて、しばらく玄関の前で立ち尽くしていたのだった。


「…ん…うっ…」

部屋に入るなり、後ろから抱き付かれ、唇を奪われた。その激しさに、息が出来ない。

「好きだ、縣」

キスの合間に漏れる、甘い囁き。

ベルトを外され、制服のズボンの中に手を入れられた。

「やっ…ダメだって!穂積!」

「手でするだけだから。最後までは絶対にしない」

そして再び唇を塞がれる。

手が激しく上下に動き出す。恥ずかしさに、どうにかなりそうだった。

「んっ…あっ…」

たまに漏れる喘ぎは、ずっとキスで奪い取られていた。

「縣…」

穂積の手の動きが、より激しくなった。

「ああっ!」

俺は、穂積の手の中で、我慢できずに、つい放ってしまった。そして、俺は息を整えるのに必死になりながら、

「縣のイク時の顔、めちゃくちゃ色っぽいな…」

と言いながら、手を汚した俺の液体を丁寧に舐めとる穂積のいやらしくて妖艶な姿に、ちょっとした興奮を覚え、つい朦朧もうろうとしてしまっていた。

俺はハッとして、

「バカ!そんなの、舐めてんじゃねぇよ」

慌ててティッシュを何枚も取り出し、穂積の手を汚した残滓を全て拭き取った。

「あー!何で拭くんだよ…」

穂積が残念そうに呟く。

「…お前、マジでふざけんなよ…。何もしないって言っただろーが…」

「そういうの、疑いもなく信じちゃうところも、ものすごく可愛くて好きなんだよ…」

チュッ…と髪にキスをされる。

それからゆっくりと目を合わせ、俺たちは、もう一度深く激しいキスを交わしたのだった。


「縣、いよいよ夏休みだな」

終業式後の教室へと向かう廊下で、穂積が浮かれ気分で俺の肩を抱く。

「何がそんなに嬉しいんだよ」

肩に置かれた手を軽く払う。

「だってさ、夏期講習のない日は、一日中一緒にいてベタベタできるだろ?それに…」

クスリと笑って、俺のお尻を掌でいやらしく撫でたかと思うと、中指に力が入り、割れ目をなぞる。

「てめぇ、バカか!誰かに見られたらどうすんだよ!」

小声で叫びながら、穂積の手を思いっきり叩いた。

「だって、楽しみすぎるんだもん。縣を俺のモノにするの。エッチは夏休みに入るまでお預けって言うから、俺、かなり我慢してるんだぞ?」

そんな穂積を見て、浮き足立つって、こういうことを言うのか…と、俺は思った。

「夏休みって言っても、俺もいろいろ忙しくなるから…」

長い休みに入ると、夜の集まりも頻繁にするようになるし…。穂積には、言ってないけれど。

もし俺が、ここの区の番張りのトップだって知ったら、穂積はどうするだろうか…。そんなことを考えて、少し気分が塞ぎこむ。そんな俺の気持ちも知らずに、

「忙しくたって、会う時間ぐらいはあるだろ?俺の連絡先教えておくから、ちゃんと縣のも教えてくれよな」

嬉しそうな穂積。呆れるくらい一途に俺のことを想ってくれて、本当に愛しいと思う。

そこに、

「穂積君…、ちょっといい?」

と、声がした。

確か、隣のクラスの、安西恒。陸斗に何度も聞いて、やっと顔と名前を覚えた。色白で、背もそんなに高くなく、きめ細やかで綺麗な顔立ちをしていて、とてもおとなしい感じの雰囲気がする。こいつも、外部受験をしてきた一人で、同じ中学だったせいか、たまに、こうやって穂積のことを呼び出す。

「恒…?ああ、分かった。縣、悪いけど、先に教室に戻っててくれる?」

恒?呼び捨て?親しげに話しながら、二人の背中が遠ざかる。ズキン…と胸が痛む。ヤバい。俺、もしかして、嫉妬してる…?


「何だよ。さっきからブスッとして」

教室に戻って来た穂積が、机に頬杖を付きながらそっぽを向く俺を覗き込む。

「いつも、あいつと何の話してんだよ」

とうとう言ってしまった。こんなこと、恥ずかしいと思うのに、聞かずにいられなかった。

「もしかして、妬いてる?」

ああ、ほら。また穂積が喜ぶ。

「別に」

「大丈夫だよ。恒、付き合ってる奴いるし。縣って、もう俺に夢中だな」

俺の頭を撫でながら、ニコニコと極上の笑みを見せる。そこに、

「縣!」

と、陸斗が慌てた様子で俺に走り寄って来た。

「どうした?」

「今、透から連絡が来て。明日の俺たちの集まりに、金池がOBを連れて乗り込んでくるって…」

俺は、それ以上を穂積に聞かれないように、教室の隅へと陸斗の腕を引き、移動した。

矢上透。俺たちの仲間の、情報収集担当で、同じ中学だったが、今は家庭の事情で定時制高校に通っている。他の区の情報を仕入れるために、いろんな区のヤンキー共と接触しなければいけないこともあり、俺たちのの集まりには来たことはなく、主に電話かLINEでしかやり取りをしていない。

「OB?何で?」

「ジュンがトップを辞めてから、どうやら、縣が標的になってるみたいで。お前を潰すのに躍起になってる連中が多いんだ。お前、ジュンと唯一やり合わなかっただろ?そのせいで、なおさら凄い奴だって情報が流れてしまってて。明日から夏休みに入るし、いろんな区のトップたちも仲間を集めて頻繁に動き出すから、金池もたぶん、そこを狙ってくるんだと思う」

「だからって、何でOBまで?」

「本気なんだろ?どっちが一番になるか、って。俺たちにはOBなんていないし、あれ以上人数増やされたら、さすがに…」

「別に、喧嘩に勝てばいいだけだろ?」

「そんなに簡単なことじゃないって!中にはクスリやっててワケわかんねぇ奴らもいて、刑務所上がりの奴らも多いから、本当に危険だって、透が…」

「ふぅん…」

「真面目に聞けよ!」

陸斗がめずらしく声をあらげた。

「じゃあ、どうしろって言うんだよ!息をひっそり潜めてろって言うのか?そんなことしてたって、いつかは乗り込まれるだろ!」

「とにかく、明日の集まりは…」

「ダメだ!やると決めたからには、やる。そんな奴らにビビってんじゃねぇよ!」

「縣!頼むから…」

俺は陸斗の心配を無視して、そのまま自分の席へと戻ったのだった。


その日の放課後、俺は穂積の家に寄った。

「さっき、柏木と何の話してたんだ?」

穂積から、いつになく真面目な表情で尋ねられる。

「別に。たいしたことじゃない」

「そっか…。それならいいけど。縣、何か俺に隠してることない?」

「ないよ」

穂積には、俺のプライベートのことで心配をかけさせたくなかった。

「縣…」

俺の頬を優しく撫でる穂積の手は、いつも大きくて温かい。俺は、その手を握った。

「いいのか?俺のモノにしても…」

穂積からの問いに、俺は静かに頷いた。

もしかしたら、明日の喧嘩で俺が怪我をして、しばらく穂積に会えなくなるかもしれない…。顔に傷を付けた状態で、俺の心配ばかりしている穂積の前には出られない。

ベッドに座らせられ、制服のボタンを外されていく。

「綺麗だよ、縣。早く抱きたい」

唇が首筋を這い、徐々に下へと降りてくる。穂積の愛撫は優しくて、本当に気持ち良くて、我を忘れそうになった。そして、俺の全身はすぐに熱を持った。

そのままベッドへと押し倒される。

「…ジュン…」

無意識に、思わず声に出していた。

穂積の動きが止まり、一瞬、目を見開いたのが分かった。

「あ…!ごめ…、俺っ…」

俺は、思わず謝ってしまった。

穂積がゆっくりと体を起こし、俺から離れる。そして、ベッドに倒れたままの俺の制服のシャツのボタンを一つ一つ、直し始めた。

「…穂積…?」

「こっちこそ、ごめん。俺、縣の気持ちも考えずに、焦りすぎてたみたいだ…」

穂積が俺の腕を引き、俺をベッドから起こすと、

「何か、冷たい飲み物でも買ってくるよ」

と、部屋を出て行った。

何やってんだ、俺。こんな大事な時に、違う奴の名前を呼ぶとか、マジで最低だろ…。今のは本当にただのクセみたいなもんで、ジュンのことを思い出したワケじゃなかった。今は本気で穂積のことが好きだ。だけど、この気持ちをどう伝えていいのか分からなかった。

しばらくして、穂積がペットボトルのお茶を二本抱えて戻って来た。

「はい」

一つを俺へと手渡すと、穂積はベッドに腰掛ける俺から距離を置いて、机の方の椅子へと座った。

「外、暑かったか?」

俺は、ペットボトルのお茶に視線を落としたまま、穂積に聞いた。

「ああ。かなり暑かった。もう少し日が落ちてから帰った方がいいかもな」

「そっか…」

そして、沈黙が続く…。気まずすぎて、息が詰まりそうだった。

「気にしなくていいからな」

気まずさを打ち消すかのように、穂積が言う。

俺は顔を上げた。だけど穂積は、ペットボトルのお茶に手を付けず、ずっと俯いたままだった。

「穂積…、俺…」

言いかけた俺の言葉を遮って、

「俺が悪かったんだ。縣には、好きな奴がいるって言ってたのに、付き合えることになって、浮かれすぎて、気持ちが先走った。こういうのは、やっぱり、ちゃんと時間かけて…」

穂積が、俯いたまま、呟く。俺はそんな穂積に対して、少しイラッとした。

「違うだろ…?今のは、絶対に俺が悪いだろ!何でお前はいつもそうやって何でも俺の気持ちが優先で、自分の気持ちを後回しにして我慢ばっかりするんだよ!そういうの、優しさとかって思ってんのかもしんねぇけど、全然優しくなんかねぇから!」

俺は立ち上がって穂積の近くまで歩み寄ると、穂積の真ん前に立ち、両頬を包み込んでキスをした。唇が離れると、穂積は驚いたように、黙ったまま俺を見ていた。

「今日、俺は、お前に抱かれる覚悟を決めてここに来てんだよ!だから、抱けよ!」

「…でも、無理してるんじゃ…?」

「してねーよ!だいたい、あんなの、単なる口癖みたいなもんで、別に思い出したとか、そんなんじゃねぇから」

「口癖になるくらい…してたのか?」

しまった!自ら墓穴を掘ってしまったことに気付く。でも、ここで嘘を付く方が、よっぽど穂積を傷付けてしまうような気がした。

「そうだよ!今さら隠してもしょーがねぇから言うけど、春休み前にそういう関係になって、春休み中は毎日会って、そういうことしてた。だけど、もう俺はお前のことだけ考えてるし、今は、お前としたいから、ここにいるんだ!」

自分で言っておいて、顔が熱くなって、耳まで赤くなってるのが分かる。

「…縣、首まで真っ赤だぞ?」

今度は、穂積が俺の頬を包み込む。

「仕方ないだろ!自分から誘ったことなんて、今まで一度もねぇんだから!」

「その口癖、俺の名前に変えてもいいのか?」

「変えてみろよ。もう、お前の名前しか呼べないようにしてみろ」

俺は、さっきよりも激しく穂積へとキスをした。穂積の舌に吸い付いて、自分の舌へと絡ませる。少し唇を離し、

「お前のこと以外、考えられなくさせてみろよ」

俺が至近距離で囁くと、穂積が俺を力強く抱き締めた。


二人の息遣いだけが、部屋中に響き渡る。

「縣…好きだ」

穂積の優しい囁きのあと、押し広げられる感覚に、身悶えた。穂積が、ゆっくりと腰を進める。俺をいたわる、緩やかな優しい動きに、もどかしさを感じた俺は、

「…穂積…もっと…」

いつの間にか、激しさをねだっていた。

「縣って、積極的なんだな…」

穂積のサラサラの髪が、一気に勢いを増して、揺れた。俺もそれについていこうと、必死になって、快感に溺れたのだった。


二人してベッドにうなだれながら、体を寄せ合う。

「明日も、夏期講習のあと、会える?」

穂積が俺の頭を撫でながら、尋ねる。

「明日は、ちょっと用事があって。今度、いつ会えるか分かんねぇから、こっちから連絡する」

「…そっか。分かった」

いつもなら、金曜日が終わる度に『学校が休みになると、縣に会えないからイヤだ。毎日会っていたいのに』と言って、うるさいくらい駄々をこねるくせに、妙に素直で、変な気分だ。

「用事があるのは分かったけど、会えない日は、必ずLINEか電話でやり取りするんだぞ?分かったな?」

ちょっと怒った様子で、裸の俺を抱き締めた。

「…分かったよ」

俺は、何だかとても幸せで、暖かな気持ちになった。


そして、翌日の夜。俺たちの溜まり場に、陸斗の言った通り、金池が自分の仲間とOBを連れて、乗り込んできた。かなりの大人数だった。そして、俺たちを取り囲んだ。

「久しぶりだな、村瀬。最近、夜に集まらず、おとなしくしてたみたいだな。寂しかったよ」

「お前と違って、暇じゃねぇんだよ。すっかり俺の負わせた傷も治って、元気そうじゃねぇか」

俺は、金池に思いっきり嫌味を言ってやった。金池が鼻で笑う。

「大口を叩けるのも、今のうちだぜ?」

「OBにしか頼ることのできない奴に、そんなこと言われたくないけどな」

そこに、

「お前、ジュンのお気に入りなんだって?」

横から口を挟んで来たのは、俺よりも一回りくらい大きな男で、手には金属バットを持っていた。

「さぁ。お気に入りかどうかは知らねぇけど、あいつがトップを辞めてから一度も会ってねぇ」

「へぇ。じゃあ、ジュンが行方不明になってるって話は本当みたいだな」

行方不明?ジュンが?そんな話、初めて聞いた。俺は、金池の言葉に、ひどく動揺した。

金池が、

「それじゃあ、話は早い。俺たちは、今日、村瀬を倒して一番になる」

「そうは、簡単に行くかよ」

俺が、金池に向かって殴りかかろうとした時だった。背後から腕を掴まれ、羽交い締めにされる。見ると、OBらしき人物が、二人がかりで俺を抑え付けていた。

「俺たち、こういうの、手に入るんだよね」

目の前で、スプレー缶をユラユラと動かす。催涙スプレー?違う。後ろのメンバーは眠ってしまっている。

「いつの間にか、一人になってたなー。でさ、お前をどうやって懲らしめようか考えてたんだけど…」

金池が俺に近付き、俺の頬を何発も殴り、そして、腹を蹴り上げられ、膝を付く。

「…っ…」

くっそ…。後ろの二人をとにかく何とかしねぇと…。

「血が出てきたぜ…」

楽しそうに顔を寄せ、俺の髪を持ち、顔を上げさせられる。

金池が、

「拭いてやるよ」

と、ペロリと俺の口の端を舐めた。

そして、特攻服に手をかけ、肩まで下ろし始める。

「何す…」

「俺らさぁ、お前のこと犯して、それを写真におさめようと思っててさ。そしたらお前、もうこの街、歩けなくなるだろ?」

「は?頭おかしいんじゃねぇの?そんなことしたって、俺に勝ったことにはならねぇだろ」

「いいんだよ。お前さえ、でかい顔していられなくなれば。お前、顔が女みたいに綺麗だし、俺だって興奮しないことないぜ?肌も、白いんだな…」

そして、俺の露になった上半身を指でなぞりながら、再び唇の端から流れる血を舐め取られる。その舌が、今度は俺の唇を舐めた。

「やめろよ。ブッ飛ばすぞ」

「まだそんな口が聞けるのか?」

金池が、いやらしく舌なめずりしたかと思うと、

「てめぇら、全員ブッ飛ばす!!」

突然、誰かが叫んだ。

金池の仲間がその叫んだ誰かに一気に襲いかかる中、そいつは、しなやかに攻撃を交わして、みるみるうちに金池が引き連れて来た連中を倒して行く。

それは、まぎれもなく、白い特攻服を身に纏った、ジュンだった。

ジュンが喧嘩をする姿なんて初めて見たけど、何て軽やかな動きなんだ…。相手の攻撃を全てかわしながらも、一人一人を確実に仕留めていく姿に、俺は思わず見惚れてしまっていた。

そして、俺の腕を掴んでいた奴らの腕をグッと握ると、俺から勢い良く引き離し、そして、一人ずつの左腕を両手で持つと、バキッと順番に鳴らしていった。それと同時に「うわあああっ!」と、二人から叫び声が上がり、痛みで地面をのたうち回っていた。俺は、そいつらのあまりの痛がりように、思わず肩をすくめた。ジュンが容赦しないと恐れられてたのは、喧嘩した奴らが、やっぱり最後にこういう目にあわされていたからだろうか…。

「金池、お前よくも俺の大事な縣に…」

「ジュン…。どうしてここに…?お前、行方不明なんじゃ…」

金池がしどろもどろになる。

「情報なんて、どこからでも入ってくるんだよ」

バキバキと指を鳴らしながら、金池に近付く。

「そんな…、だって…」

「てめぇ、よくも縣の肌に触って唇を舐めやがったな!!」

ええっ!!怒るとこ、そこ!?

見るも無惨に、金池はジュンにやられた。ジュンはあれだけの人数を相手にしたにも関わらず、かすり傷ひとつ負っていなかった。

ジュンが警察に電話する。場所を簡単に説明して、クスリをやってる連中がいるから捕まえてほしいと言って、すぐに電話を切った。

「とりあえず、お前らの仲間を起こして、ここから移動させなきゃだな。俺らんところの仲間も」

「え?」

本当だ。よく見たら、ジュンのところの仲間が何人も混ざっていた。

「お前のことフォローするように頼んでおいたのに、このザマじゃあな…。おい!しっかりしろよ」

ジュンが、眠らされている仲間の頬を叩いていくと、みんなすぐに目を覚ました。軽い薬品だったようだ。

「ジ…ジュン。悪い。俺たち…」

謝ったのは、ジュンのあとを引き継いだ、たぶん要と言う、以前、ジュンがトップの時に、廉の反対側の隣に、ずっと立っていた男だ。陸斗にしつこいくらい説明されて、やっと覚えた顔と名前だった。安西恒の時もだったが、俺はどうも人の顔を認識する能力に乏しいらしい。

「まあ、いいよ。お前らにケガがなくて。今日はこれでいいから。もうすぐサツが来るから、早く行け」

「あ、ああ…。行くぞ、お前ら」

要が声をかけると、一斉にたくさんの数の奴らがその場から去って行く。

「縣…」

陸斗が俺に声を掛けてくる。

「俺たちも、今日はもういい。解散してくれ」

俺の一言で、仲間たちが去って行く。

「あ、そうだ」

ジュンが、腕を抑えて痛がる男二人に近付くと、

「明日、朝一でその痛めた腕を診せに安田整形外科に行けよ?分かったな?」

と、捨て台詞を吐いて、とどめをさすかのように、その腕を足で踏みつけた。そしてまた低い悲鳴が上がる。

ジュンは、ものともせず、そいつらを置き去りにし、俺の腕を引いて、その場所から少し離れたところまで足早に移動した。そして、俺と向かい合う。

「…さっきの奴らの腕、折ったのか?」

特別な関係だったからなのかもしれないが、俺には、ジュンがそこまでするような奴には思えなかった。

「いや。関節を外しただけだ。脱臼ってやつ?あいつらは折れたと思ってるだろうけど、さすがにそこまではしねぇよ」

「…だから、整形外科に行けって…?」

「母方のじいさんがやってる病院なんだ。親の仕事の都合で、小さい頃からよく預けられてて、脱臼した奴らの治療を横で見てたり触らせてもらってたら、コツを覚えたって言うか。逆に関節の外し方も分かるようになった、っつーか」

「…へぇ」

まるで、会っていなかった時間が嘘だったかのように、静かな時間が流れる。

どうしたらいいんだ。聞きたいことが山ほどあるのに、うまく言葉が出てこない。そして、先にジュンが口を開く。

「金池には、気を張れって言っといただろ。お前、いつも無謀なんだよ。どれだけ俺に心配かけさせれば気が済むんだ?」

「だ、誰も心配してくれなんて言ってねーし!だいたい、何だよ。今さら急に現れて」

「急にとか言ってんじゃねーよ!俺がどんな思いで毎日過ごしてたと思って…」

俺の腕を持つと、そのまま引き寄せられ、抱き締められる。ジュンの懐かしい香りが、俺を包み込む。

「…離せよ。俺、今、付き合ってる奴いるし。だから、もうお前とは…」

「いい加減にしろよ、縣…」

抱き締める腕に力がこもる。

「…ジュン…」

どうしたらいいんだ…。穂積のことが好きなのに。穂積を裏切りたくないのに…。久しぶりのジュンの香りと腕の中が心地良くて、力が入らない。

「俺、あの時、本当にジュンのことが好きで…。でも、今は、本気で俺のことを想ってくれてる奴がいて。そいつのこと、いつの間にかジュンより好きになってた」

「そんなに、そいつが好きか?」

耳元に、ジュンの声が響く。

「…たぶん、好きだ」

「たぶんじゃ、納得いかねぇよ」

「すげぇ好きだ。あいつは、俺じゃないと本当にダメで、俺もあいつがいないとダメなんだ」

「…縣って、一途なんだな…。そういうところも、好きなんだけど」

そんなこと言われたら、切なくなって、胸がギュッと締め付けられる。

「今すぐ抱きたくなる」

そう続けたジュンの言葉に、一瞬、心臓がドクンと跳ねた。

「離せよ!俺が今言ったこと、お前は全然分かってない!」

俺は、腕を突っぱねて、ジュンから距離を置いた。

「分かってるよ!いいから、一緒に来い」

腕を強く引かれて、俺は逆らえないままに、ジュンのあとを付いて行った。


「ここって…」

着いた先は、昨日来た、大豪邸の穂積の家だった。

「入れよ」

俺には、何が何だか全く理解できなかった。まさか、ジュンと穂積は双子だったとか?頭の中で、いろんな思いを巡らせる。

「お前ってさ、鈍感にもほどがあるよな。まあ、そういうところも可愛くて仕方ないんだけどさ」

ジュンが、クスクスと笑いながら、続ける。

「俺、お前が俺と会えないって苦しんでたなんて全然知らなくて。俺は四月から一緒にいられるって思ってたし、まさか、ここまで気付かないとはな。柏木ですら、途中で気付いて、廉に確認してたのに」

「え?…え?」

「俺と関係まで持ってて、何で分かんねぇの?」

俺はジュンの言っている意味がまだうまく理解できなくて、戸惑っていた。そんな俺に構わず、ジュンは話を続けた。

「まあ、本当のことを言わずにいた俺も悪いけど。もう、この姿になることもないって思ってたし。ジュンっていうのは、昔の『はやぶさ』から取った愛称でさ。その時の族のトップが一番上の兄貴のダチだったんだ。特効服も、そいつから受け継いでさ」

ジュンが、クローゼットから俺と同じ高校の制服を出して来た。

「え?って言うか、何でジュンが、その制服…」

「だから、俺が穂積だって言ってんだよ。何のためにお前と同じ高校を受験したと思ってんだ?」

俺はしばらく固まったまま、動けなくなった。穂積がジュン…?嘘だろ?だって…

「顔のパーツとか、全然違うだろ?穂積は眉もあるし、髪も黒いし、目だって、真っ黒で大きいし…。それに穂積は、ジュンよりも体格も細くて、背も、もっと高いし、声だって全く違ってる…」

「眉は伸ばしただけだし、髪は黒に戻して、ジュンの時はシルバーのカラコンしてるからな。あの時は、まつげも全部抜いてたし、目も小さく見えてたかもな。お前と会わなくなってから、急に四cmくらい背が伸びて、そのせいで細くなったように感じたんだろ。タイミングが悪いことに、再会した時、声変わりが始まって、めっちゃ掠れてて。確かに最初は廉にも分かってもらえなくて、エグいぐらい大笑いされたよ」

そう言えば、確かにいつの間にか、ハスキーボイスではなくなっていた。

「まさか、お前がジュンを好きだったなんて知らなくて。そこから本気でいろいろと悩んだよ。穂積でお前を抱こうとして、ジュンの名前を呼ばれた時はかなりショックでさ。ジュンとしてもう一度お前と会ってちゃんと話した方がいいのか、俺がジュンだってバラした方がいいのか、毎日、考えてた」

って言うか、恥ずかしすぎるだろ!二人のこと同一人物だなんて知らずに、二人にあんな告白して、しかも抱かれてたなんて!!

「だけどあの時『俺は抱かれる覚悟でここに来てんだ』って言ってくれた縣の男気に、また惚れ直したって言うか。すげぇ、かっこ良かった。しかもお前ってさ、ジュンで抱く時はいじらしいくせに、穂積で抱く時はめちゃくちゃ積極的になるんだな」

「わーっ!マジでやめろって!」

それ以上聞きたくなくて、俺はジュンの口を両手で抑えた。ペロリと、手のひらを舐められる。

「うわっ!」

くすぐったくて、ジュンの口から手を離す。その腕を力強く引かれ、ベッドに押し倒された。

「やめろよ」

恥ずかしくなって、横を向く。

「やめない。消毒する」

顔を片手で正面に戻され、ジュンの舌が俺の唇を舐めた。それから舌を絡み取られ、深いキスへと変わる。

「あいつ、縣の唇舐めやがって。舌を引きちぎってやればよかったぜ」

ジュンが言うと、冗談に聞こえない。

「縣、頼むから、もう無茶はやめてくれ。こんなにケガして、綺麗な顔が台無しだ。さっき、もし俺が間に合わなくて金池にられてたかもしれないと思うと、マジでやりきれない」

鋭い目。そう、ジュンは穂積と違って目付きが鋭くて、その視線を向けられると俺の何もかもを支配されているような気になってしまって、逆らえなくなる…。

容赦のない激しいキスをしながら、俺の特攻服を脱がしていく。

「縣にこうやって触れていいのは、俺だけなんだからな…。分かってんのか?」

首筋に、舌が這い、その舌が胸の突起へと移動する。

「ちょっと待て!ジュンが穂積だって、頭では分かってるけど、何か浮気してるみたいな気分になる…」

俺が言うと、ジュンの動きが一瞬止まって、それから思いっきり吹き出した。

「ホント、めちゃくちゃ可愛い!マジで、すんげぇ好き!」

ギュッと力強く抱き締められる。

「縣って、純粋なんだな。分かったよ。今は抱かない。ちゃんと穂積に戻ってから抱くよ」

優しく言いながら俺の頭を撫で、そして服を勢い良く脱ぐと、

「シャワーしてくるから、少し待ってろ」

と行って、部屋を出て行った。そして二十分ほどして、ジュン…いや、穂積が戻って来た。

髪は黒くなって、瞳の色も、あの澄んだ黒い色に戻っていた。眉は前髪で隠れて見えなかった。

「今、染めてきたのか?」

「そっ。すぐにでも縣としたかったからな」

サラリと言ってのける言葉に、思わず赤面する。

「バッ…バカか!そんなこと口に出して言うな!」

そっぽを向く俺を穂積がギュッと抱き締める。

「好きだよ、縣。これからも、ずっと側にいるからな」

「当たり前だろ!今度俺の前からいなくなったら、マジで許さねぇからな。そもそも、初めて会った日に、ジュンだって言えば良かっただろ?そしたら、ここまでこじれることなかったんじゃねーの?」

「言えるワケねぇだろ。最後に別れた日、俺は縣に振られたと思ってたんだぞ?結局、好きって言ってくれなかったし。振った奴が同じ高校に来たって知ったら、ドン引くかな、って思って。最初は様子見…っていうか。きっと縣は、ジュンの俺とは体だけの関係って割り切ってたんだろうな、って、ずっと思ってたから」

「何だよ、それ。俺の方がそう思ってたっつーの!あんなに『好きだ』って言いながら俺のこと抱いてたくせに、連絡先も聞いてこねぇし、俺の前からいなくなるし。それこそ、俺がどんな思いで毎日過ごしてたと思ってんだよ」

「連絡先なんか聞けるか!こっちは失恋したと思ってたし、四月から、もう一回頑張るつもりではいたけど、めちゃくちゃ怖かったんだからな。それなのに、再会した日、我慢できなくて、可愛いとか言っちまって、やっぱり好き過ぎてダメだ、と思って、マジで落ち込んでたんだぞ」

「は!?どんだけこじらせてんだよ。そこまで言ったなら、俺がジュンを好きって言った時に、白状すれば良かっただろうが」

「…確かに、こじらせすぎてんな…。俺、自分がジュンのくせに、ジュンにめっちゃ嫉妬してたしな」

そして、俺たちは笑い合った。

俺は、幸せを噛み締めながら、穂積の背中にゆっくりと手を回した。穂積が、

「これで本当の両想い、だな」

と、耳元で囁く。

「めっちゃ変な三角関係だったな…」

言う俺の唇を穂積が優しく塞いだ。

そして俺は、今までにないくらい、激しく穂積を求めたのだった。


「え?じゃあ、安西恒が、ジュンのところの情報収集担当なのか?」

二人で裸でベッドに横になったまま、穂積が俺の頭を優しく撫でていた。そして今まで話せなかったことを話し合う。

「そう。だから、縣に関する情報だけは必ず俺の耳に入れるように頼んであったから、たまに呼び出されてた」

「…そういうことか…」

「まあ、いろんな区の奴らと接点持たなきゃだから、集まりにも来てないし、バレないように注意はしてたから、分からないだろうけどな。縣のところもそうだろ?」

「確かに。でも、安西ってあんなにか弱そうなのに、ジュンの仲間だったなんて意外だな。結構、危険な目にも遭うだろ?」

「まあ、恒は小学生の頃から俺のじいさんがやってる合気道教室に通ってるから。毎回、全国大会三位以内の実力者なんだ」

「え!?そんなに強いのか?…じゃあ、穂積の強さも、もしかして合気道やってたからとか?」

「そうなのかもな。幼稚園の頃から毎日じいさんの道場で、生徒全然の相手させられてて。試合は面倒くさくて、絶対に出なかったけど」

「そういや、恒って、付き合ってる奴いるって言ってなかったか…?」

いつも穂積と仲良さげにしているせいで、つい気になって聞いてしまった。

「ああ…。あいつさ、実はずっと幼なじみの要のことが好きだったんだよ…。でも要はノーマルだし、中一の時からずっと付き合ってる彼女がいて、恒の気持ちにも全く気付いてなくて。恒はそんな要を忘れるために、別々の高校に進むことを決めたんだけど」

うわっ…。何だかすごく胸が切なくなる。

「別々の高校を選ぶって、かなり覚悟決めたってことだろ?」

「高校に入学して、やっぱり落ち込んでたんだろうな。恒が、めずらしくヘマやらかして。いつもなら、よその集まりで情報仕入れる時は、そいつらが解散して、自分も家に帰ってから俺に連絡してくるのに、家に着く前に俺に連絡してきたせいで、よその区の仲間に、偵察してることがバレそうになって」

「え?それ、かなりヤバくね?バレたら絶対に袋叩きに遭うだろ」

「そうだな。そんな時…」


「おい!どこに連絡してんだ?」

恒が、電話をしていた左手首を掴まれる。

驚いて振り向いた瞬間に、スマホが手から落ちた。

『恒!?どうした?』

ジュンの心配する声が電話越しに響く。男はそれを拾うと、電話を切った。

「…相手はジュンか?」

黒い髪をリーゼントにした男が、低い声で尋ね、鋭い視線を恒へと向ける。

恒は黙ったまま答えずにいた。

「こんなところから、連絡してんじゃねぇ。これから気を付けろ」

そう言って、スマホを恒に手渡すと、その横を通り過ぎ、歩いて行く。

「…あの!」

恒は思わずその背中に声を掛けた。

振り向いた男に、

「助かったよ。ありがとう。最近、ちょっと注意力が欠けてて」

とお礼を言った。

「そういう時は、こういう場所に来るんじゃねぇよ」

「でも、情報を仕入れないと…」

「お前のトップは、危険な目に遭ってでも、情報を仕入れろって言うのか?」

「そんなことは言わない。無理するな、って」

「じゃあ、注意力が戻るまで、おとなしくしてるんだな」

「…戻る…?俺にそんな日が来るのかな…」

悲し気な表情を浮かべる恒に、男が言った。

「何に悩んでんのか知んねぇけど、辛いことばっかに目を向けてたって仕方ねぇだろ?そん中でも、いい事って絶対にあって、そっちに目を向けろよ」

「いい事…?」

不思議そうに聞き返し、今にも泣き出しそうな表情をする恒に、男が呆れたようにため息を吐いた。

「俺の場合は、だけど、本当は同じ中学の仲間とエスカレーター式の高校に行きたかった。だけど親父が病気で、あまり長い時間働けなくて、母親がフルタイムで仕事に出てんだけど、女が稼げる給料なんて、たかが知れてるし、下にまだ弟が二人いるから、働くことにして、定時制の高校に行ってる」

「え…?」

「可哀想って思うか?」

「いや…。大変だな、って…」

「でも、バイト先のスーパーのおばちゃんたちは、みんな優しいし、いつも、うちの母親が大変だろうから、って晩御飯のおかず作って持って来てくれたり、定時制で出来たダチもいろんな奴らがいて、毎日楽しいんだ。いつまでも高校に行けなかったことを悩んでるより、今ある楽しさとか、ありがたさの方が大事だろ…?お前も、そこに気付けるかどうか、ってことだよ。せっかく入った今の学校を楽しまねぇと、もったいねぇだろ」

恒は言葉に詰まった。毎日、要に会えなくなってしまったことを辛い、辛いとしか思えなくて、違う高校を選んでしまったことを後悔する日々だった。

そこに、

「恒!!」

と、大きな声がした。後ろを振り返ると、要が駆け寄って来た。

「…要…?」

「良かった、無事で。ジュンが、全員に招集をかけて、今すぐに恒を捜せって…」

「ジュンが…?」

「めっちゃ心配してた。今、ジュンに、見つかったって連絡入れる」

「あ、うん」

恒が、顔を戻すと、もうそこには、その男の姿はなかった。


「それが、透だったのか?」

「ああ。それからたまに顔を合わせる度に二人で話すことも多くなったみたいで、恒にも笑顔が増えてきて…。矢上が縣のところの情報収集担当ってのも、話すうちに分かってきたみたいで、今は二人が協力しながら情報を集めてるから、情報もより正確になってきてる」

「…で?恒の恋人って…?要じゃなくて…?」

「矢上だよ」

穂積の言葉に、思わず絶句した。

「いや、透は、中学ん時からクールって言うか…。口数少ないし、全然恋愛とか興味なさそうだったのに…」

「恒がベタ惚れなんだ。さすがに俺も恒から相談された時は驚いたけど、矢上も恒に弱いみたいで。恒の頼みだけは断れないみたいだしな…」

「まあ、恒と透が幸せなら俺もすげぇ嬉しいし、マジで良かった…。俺も透のことは、心配してたから。あいつ、自分のことは何も話さないし」

「恒の話を聞いてると、めっちゃ幸せそうだぞ。俺たちには負けるけどな」

「って言うか、陸斗も透も、何で俺には相談しないんだ…?」

「そりゃ、縣が恋愛経験がなくて奥手だと思われてるからだろ?矢上は、何人かの元カノからもらった物をまだ持ってたとかで、恒がめちゃくちゃ怒ったらしいぞ」

そして、穂積は俺の髪に唇を寄せて、力強く抱き締め、

「もう、俺とこんなにいろんな経験してんのにな…」

耳元で囁きながら、もう一度、俺の上へと覆い被さって来たのだった。


夏休みも、残り二週間となった頃、突然穂積から『ごめん。しばらく家の都合で会えそうになくて。毎日連絡はするから』とLINEが届いた。俺は『了解』とだけ返信したが、昨日まで、どんなに短い時間だったとしても、毎日顔を合わせていたせいか、何だか急に寂しくなった。

「何…?俺って、こんなに穂積に依存してたのか…?」

何だか、それもショックだったが、結局、陸斗を誘って夜の街へと出かけた。

「俺、行きたい所あんだけど」

陸斗が言う。

「どこだよ」

「廉のバイト先。今、カラオケ屋でバイトしてんだ」

「マジで?」

「俺も、夕方から夜までマンガ喫茶でバイトしてるぜ?廉と、ちゃんとしたデートしたいしな」

「へぇ…」

何か、意外なところで二人ともしっかりしてんだな…と感心してしまう。

陸斗と、廉のバイトの時間が終わるまでカラオケを楽しんだが、結局二人はそのあとイチャつきながら、陸斗の家へと帰って行った。

俺は一人で明るく照らされた街並みを歩いていると、見たことのある男を見かけた。

「ジュン…?」

それは、間違いなく、ジュンだった。髪を金色に染め、リーゼントまではいかなくても、綺麗にセットしてあった。スーツを着こなす、誰もが見惚れてしまうような男に、急に派手な女が抱き付き、そしてジュンの唇に軽くキスをした。

俺の心臓が、ドクンと、重くて痛い鼓動を打つ。

ジュンは、その女と腕を組むと、楽しそうに笑いながら地下へと進む階段を降りて行った。

俺は、その場から動くことができなかった。

どうして穂積が、ジュンみたいに髪を染めて、こんな所に…?もしかして、俺に内緒で浮気してたのか…?家の都合って嘘までついて、女と遊びたかったのかよ…。

しばらくそこに佇んでいると、二人連れの男が声を掛けてきた。

「お兄さん、一人?」

「良かったら、俺たちのお店で働かない?お兄さん、可愛いから、すごく人気が出ると思うよ」

「おじさんを相手にするだけでいいんだけど。本番はナシで一回一万円でどう?」

腕を掴まれる。

「詳しい話はお店でするからさ」

今は誰が何を言っても、全く耳に入って来なかった。二人の男に腕を引かれるままに、歩いて行く。

「お兄さん、本当に可愛いね。男の格好してなかったら、女の子と間違えそう」

「ちょっと味見しちゃおっかなー」

そう言いながら、人通りのない路地裏へと連れて行かれた。一人の男が、背後から俺を羽交い締めにした。もう一人の男が、俺の服を捲り上げ、手のひらで腰をなぞる。

ハッと我に返る。

「…なせよ」

「え?」

「離せって言ってんだよ」

「何?急に強がっちゃって。二対一で勝てると思ってんの?」

そう言った男が、俺のズボンのベルトに手をかけ、外し始めた。

俺は頭をグッと下げ、それから羽交い締めにしていた男の顎に思いっきり頭突きをした。

腕の力が緩んだスキに、もう一人の男に殴りかかろうとした時だった。その手を勢い良く掴まれ、誰かが止めに入った。

「こいつ、俺の連れなんだ」

そのまま腕を引かれ、足早に人気ひとけのないところまで連れて行かれる。俺の腕を掴んでいる左手の甲に、龍のタトゥーが見えた。

「何やってんだ?こんな夜遅くに、一人で」

止めに入ったのは、金池だった。

「…別に、何も。お前こそ、何であいつらを助けた?」

「は?お前を助けたつもりだったんだけど?」

「俺は喧嘩しても、勝ってた」

俺が言うと、金池は困ったように頭をポリポリと掻いた。

「裏で繋がってる変な連中も多いから、あんまりよその区に、夜は一人で出歩くなよ。特にここら辺は最近、みんな好き勝手やってて、物騒なんだ」

「お前に言われたくない」

「まあ確かに…。あのあとほとんどの仲間、クスリやってて少年院行きになったからな…。こういう所で、残った仲間とつるんで遊ぶしかないんだけど…」

「ジュンは…?さっき見かけたけど、よく来てるのか?」

俺は思わず金池に質問していた。

「ジュン…?さあ、俺は見たことないけど。あいつもかなり荒れてたし、こういう所、出入りしてんのかもな」

「女と?」

「女…?」

金池の顔が見られない。自分で言っておいて、喉の奥が苦くなる。

「そりゃ、ジュンはあの容姿で一番大きな区のトップだったし、女ぐらい作っとかないと、見た目にもカッコつかないって言うか…。いつも違う年上の女連れて、取っ替え引っ替えって感じだっただろ?」

そんな事、全然知らなかった。きっと、あのマンションにも、何人もの女を連れ込んでいたに違いないと、確信してしまった。結局、ジュンの女癖の悪さが直ってなかったってことか…。

好きだと言われて、俺だけが本気になって、一人で浮かれて、本当にバカみたいで情けなくなる。

俺は、金池に背を向けると、おぼつかない足取りで歩き出した。

「おい、村瀬!いつもならところ構わず喧嘩ふっかけてくるくせに、何か変だぞ!逆に気持ち悪いだろ!」

肩をグッと掴まれ、引き止められる。

「キスしてたんだ…」

「は!?」

「ジュンが、知らない女とキスしてた。それから、二人でどこかに…」

金池に言って、どうこうなるワケじゃない。俺たちの関係のことだって知らないだろうし、むしろ、面白がられて、広められるだけかもしれないのに、それでも、誰かに聞いてほしくて、すがりたかった。


「座れよ」

どういういきさつでかは、よく覚えてなかったけれど、俺は金池のアパートへと上がりこんでいた。そして、黙って立ったまま、一切、口を開こうとしなかった。金池が、ため息を吐く。

「お前が見たの、本当にジュンだったのか?」

金池の問いに、俺は小さく頷いた。

「で?どうしたいワケ?」

「…え?」

「お前らが付き合ってるってのもかなりの衝撃だったけど、ジュンがもし浮気してたとしたら、お前はどうしたいんだよ?」

「そんなの、分かんねぇよ…」

「ハッキリ本人に確かめてみりゃいいじゃん」

「何て…?」

「女とキスしてるところ見かけたって」

「できるワケないだろ!」

「何だよ。意外に根性ないんだな」

いつもなら、カッと頭に血が上って殴りかかるところなんだろうが、今は何を言われても反抗する気すら起きなかった。

そこに、俺のスマホの着信音が鳴り出した。

穂積からだった。

「ジュンだ…」

俺が言うと、

「貸せよ」

と、金池がすかさずスマホを奪い取り、外へと出て行った。

『縣?』

「残念でした。俺、金池だけど、今、村瀬と俺のアパートで二人きりなんだよね。ちょうどいい雰囲気のところで電話が鳴っちゃって」

『金池?どういうつもりだ?縣に替われよ』

「本人が出たくないって言ってんだよ。ジュンが女とキスしてるところ、たまたま見ちゃったらしくて。今から慰めるところなんだけど?」

『お前、縣に少しでも触れてみろ。ただじゃおかないからな』

「じゃあ、早く迎えに来いよ。ただし、場所は教えねぇ。早くしねぇと、マジで襲っちまうからな。今、自暴自棄になってるから、ヤるのなんて超簡単だぜ?」

そして金池は一方的に電話を切った。

金池が外から戻る。縣は、黙ったまま床に座ってベッドにもたれかかっていた。

ああ…楽しい。こんな村瀬の落ち込んだ姿を見られるのも新鮮だけど、あのジュンが慌てる姿なんて、絶対に見られないからな。金池は、ニヤリと口の端を上げた。


「お前、今、何やってんだ?」

ベッドに背をもたれたまま、金池へと尋ねた。

「今…?大工の見習い。問題起こしすぎて、高校も退学になったし、親にも見放されて、毎日公園で時間潰してたら、近くで家を建ててたオッサンに『お前、毎日ヒマしてんなら、手伝え』って声掛けられて。そっから少しずつ手伝うようになって、いつの間にか見習い、みたいな?自分で生活してくには働くしかねぇし。ここのアパート、オッサンの持ち物で、家賃とか、かなり安くしてもらってんだ。給料なんて、まだ少ねぇし」

ベッドに横になって天井を見ながら話す金池が、何だかすごく大人に見えた。

「俺もさ、今、気になる奴がいてさ。オッサンの娘なんだけど、夏休みに弁当屋のバイトしてて、いつも現場に弁当差し入れしてくれてんだ。俺、最初の頃、めっちゃひねくれてて、オッサンにもそいつにも反抗したり、すげぇ口の聞き方してたんだけど、毎日会ってるうちに、二人の優しさに、何か心が穏やかになってったって言うか…」

金池が起き上がり、ベッドの上であぐらをかく。

「そいつ、今年大学受験で。きっと大学には俺よりまともな奴ばっかで、出会いもたくさんあるんだろうけど。それでも、しっかり自立して、少しでもオッサンとそいつに追い付ける男になろうって思ってんだよな。何か笑えるだろ?」

金池が、ハッと息を吐いて笑った。

「…笑わねぇよ」

俺なんか、今さえ良ければいいって、先のことなんて全く考えてなかった。陸斗ですら、廉とのこと考えてバイトしてんのに、俺は毎晩仲間と出歩いて、鉢合わせた他の区の奴らと喧嘩して、時間があれば溜まり場で集まってるだけで、本当に何ひとつまともなことなんてしていない。

「うまくいくといいな…」

俺が言うと、金池が嬉しそうに笑った。

「俺、今度の四月から夜間の定時制の高校に行こうと思ってんだ。もう少し一人前になって、オッサンに認められたら、告白するよ」

「…俺、ジュンに愛想尽かされたのかも…。全然しっかりしてねぇし、心配ばっかかけて。今だって、ジュンが他の女といるところ見て、一人で勝手に落ち込んで。そこに来て、喧嘩しようとしたり…」

俯いたまま話す俺に、金池が言った。

「好きな奴がいると、誰でもそうだろ?俺だって、夕飯をそいつに会いたくて弁当屋で買って帰るんだけど、バイト先の男と話してるの見たら、ムカつくし、落ち込むぞ?」

「そうなのか?」

「ああ。普通そんなもんだろ」

そこに、ガチャリと勢い良く玄関の扉が開き、ドカドカと大きな足音を鳴らして、一人の男が部屋へと入って来た。

「思ったより、早かったな」

金池が言う。

「穂積…?何でここに…」

息を切らして、俺の前で膝を付く。

「大丈夫だったか?何もされてないか?」

穂積が、大きな両手で、俺の頬を包む。

ああ…。こんなにもホッとする場所なんて、やっぱり他にない。

「何で俺に嘘までついて、他の女と…」

そこまで言って、辛さに言葉が途切れた。

「もうすぐ縣の誕生日だろ?何かプレゼントしたくて、兄貴の知り合いの店で裏方のバイトしてた。キスしてたのは、女性がすごく酔ってるから、表まで迎えに行くようにオーナーに頼まれて。迎えに外に出たら、弾みで急に。そんなこと、金池から電話で言われるまで、俺は全然覚えてなかったくらいで。でも、ごめん。良くなかった」

「ふざけんなよ。俺がどんな気持ちで…」

「本当に悪かった。いくらサプライズしたかったからって、バイトのことも内緒にするべきじゃなかった」

穂積が俺の目を悲しそうに見つめ、そして金池の方を見た。

「金池。縣を助けてくれたみたいだな。お前のアパートを探すのにいろんな奴らに聞いて回ってたら、たまたま聞いて。礼を言うよ。ありがとな」

「…別に、俺は何も。あいつらがヤバい奴らだって知ってただけで…」

「あの二人、証拠を残さずに、いろんな奴ら犯してる常習犯だからな。助かったよ。こいつは本当に無謀で手がかかるから」

ポンと、頭に手を置かれる。

「帰ろう、縣。バイトも辞めてきたから」

手を持たれ、ゆっくりと立ち上がったところに、

「村瀬、お前、もうトップ辞めろよ」

と、突然金池が言った。その唐突な言葉に、一瞬、戸惑った。

「何だよ、急に…」

「もう、無理だろ。そんな弱点があったら。もし今日みたいに落ち込んでて喧嘩になったとしても、お前、太刀打ちできねぇと思うし、いい加減、ジュンの心配も汲み取ってやれよ。ジュンがトップを辞めたのは、お前を守るためだったって、この前、カラオケ屋でバイトしてた廉に偶然会った時に聞いたぜ?」

「どういう意味だ?」

「だから、トップでいると、なかなか自由に動けないだろ?それに、自分がトップだといろんな奴らから目をつけられやすいから、自分だけでもそういうリスクから逃れて、村瀬を側で見守ろうとしたんじゃねぇのか?違うか、ジュン」

俺は穂積を見たが、俺と目を合わせずに、金池の方をジッと見ていた。

「自分の好きな奴が危険な目に遭うのなんて、俺だって耐えられない。前までの俺ならバカにしてたかもしれねぇけど、今の俺ならジュンの判断は間違ってなかったと思うぜ?」

穂積が、俺の目を見た。真剣な眼差し。

「ずっと、そう思ってたのか?トップを辞めてほしいって…」

「…そうだな。確かにずっと思ってたよ。お前、無謀だし、無茶するし。心配してないって言ったら嘘になる。でも、それはお前が決めることで、俺が口を出すことじゃない」

「何だよ、それ…。そう思ってたなら、ハッキリ俺に言えばいいだろ!俺のこと、世間知らずで、無謀で、バカやってるって、ずっと思ってたのかよ!それに何だよ!俺のせいでトップ辞めたとか!勝手だろ!俺はそんなこと頼んでない!!」

「縣…!」

「心のどこかで、本当は俺のこと見下してたんだろ!バカで単純だからって、おもしろがって…。お前がトップやってる時からずっとそう思ってたって、今ようやく分かったよ!」

「だから、違うって言ってるだろ!」

穂積が初めて俺に向かって声を荒げた。

「お前をほっとけなかった。いろんな奴らから喧嘩ふっかけられて、無茶して、ケガして。そのくせ、単純で純粋で騙されやすくて。危なっかしくて、見てられなかった。そのうち、どんどん目が離せなくなって、俺が守ってやりたいって思うようになって、トップの座なんて、どうでもいいと思うくらいに縣に惚れ込んでしまったんだ。だから、トップを辞めたのはお前のせいじゃない。何をしてても、お前のことばかり考えてしまう俺が、トップを続けてく自信がなかっただけだ」

「そうだとしても、周りはそうは思わないだろ!俺が頼りないからジュンが辞めたって、絶対思ってる!廉が言ってるなら、他の仲間たちだって、陸斗だって、みんな俺のことバカにしてるだろうが!!」

パンッ!!と、頬に衝撃が走った。

俺の頬をぶったのは、金池だった。

「いい加減にしろ、村瀬。誰もそんなこと思ってねぇよ。俺はむしろ、そんなジュンを潔いと思ったし、ジュンにそこまでさせる村瀬を正直すごいと思ったよ。そこまでお前のことを想ってくれる奴をそれ以上責めるな」

「金池…」

「それに、俺が廉から聞いたのは、俺がトップを辞めてからだ。あいつは信用できない奴にそんな話はしないし、ジュンが引退したのは、トップの座より大事な物を見つけたからだ、って聞いただけで、俺がただ、村瀬のためだったんだな、って、単に思っただけだ。本当の理由は誰も知らない。いつの間にかいなくなって、行方不明になったことになってんだ。実際、俺も、今ジュンがどこで何をしてるか知らないしな」

金池に諭され、俺は少し落ち着きを取り戻した。

穂積が、静かに口を開いた。

「縣も知ってると思うけど、俺の家族は、両親も二人の兄貴も医者で、そういうのに反発したくて荒れてたんだけど、縣に出会って、真面目に生きようって思ったよ。二人の将来のために、ちゃんと就職して、頑張って働こうって…」

ギュッと、力強く抱き締められる。

「…俺、穂積がそこまで俺のこと考えてくれてたなんて、全然知らなくて…」

俺が言うと、穂積の顔が近付き、唇が重なろうとした瞬間、

「おい、こら。イチャつきたいなら、外に出てからにしろよ」

と、金池に止められたのだった。


ジュンや金池がトップを辞めたことで、区の争いなども落ち着いてきていたこともあり、俺も二学期が始まる前にトップを辞めることを決意した。集まりがなくなったこともあり、お互いにバイトも始め、二人で過ごせる時間の大切さも分かるようになった。

ある日、担任から、

「村瀬、最近は全く授業をサボらなくなったな。偉いぞ」

と言われた。

そうなのだ。屋上にいると、必ず穂積が呼びに来るのだが、純粋に思いが通じ合い、遠慮しなくなった途端、二人きりなのをいいことに…

「縣、タバコやめたんだな。前までキスすると、タバコの味が少ししてたけど、今は甘い唇が、より甘い」

そう言いながら、唇を優しく奪う。

「おい!やめろって。ここ学校だぞ?」

「誰も来ないよ」

ベルトに手をかけ、ズボンと下着を下ろす。

「何してんだよ…」

「縣の、口でさせて?最近、お互いバイトで会えなくて、ずっとできてなかったし、いいだろ?」

「お前、バカか?」

俺の意見など聞かず、パクリと、勢い良く、俺の下半身に吸い付く。

「ん…」

遠慮のない、穂積の愛撫。そして、俺は穂積の口の中で思いっきり迸ってしまい、全て飲み干されてしまったのだ。

「…もっと味わいたい」

唇にキスをされ、再び上下に激しく穂積の手が動き出す。敏感になっている俺の下半身が、また反応し出した。

「やめろ…よ」

「やめない。そんな色っぽくて掠れた声じゃ、余計に興奮するだけだよ」

「あ…やっ…」


「縣?」

「わあっ!」

卑猥な情景を思い浮かべている最中に、急に声を掛けられて、ビックリして声を上げてしまった。

穂積が見境なくあんなことをしてくるせいで、俺は授業をサボることが出来なくなってしまったのだ…。

「何だよ?どうした?」

声を掛けてきた陸斗の方が、ビックリしていた。

「いや…。ちょっと考え事してて。何だ?」

「金池のことで、ちょっと。お前には関係ないかな、とは思ったんだけどさ。一応…」


「出所して来た仲間から、集団暴行?」

「そう。昨日の夜、その現場を見かけた近所の人が警察を呼んだみたいで、そのまま救急車で病院に」

「で、今、金池は?」

「昨日のうちにアパートには戻ったみたいだけど、不意打ちで左腕の肘をバットでやられて、ヒビが入ったとかで、全治一ヶ月って…。相手は誰一人、傷もケガもなかったらしくて。金池の方は、かなりやられたみたいだけど、一切、手を出さなかった感じだね」

「分かった。恒、このことは縣にバレないようにしとけ。矢上から柏木に情報は行くだろうから、廉から柏木に口止めしとくように…」

「もう、遅いみたい」

穂積が、恒の指さした方向を見ると、縣が校庭を走り出していた。

「あいつ…!」

穂積が慌てて学校を飛び出し、縣を追いかけた。


「縣!!」

突然、後ろから腕を掴まれ、俺は強制的に動きを抑制された。驚いて振り返ると、息を切らした穂積が立っていた。

「穂積…。何で…?」

俺も息を切らしながら、尋ねた。

「お前、午後からの授業サボって、どこに行くつもりだ?」

「どこって…。金池をやった奴らのこと、ぶっ飛ばしに行くに決まってるだろ!離せよ!!」

「落ち着け!これは金池たちの問題で、俺たちには関係のないことだろ!」

「…は?抵抗もしない奴を一方的にボコっといて、警察が来る前に逃げて、知らん顔してんだぞ?お前は、許せんのかよ!!」

「…いいから落ち着け!金池が手を出さずに必死で我慢したのは、職場や家族にこれ以上迷惑をかけないためだって、何で分からないんだ?昨日の今日で、ここでお前がそいつらをケガさせたりなんかしたら、金池がやったことになりかねないんだぞ?金池の我慢を無駄にするな」

「…でも、金池は必死で努力してた。仕事も頑張ってたし、四月から定時制に行くことも決めて、仲間にそれを伝えに行っただけなのに、単なる逆恨みで、集団で暴行されるとか…」

「そういう仲間を作り出したのも、金池の責任だろ?金池が今までいいようにしか仲間を利用してこなかったせいだ。違うか?」

俺は穂積の発した冷たい言葉に、声を詰まらせた。

「金池は、悪い奴じゃない…」

「今はな。でも、少し前までは、あいつ自身も滅茶苦茶で手がつけられなかった」

「穂積は、何とも思わないのか…?」

「さっきも言ったけど、あいつらの問題であって、俺たちには関係ない。とにかく学校に戻れ」

俺は黙ったまま、穂積の腕を振り払うと、その横を通り過ぎ、学校へと戻る道を歩き出した。

「今日、学校が終わったら、金池のアパートに寄る」

「やめとけ」

「何でだよ!!」

「ケガをしてる金池を見たら、また頭に血が上るだけだ。しばらく、おとなしくしてろ」

穂積の言葉に、ついカチンと来た。

「…俺に指図すんじゃねぇよ!!あんまり言うなら、俺も本気でお前とサシでやり合うからな。そん時は、マジで容赦しねぇ」

「…縣!!」

俺は穂積を無視して、学校へと向かって歩き出した。


「また尾上と喧嘩でもしたのか?」

学校へ戻ってから、穂積と一切言葉を交わさずにいると、陸斗が心配そうに聞いてきた。

「別に」

穂積があんなに分からず屋だったなんて、マジでムカつく。俺のこと、偉そうに上から抑えつけやがって…。

でも、確かに穂積の言っていることは正しい。金池のことを思うと、今、あいつらに手を出すのは得策じゃないし、逆に金池にとって不利になることも理解できる。

「ジュンて、いつも冷静で落ち着いてるし、やっぱ判断力もすげぇんだな…」

あれだけの大きな区で、あれだけの人数をまとめてたんだもんな。負け知らずだったってことは、実質No.1だったってことだし、トップは引退してるけど、何かあった時には、必ず要が今でも指示を仰ぎに来ている。


って言うか、最近はいつもデレデレしていた顔しか見てなかったせいか、さっきの俺を抑圧した穂積が、めちゃくちゃカッコ良かったことに気付き、まるで初恋かのように胸がキュンと締め付けられるような感覚に襲われてしまって、俺は違う意味で、まともに穂積の顔が見られなくなっていた。

放課後、穂積と顔を合わせたくなくて、さっさと帰ろうと席を立とうとした横に、穂積が立った。

「縣。さっきは一方的に意見を言って悪かった。金池のアパートに行きたいなら、俺も今から一緒に行く。今日のバイト、断ったから」

「…何だよ、急に」

「縣が金池を心配する気持ちも分かるしな」

「でも…」

「大丈夫だ。縣が暴走しそうになったら、俺がちゃんと止める」

穂積の真剣な眼差しと言葉に、心臓がトクンと跳ねて、それから鼓動がどんどん激しくなって行くのが分かった。ヤバい。今さらだけど、カッコ良すぎだろ。何をバカみたいに、ときめいてんだよ、俺。

「分かった」

俺は穂積と目を合わせずに席を立ち、そのまま学校を出た。

「縣、まださっきのこと怒ってんのか?」

穂積が心配そうにあとを付いてくる。

「別に」

穂積がジュンだったのは嬉しかったけれど、普段は優しくて温厚な穂積が、急に強気なジュンになる瞬間が、どうやら俺的にはツボだったみたいだ…。

「縣…」

背後から手を伸ばしてきて、指先を持たれる。

「触んな!」

俺は思わず、その手を払いのけた。そして、黙ったまま穂積と距離を置いて、金池のアパートへと向かったのだった。

インターホンを鳴らす。返事がなかった。そして、もう一度鳴らすと、

「…はい」

と、小さな声がした。

「金池?大丈夫か?」

「…誰だよ?」

「村瀬だけど…」

しばらくして、ガチャンと鍵の開く音がして、静かに扉が開いた。金池は、顔や腕にもかなりひどい傷やケガを負っていて、左腕は、肩から吊るしていた。

「ずいぶん派手にやられたな。入るぞ」

「…え?もしかして、ジュンか…?」

金池が穂積の容姿に驚いている間に、穂積が玄関の扉を勢い良く開き、すぐに閉めた。

「警察に話してないんだって?あいつらのこと」

ジュンが先に口を開いた。

「…やったのは、あいつらじゃねぇよ」

「通りすがりのヤンキーに絡まれたって?さっき、北警察署の中西に電話して聞いたら、そう答えたって」

「そうだよ」

「何で庇うんだ?」

ジュンが容赦なく、尋ねる。

「…別に庇ってなんか…」

金池がそこまで言って、黙り込んだ。

「仕事は…?」

俺が聞くと、

「迷惑かけたくないから、辞めようと思ってる」

と、金池が答えて、唇を噛みしめた。

「脅されたんだな。オッサンや、その家族に何もされたくないなら、仕事を辞めてトップに戻れって」

ジュンが低い声で呟き、そして続けた。

「金池だけが、うまくやってるのが許せなかったワケだ。どうしようもない連中だな」

「仕方ねぇよ。今まで散々振り回してきたからな。自業自得だ。俺は結局、悪い仲間たちと底辺で生きてくしか…」

俺は、そこまで言った金池の胸ぐらを掴んだ。

「ふざけんなよ!お前は、どんなに俺やジュンにやられたって、何度も何度もしつこく喧嘩ふっかけに来てただろうが!たった一回、分かってもらえないぐらいで、諦めてんじゃねぇよ!」

「村瀬…」

「お前の、そのマジでうざい執着心で、分かってもらえるまで、何回でも仲間に話しに行けよ!仕事辞めるとか言ってんじゃねぇ!!そんなんで、よくトップなんかやってたな、このポンコツのクズが!!」

俺が言うと、

「村瀬、お前、それ単なる悪口だぞ…?でも、確かにお前の言う通りだな。あんな奴らでも、ずっと一緒にやって来た仲間だし、やっぱり分かってもらいたい」

金池が、フッと口元を綻ばせた。


「うまくいくと思うか?」

金池からのアパートの帰り道、穂積に尋ねた。

「さあな」

「あれだけの傷とアザ、手加減なしだったんだな」

「それでも急所に当たらないようにガードはしてたみたいだな。殴られ慣れてるからだろうけど」

嘘だろ?そういうのも見ただけで分かんのか…?

驚いて、穂積を見る。

「あいつ、喧嘩もなかなか強いけど、ガードがうまいんだよ。だから、ひどいケガもせず、懲りずに何度も喧嘩を売りに来てたんだろ」

ダメだ。淡々と話す冷静沈着な穂積の声と表情に、思わず見惚れてしまう。

「縣。今日、両親の帰りが遅いんだ。時間もまだ早いし、家に寄ってくだろ?」

「いや、いい!今日はいろいろあって疲れたし、帰る」

俺は即答した。今、穂積と二人きりになると、心臓がどうにかなってしまいそうな気がする…。

「何だよ。まだ怒ってんのか?」

穂積の手が、俺の頬に触れる。俺は目を背けて、俯いた。何なんだよ、マジで。今まで、あんなにエロいこと散々してきてんのに、今さら恥ずかしくなって、緊張するとか…。

「触んじゃねぇよ…」

「どうした?さっきから様子が変だぞ?俺が、きつく言ったせいか?」

心配そうな声。違う。逆だ。むしろ、そのせいで、穂積に対する気持ちがより強くなってしまったんだ…。

「そうじゃない…。でも、今日は帰る」

「縣…」

「とりあえず、金池の件が落ち着くまでは、二人では会わない。情報だけは、共有するように頼む」

俺は穂積の目を見ずに言うと、自分の家へと向かって歩き出したのだった。


その日から、金池は、定時制の入学願書を持って、仲間を説得に行く日々を続けていたらしい。金池に逆らっていた八人のうちの五人ほどが、アルバイトを始めたらしく、定時制の入学願書も提出したらしい。そして、五日目のことだった。金池の様子を見るように頼んでおいた透から、昼休みに連絡が来た。

「一人が振り回したバットが、無抵抗の金池の頭に当たって、出血が止まらなくて、今、救急車呼んで、病院に向かってる」

「は?大丈夫なのか!?病院はどこだ?」

「分かんねぇ。俺、今、警察から話聞かれてて」

「何なんだよ!」

俺は電話を切った。そして、すぐに穂積に報告しようと教室に戻ると、穂積の姿がなかった。

「陸斗!穂積は?」

「え?ああ。何か家から呼び出しあったらしくて。また戻って来るみたいだけど?」

くそっ!!こんな時に…!!どうしたらいいんだ?

そこに、スマホの着信音が鳴った。穂積からだった。

「穂積?金池が…」

『ああ。俺もさっき聞いた。とりあえず、六限目までには戻れそうだから、あとで一緒に金池の様子を見に行こう』

「でも…」

『大丈夫だ。運ばれた先が、兄貴が勤めてる総合病院の外科で。五針ほど縫うケガだって、今、確認した』

「五針も…?穂積、俺…」

『縣の気持ちは、分かってるよ。とりあえず、俺が学校に戻るまで待ってろ。傷害事件で、警察も動いてるみたいだから、下手に動くなよ。巻き込まれるぞ?』

「…分かった」

そして、電話が切れた。


「悪かったな、矢上」

電話を切ったジュンが、透に言った。

「って言うか、警察なんて関与してねぇのに、ジュンとグルになって嘘ついてたってバレたら、マジで縣にキレられる」

「まあ、そう言うな。病院に運ばれたところまでは事実だし、そうでも言っておかないと、あいつ勝手に動くだろ?もう行っていいぜ」

「でも…」

「あとは俺一人で十分だ」

そう言って、特攻服を身に纏ったジュンは、金池の元仲間の三人の元へと歩いて行った。

ジュンに気付いた大きな男が、バットを持って立ち上がる。

「…お前、ジュンか?一人で何しに来たんだ?」

「さすがに無抵抗な奴を二度もケガさせた、ってなると、黙ってられなくてな…。金池はな、どうしようもないお前らを今でも仲間だと思って、全うな道に進んで欲しくて毎日ここに頭下げに来てたんだぜ?」

「知るかよ。あいつのせいで、俺たちの人生めちゃくちゃにされたんだぞ?ケガさせるくらい、何が悪い」

「マジでクズだな。たかだか十六かそこらのガキのくせに、人生とか言ってんじゃねぇ。金池だって、今やっと過去の自分の間違いに気付いて、まともな道、歩き始めてんだ」

「は?今さらだろ?そもそも何でジュンが金池のことでいちいち口出しに来てんだよ」

「金池のためだけじゃねぇよ。金池の周りの奴に手を出すだとか、卑怯な脅しをかけてることに、頭に来てんだよ。お前ら、人として底辺だな、マジで」

「は?てめえ、いい加減にしろよ!」

大きな男が、バットを振りかざし、ジュンに容赦なく攻撃を仕掛けた。


「あ~あ。派手にやったな…。ここまでボコボコに殴る必要なかっただろ?しかも、タバコの火まで目の横に押し付けて、金池とその周りの人たちに手を出さないように脅すとか…。軽い火傷くらいで済んでるけど」

穂積から連絡を受け、個人的に現場へと呼び出された北警察署の中西という男が、倒れた男三人を見渡す。

「先にあっちが手を出してきたの、ちゃんと見てただろ?正当防衛だよ。それと、肩と肘と指全部の関節も外してあるから。あと頼むな」

「めずらしいな。穂積が誰かのために動くなんて。今までなかったのに…」

「この件が片付かねぇと、いつまでも二人きりで会ってもらえねぇんだ…。もう一週間以上、触れさせてもらえてない」

ジュンが呟く。

「…なるほどね。穂積は村瀬のためだったら、何でもするんだな…」

中西が呆れたように、穂積を見た。

「金池のこと、ずっと心配してたしな。これで、こいつらも懲りて、金池やその周りの奴らに手は出さないだろ」

「まあ、ここまでやられたら、普通は出せないだろうな」

「和真…。金池と、その職場のオッサンのフォロー頼むな。俺は家で着替えて、この金髪の髪と眉のスプレー落としたら、学校に戻るから」

「中西さん、だろ?いくらお前の一番上の兄貴の友達だからって、十歳も歳上の、しかも警察官を呼び捨てにするんじゃない」

「和真が青少年の犯罪担当の刑事で良かったよ。誰も困らないようなやり方で、うまく処理してくれるからな。さすが、元・隼の総長。今じゃ、全く想像つかないけど。ようやくこの特攻服がちょうどのサイズになってきたのに、トップ辞めちまって、悪かったな…」

「だから、中西さん、だろ?別に、穂積の好きにすればいいし、僕の昔の話は、もうなかったことにしてくれ、って何度も言ってるだろ?穂積と、上司の北山さんしか知らない話なんだから、絶対に誰にも言わないように。それと、前から言ってるけど、やっぱり穂積は警察に向いてるよ。…あとはこっちで何とかしとくから、早く学校に戻れ」

「…サンキュ。頼むな」

そして、ジュンは中西に背を向けて、その場を後にした。


穂積が学校へと戻ると、ちょうど六限目が始まるところだったが、縣の姿がなかった。

「柏木。縣は?」

「さあ…。何か五限目が終わったら、帰ってったけど」

「どこに行ったか、聞いてないのか?」

「黙って出てったから」

…やっぱりおかしい。今まで、こんなことなかったのに。穂積はすぐに恒のクラスへと向かった。

「恒。矢上に連絡を取って、縣がどこにいるか今すぐに調べてくれ」

「え?村瀬なら、たぶん金池が運ばれた病院に行ったんだと思うけど。さっき、どこの病院にいるか聞かれたから」

「あいつ!後で一緒に行こうって約束したのに。絶対に俺のこと避けてるだろ!」

「って言うか、透には会えたの?」

「ああ。会えた。矢上の居場所を教えてくれて助かったよ。あいつにも、またお礼言っといてくれ」

言いながら、穂積は自分の教室へと戻った。

最近ずっと、縣の様子が変だ。俺に愛想を尽かしたのか?それとも、他に気になる奴でも出来たのか…?穂積は頭の中でグルグルと回る不安な思考を抑えるのに必死だった。


「何だ?今日はやけに来客が多いな…」

縣の姿を見て、額に、血の滲んだ大きなガーゼをしている金池が、病室のベッドでため息を吐いた。

「え?」

「さっき、北警察署の中西が来て。今回のこと、傷害事件にせずにうまく処理しといたから、あの三人には、もう近付くなってさ。そのあとオッサンも来て、人手が足りないから、腕が治ってなくても、資材ぐらい運べるだろうから、早く職場に来い、って怒られた」

「良かったじゃん」

「まだ解決はしてねぇけどな。分かってもらえてないままだし。俺もだけど、誰かに言われたところで、響かない奴には響かないし、結局は、今までどんなに浅はかなことをしてたか、自分で気付くしかないんだよな…」

「それはそうかもしんねぇけど、抵抗してないのに攻撃してくんのは、卑怯だろ。俺、マジでシメに行ってやろうかと思ってんだけど」

「いや、いいって。第一、お前にそんなことさせたら、俺がジュンに何されるか分かんねぇよ」

ジュンの名前を聞いて、思わず体が強張った。

黙って俯く俺に、金池が、

「どうした?今日は一緒じゃねぇみたいだし、また何かあったのか?」

「最近、穂積の顔が見られなくて…」

「は?何で?浮気でもしたのか?」

「ちげーよ!!その、何て言うか…」

「何だよ」

「…穂積って、カッコ良すぎるだろ…?」

「は!?」

「最近は、いつも鼻の下伸ばして、デレデレしてる穂積しか見てなかったから、今回の、お前らが揉めてる件で、冷静に判断して、俺のこと抑圧した穂積がカッコよすぎて、戸惑ってるって言うか…。ジュンっぽい部分を見せつけられてから、あいつの顔見たり、側に来るだけで、心臓がバクバクして、何か、変なんだよ!」

俺は俯いたまま、金池に、思っていることの本音をぶつけた。

「何だ。ノロケかよ」

「ノロケじゃねぇよ!マジで緊張して、二人で会うことも無理で、今は避けてるって言うか…」

「好き避けか?こじらせてんなー。ジュンが、お前に避けられて撃沈してる姿を想像すると、マジでウケるんだけど」

金池が、肩を揺らしながら、めちゃくちゃ笑っている。

「…俺にとっちゃ、笑いごとじゃねぇんだよ…」

「まあな…。ただ、ジュンがあまりにも可哀想だな、と思って」

「可哀想そうって、何でだよ」

「だって、理由も分からずに、好きな奴に会ってもらえなくなって避けられてんだろ?それって、めちゃくちゃしんどくね?嫌われるようなことしたかな、とか、他に好きな奴できたのかも、とか、すげぇ、いろいろ考えて悩むだろうし、俺なら耐えられなくて、他に良い奴を探すかもなー」

「…え?」

「ジュンを失いたくないなら、ちゃんと本当のこと伝えろよ。追いかけてくれてんのに逃げてたら、どこかで諦めて追いかけるのやめるかもしんねぇし。ちゃんと振り向いて、追いかけてくるジュンの方を見て手を伸ばしてやらねぇと、抱き締め合うことすらできねぇだろ。いつか振り向いた時には、本当にいなくなってるかもしれないぜ?」

「穂積が、俺の前からいなくなるってことか…?」

「まあ、今のままだと、その可能性はあるかもな。あいつ、かなりモテるし、次なんてすぐに見つかるだろうし。その前に、素直になれ、って話だよ」

俺はショックのあまり、言葉を失った。そして静かに立ち上がると、ゆっくりと病室をあとにした。

「ホント、喧嘩はエグいくらい強いのに、恋愛や他のことになると、ことごとく弱いんだな…。ジュンはきっと、村瀬のそういうところが可愛いくて、ほっとけないんだろうけど…」

そして、金池は、病室のベッドに横になると、

「俺も、仕事も学校も恋愛も、これから頑張らねぇとな」

と言いながら、ゆっくり瞳を閉じたのだった。


俺は病院を出ると、スマホで時間を見た。六限目の授業が終わっていることを確認し、穂積に電話をした。いつもなら、必ずと言っていいほど出るくせに、穂積が電話に出ることはなかった。

「今日って、確かあいつも、バイト休みだったよな…」

俺は、穂積の自宅へと向かって歩き出した。

インターホンを何回か鳴らしたが、全く反応がなく、誰もいないようだった。

どこにいるんだ…?今、ものすごく、穂積に会いたい。それなのに、あいつの行動一つ、分からないなんて…。

「俺って、穂積のこと、全然分かってなかったんだな」

いつも隣にいるのが当たり前で、俺がどこにいたって、すぐに見つけ出して、側にいてくれてたのに…。

俺と穂積は、バイト先は同じだが、お互い別々の曜日にシフトが入っているせいで、一緒になることがなかった。バイトのない日の穂積がどこで何をしているのか、全く見当もつかなくて、かなり落ち込んでしまった。

「あいつの愛情に甘えすぎてて、俺、ずっと穂積のこと、ほったらかしにしてたんだな…」

あいつが嫌と言うほど与えてくれていた俺へのストレートな想い。俺は、それに対して何一つ返してなどいなかったことに気付かされる。

「ヤバい。すげぇ、会いてぇ」

穂積に会いたい。会って、ギュッって抱き締めて、それから俺の気持ちをちゃんと伝えたい。穂積のことが本気で好きだ、って。

俺は、一人、重い足取りで、ジュンに呼び出され、初めて二人で会った思い出の場所へと向かって歩き出した。

そこに、見たことのあるシルエットの後ろ姿が見えた。そいつは、柵に片肘を付き、頬に手を当て、ずっと遠くを見ていた。

俺は、その後ろ姿に、迷わず抱き付いた。

驚いたように体が硬直し、そして、静かに振り返ったのが分かった。

「縣…」

「穂積…。最近、ずっと避けてて、悪かった。俺、穂積のこと…」

そこまで言って、やっぱり、どうしても恥ずかしくて、言葉に詰まる。

「…何だ?」

いつもの、優しい穂積の声。

「その…」

い、言えねぇ!!

「な、何でもない」

俺は、穂積から離れ、距離を置いた。穂積が、フッと笑う。

「よくここにいるって分かったな」

「別に…。俺が来たいと思って来たら、穂積がいただけで。俺も驚いてる」

「そっか…」

そして、穂積が俺を真剣な表情で見る。

「縣、俺を避けてる理由をちゃんと教えてほしい。もし、縣が逆の立場だったら、どう思うんだ?俺が急にお前のこと避け出して、二人きりで会わないって言って、理由も教えなかったとしたら…」

穂積に問われて、ハッとした。そんなの、絶対に嫌だ。不安で辛くて、ずっと考え込んで悩んでいるに違いない。俺は、本当に自分のことしか考えてなかったんだ…と、穂積をひどく傷付けていたことにようやく気付き、反省した。

「そんなの、耐えられねぇよ…」

「じゃあ、ちゃんと話してくれ」

「その…俺…」

何でだろう。金池にはあんなに穂積への気持ちを話せるのに、本人を目の前にすると、なぜか話せなくなる。ずっと黙り込んでいる俺に、穂積が大きなため息を吐いた。

「もういいよ。分かった。言わなくていい。って言うか、言えないんだろ?恥ずかしがり屋の上に、自分の気持ちに戸惑うくらい、純粋だからな。今回は許してやるよ」

そう言いながら、俺の頭に手を置くと、目線を俺の高さへと合わせた。

「縣が、俺のこと、そこまで意識してくれてたなんて、知らなかったよ」

「…え?」

「そんなにカッコ良かったか?あの時の俺」

穂積がニヤリと口の端を上げて笑う。

「てっ…てめえ!聞いてたのか!?」

「恒に、縣が金池が運ばれた病院の場所聞きに来たって聞いて、俺もすぐに向かっただけで、別に聞くつもりはなかったんだけどな」

言いながら、めちゃくちゃニヤケている。

「ふざけんなよ!盗み聞きなんて、卑怯だろ!」

「たまたま聞こえただけだよ」

そんな俺の唇を下から容赦なく奪い取る。

「あんなこと言われたら、もう我慢できないからな。覚悟しとけよ」

やっぱり穂積にはかなわない。穂積は嬉しそうに笑うと、俺の腕を引き、俺の意思など関係なく、強引に自分の自宅へと俺を連れ込んだのだった。


そして、ある日の金曜日、穂積と一緒に学校から帰っている時のことだった。

「…あれ、金池じゃないか?そういや、次の現場が俺らの学校の近くだって言ってたな」

穂積が気付く。金池と、制服を着た女の子が親しげに話していた。

「へぇ。いい感じだな」

穂積が言う。

「ああ…」

金池の幸せそうな表情に、何だか俺まで笑顔になってしまう。手を振り合いながら別れる二人を見届けてから、金池へと近付くと、

「見せつけてんじゃねぇよ」

俺は、からかうように言った。

「うわっ!何だよ、お前ら!」

「すんげぇ幸せそうな顔してたぞ」

穂積が言うと、

「お前らだってそうだろ?二人して幸せそうな顔しやがって」

金池が普通に放った言葉だったが、俺も穂積といる時には、あんな表情をしているのだろうか。

何だか急に恥ずかしくなってきてしまった…。

「うまくいきそうなのか?」

俺が聞くと、

「まあ…。今日もバイト終わったら、アパートに来るって。自宅だと、弟二人がうるさいらしくて、俺のアパートで静かに勉強したいとかで…」

と、恥ずかしそうに金池が話す。

「今日も…ってことは…」

穂積が、突っ込む。

「べ、別に変な関係じゃねぇぞ!場所を提供してるだけで。お礼に、ごはんとか作ってくれるけど…」

「とか言いながら、たまに勉強の邪魔してんだろ?」

言いながら、穂積が笑う。

金池が、真っ赤になった。

「良かったな」

俺が言うと、金池は少し微笑んで、

「ガラにもなく、大事にしたいと思ってんだ…。真面目にさ」

そう言った。

「本気で惚れると、そういうもんだって」

穂積が俺の頭をくしゃっと撫でた。

「村瀬こそ、ジュンの顔が見られないとか、カスいこと言ってたけど、解決したみてぇじゃん」

「ばっ…!てめえ…」

「そうなんだよ。最近じゃ、吹っ切れたかのように、縣の方が積極的で。この前なんて、初めて縣が俺のを口でしたいって…」

「わーっ!!バカか!マジで!!」

俺は穂積の口を両手で塞いだ。その両手を持たれ、穂積の口元から外される。

「真っ赤になって、本当に可愛いな。一生大事にするからな、縣」

そう言って、穂積は金池の前で、恥ずかしげもなく、俺の唇に近い、際どい頬の部分にキスをした。

「な、何してんだよ!こんなとこで!!頭おかしいだろ!?」

俺が怒鳴ると、金池は口に拳を当てて、

「お前ら、マジで飽きねぇわ。めっちゃお似合いだな。俺も負けねぇように、頑張るわ」

と、ただただ大笑いしていたのだった。〈完〉

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こじれにこじれた三角関係 多田光里 @383103581518

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