女スパイのハナさん、取り扱いにご注意

雲条翔

女スパイのハナさん

 ツヤツヤのロングの黒髪と大きな瞳が特徴で、男を籠絡するナイスバディの持ち主。

 二十代の若く美しい人妻、名前は左内出華さないで・はな……というのは仮の姿。

 その正体は、某国の女スパイ、ハナ・サナイデだった。


 平日の昼間、彼女はある喫茶店に入った。

 ここでスパイ仲間と情報交換をする約束になっている。


 店の一番奥、人目につきにくいテーブル席に座り、コーヒーを注文。


 コーヒーが運ばれてきたのと同じタイミングで、男が入店してきた。

 年齢は三十代か。サングラスに黒のロングコート、髪型はオールバック。

 周囲の様子を窺いながら、ロングコートの襟を立て、隙の無い雰囲気。

 スマートな長身に、女性にもてそうな、整った二枚目。


 ただし、サングラスにロングコートという格好は、明らかに浮いていた。


 昼間だし、この作中の季節の設定は夏である。

 外では青空に入道雲、セミの鳴き声が響いていた。

 

 店の主人も半袖シャツだし、男の格好を見て、怪訝な表情を浮かべている。

 ちなみにハナの格好は、夏らしく、白のノースリーブのサマーニットワンピ。

 完全にこの作者の趣味だった。いいよね。


「待ったか」

「いえ」


 男は、ハナのテーブルの向かいに座った。

 

「で、例の情報だが……」


 男が話を切り出すと、


「しっ。ここでは、


 ハナが人差し指を立て、自分の唇に当てる。クールな瞳で、男を見つめる。


「誰が聞いているか分からないのよ。用心すべきだわ。ただでさえ、あなたは目立つ」


「俺が、かい?」


 男は白い歯を見せ、皮肉な笑みを浮かべ、人差し指で自分の顔の中央を差した。


「歯、出さないで! 鼻、指さないで!」


 ハナが窘める。


「どこが目立つって言うんだ? それに、特殊ラバーマスクで、顔も別人に変装しているのに、よく俺だと分かったな。接着剤のせいか、皮膚が少しかゆいのがネックだ」


 男が指で鼻の頭をかこうとすると、


「鼻、触らないで!」


 また、ハナが注意する。


「今日はやたらとうるさいな。お前は俺の母親か? ご機嫌直しに、こんなのはどうだい?」


 男はポケットから一本のボールペンを取り出すと、得意の手品で、一輪の花に変えて見せた。


「花、咲かせないで!」


「これでもダメか。やれやれ。この花は、本に挟んで栞代わりにでも使うか」


「花、挟まないで!」


「一体なんだってんだ。ホントーに、故郷の説教臭い母親を思い出すぜ」


「母、泣かせないで!」


「うるせえな。それはそうと腹が減ってきた。注文するかな」


 男がメニューを開くと同時に、空腹の胃が「ぐうー」と主張した。


「腹、鳴らさないで!」


「空腹を我慢するのが一番つらいんだぜ。あーあ、何も喰えないなら、死んだ方がマシだ」


はかなかもし出さないで!」


「そういや、あの人工衛星、なんていったっけ。えーっと」


「はやぶさ、思い出させないで!」


「ご注文のハバネロソースパスタです」


「ハバネロソースパスタなんて頼んでないで!」


 怒りすぎたハナは、オーダーミスの店員に対して、つい故郷の関西弁が出てしまった。


「あ、ハラーペーニョソースパスタの方でしたか」


「ハラペーニョソースパスタも頼んでへんってのに! 激辛メニュー推しかい!」


「まあまあ、そうカッカすんなよ、ハナさん」


 男が宥めた。


「スパイ同士なのに名前で呼ぶなや! ハナさん、やないで! 呼ぶんやったらコードネーム! コードネームってあるやんか! それがあんのに名前で呼んだらあかん! 呼んだらなあ……」


 ハナは「コードネームの意味」と呟いた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

女スパイのハナさん、取り扱いにご注意 雲条翔 @Unjosyow

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ