絶対に「はなさないで」ね!

奇蹟あい

強がってごめんなさいってば~!

「やっぱり無理よ……こんなの無理無理!」


「でもキミが絶対行けるって言うから、わざわざこの炎天下、3時間も並んだんだよ」


「でも無理よ~! 許して~! ごめんなさい~! もう下ろしてよ~!」


 今いるのは地上から約200メートルの高さの場所。

 ボクとレンは、川に掛かる大きな吊り橋のちょうど真ん中に設置されたジャンプ台の上に立っていた。


 眼下に広がるのはゆったりと流れる大きな川。

 そう、ここはバンジージャンプが体験できる橋として大人気の場所なのだ。


 地上で入念な事前説明を受け、何らかの同意書にサインし、長蛇の列に並んで待つこと3時間。

 ようやく順番が回ってきたということで、長い長い階段を上って、100メートル以上も吊り橋を歩いて渡り、バンジージャンプをするためのジャンプ台のところまでやってきた。というのに……。


 このありさまだ。


 普段は強気も強気、ボクのことを尻に敷いて「弱い男を世話してやっている、かっこいい女子」としての地位をほしいままにしているレンが、小鹿のように足を震わせながら泣くわ喚くわの大騒ぎ状態。


 かっこいい女子とやらはどこへ行った?


 なーんてね。

 ボクは知っているのさ。


 レンの「かっこいい女子」とは、SNS用で映えるための仮初の姿なのだということを。

 だってレンは、ぬいぐるみに囲まれていないと寝られないし、カレーは甘口しか食べられないし、テレビを見ていてちょっとでも怖いシーンが出てきたら、ボクにしがみついて「テレビ消して~」って泣き叫ぶし。

 

 素のレンはかわいいだけの女の子なんだから。

 ま、外では強がっているところも含めてかわいいんだけどね。


 それでなんでこんなところにきているかと言うと、レンがどうしてもかっこよくバンジージャンプを決めている動画をSNSにアップしたくなったんだってさ。

 わざわざその映像を撮るためだけの旅行ですよ。


 まあ、旅行って言っても遊びではない。レンはいわゆるインフルエンサーってやつで、SNSの広告収入で食べてる人だから、これはまあ、仕事なわけ。


 ボク?

 ボクは普通の会社員だから、休日を利用して付き合っているだけかな。

 撮影係、兼、動画編集係として、愛する恋人のためにボランティア活動をね。


 なんて考えている間に、タイムリミットの10分まで、あと2分しかない。

 あと2分以内に飛べなければ自動的にリタイアとなって、バンジージャンプ台から降ろされてしまうのだ。


「レン、あと2分で飛べないと、かっこいい映像は撮れずに終わるよ」


「でも~、こわくて~! 足が震えて動かないのよ~!」


 レンはへたり込むことすらできず、右手でジャンプ台の手すり、左手でボクの手を掴んだまま、ずっとプルプルと震えている。


 これはこれでおもしろ映像だけどね。


「『バンジージャンプ飛んできます』って予告動画出しちゃってたよね。どうする? このまま飛ばないで帰る?」


「アキトが代わりに飛んでよ~。それで顔だけ合成で差し替えて~」


「無茶言うなって。ウソは良くないし、そもそもボクとレンじゃ体型が違い過ぎて合成は無理だよ」


 残り1分を切った。

 レンは無自覚な高所恐怖症だったわけで、さすがに今回は無理かな。


「ほら、ラストチャンス。左手もこっちの手すりにつかまって、『3・2・1でバンジー!』だよ」


 ボクの手を握り締めるレンの左手をほどいて、強引に手すりに持っていく。


「ダメ~! 離さないで~! 死ぬ~! 人殺し~!」


 耳元で大声出さないで。耳がつぶれる……。


「安全ロープがつながってるから死なないってば。説明聞いたでしょ? ほら、もう最後。今飛ばないとリタイア決定だよ!」


「無理よ無理~!」


「あ、下見て! あれってバッファロー群れじゃない?」


「野生のアメリカバイソンは日本には生息してません~!」


 そうですかー。

 パニック状態で目をつぶって震えてるくせに、なんでそんな冷静に返してこれるのさ。


「じゃああれは何? 向こうの川岸を一斉に走っているのは何の群れなの?」


「そんなの見えないわよ! そうやって下を覗いたところで、崖から突き落とす気なんでしょ!」


 ここは崖じゃないし、ジャンプ台だし。それに見えないのは、単に目をつぶっているからじゃないですかね。


「『自分のタイミングで飛びましょう。同行者は押したり、無理やり飛ばせたりしてはいけません』って事前説明で言われたよね。ほら、係の人も頷いてる。ちゃんと自分の意思で飛びなさいよ?」


「鬼! 人でなし! いじわる!」


「はいはい。もうあと10秒! 今飛ばないとおしまいです! はい、5・4・3・2・1・バンジー! はい、残念でしたー」


 無情にもタイムリミットの10分が経過してしまった。

 苦笑する係の人に目配せし、ジャンプ台のゲートを閉じてもらう。



「どうしよう~! 私、プロ失格だ~!」


 愚図るレンをジャンプ台から降ろし、橋の連絡通路までひっぱっていく。

 プロ意識だけじゃ、高所恐怖症はなんともならないって。


「まあ、今回はさすがに残念でしたってことで……ごめんなさい動画を出そう?」


「いやよ~! 私の築き上げたイメージが! 職を失っちゃうわ~!」


「大げさな。ファンの人たちもバンジー1回飛べなかったくらいで、なんも思わないでしょ」


「やだ~! やだやだ~! かっこいい私が死んじゃう~!」


 いや、マスカラが流れまくって黒い涙を流して駄々をこねまくっている、まさに今、かっこ悪いの極地ですよ?

 ま、こうなるだろうなって予想もあったし、一応別プランは考えてありますからね。


「はいはい。ちょっとボクに考えがあるから、今回の収拾は任せてくれる?」


「……ホント?」


「うん。たぶん、良い感じに何とかできると思うよ。ほら、動画編集はボクの趣味だし、大船に乗ったつもりで任せておきなって」


 トンと胸を叩いて笑ってみせる。


「あり、がとう……。でも、今日泣いたこと、誰にも話さないでね?」


「ああ、絶対に誰にも話したりはしないよ」



* * *


 後日、ボクが編集してレンに内緒でこっそりとアップロードした動画は、レンのファンの子たちに大変大きな衝撃を与えたらしく、拡散に継ぐ拡散、そしてなかなかのバズりを見せていた。


 内容はこうだ。

 今回のバンジージャンプ旅行の一連をダイジェスト形式でまとめただけ。


 意気揚々とバンジージャンプ台に向かうレン。

 だんだんと顔が青くなっていき、足取りが重くなっていくレン。

 吊り橋に到達した辺りから、手足が震えているレン。

 ジャンプ台に立った辺りで、本格的に泣き始めるレン。

 結局バンジージャンプができずにさめざめと泣くレン。

 かっこいい自分が死んじゃうと本気で落ち込むレン。


 最後におまけ映像として、近くの名産品やら名物料理をキラキラした笑顔で楽しむレンも加えておいた。


 いわゆるギャップを魅せる動画ってコンセプトですね。



“バンジー飛べなくてもレンさんはかっこいいです”

“バンジー飛べなかったことを隠さずに発信できるレンさんが好き”

“レンさんは泣いていてもかっこいいです”

“いつでもかっこいいレンさんに一生ついていきます”

“笑顔のレンさんも好きです”

“これからはたまにオフショットもお願いします”


 ってな具合の反響ですよ。

 結果、レンの新規のファンは増えたし、これまでのファンの子たちはレンの新たな魅力を知る機会になった。


「な? ボクに任せて良かっただろ?」


「誰にも話さないって約束したのにウソついた~!」


 と、レンはまたもや泣き叫ぶのだった。


 ううん? ボクは約束通り誰にも話したりしてないよ?

 動画にして発信しただけ。



 ハッピーエンド?

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