Kiss×Kill
七四六明
Kiss×Kill
俺はもう死んだ父の影響で、体中に傷がある。
顔にも大きな傷があって、それを理由に毎日毎日虐められて来た。
殴られ、蹴られ、水を掛けられ、大人数で寄って集って、俺は暴力に屈しそうになっていた。
「コラ! おまえら何やってるんだ!!!」
そんな日々が続いていたある日、体育倉庫で虐められていた俺を屈強な体育教師率いる男性教師数人が助けてくれて、同時、一人の同級生が駆け付けてくれた。
「ホラ、頑張って立って! 急いで逃げよ! 早く!」
引かれるまま腕を引かれて、走らされるまま走る。
俺よりも小さく、俺よりも華奢な子が、俺を地獄から逃がしてくれた。
「ありがとっ……ありがっ、ぉっ……! ……っ!」
「大丈夫、大丈夫だよ。君は僕が……僕が守ってあげるからね」
あれから、五年。
「
「っ……か、母さんか、な、何?」
「ごめんね、驚かせて。今日はその……大切な日だから、出来るだけ早く、帰って来るんだよ」
「わ、わかった……頑張って、帰る」
「ごめんね、優人……もうすぐ。もうすぐ、終わるから」
「わかってるよ、母さん。じゃあ、今日も言って来るから」
俺の名前は
ごくごく普通の高校二年生――だったら良かったのに。
俺の父は、俺が小学三年生の時に勤めていた会社が倒産。そのせいで酒浸りになり、暴力に目覚めた父に、母と共に毎日毎日殴られた。
そうしていつしか顔に消えない傷が出来ると、それを理由に同級生にからかわれ、馬鹿にされ、イジメられるようになった。
学校に行っても殴られて、帰っても殴られて。
だけど、小学六年生の頃に父が酒の飲み過ぎで突然死亡。
中学生に入ると同時、当時クラスメイトになった同級生が教師に報告する形で助けてくれて、何とか、今日まで表沙汰になるようなイジメは受けずに済んでいる。
ただ、表沙汰にならない程度のモノは、だ。
「……」
上履きがない。この程度は些細な事だ。
いつも通り、玄関のゴミ箱の中から取り出して教室にやって来た俺を出迎えたのは、侮蔑と嘲りを混ぜた視線、視線、視線。
そんな中で、俺を迎えてくれる数少ない視線の方へそそくさと向かう。
「よぉ、姫井。相変わらず嫌われてんなぁ!」
「おはよう、
迎えてくれるのは、隣の席の
地元中学じゃ負け知らずの不良グループのリーダーだけど、イケメンだからか女子から凄い人気だ。そして何故か俺の事を気に入ってくれて、何かと気にかけてくれる友達である。
一度俺が数人に囲まれて殴られそうになった時、通りすがった斎王くんが全員をボコボコにした事があってから、彼がいる時は誰も手を出さない。
斎王くんもわかってくれているのか、教室に入るとまず俺を誘ってくれるし、いつも俺と一緒にいてくれる。
けど、それを許さない人がいた。
「斎王くん、髪の毛染めて来てって言ったよね。それとあまり周囲を威圧しないでくれる? みんなが怖がって、まともに席についてくれないから」
「おいおい、ケチ言うなよ風紀委員。俺が教室でどう過ごそうと、俺の自由だろ? 髪の毛はともかくとして、普通にいるくらい許してくれよ。なぁ、姫井?」
「う、うん……」
「姫井くんも、甘やかさないで」
「ご、ごめんな、さい……」
「いつもそればっかり。謝るだけなら話し掛けて来ないで」
「おい! さすがにそれはねぇだろ?!」
彼女はそっぽを向いて、そそくさと教室を出て行く。
風紀委員の
黒髪清楚の美人だが、性格がキツいと有名だ。
小学生の頃から知っている中だが、彼女に歯向かう相手は男子の中でもそうはいない。小学生の頃から合気道と空手を習っており、過去に自分を強姦しようとした上級生を倒した挙句、股間を握り潰した――までは定かではないが、とにかく強い事で有名になった。
今の高校に進学してもう、その立場を確立している。
「ったく。あいつが風紀委員長になった暁には、この学校も終わりだな。なぁ、姫井?」
「は、はは……」
今日は、彼らか。
放課後。帰宅。
「お帰り……何もなかった? 大丈夫?」
「うん、大丈夫」
今日も無事に買えたから。
「じゃ、じゃあ出掛けましょうか。近くのお店予約してくれてるっていうから」
「うん……」
「あぁそれと、急遽向こうのお子さんも来る事になったの。挨拶、してくれる?」
「わかった」
今日は、母の再婚相手と会う。
父が酒浸りになってから、俺を守りながら働いて育ててくれた母を気に掛け、父がいなくなってからも色々と助けてくれた人らしい。
父の影響で大人の男性が怖い俺はちゃんとは聞いてなかったけれど、今日は勇気を持って会う事となった次第なのだが、どうも、その人には俺と同じ歳の子供がいるらしい。
が、俺はその子供と会って何とも言えない気分になった。
「初めまして、優人くん。私は――こっちは、娘の有紗です」
驚き過ぎて、父親の名前が入って来なかった。
間違って欲しいと思ったけれど、目の前にいるその人は間違いなく岸辺有紗本人だった。
「ほら、有紗も挨拶を……」
「必要ないわ、父さん。さっきぶりね、姫井くん。名前を聞いてまさかと思ってたけど、こんな偶然ってあるのね。でも、だからって馴れ馴れしくしないでね。用がない限り話し掛けて来ないで」
「有紗、何て事を……」
「前にも話したでしょ、父さん。この子、いっつも教室でオドオドしてて、不良の陰にいないと登校すら出来ないんだから」
「有紗! さすがに失礼だろう! ごめんね、優人くん。娘と同級生と聞いて、仲良くなれればと思ってたんだが……」
父親になる人は、とても良さそうな人だ。
でも、信用はし切れない。
だって人間は、きっかけ次第で変化する。かつて優しかったはずの父が、酒飲み暴力男になったように。
その後、挨拶を兼ねた食事は気まずくも終え、後は解散――だと思っていたのだが。
「実は私はこれから、二泊三日で出張に行かなくてはならなくてね。その間、娘をお試し期間という事で預かって貰うはずだったが……優人くんは、難しいか」
父親になる人はこの期間で、娘と俺の気が合うか試したかったらしい。
けど、そんな必要はない。
彼女は俺をよく知ってるし、俺も彼女をよく知ってる。
「大丈夫、ですよ。あり……娘さん一人家に残して行くのは、心細い、ですもの、ね……」
「妙な真似しないでよね」
「わ、わかってる……わかってるから……せめて睨まない、で……」
「じゃ、じゃあ。有紗ちゃんは預かって行きますね」
父親になる人と別れ、家へ。
彼女とは特に何もなく、俺は逃げるように自分の部屋へ入り、ベッドに潜った。
が、五分後だろうか。気配も何も感じられないまま侵入を許してしまった俺は、あっさりと上を取られてしまった。
人が突然豹変する事を、俺は知っている。
けれど俺は、あの日先生らを呼びに行って助けてくれた同級生――有紗が、豹変した理由を知らない。過程を知らない。
だから俺にとってはいきなりで、いきなりこんな風になってしまった彼女が、怖かった。
「……やっと、やっと一緒になれたね……ユ、ウ、くん」
「有紗……」
学校での彼女を知る人は、誰も信じられないだろう。
まさか彼女が、俺の事が好きで好きで溜まらない狂人だなんて――
彼女の魔の手が、俺の首に襲い掛かる。
「ユゥくんまたあの不良と話してた……ユゥくんの心象悪くなるから、話さないでって言ったよね? ねぇ? 言ったよね?」
「でも……さ、ぃぉう……く、わ……も、達、だか……ぁ……」
「まぁいいか……ボディーガードくらいにはなりそうだし」
締められていた首を押さえ、咳き込みながら起きる。
俺と二人きりになった時の彼女は、まるで二重人格だ。有紗の中にいるもう一人とでも喋っている気分になる。
「携帯電話」
「へ?」
「GPSで位置情報追ってるから、離さず持っててって言ったよね? さっきの場所に何で持って来なかったの?」
「だって、有紗が来るし充電が……」
「僕が把握したいの知りたいの記録したいのだから持ってて離さないでわかった?」
「わ、わかった……」
襟首を掴み上げられたが、すぐさま離される。
嗜んでいるなんてレベルじゃない武道を身に着ける人の動きは、一瞬で変化しても気付けないから怖い。
「そういえば……帰り、女子に何か渡してたね。あれ、何?」
「あ、あれは」
「まさか、電話番号とかじゃないよね」
「違うよ、そんな訳――」
「浮気する気、だったの? 他の女にする気だったの? 僕以外の女を選ぶ気だったの? 女とは特に話しちゃダメって言ったよねこれは言ったよ言ったからね言い訳はダメだからね言ったって言ってねそうだよね?」
「そ、そうだね。わかってる……わかってるよ……俺が渡したのは……その……お金だよ」
「お金?」
「今年転校して来た
詰め寄って来ていた有紗が、意気消沈した様子でヘタリ込む。
心配になって様子を窺いみると、ボソボソとずっと呟いていた。
「何で気付けなかったんだろ何で気付けなかったんだろ何で気付けなかったんだろ何で、何で何で何で。おかしいな。ユゥくんの周囲には風紀委員権限で目を光らせてたし、邪魔な虫も寄り付かせないようにしてたし、そういう噂もいち早く届くようにしてたんだけどなおかしいな。そんな状況にユゥくんがなってるのに気付けなかった。守れなかった。最悪だ最悪だ最悪だ。こんな僕なんていない方がいい。死んだ方が良い。よしそうしよう今死のうすぐ死のう。まずはユゥくんを殺してから僕も――」
「有紗……! 落ち着いて……! 俺は……大丈夫、だから。このために、バイトもしてるんだ。結構、評判もいいし、店長も、いい人、だし……だから、大丈夫」
言い訳としては苦しいか。
バイトをしているのも、それでお金が間に合っているのも確かだが、今のは言い訳として苦しかったかもしれない。
現に有紗は、光を欠いた目で嗤っている。
「そっかぁ。そっかそっかそっかぁ……ふぅん。へぇ……わかった」
何がわかったのか。
俺は怖かったが、翌日にはその直感は現実のものとなる。
彼女は俺から金を取った女子の中でも、一番強そうな子を呼び出して――
「何? 私忙し――」
空手で磨き上げられた拳と共に、腹へと繰り出されたスタンガン。
服を突き破ったスタンガンは女子の腹を焼き裂き、その場で小さく
「西条は、何処? 教えてくれない?」
居場所を聞き出した彼女の向かう先は、バイク通学をしている斎王の元だ。が、喧嘩をしに行く訳ではない。
「あなた、不良グループのリーダーだったのよね?」
「そう言われるのは心外だな。俺もあいつらも不良のつもりはねぇよ」
「そんな差異はどうでもいい。その人達、今からでも集められる?」
「出来るけど……何事だ?」
西条は多くの人を従えていた。
自分自身が金持ちである事もそうだが、生まれ持った喧嘩の才能に物を言わせて腕っぷしに自信のある相手を黙らせ、バレかけた犯罪紛いの行為も国会議員の父の手によってもみ消されるからだ。
まさに自由。
金も力も権力も、女さえも自由自在。
未だ高校生ながら、彼は全てを手にしていた。
だから考えもしなかった。
自分に歯向かって来る奴だなんて。
「外が騒がしいな……何事だ」
「あれは……斎王界人と、中学時代につるんでた連中ですね。殴り込み、でしょうか」
「外の連中じゃあ相手にはならねぇわな。まぁいいや。最悪、親父に言えば向こうを逮捕して貰える。今回は向こうからの殴り込みだし、余裕――」
部屋の外から悲鳴が聞こえたかと思えば、顔色を真っ青に変えた同級生が駆け込んで来て。息を切らしながら後ろを指差し、次の瞬間、意識を途絶えて倒れてしまった。
倒れた男の背中には焼け焦げた跡がついており、未だ白い煙を噴いている。
倒れた男が恐れ、逃げて来た相手は恐怖をそそらせる跫音を鳴らし、ゆっくりと現れた。
部屋に入って来た頭を不意打ちで狙った男子の顔面に黒帯の正拳突きが炸裂し、壁まで吹き飛んで倒される。
「何だ、てめぇ」
「君が、西条?」
「そうだ。で、てめぇは誰――」
突如、西条の視界が奪われる。
自分の顔を覆うまで、何が起こったのか理解出来なかった。
右耳から左耳に掛けて、両目の上を一直線に刃が駆けて、両目を潰したのだとようやっと気付いた時には、もう西条の目から光は失われていた。
「てめぇ! こんな事をしてどうなるか――」
腹を抉る正拳。
蹲って下に下がった頭に対しての下段突き。
倒れた西条の右手に、西条の目から光を奪ったナイフが突き立てられる。
「クソォっ……! てめぇは誰だ! 俺を誰だと思って――」
「黙って。もう話さないで」
ナイフが踏まれ、深々と手に入っていく。
痛みに悶える西条は悲鳴を上げまいとしていたが、何も見えない恐怖に屈して声を上げた。
助けろと必死に叫ぶが、誰も助けてくれない。誰かいるのかいないのか。それとももう倒されてしまったのか。無情な暗闇が恐怖を煽り、西条に血涙を流させる。
「おい! 誰かいねぇのか?!」
「話さないでと、言ってるでしょう?」
怒気を孕んだ言霊に、前髪を引っ張り上げられ、顔を無理矢理持ち上げられる。
殺してやるとかぶっ殺すとか死ねとか、そんな言葉を投げる連中とは山ほど相対して来た西条であったが、初めて本物の殺意に体を貫かれて、何も言えなくなった。
「君、お金も権力も力も、何もかもを持ってるんだって? きっとこの件も、お父様に泣きつけば何とかなるんでしょうね? でも、いいの? 僕に手を出すって事は、今までの自分の非を認めるって事になるけれど……そうしたら、あなたもお父様も、無事じゃ済まないね。何もかも、失っちゃうね」
「た、助け……助け、て、下、さい……い、命、だけは……」
「なら、わかってるでしょう? 今回の件、誰にも離さないでくれるでしょう? ね」
逃げ出そうとしていた女子へと、ナイフが飛ぶ。
壁に突き刺さったナイフを見て、女子は失禁。その場に座り込んでしまった。
「君達も、わかってるでしょうね。今回の事は……ね?」
翌日から、西条は学校に来なくなった。
どうも昨晩通り魔に遭って、両目を抉り斬られたらしいけど――俺は嫌な予感がして、帰ってから、これから義理の妹となる彼女を部屋に引き入れた。
「有紗……違うよね? まさか、違う……よね?」
「何が?」
「だから……西条の、事……」
「うん。あの不良にも協力して貰ったの。お金もホラ、回収して来たよ。利子付けて返して貰ったから、これで好きな物買ってね?」
「そうじゃ、なくて……! そうじゃなくて……ダメだよ。こんな真似をしちゃ。危ないよ。もし、もし有紗が犯罪者にでもなったら――」
「捨てちゃうの?」
ずっとケロッとした顔をしていたのに、突如ボロボロと泣き出す有紗。
急な事で驚いてしまった俺は、胸に飛び込んで泣きじゃくる彼女を突き放す事が出来なかった。
「捨てないで……! 離さないで……! ずっと僕の隣に居て……! 僕がこれからも守るから! ずっとずっとずっと、僕が君を守るから……! お願い……僕を、離さないで」
俺は小学生の頃、公園で一人泣いていた彼女と初めて会った。
どうやら彼女の母親は彼女と父親を捨てて出て行ってしまったようで、母恋しさに泣いていた彼女を、当時の俺は励まし続けた。
初めて会った日から毎日、公園で会っては励まし続けた。その時の彼女の落ち込み方を知っているから、俺は、突き放す事が出来なかったのである。
だから俺は、義妹を強く抱き締めた。
「離さないよ。離さないから、もう、危ない事はしないでくれ……お願いだから」
「うん、うん。わかった……わかった!」
突如ベッドに押し倒される。
再び上を取られてしまった俺が見上げた時、彼女は突然服を脱ぎだして、下着姿で俺を見下ろし。
「これからも、君は僕が、ずっと、ずっと、ずっとずっとずっと、守ってあげるからね? ユゥくぅん……」
俺の唇に吸い付いて、既成事実を作られそうになったけど――今後の生活が心配になる出来事ではあった。
きっと、俺が突き放してしまわない限りは、大丈夫だと思うけれど……やっぱり、ちょっと心配だ。
Kiss×Kill 七四六明 @mumei
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