【KAC20245】噂①

ながる

メイド、聞き耳を立てる

 休みと言われても、逆に手持ち無沙汰で落ち着かない。

 ドレスの試着をするというので、出掛けるわけにもいかないし。

 館の裏手でなんとなく草むしりをしていたら、話し声が聞こえてきた。お客が帰って、一休みする前のちょっとしたお喋りタイムなのだろう。聞くとはなしに聞いていると、お客の愚痴から新しいカフェの話まで目まぐるしく話題が変わる。

 女性が集まると、どこでも同じなんだな、と笑ってしまった。私のいた組織ところは、男も女もこんな無駄なお喋りとは無縁だったけれど。


「そういえば、二階の端の部屋、雨漏りしてたよね? あれ、直したのかしら」

「修理が入った記憶はないけど……ディタ姉に聞いてみよっか」


 遠ざかる声に、手を止めて顔を上げる。

 雨漏り、かぁ。

 身の軽さを役立てられるんじゃない?

 思い立って、彼女たちの後を追うように館長のいる事務室へと向かった。

 ちょうど入れ違いでお喋りしていた女性たちが出てくる。


「ピアちゃん? 試着はもうちょっと待ってね。お客がまだ残ってて……」

「あ、それは全然いいんです。雨漏りの話を耳にしたので、よければ見て来ようかなって。屋根裏に上がれそうなところってどこですか?」

「貴女が上るの?」

「もう業者を頼んでるなら、余計なお世話ですけど……」

「それが、すっかり忘れてたのよ。そうね。じゃあ、どこか穴でも開いてやしないか見てもらおうかしら。レヴも連れて行くといいわ。身長あるから、何かには役立つでしょ」


 何故かその場でひとり紅茶を啜っていた男爵に話が振られる。


「えー……まあ、行けと言うなら行くけど……屋根裏に行くなら僕の身長は邪魔なんだけどな」

「踏み台にはちょうどいいでしょ」

「あはは。踏み台かー……って、ディタ、酷くない?!」

「働かざる者食うべからず」


 紅茶を指差されて、男爵は渋々と口をつぐんだ。




 件の部屋は、角の天井板がずらせるようになっていた。脚立を持たされていた男爵が、そこに登ってちょうど手が届くくらいの高さ。私だけでは無理だったかも。

 それでも、手をかける場所が出来れば上るのは難しくない。懸垂も微妙な男爵はちょっとだけ天井裏を覗いて「暗いね」と当たり前のことを言った。

 場所を変わってもらう。


「ピア、届かないでしょ?」

「届きますよ」


 飛びつけば。

 ちょっと勢い余って脚立が倒れた音がしたけど、苦も無く暗闇の中に身を滑り込ませる。すぐに振り返って、男爵に手を伸ばした。


「ランプください」


 すぐに火の入ったランプを渡される。館長は男爵の使いどころを熟知してるな。

 雨漏りの跡があったのは反対側の角だった。梁の上を慎重に移動する。

 隣の部屋は大丈夫というから、こちら側だと思うんだけど……

 当たりをつけた場所で、ランプを掲げてみる。うーん。

 と、ぼそぼそと潜めた声がした。隣の部屋からかな? まだお客がいたっけ?


「……パーティ…………ぶり……男爵…………噂……」


 『男爵』と聞こえて、目線は上げたまま耳だけ声に傾けた。


 ――子爵に呼びつけられたって話よ?

 ――じゃあ、やっぱりあの噂を確かめようと?

 ――さぁ……だいたい、『暗殺集団』っていうのも胡散臭くない?


 少しだけ身体が強張る。何の話だろうか。


 ――殺してモノクルを奪えば、その地位に着ける、なんて眉唾なんだし

 ――え? あれ、違うの?

 ――もちろんよ。男爵の跡を継ぐには、モノクルとヘムリグヘートの血を引くことが条件だったはず

 ――でも、彼の家系はもう彼しか……

 ――そうね。だから、どちらかといえば色仕掛けの方が、打つ手としては妥当だと思うのよねぇ

 ――……モノクルが特別製っていう話は?

 ――……そういう噂もあるわねぇ。でも、見たでしょ? なんの特徴もないものよ。言えば見せてくれるし

 ――そうなの? 不用心ねぇ。じゃあやっぱり噂は噂でしかないのかしら……


「穴は見つかった? ピア」


 すぐそばで声がして、私はちょっとだけ飛び上がった。

 私がランプを掲げて見ていた方向を男爵が窮屈そうに見上げている。


「な……な……男爵まで上がってこなくても!」

「ちょっと面白そうだったから。こういう機会はあんまりないからね!」


 娼婦たちの噂話が聞こえてしまいやしないかと、ちょっと心配になる。男爵のことだから、咎めたりはしないだろうけど……


「うーん。明かりない方がいいかも。消してごらんよ」

「え? あ。はい」


 全然穴のことなんて考えてなかった。慌てて火を消す。

 闇に包まれて、自分の心臓の音がやけにうるさく感じた。


「あ、そこ」


 慣れてきた目に、細く入り込む光の筋が見えた。ちらちらと埃が舞っている。


「応急処置しておいた方がいいよね。布を詰めて……板で塞いでおけば……おけ……おっと」


 なんだかウキウキと動き出した男爵は、狭い梁の上で、あっという間にバランスを崩したようだった。

 とっさに手を出したものの、掴んだのは腕。同じく、とっさに出たのだろう男爵の足は濡れて腐りかけてた天井板をぶち破った。


「わー! ピア、はなさないで!」

「……すみません。無理」

「そんな!」


 男爵の体格で落下するエネルギーを、この梁の上で支えきれるわけがない。

 私は掴んだ腕を早々に振り払った。


「うらぎりものぉ」


 知るか。対した怪我はしないだろう。

 派手な音がして、大きな穴が残される。

 一息ついて耳を澄ませてみたけれど、さすがにこの騒ぎでは噂話は続けられなかったようだ。


 そんなことより、この情けなくも得体の知れない男爵の周辺は、思った以上に不穏なのかもしれない。

 私はべそをかいてる男爵を見下ろしながら、渋々ながらも掴んだその手を離すべきかわずかに悩み、結局、小さなため息ひとつでそれを否定した。

 はなさないでいてあげる。私にも利があるうちは。




*噂① おわり*

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