手塩にかける理由
三鹿ショート
手塩にかける理由
最初は、彼女が気の毒だと思っていたはずである。
隣室から聞こえてくるものは、口論や物を投げる音ばかりで、静かな時間などほとんど存在していなかった。
そして、そのような音が聞こえ始めると、彼女は必ず、隣室の扉の前で膝を抱えていた。
傷だらけの状態で身を震わせるその姿を見た私は、彼女に手招きした。
疚しさなど存在していない。
喧嘩をする両親に怯える彼女の精神状態を、少しでも良いものにしようと考えていただけである。
最初は警戒していた彼女も、やがては両親が喧嘩をしていなかったとしても、私の部屋を訪れるようになり、笑顔を見せることも多くなった。
相変わらず、彼女の両親は喧嘩ばかりをしていたが、以前よりも彼女が怯えるような様子を見せることは、減っていたのである。
意外なことだが、私と彼女の関係は、彼女が成長してからも続いた。
年頃の彼女ならば、私のような外見の人間を避けるだろうとは思っていたのだが、彼女は態度を変えることなく、私との時間を過ごしていた。
そのような姿を見たためか、何時しか私は、彼女に対して下心を持つようになってしまった。
異性から煙たがられる私にとって、彼女のような美しい人間と親しくなることなど考えられなかったからである。
これまでの私の行為から、彼女が私に対して恩を感じていることが考えられるために、恩返しとして一度だけ肉体関係を持つことを望んだとしても、彼女が受け入れてくれる可能性は高いだろう。
そのことに気が付いてから、私は彼女に対して、これまでよりもさらに親切にするようにした。
彼女と繋がっている姿を想像しながら、私は彼女との時間を過ごしていく。
彼女に手を差し伸べた過去の自分に、今日ほど感謝をしたことはない。
だが、過去の自分が今の私を見れば、間違いなく嫌悪するだろう。
***
放心状態とも言うことができる彼女に覆い被さりながら、私は腰を動かしていた。
何故、このような状況と化したのか。
それは、彼女が恋人と共にこの土地を離れると告げてきたことが理由だった。
彼女は涙を流しながら私に感謝の言葉を吐いたのだが、私は気が気でなかった。
今を逃せば、彼女と繋がる機会が訪れることは無くなってしまうに違いない。
ゆえに、私は一度だけ、身体を重ねたいと告げたのである。
これまでの恩を考えれば一度くらいは構わないだろうと口を動かす私に対して、彼女は引きつった表情を浮かべていた。
それは、これまで異性が私に向けてきたものと、同じ種類のものだった。
その瞬間、私の中で、何かが弾けた。
私は彼女を押し倒すと、片手で彼女の口を塞ぎながら、もう片方の手で、彼女の衣服を剥いでいく。
目を見開く彼女に構わず、私はその柔肌に舌を這わせ、異性というものを初めて味わった。
それからは、無我夢中だった。
やがて私が満足したときには、彼女の動きが停止していた。
生命活動が終焉を迎えたわけではなく、あまりの現実に、意識を失ってしまったらしい。
その隙にと、私は彼女がこの部屋から逃げ出すことができないようにするために、彼女の肉体を拘束することにした。
それからも、私は彼女の意識が戻る度に、身体を重ねた。
彼女は必死に声を抑えようとしていたが、その反応が、私の快楽を強化することになっていることに、気が付いていないようだった。
***
箍が外れた私は、毎日のように彼女と身体を重ねた。
今では何の反応も示すことがなくなったために、彼女はまるで人形のような状態と化していたが、それでも、私が感ずる快楽に変化は無い。
***
彼女との行為を終え、水分を補給していたところで、私はふと、棚の上に置いてあったものに目を留めた。
それは、幼かった彼女が日頃の感謝を伝えるために私に贈ってくれた手紙だった。
両親の喧嘩に怯えていた自分に手を差し伸べてくれただけでなく、友人が存在していない己が孤独を覚えることがないように遊んでくれたことに対する感謝の言葉が、其処には書かれていたのである。
久方ぶりにその手紙を読んだことで、私は自分がどれだけ愚かな行為に及んでいるのかということに気が付いた。
何故、親切が下心へと変化してしまったのだろうか。
私は、自分のことを信頼してくれていた存在を、裏切ったのである。
先ほどまでの彼女に対する仕打ちが嘘だったかのように、私は罪悪感に押し潰されそうになった。
頭を抱え、声にならない声を漏らしながら、私はその場で嘔吐した。
荒い呼吸のまま、私は然るべき機関に通報すると、彼女の拘束を解いた。
手遅れだが、それでも私は、彼女に対して謝罪の言葉を吐いた。
しかし、彼女が反応を示すことはなかった。
手塩にかける理由 三鹿ショート @mijikashort
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