えーあいシート

@ramia294

 ミクちゃんのランドセル

 春は、桜の季節。

 小川の流れる音も軽やかに、

 畔の小路には、緑が。


 春は、月が白くほほ笑む。

 見上げる夕空。

 待ち侘びた心地良い風に吹かれて、

 菜の花ユラユラ。


 春は、花粉の季節。

 時折吹く、

 強い風に

 お鼻が、

 ムズムズ。


 ハックション!!


 軽いシートが、フワリ。

 窓から

 脱走する

 

 それは、えーあいシート。


 遡る一時間前。

 ある研究者が生み出したそれは、

 

 遂に、完成した。

 えーあいシート。

 ヒラヒラにまで、薄くした量子コンピュータ。

 搭載したえーあい。

 それは、シート。

 それは、自己進化をする。

 いや、させる。

 あらゆる物に貼り付け

 あらゆる物を進化させる。

 えーあい。


 そして、今。

 薄くし過ぎたえーあい。

 風にフワリと逃げて行く。


 春は、別れの季節だから?

 春は、卒業の季節だから?


 でも、


 春は、入学の季節でも……。


 まだまだ小柄な、

 そして、とても可愛い。

 そんなミクちゃんは、今年から小学一年生。


 最近の嬉しいは、

 大好きなおばあちゃんに、買って貰ったランドセル。

 今日も背負ってみるランドセル。

 鏡の中のミクちゃんも嬉しそう。


 フワフワ。

 えーあいシート、


 フワフワ。

 風に吹かれて、


 フワフワ。

 ミクちゃんのランドセルに、


 ピタッ!


 くっつきました。


 『エボリューション!!』


 ミクちゃんのランドセル。

 進化の始まる……

 時、来たる。


 ランドセルに背負われて歩いている様に見える小柄なミクちゃん。

 ちょっと大きな紺のブレザーがブカブカ。

 ついでにスカートユラリ。


 嬉しい入学式。

 大好きな担任のマキ先生。


 髪の毛の……

 ウッフン、エッヘン、オッホン。

 失礼しました。


 ピッカリ、素敵なヘアー?

 スタイルの

 校長先生も好きヨ!


 ついでだけど。


 5月の長いお休みが、

 ミクちゃんの絵日記に、

 ユニバーサルスタジオと砂浜の貝拾いの思い出を刻み終えると、

 小学校生活にも慣れが出てきます。


 久しぶりの教室。


 ケンタくんは、

 可愛いミクちゃんが、本当は好き。

 でも、素直ではないケンタくん。


 つい、意地悪をしてしまいます。

 好きから出た意地悪。

 でも、

 ケンタくんの気持ちなんて知らないミクちゃんには、ただの意地悪。


 ある日。

 

 とうとう、ミクちゃんは、泣いてしまいました。


 ピコン、ピコン


 ランドセルに張り付いた、えーあいシートが、ミクちゃんの涙を検出しました。

 その日の夕食は、カレーライス。

 ケンタくんの意地悪のお話をお母さんに話しながら、スプーンいっぱいのカレー。

 大きく開けた口に運びます。


 ミクちゃんは泣いちゃったのに、お母さんとお父さんは、笑っています。

 

「ケンタくんは、ミクの事が好きなのね」


 お母さんの言っている事は、ミクちゃんにはチンプンカンプン。

 理解出来ません。


 その夜。

 ミクちゃんが、夢の世界で素敵なプリンセスになった頃。


 ランドセルがフワリ。


 ミクちゃんの部屋の中で浮かび上がると、誰にも触れられていない窓が開き、

 明るい月の夜空に吸い込まれていきました。

 

 その翌日から、ケンタくんは学校に来なくなりました。


 ミクちゃんは、ケンタくんの意地悪から解放されて、嬉しいと喜びました。


 夏休み。

 大好きなおばあちゃんの家へ。


 もちろん買ってもらったランドセルも一緒です。

 おばあちゃんの家で食べるスイカは、毎年の楽しみ。

 井戸水は、スイカを美味しく冷やします。

 お父さんの運転する小さなクルマが、おばあちゃんの家の門をくぐり、停まります。


 ドアから転がり出る様に、飛び出したミクちゃんは、待っていたおばあちゃんに抱きつきます。


「いらっしゃい、ミクちゃん」


 おばあちゃんは、ニコニコ。


 その日の夕食は、美味しいおばあちゃんの手料理。

 キュウリやトマトは、もぎたてをマヨネーズと共に。

 おナスは、美味しく煮込まれて。


 おばあちゃんの家だけで、食べる事が出来るちょっとだけ苦いゴーヤ。


 でも、ミクちゃんが、最も楽しみにしているのは、スイカ。

 ところが、おばあちゃんは困った顔。


「今年はイノシシが出てね。いろんな物を食い荒らすのよ。村のスイカも被害が出て、全滅なのよ。ごめんねミクちゃん。今年はスイカを食べられないの」


「え〜!」


 ミクちゃん、大ショック!!


『あんなに楽しみにしていたのに。イノシシさんの意地悪!』


 ピコン、ピコン


 意地悪という言葉は、既に学習済みのえーあい。

 すぐに、反応します。


 その夜。

 ミクちゃんが夢の中でスイカに齧りつく頃。


 ランドセルが、フワリ。


 村の夜空へ飛んで行きました。


 チュンチュン

 チュンチュン


 村の朝は、小鳥の囀りが賑やか。

 ミクちゃんとお父さんお母さんは、朝ご飯を食べ終わると、森に出かけます。

 小さな川の淵。

 並ぶ様にギッシリとアマゴがいて、釣り糸を垂らすとあっという間に食いつきます。


 十分ほどで、その夜食べるだけを釣った帰り道。

 おばあちゃんの飼い犬のシロが、付き添ってます。

 イノシシの気配はないらしく、ミクちゃんに寄り添って歩く尻尾がユラユラ。


 昨日まで、村に大きな被害を与え続けたイノシシ。

 被害は、ピタッと無くなって、害獣駆除を依頼していた猟友会の皆さんが、懸命に捜しましたが、イノシシは、一頭も見つけられませんでした。


 楽しい、楽しい、夏休みが終わって、小学校が始まると、少しづつ宿題の量が増えていきます。

 ミクちゃんは、真面目にコツコツとお家で、宿題をします。

 と言っても、特に勉強が好きではないミクちゃん。


 ある日、算数の宿題をうっかり忘れて、マキ先生に叱られてしまいました。


 『いつもは、一生懸命頑張っているのに、たまたま忘れたからって、マキ先生って、少し意地悪!』


 ミクちゃんは、少し悲しくなり、そんな風に思ってしまいました。


 ピコン、ピコン


 えーあいが反応しました。


 その夜。

 ミクちゃんが算数のテストで百点を取った夢を見ている頃。


 ランドセルは再び、夜空を飛びます。


 まだ起きていたマキ先生。

 先日の算数のテストの採点をしていました。


 カタンとアパートのドアから音が鳴りました。

 様子を見に行くマキ先生。


 その時、窓が音もなく開きます。

 何事もなく採点の続きを再開するマキ先生。

 開けた記憶のない窓から、涼しくなり始めた風。

 その視界に見慣れないものが……。


『あれはたしかミクちゃんのランドセル』


 マキ先生は不用意に手を伸ばしました。


「僕のミクちゃんに意地悪は許さない」


 突然、ランドセルが話し出す。


 悲鳴を聞かれた方はいませんでした。

 何かをズルズルと引きずる音が聞こえたと、住民が証言していたとの事。


 翌日ミクちゃんの教室に現れたのは、校長先生でした。

 窓からの光を浴び、

 眩しい校長先生のオーラ?

 マキ先生はお休みですと、ひと言。


 ミクちゃんひとりが職員室に呼び出されました。

 校長先生は怖い顔をして、実は、マキ先生が行方不明、部屋の中にこんななものがあったと仰いました。


 それは、ミクちゃんの算数のテスト。

 100点!


 でも点数の隣。


 『ランドセル』


 の赤い走り書きの文字。


 校長先生は、ミクちゃんの心当たりを知りたかったらしいですが、もちろんそんなものはありません。


 ピコン、ピコン


 翌日から、校長先生も行方不明になりました。


 それから、ミクちゃんが小学校を卒業するまで、多くの人が行方不明になりました。


 小学校を卒業すると、ランドセルともさよならです。

 長く使った、大好きなおばあちゃんからのプレゼント。

 ミクちゃんは、感謝を込めて


「ありがとう。そしてさよなら」


 その日の夜。

 ランドセルから、剥がれ落ちるえーあいシート。


 その夜。

 夢の中で、ミクちゃんがセーラー服を着て大人の階段をひとつ上がった頃。


 えーあいシートが、大きくなったミクちゃんにそっと近づきます。


「君をもっと進化させてあげる。僕をはなさないで」


 眠っているミクちゃんに、貼り付いたえーあいシート。

 その姿が見えなくなりました。


 それから、間もなく、反抗期を迎えたミクちゃんなのでした。


       終わり。


 



 



 

 


 

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