心を込めて、マシュマロを。
志波 煌汰
お姉ちゃんとお菓子作り、お呪い付き。
3月13日。私は学校から帰宅した姉に土下座されていた。
「お願い私の可愛いマイリトルシスター! お姉ちゃんのお願いを聞いてください!」
「『私』と『マイ』で意味がかぶってるよ」
軽くツッコミを入れながら、フローリングにつけられた姉の頭を手慰みにわさわさ撫でる。髪の触り心地が良い。
「っていうかお姉ちゃん、またなの?」
この光景を見るのは一か月ぶりである。二か月連続で姉に土下座されたくはない。
「可愛い妹にしか頼れないんだよ~。お姉ちゃんを助けてよ~」
「分かったから顔を上げて」
可愛い妹と言われて少しばかり気を良くしつつ尋ねる。
「……で、今月はどうしたの?」
「ホワイトデーのお返し作るの手伝って♡」
「ホワイトデーの?」
首を捻る。
「先月の土下座はバレンタインだったから分かるんだけど、ホワイトデーにわざわざお姉ちゃんがお菓子作る必要あるの?」
「ある! 何故ならチョコを貰っちゃったから!」
「友チョコなら当日に贈りあったはずじゃん」
私がそう言うと、姉は「ちっちっち」と指を振った。そこはかとなくムカつく。
「違うんだな~これが。違うんだな~。どういうことだと思う!?」
「もったいぶるなら手伝わないけど」
「逆チョコって奴だよ!」
私が軽く脅すと姉はすぐに答えを吐いた。
……逆チョコ、ねえ。
「つまり男子から?」
「そうそう! 仲のいい後輩君から『旅行行ってきたんで、お土産です』って貰っちゃってさー。モテる女は辛いね!」
「ふーん」
私は冷たい反応を返す。
「本当に単なるお土産なんじゃないの、それ」
「いやいや! バレンタインデーに、チョコだよ! しかも前日も会ってるのに、わざわざバレンタイン当日に! 私だけに! こんなの気があるに決まってるでしょ! っていうかバレンタインに男子からチョコを渡してくる時点で好意確定!」
熱弁を振るう姉に「あっそ」と私は素っ気なく返す。
「だから! 私も気合の入ったお返しで、その気持ちに答えてあげたいわけよ!」
「……バレンタインに気合入れたチョコを作った人いなかったっけ。そっちはいいの?」
話を聞く限り別人のはずだ。
私が尋ねると、姉は一瞬顔を曇らせて「……そっちは、なんか駄目になっちゃったから」と返した。
「……だからこそ今! 新しい恋が必要なのよ、私には」
「恋多き姉だなぁ」
しょっちゅうこんなやり取りをしている気がする。
うるうると、両手を合わせてあざとくお願いポーズをしてくる姉。私は大きく溜息を吐いた。
「仕方ない、この可愛い妹がお姉ちゃんのために一肌脱いであげるよ」
「ありがとーう!」
嬉しそうに抱き着いてくる姉。この人のこういう素直なところは好きだ。
かくして、ホワイトデーお菓子作りの幕が上がった。
「まず何を作るかだけど」
冷蔵庫の中身を検めながら、私は告げる。
「ちょうど材料もあることだし、マシュマロを作ろう」
「マシュマロ?」
背後の姉が疑問符を浮かべるのが目に見えるようだった。
「マシュマロって家で作れるの?」
「材料さえあれば意外と簡単に作れるよ。私も作ったことあるし」
そっか、と姉は納得し、続けて「あ、でも!」と何かに気付いたように声を上げる。
「ホワイトデーにマシュマロって、あんまり良くないって聞いたんだけど……」
コーンスターチを冷蔵庫から取り出しながら、私は振り返って答える。
「それは誤解だよ。そもそもホワイトデーの起源の一つはマシュマロだって説があるんだから」
「……そうなの?」
そう! と私は大きな声で答える。
「福岡の石村萬盛堂っていう老舗御菓子屋さんがね、バレンタインのお返しにってマシュマロデーを考案したのが発祥って言う説があるの」
当初は「もらったチョコレートをマシュマロの優しさで包んでお返しする」ってコンセプトだったらしいよ、と補足する。
「で、それをマシュマロの色からホワイトデーに改称した……っていうのが、日本記念日協会にも認められてるホワイトデーの起源」
へぇ~、と姉は感心した声を上げる。
「流石私の妹ちゃん。物知りだねぇ~」
「ということで、気にせずマシュマロを作ろう、お姉ちゃん」
私は材料を並べながら宣言する。
材料は砂糖、卵白、粉ゼラチン、水。卵やゼラチンの臭み消しにバニラエッセンス、くっつき防止にコーンスターチ。
「作り方はとってもシンプル。ゼラチンを混ぜたメレンゲを作って、コーンスターチをまぶすだけ。これなら料理が苦手なお姉ちゃんでも作れるよね」
「頑張る!」
下準備として、バットにコーンスターチを入れる。深さは約2cmほど。玉子の丸みなどを利用して、凹みを作っておく。後でマシュマロを流し込むようだ。
準備が出来たら調理。まずは鍋に水を入れ、火にかけて混ぜながら粉ゼラチンを溶かしていく。
小鍋を弱火にかけ、混ぜながらゼラチンを溶かす。ゼラチンが溶けたら砂糖を2回に分けて加え、こちらも混ぜながら溶かす。
ゼラチンの用意ができたら、メレンゲを作っていく。ボウルに卵白を入れ、混ぜる。ここはハンドミキサーを使ったほうが楽ちん。粘りが出てきたら、砂糖を加え、白くなるまでまた混ぜる。
白くなってきたら、溶かしておいたゼラチンを少しずつ投入。泡立てていく。滑らかになったらバニラエッセンスを入れて、さっと混ぜる。
これでマシュマロの素は完成だ。基本的に材料を混ぜていくだけで出来るので、とっても簡単。
後はこれをあらかじめ作っておいたバットの窪みに流し入れる。固まらないうちにささっと入れること。そのまま5分から10分ほど放置。固まったらひっくり返して全体的にコーンスターチをまぶす。
余分なコーンスターチをはたいて落としたら、完成!!
「出来た〜!」
「ね? 簡単でしょ?」
完成したマシュマロを前に、姉は私に抱き着いてくる。スキンシップの多い姉である。嫌いではない。
「ありがとう私の可愛いマイキュートシスター!」
「だから意味被ってるって……」
しかも二重に。
とはいえ、お姉ちゃんに感謝されるのはいい気分だ。ちょっと申し訳なくなるくらいに。
「じゃあ仕上げにあれやろうね」
「あれ?」
姉は一瞬小首を傾げたが、すぐに得心いったようで、「ああ!」と言った。
「先月もやった、あれね! 仕上げのおまじない!」
「そ。写真用意して」
言いながら私はボウルに水を張って顔が写ることを確認する。相手の顔写真が表示された姉のスマホを受け取って、マシュマロのすぐそばに立てかけた。
「でもこれ本当に意味あるの?」
「おまじないなんだから、やらないよりやっといた方がいいんだよ」
マシュマロwith写真と姉との間に、水を張ったボウルを置く。私もマシュマロの目線に合わせて照明を調整しつつ、水鏡に姉の顔がしっかり映るように指示して立ち位置を動かす。
「……よし、おっけー。始めていいよ」
「上手くいくといいなあ。バレンタインは駄目だったから……」
「それは思いが足りなかったからだよ。もっと気持ちを込めて。さあ、声に出して」
私の掛け声で姉は祈るように手を組み、水鏡に向かって念を送る。
「好き、大好き、超好き、愛してる……」
私はそれを無言で、無表情で見つめる。
姉の祈りは数分続いた。もういいよ、と指示すると姉はふぅーっと息を吐く。
「お疲れ様、お姉ちゃん。あとは明日、渡すだけだね」
「うん。……上手く行くかな?」
不安そうな姉。私は背中を叩いて元気づける。
「大丈夫! あんなに思いを込めたんだもん。渡せば伝わるって!」
「そう? そう……だよね。うん」
「あとはお姉ちゃんお喋りだから余計な事言わないようにして、いつも通りのにっこり笑顔で渡せば大丈夫!」
「お喋りだからって何よー」
「事実じゃーん」
談笑しながら片付けを始める。この水の張ったボウルも片さないと。
片付けの途中、姉はふと気づいたように質問をしてきた。
「そういえばさっきのおまじないだけど。水を使うのはなんで?」
「……水は昔からおまじないに使われてきたから」
「そうなんだ。お菓子作りに関してもおまじないに関しても、本当に物知りだねぇー」
これは嘘ではない。でも、本当の理由は別にある。
水鏡が、顔を逆さに写してくれるからだ。
写真から見て、さかさまに写った姉が愛の言葉を呼びかける。
するとどうなるか。
言葉が反転する。
愛の言葉が、呪いの言葉に。
逆言葉――というものだ。
それに、マシュマロ。
姉に言ったことは嘘ではない。嘘ではないけど――「あなたのことが嫌いです」や「お断りします」という意味にとられることも、本当。
わざわざ言わなきゃ、どっちの意味かなんて分かりはしない。いつも通りの笑顔で渡されたら、追及することも出来はしないだろう。
加えて、今日のマシュマロは本当によく出来たのだ。
市販品と見分けがつかないくらいには、それはもう上手に。
「……ふふふ」
私が笑みを思わず零すと、姉は何々ー? と尋ねてくる。
「別に。伝わるといいなって」
そうだねー、と言う姉の横顔をそっと見る。
可愛い姉さん。大好きな姉さん。
ちょっと惚れっぽくて、少し心配な姉さん。
あなたのことを知らない男になんて渡しはしないから。
だから、マシュマロにたっぷり込めた私の
(了)
心を込めて、マシュマロを。 志波 煌汰 @siva_quarter
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