その手をはなさないで

ゆる弥

どうしてこうなっちゃったの?

「離せよ! 金払えばいいんだろ!」


 目の前にいる金髪の十代後半の青年が俺の手を振り払う。


 こういう奴は抵抗したらどうなるか分かっていない。ちゃんと学ぶしかないのだろうと思うが、俺も連行は心苦しい。


「そういう問題でもない。落ち着くんだ」


「うるせえ!」


 俺を突き飛ばす。これは仕方がない。

 腕をひねりあげて体を机へと押し付ける。


「離せよ!」


「公務執行妨害で連行する」


 応援を呼び、抵抗する青年をパトカーに無理矢理乗せて署へと連行する。


 パトカーに乗せられて少しは大人しくなったようだ。これからは署に戻って親を呼ぶしかない。この年代だとそうなるかなぁ。



 署へと戻ると取調室へと通す。


「まぁ、座りなよ」


「……」


 無言を貫くってか。

 まぁ、話したくはないだろうしな。

 けど、そうなると長期戦になるぞぉ。


「親御さんに連絡するから電話番号書いて。ちなみに、書かないと帰れないからそのつもりでな?」


 金髪の青年は口をムッとさせた。


 二時間くらい粘った頃だろうか。


「しょんべん」


「書いたらな」


 これは根気比べだ。

 少し卑怯だけど、こういう手も使う。


「チッ!」


 舌打ちをして番号を書いた。

 署の電話から番号に繋ぐ。


 電話には女性が出た。

 母親だと思われる。

 要件を言うと慌てていて、すぐに来るという。


「トイレに案内する」


 青年は俺を睨みながらついてくる。

 こういう時に青年が考えることはよく読める。


 署のトイレには窓があるが、俺は用を足してる間も後ろにいるため逃げられない。その後手を洗うとある行動に出ると思われる。


 手を洗い終わると。

 思った通り、青年は走り出した。


 初動で気がついた俺はズボンを掴んだ。

 勢いで「ウッ!」と呻き声をあげる青年。

 金髪が乱れている。


「だいたい考えていることは分かる」


「くそっ! 離せ!」


 廊下で慌ただしくやっていると視界に誰かが入ってきた。


「こうた!」


 慌てていたのだろう。髪は乱れて、少し疲れた様子の四十代くらいの女性が小走りでやってきた。


 ──パシンッ

 母親は青年の頬をぶった。


「どうして? どうしてこうなっちゃったの?」


 母親は涙を浮かべて青年の前で跪き、顔を覆って泣き出した。青年はただ母親を見つめるだけ。


「お母さん、ちょっと中でお話しませんか?」


「申し訳ありませんでした! よく言って聞かせます!」


「まぁ、落ち着いて。どうぞ」


 中へと通すとイスを一つ出して青年の隣に並べた。促すと涙を流しながら座る。


「息子さんが、なんで捕まったのかですが、今回は万引きです。窃盗罪」


「申し訳ありませんでした! お金を払えばいいんですか!? いくらでしょう? 手持ちで間に合うか……借りてでもお支払いします! だから、どうか罪には……」


「お母さん、今日誕生日だったりしますか?」


 青年は目を見開いている。

 母親も目を見張ってキョトンとした。


「そうですけど……なんで?」


「息子さんが盗んだのはこれです」


 ショートケーキが二つ入っている商品を出す。


「お祝い……したかったんじゃないですかね?」


「だからって!」


「そうですね。盗んでいいことにはならない。でも、その気持ちはくんであげてください。学校には?」


「退学させられました。髪を黒くしてこないからと……」


 そんな事で。まったく、学校は昔と何も変わっていない。


「こうたくんだったね? 働いてみないか?」


「どこも断られた」


 ようやく口を開いてくれた。


「俺の知り合いの町工場があってね。人を欲しがっているんだ。寡黙な店主だけど、人を見た目で判断しないよ?」


「いいのかそんなことして? あんた警察だろ?」


「そうだ。だから仕事を紹介してはダメという訳ではない。どうだ?」


「……いく」


「よし。また連絡する」


 俺は昔に、こうやって手を離さいで居てくれた人がいたから、今がある。自分がされたように、救いの手をのばしてあげたい。


「お母さん、家庭の事情は分かりませんが、こうたくんの手を離さないであげてください。愛情を注いであげてください。信じてあげてください。そうすれば、必ず、こうたくんは応えてくれます」


 俺もそうだったように。


「はい。有難う御座います」


 母親は深く頭を下げた。


 出口へと案内して見送る。

 手を振るとこうたも頭を下げて去っていった。


「なんだぁ? やたらと肩入れしてたな? 昔を思い出したのか? たしかに、お前に似てたな」


「山さん! 俺は、山さんが手を差し伸べてくれたから今があります! こうたはきっと、俺と同じです。だから……」


 きっと、こうたも大丈夫。

 俺が出した手を掴んでくれたから。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

その手をはなさないで ゆる弥 @yuruya

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ