仲良し兄妹の悪巧み

みどり

お茶会

久しぶりに城に戻ったシルビアは、マリアと話をしていた。マリアはシルビアが生まれた時から付いていてくれた侍女で、シルビアが結婚してからもついて来てくれた。


ガンツと二人暮らしをしたいと望むシルビアと、適当に暮らしていたガンツにビシビシ家事を教え込んだ。


マリアはあくまでも王家に雇われた使用人。退職する前に城に戻り、仕事を引き継ぎ、仲間に挨拶をする。城に戻る時に別れの挨拶を済ませていたシルビアは、予想以上に早くマリアと再会できて喜んだ。


「こんなに早くマリアと会えるなんて思わなかったわ」


「フィリップ様のお心遣いに感謝しなくてはいけませんね」


「お兄様に?」


「私は本日が最終日です。おそらく、私と姫様を引き合わせようとなさったのでしょう。相変わらず、まわりくどい事をなさるお方ですわ」


マリアとシルビアは、可笑しそうに笑い合った。シルビアの兄フィリップがここにいたら、顔を真っ赤にしてそっぽを向いてしまうだろう。


「お兄様とまた仲良くなれて良かったわ」


「本当に良かったです。どうか、末永く仲良くして下さい。2人だけのご兄妹なのですから。私からの最後のお説教でございます」


「最後なんて言わないで。遊びに行くから引越し先が決まったら知らせてちょうだい」


「まぁまぁ、姫様は甘えん坊ですこと。姫様なら魔法でひとっ飛びですものね。分かりました。いつでもお待ちしておりますわ。そうだ、こちらは私からの贈り物です。シルビア様の手にささくれが出来たとガンツ様が気にしておられましたので、きちんとケアして下さいね」


「ささくれ?」


「ええ、ここに」


「全く気が付いてなかったわ。こんなの、ちょっとだけなのに……」


「血は出ておりませんし、痛みがなければ気が付かないですよ」


「そ、そうよね!」


シルビアは改めて自身の手を眺めた。城にいた頃は侍女達が勝手にケアをしてくれていた。ガンツと結婚してからも、マリアが口うるさく言うので毎日全身のケアをしていた。


しかし、引っ越してマリアがいなくなってからはついついケアを忘れる日も増えていた。


シルビアは美容に無頓着な、めんどくさがりやなのだ。


「元が良いからとケアを怠ればあっという間に衰えてしまいますよ。大事な旦那様を繋ぎ止めたければ、少し頑張りましょうね」


「実はちょっと、髪も荒れてきたのよね」


「あら、本当ですわ。姫様! もっとしっかりなさいませ!」


「うー……ごめんなさい。このままじゃガンツ様に嫌われちゃう?」


「それはあり得ませんわ。あの方は姫様の変化に敏感ですが、見た目を気にしたりはなさいません。体型が変わろうが、肌が荒れようが、変わらず姫様を大事にしますわ」


「そうよね! なら……」


「ですが、それはそれ。これはこれです。身だしなみを整える余裕がないならともかく、姫様は怠けているだけですわ! 若さはいつまでも続かないのです! いまこの瞬間が一番若いのですよ!」


「歳を重ねたマリアの言葉は重みがあるなぁ。シルビア、年長者のアドバイスは聞いた方が良いよ」


シルビアの兄フィリップが、シルビアの好物のクッキーを持って来た。最後に3人でお茶をしようとマリアを誘う。


シルビアは頬を膨らませながら、兄に訴えた。


「お兄様! マリアが怖いんですの!」


「姫様が怠けるからいけないのです」


「シルビアに厳しい意見を言ってくれるのはマリアだけなんだから、ちゃんと聞いておきなさい」


「お兄様だって厳しいです」


「いえ、フィリップ様はとてもとても姫様に甘いですわ」


「そうだね。何度マリアに叱られたことか」


「うー……お兄様の意地悪……」


「意地悪で結構。マリアがいなくなった途端ぐうたらする妹を正しく導かないといけないんだ。ガンツは素晴らしい男だが、シルビアに甘いからな」


「やっぱり城は息苦しいですわ」


「なら、マリアの引越しを手伝え。マリア、シルビアをこき使って構わない」


「……お兄様、まさか……」


フィリップが唇に人差し指を当てて、内緒だとアピールした。兄に間者が付いていると分かったシルビアは笑顔でお茶を飲みながら、魔法で間者を監視し始めた。


間者はたったひとり。これならいけると考えたシルビアは、防音の結界を張る。


シルビアの目を見たフィリップが魔法で偽の会話を部屋に流しはじめた。昔話をするだけの機密情報は何ひとつない状況に、間者が欠伸をする。


「お兄様、もう話しても大丈夫ですわ。天井のお客様は居眠りをなさっておられます」


「相変わらず、おふたりの魔法はお見事ですね」


「俺はシルビアみたいな攻撃魔法は使えないよ」


「わたくしはお兄様のように繊細な補助魔法が使えませんわ」


「あらあら、仲の良いご兄妹ですこと」


「うるさい。揶揄うな。本題に入るぞ。マリアの引越しは、ただの移住じゃない。仕事だ。シルビアは今後、マリアの指揮下に入ってもらう。いいか、シルビアはもう姫様じゃない。ちゃんと上司の指示に従えよ。でないと、ガンツにあの時の話をするぞ」


「ひっ!」


「い い な ?」


「分かりました……!」


兄がシルビアを言い負かす様は、しっかり間者に見られていた。


次の日、シルビアはマリアと共に国を出た。間者は、強いと噂の姫よりも兄の方が強いから兄を警戒するべきだと報告した。姫は強さはあるが侍女と離れられない甘い人間だと報告された。


それらが全て、優秀な王太子の思惑通りだと知る者はいなかった。

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