幼馴染みに抱きしめられて

雪車町地蔵

はなさないで、はなさないで

 最推しの彼が死んだ。

 調味料をモチーフにしたソシャゲの男性アイドルの話だ。


「いい加減立ち直れよ、ゲームのキャラだろ?」


 泣きわめいて七転八倒する私に、幼馴染み君はたいそう冷ややかな視線を向けてくる。

 なにが、ゲームのキャラだろ? だ。

 すかしやがって。

 あんただってハリウッド映画とかでヒロインが主人公庇って死んだら泣くだろ。


「いや……泣かないが? おまえ、創作と現実の区別が付かない人?」


 こいつ、ご高説を垂れる気でいやがる。

 幼い頃から一緒に育ってきた幼馴染みの可愛い娘がこれだけ悲しみ、悼み、のたうち回って愛別離苦を味わっているのだから、真っ当な神経があれば慰めるのが当然ではないか。

 よしんばそこで現実を突きつけてくるとか、鬼? 鬼畜? 前世は地獄の獄卒か何かで?


「前世とか信じてるの? スピリチュアルじゃん」


 一言一句反証しないと気が済まないのかよ、冷血クソ野郎。

 一言多いんだよ、いいから慰めろよー!


「うわっ、めんど」


 そうです、推しへの愛が重い極大感情面倒女、それが私です。

 理解できたか唐変木。


「おまえが本気で嘆いてるのは……解った。飲み込むし理解する。で、俺にどうして欲しいんだ?」


 だから、何度も言っているとおり慰めて――


「かわいそうだねなんて言ったら、おまえ、キレるだろ」


 ……解ってるな、さすが竹馬の友。

 そうだ、私は慰めて欲しいが、哀れんで欲しいわけじゃない。

 じゃあどうして欲しいのかと言えば。

 共有、してほしいのだ。


「感情を?」


 大切なものを、喪うということを。


「いまいちピンとこない。俺の家族、存命だし。タロ吉もまだまだ元気だし」


 たしかにあの犬タロ吉はピンピンしてる。

 今年で十五才だっけ?

 物心ついたときには一緒だったからな、めっちゃ長生きだわ……。


 なら、想像して。

 たとえば。


 私が死んだら、どう思う?


「怒る」


 なんでだよ。


「その話題を出したことに怒っている。現実の人間の死を軽率に語るのはかん」


 ……じゃあ、それでいいよ。

 それがいま、私の感じている痛みと同じようなもの。

 今後推しキャラが視界に入るたび、その名前を聞くたびに、私はずっと心がしくしくする。


 なんで死んじゃったんだって思うし。

 軽率に殺したゲームの制作者を怨むし。

 だからこそ……心に刻まれて消えなくなる。

 忘れられなくなるんだ、永遠に。

 脳みそのCPU処理、全部彼に占有されるわけ。


「……理解はする」


 納得は出来ない?

 そうかもね。あんたにとっては所詮虚構の話だ。

 真っ当な人間なら、明日には笑顔で笑ってる。

 生物的に人間のメンタルはタフだし、自己修復機能だって付いてるから。

 でも、私は、彼を本気で。


「大事だったんだな」


 そう。そうだよ。めちゃくちゃ大事だった。

 好きで、愛して、恋い焦がれて。

 だから今、心がすごく軽い。

 胸の真ん中に穴が開いちゃってさ、一番大事だったもの、それがなんにもなくなって、空恐ろしいほど……軽いんだ。


「あるだろ、ゲーム以外のことも」


 他のこと忘れちゃうぐらい痛いので。


「……ムカつく」


 なに? また怒ってるの? 今度は何に?


「おまえ、いま俺のことも見えてないって言ってるようなもんじゃん」


 それは――


「俺はここに居る」


 ……幼馴染みとはいえ、いきなり抱きついてくるのはライン越えじゃない?


「ちゃんと俺を見ろ」


 無理。

 私は彼のことで精一杯。

 だから、もしもまだ変なことを言うなら。


「いなくなったりしないよ、おまえの前から、俺は」


 それ以上、話さないで。

 余計なこと、言わないで。

 でないと、私も怒っちゃうし。


「怒っていいよ。でも、おまえがいなくなるのは嫌だ。家族を喪うなんて……そもそも体験したいものじゃない」


 あのさ、痛いよ。

 心とかじゃなくて、物理的に骨格が。

 ギシギシ軋んでるんだけどこの華奢で可憐な乙女の肉体が。

 いやマジ、力が強すぎるし、いろいろ重すぎる。

 極大感情ぶつけられても、反応に困るって。


「それが、おまえから俺が感じてたことだ。ずっとな」


 ほんと、いちいち余計なことを言う。

 あー、マジでさー、もう無理だよこれ。


「……本気で嫌がってるなら、やめる」


 朴念仁、ガチでクソ野郎。

 相手から言わせるとか、なんらかのドS思考サディズムシンキングをお持ちで?

 これさぁ……直接言わないとダメ? そういう流れ?

 死ぬほど最悪なんだけど。


 ……離さないで。

 このまま、抱きしめていて。


「いいのか」


 いいとか悪いとかじゃなくてさ。


「なんだよ」


 ……いま顔見られるのは、無理すぎるもん。

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