はなさず わすれず おぼえていて

カエデネコ

はなさず わすれず おぼえていて

 君たちが大きくなっても、はなさないでほしいな。それができないなら、せめて忘れずに覚えていてほしいな。


 ガラスケースの中でボクはそう願う。


 ワイワイガヤガヤザワザワ。今日もボクの周りは賑やかだ。でも触れる人はいない。あの温かさをくれた人達もいない。


 どこへ行くにも一緒だった。


 朝も夜も一緒にいた。


 はなさないでいてくれたんだ。


 かなり昔のことだけど。


「だいすきよ!ずっとはなさないから!」


 そう言って、生まれたてのボクをギュッと抱きしめたのは可愛らしいあどけない王女と呼ばれる女の子だった。


「ベス王女、気に入ったみたいだな」


「とても嬉しそう!良かったわね」


 優しい両親とベス王女の温かな雰囲気の中、若い男が話しかけた。


「我々、テディベア職人も王女様にお喜び頂け、光栄な気持ちです」


「ありがとう。さすが我が国のテディベア職人はレベルが高い。君も若いのに、凄腕だと聞いていた」


「こんな愛らしいテディベアなら、大人も欲しくなりますわ。ベス王女が気に入るのもわかります」


 褒められて顔を赤らめている。ボクを丁寧に作り上げでくれたご主人様は少しだけ名残り惜しそうにボクを一度だけみて、去って行った。ご主人様とはそれ以来会っていない。


 その代わり、ベス王女はとてもボクを大切に大切にしてくれた。ずっとはなさないでいた。寝るときも同じベッド、食事は隣に小さな椅子を置いてくれた。


 でもいつしか、ボクはお留守番することが多くなっていった。そして時々、ベス王女の話し相手になる。


「可愛いテディ。わたくしのたいせつなテディの証にエメラルドのネックレスをつけてあげるわね。もちろん!リボンもよ」


「ほんとうの友だちがいないの。わたくしに笑いかけてくれるけど、それは王女だからよ。でもあなたがいるから寂しくないわ」

 

「ねえ!聞いて!すごく運命的なことがあったの!パーティーで素敵な人をみつけちゃった!」


「……わたくしには決められたお相手がいるんですって。今度お会いするの」


「将来、わたくしは女王になるかもしれないんですって、できるかしら?」


 そうやってどんどん王女は成長していって、ボクはとうとう暗い部屋の中の棚にしまわれたままになった。


 寂しいな……。はなさいでいてくれた幼い頃を思い出す。シンとした静けさと共にボクは静かに眠りについた。


 ある日のことだった。


「お母様のお気に入りだったテディベア?可愛い!」


 ベス王女によく似た女の子が棚を開けた。そしてボクを抱きかかえたんだ。嬉しくってボクは飛び起きた!


 どうやらベス王女の娘らしいことがわかった。また愛される日々が始まってボクは幸せで幸せで……だけどまた終わる日が来てしまった。


 こんな寂しい気持ちになるなら、起きたくないよ。おやすみなさい……もう目が覚めませんようにと眠りについた。


 次に目が開いた時はガラスケースの中だった。


「へー!これがエリザベス女王とその娘、2代に渡って愛されたテディベアかー!」


「可愛いけど、高級そうね」


「見て!首につけてるの本物の宝石よ」


 ここ、どこだろう?


 たくさんの人がボクを見ている。見世物?ボク、見世物になったの?


 最初はあまりいい気分じゃなかった。でもそのうち、そんなに悪くなくなってきた。


 なぜなら、毎回、テディベアの展覧会に来てくれる人がある時、急に話しかけてきたんだ。


「やあ。テディ。元気にしてた?」


 優しそうな若い男の人だった。


「信じてくれるかわからないけど、僕は君を作った職人だった。もちろん人間には寿命がある。今じゃなくて前世のことだよ」


 前世!?ボクのご主人様!?


「あの後もずっと愛されていたんだね。良かった。でも今はそこにいて寂しくない?僕の力じゃどうにもならないけど、それでも見守ってるよ。大事なテディ」


 ボクに泣く機能があったら、きっと泣いていた。覚えていてくれる人がいた。こんなに長い長い時を超えても。


「また来るよ。また会おう。君のこと、大事にしていたエリザベス女王も王女も今はいないけど、とても愛していたんだよ。僕も絶対に忘れないよ」


 ……ボクは世界一、幸せなテディベアだ。


 大事な大事なテディベアを持っている人達にボクからお願いがある。


 君たちが大きくなっても、はなさないでほしいな。それができないなら、せめて忘れずに覚えていてほしいな。


 ――はなさず わすれず おぼえていて。

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