出会い頭の幽霊(KAC20245用)~幽霊の見える公理智樹

Tempp @ぷかぷか

第1話 はなさないで

 公理智樹こうりともきはその日も幽霊に絡まれていた。

「おにいさん、はなさないで、はなさないでね、ぜったい」

「わかったってば。それで結局迷子なの?」

 智樹の手を引っ張る言葉の拙い幽霊は、3歳くらいで背中に羽飾りがついた白っぽいワンピースを着ている。とはいえ半透明な幽霊だったので、気持ち手と手を重ねている、という状態だ。智樹の主観的にはゼリーに指を突っ込んでるような奇妙な気分だが、うっかりすると手を離すというよりは離れかねないその幽霊は智樹の周りをぐるぐる回り、うるさく騒ぎ立てる。まさにポルターガイストといった風情だ。

 智樹はため息を付いた。

 なにも絡まれたくて絡んでているのではない。この幽霊はさっきちょうど車に轢かれそうになっていて、智樹は生きてる子どもだと思って思わず飛び出したらすり抜けたのだ。その結果、智樹がクラクションを鳴らされるというはた迷惑な事態で終了した。もとよりなるべく幽霊に絡まれないように生きている智樹のこと、幽霊だと知っていたら助けようとはしなかったものだからつまらない気分である。

 それで助けたに時に手の端っこがくっついて、今の状態である。智樹としてはとっとと手を切りたかったがこれほど必死なものだから、どうにも無碍にしかねた。それに多分、この幽霊に干渉しようとしたのも智樹ぐらいだろうから、追い払うのも気がとがめた。智樹は中途半端に善人なのだ。

「まいごじゃないもん」

「そっか。それで道端で何してたのさ」

「あくのそしきとたたかうんだよ」

「悪の組織?」

「ばーんってするの」

 智樹は一瞬混乱したが、おそらく車に轢かれて死んだのだろうと解釈した。小さい子供のことだ、何が起こったか理解していないのだろう。死んだことを悲観して地縛霊なんかになるよりは、その妙に前向きな姿勢はいいのかもしれないと気を取り直す。

 けれども智樹にとって、現在は子どもとはいえ霊に取りつかれている状態だ。しかもひたすら智樹に話しかけているところを他の幽霊に見られれば、智樹が幽霊と話せると考えた幽霊がよってきて雪だるま式に増えていく可能性すらある。それはゴメンだ。

 なので目下、智樹の目標はこの幽霊をなんとかすることだ。幽霊は未練を解消すれば成仏するかも知れないことを智樹は経験則で知っていた。


「あのさ、なんかしたいことない?」

「あくのそしきとたたかうの」

「そっか」

 やはり途方にくれた。まさか車を壊して回るわけにはいかない。

「でも悪の組織っていっぱいあるでしょ?」

「そうなんだよ! いっぱい!」

 子どもはこの世の終わりのように天を仰ぐ。智樹は妙に演劇感があると思った。そもそも商工会の打ち合わせに向かっていることを思い出す。この幽霊をそこまで連れて行きたくない。他の人の多くには見えたり聞こえたりはしなくとも、見えたり聞こえたりする人間にとっては迷惑だろう。今も幽霊はぎゃーぎゃーと騒いでいる。そして頭の中で幽霊と呼ぶのもしっくりこないなと思い返す。

「ねぇ、名前はなんていうの?」

「ひみつですー。いうわけないじゃん」

「ああそう……」

 仕方がないので智樹はその幽霊をちろちろと眺め、心のなかで天使くんと呼ぶことにした。幽霊でちょっと透けているのと服の背中の羽からだ。それにちょっと浮いてるし。

「とりあえず俺は仕事があってね。その、ついてこられると困るんだけど」

「なんで? ひょっとしておにいさんはあくのそしきのひと?」

 天使くんはじと目で智樹を見た。

「いや、そういうわけじゃないんだけど。仕事だし」

「だよね、いいひとっぽいもん」

 悪い人ではないと思うがいい人といわれるとよくわからないと智樹は自問自答する。そうして結局、悪の組織と戦う方法は思いつかなかった。


「ごめん、俺は悪い人じゃないと思うけど、悪の組織と戦おうとは思わない」

「えーなんでー」

「悪の組織の人にも事情があるかもしれないし」

「じじょうー?」

 そこまでいって智樹は怪獣や怪人の格好をしたちんどん屋さんがいることを思い出した。ちんどん屋さんというのは楽器を鳴らしながら宣伝目的で街を練り歩くことを職業とする人たちで、商工会のお祭りの賑やかしなんかでたまに呼ぶ。正式に言えば『やさしい怪人協会』というNPO法人だ。そういえば今日の打ち合わせも春のまつりの打ち合わせで、怪人協会に依頼することを含めた最終決定をする予定だった。智樹はスマホを取り出す。

「あ、ボンジラーさんですか? 辻切南商工会の公理です」

「ああ、いつもお世話になっております」

「今度のお祭りに出演をお願いしたいんですけど、今ちょっと打ち合わせってできますか。頂いた見積もりと内容の件で」

 智樹は我ながらひどいこじつけだなと心が咎めた。

「ありがとうございます、いいですよ」

 ボンジラーは怪人協会の代表者で、多様なシャボン玉芸を披露する人気者である。いつ行ってもシャボン玉怪人の被り物をしている変な人だ。あのひとならきっと天使くんに乱暴されても気にしないだろうし、気づかれないだろうし。

 そう思って智樹が怪人協会にたどり着いたとき、予想外のことが起こった。

 天使くんはボンジラーに突進し、いきなり殴りかかった。

「いて、いて、何? 何かいるの?」

 智樹が驚いたことは天使くんがボンジラーに物理的に影響を及ぼしたことだ。

「このあくのかいじんめー!」

 同時にボンジラーは体中からシャボン玉を吹き出し始めた。智樹は経費を心配し始めた。

「やめて! やめて天使くん! このひとはいい怪人なんだから!」

「あっ。おにいさんぼくのことはなしちゃだめだっていったのに!」

 ボンジラーのシャボン玉は何故だか天使くんにあたればパチリと弾けて消えた。そこにボンジラーが手を伸ばせば、足を掴まれた天使くんはじたばたと暴れ始める。

「あれ? なんでさわれるの?」

「こいつか。もう逃さないぞ」

 智樹はそのセリフは怪人感があるなと想った。

「はなせーかいじんめー」

「こんなところにいたんですか」

 支離滅裂な状況に混乱を陥っていた智樹は協会の扉をバタンと開けて現れた天塚悟あまつかさとりにさらに混乱した。天塚は今どき吟遊詩人を名乗り、時折駅前などの路上で歌を歌っている。そしてボンジラーと同じく春まつりのオファーをしていた。そういえばこの人はいつも白いワンピースのような長衣に天使の羽を背負っていて、天使くんと似たような格好をしているなと思い至った。

「天塚さんはこの子のお知り合いですか?」

「ええ、ええ。飛び出していってしまい、ご迷惑をおかけしました。申し訳在りません」

 智樹はそういえばこのひとも悪を撲滅すると言ってよくゴミ拾いなんかしてたなと思い至った。

「はなしてーはなしてー」

「本日はこれで失礼いたします。お詫びは後ほどいたしますので、ご容赦ください」

 天塚はそう述べて頭を下げ、嵐のように立ち去った後にはシャボン玉だらけでべとべとした部屋が残った。

「公理さん、いったい何だったんでしょう」

「さぁ……天塚さんも変わった方ですから」

 そんなわけで智樹はボンジラーと適当に予算の打ち合わせをして、商工会議所に少し遅れて到着していた時には天塚が持参した菓子折りをみんなが食べていた。


Fin

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