彼女の髪は芋けんぴ

黒星★チーコ

彼女の髪は芋けんぴ

 ある日突然、俺の彼女の頭が芋けんぴになった。

 芋けんぴである。あの、さつまいもを揚げて糖蜜をからめた、美味しいお菓子である。


 彼女の美しかった黒いサラサラのストレートヘアーが、今は全方位、全宇宙に向かって伸びる角ばったストレートスティックに変わり、黄金のイガ栗のような頭になっているのだ。


 何を言ってるのかわからねーと思うが、俺だってわからねーよ。勿論、彼女だってどうしてこうなったかわから……


「いや、わかるけど」

「わかるのかよ!!」

「多分。昨日街で新製品のトリートメントの試供品を配ってたんだよね」


 彼女はがさごそとゴミ箱から使用済みのゴミを探し出した。四角い、開封されたアルミパウチ。どう見ても一回ぶんのシャンプーとかトリートメントが入ってるアレ。そのパッケージにはこう書いてある。


『貴方の好きな人を夢中にさせるトリートメント。彼に食べられちゃうカモ☆』


「夕べこのトリートメントを使ったら、朝にはこうなってたの。わかるでしょ……ね?」

「ね、っていや……確かに」


 芋けんぴは俺の大好物だ。確かに夢中になるし、食べたくなるけどキャッチコピーの意味が違くない!? ていうか、トリートメントで髪が彼氏の好きなものに変わるってどういう仕組みなの!?


「食べたく……ならない?」

「うっ」


 頬を染めた彼女にキラキラと期待に満ちた目で見つめられてドキリとする。それって、どっちの意味なんだろう。


「た、食べたい」

「じゃあどうぞ」


 俺の方に黄金のイガ栗頭を差し出す彼女。あっ、やっぱりそっちなんすね……。

 でもそのストレートスティックからはえもいわれぬ甘い香りがする。わぁお、これ絶対うまいやつ。手でぽきりと折るのもなんか無粋な気がして、そのまま一本の芋けんぴにダイレクトに口を寄せた。


 カリッ……もしゃもしゃモグモグ……。


「う、美味い!!!」

「ほんと!?」

「ホントだよ! カリカリとした歯応え、くどすぎない甘さ、口から鼻に抜ける芳醇な芋の香り……こんなに美味い芋けんぴは初めてだ!! もう一本食べていい?」

「何本でもどうぞ!」


 俺は夢中になって芋けんぴを食べた。その様子をうっとりと目を潤ませて見る彼女にもドキドキして、胸の辺りが苦しくなる。胸キュンてやつか……ってアレ?


「キュンが……下りてる?」


 キュンキュンしている箇所が胸から胃のあたり、更には下腹へとどんどん下に下がってきたのだ。そして


「うっ! ご、ごめん、ちょっとトイレ!」


 猛烈なキュン……ではなく、ギュンな腹痛に襲われた俺はトイレに駆け込み、そこから30分ほど出てこれなかった。


 冷静に考えたらそうだよな。いくら美味いからって彼女の髪を食うってどんな変態的かつ胃腸に悪い行為だよ。


 ヘロヘロになりながらトイレから出る。


「おかえりー」


 タオルで黒い髪を拭いている彼女が俺にそう言った。


「あれっ!? 髪の毛……元に戻ってる」

「なかなか帰ってこないからシャワー浴びてたの。そしたら元に戻っちゃった」

「ええっ」

「あ、ダメだった?」

「ダメじゃない……」


 俺は彼女を抱き寄せながら、ゴミ箱に捨てられたパウチを横目で見る。ああ、もう食べられないと知っていたならもう少しあの極上の芋けんぴを味わっておくのだった。たとえ腹がキュンどころかギュン越えてギュウウウウウンになったとしても。


 ま、いいか。別の意味で食べよ。

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