第3話 放さないで
あの事件からおよそ一年半後。新学期が始まり私は高校三年生になった。それでも受験生という特殊な立ち位置に置かれる実感はまだなかった。私はようやくマズゴミに追いかけ回されなくなり、世間の関心も急速に衰えて行った。
入学式の次の日。校舎の裏。四人の女子がいた。
「先輩。お話があります」
私は入学したての女子生徒に呼び出されていた。彼女はユリス エプロ アーテナーというギリシャから来た金髪碧眼の美人留学生だった。
「一年生が、入学早々三年生を校舎裏に呼び出すなんて、どうかしてるわよ?」
私はギリシャから来た非常識な金髪の一年生に悪態をつく。
「シズカさん。どうか、この子の話を聞いてあげてください」
ユウコちゃんは私に懇願した。ハッキリ言って、ヨウヘイの妹であるユウコちゃんがいなければ、コイツを張り倒していたかも知れなかった。噂によれば、ギリシャのお貴族様らしいが、そもそもこの世に至っては貴族なぞただの歴史が古いお金持ちに過ぎないのだから。
「シズカ」
お貴族様は私を呼び捨てにした。
「なによ!お貴族様は、礼儀作法も知らないの‼“先輩”くらいつけなさいよ‼」
私は、イライラしていた。
「そうか。すまん。俺は、フジムラヨウヘイの行方を知っている」
「なっ⁉」
私は全身の毛が逆立ちそうになるくらい心底驚いた。
「…なんで、そんな事を知っているの?」
私はお貴族様に質問する。
「何でって、俺だからだよ」
声は明らかに別人なのだが、話し方はヨウヘイにそっくりだった。いや、そのままかも……。
「ゆ、ユウコちゃん⁉」
私は驚いてユウコちゃんの顔を見る。
「ユリスちゃんは、間違いなく、お兄ちゃんです」
ユウコちゃんは真顔で言い切った。その自信…いや、その根拠はどこにあるのだろうか?
「そ、それだけでは信じられないわ」
私がそう言うとお貴族様は私に近づき、ある事を耳打ちした。
「//////」
私は思わず赤面した。
「どうだ?」
「ばかっ//////」
「それ以外にも…」
「もうっ!もう、いいわよっ//////」
何で、そんな事を…。
「そうか」
お貴族様は表情を変えず私に背中を向けてユウコちゃんの所に行こうとした。
「ヨウヘイ…」
思わず私はお貴族様の背中に抱きついた。
「身体は参考にならんぞ?完全に女性の身体だからな」
「そうじゃない」
「どうした?」
「もう、放さないで…」
「その事なんだが…」
異世界からユリスとして戻って来たヨウヘイはこの世界に三年二か月と32時間しかいられないと聞かされる。
「そんなぁ…」
私は絶句する。
「よしよし」
ユリスになったヨウヘイは私を抱き寄せて慰めてくれた。
ユリスとなったヨウヘイは、名前や顔すら思い出したくもないヤツが、魔王として復活するのを防ぐ為に現代日本に戻って来たのだった。ユリスの従者である黒髪美少女の彼女はリューネと言って、戦国日本にルーツがあるという。
「ねえ。ユリス。今はどこに住んでいるの?」
さすがにヨウヘイの家には住んでいないと思ったからだ。
「学校の近くの空き地を借りて一軒家を建てている。従魔も連れてきたからね」
「従魔?」
家の事も気になったが、私は“従魔”という単語に興味を持った。
「見た目は普通の動物なんだけど、魔法を使う事ができるし、人の言葉を理解し話す事ができる。そして人間と主従契約を結んでいるってところかな」
「ふうん…」
私は、質問した割にはあんまりときめきを感じなかった。
「あれ?シズカは動物が好きじゃなかった?」
ユリスは意外に思った。
「ふ、普通の動物ならね…」
私は表情を引きつらせながら答える。さすがに人の言葉を話す動物って何だろうと思う。ちょっと、想像できない。
「え~?ペレキス。カワイイよぉ?」
「ロキだってカワイイよ?」
えっ?えっ?何だかブーたれてる二人の圧が凄いんだけど?思わず私はユウコちゃんの顔を見る。
「わ、私に振らないで…」
ユウコちゃんは困惑している。ペレキスはユニコーンで、ロキはフェンリルの子孫なのだそうだ。見た目は白馬とおおきな狼との事だったが…。従魔は、実際に会ってみれば分かるとユリスとリューネから圧力を受けてしまったので、ユウコちゃんの勧めもあってユリスの家に行く事にした。どんな家かも気になるし…。それにしてもいつ建てたのか見当もつかない。
ユリスの案内でユリスの家に行く。学校から近く、確かに広い空き地だった場所には、異世界ファンタジーっぽい木造の家がドーンと建っていた。それにしてもいつ建てのだろう。今年は初めて通ったけれど…。去年までは確かに空き地だった。ユウコちゃんも一緒に来ているが、特に目立った反応を示していない。
「ここだよ」
「おう!主!遅かったな!さっき、猟友会の人が来て、害獣駆除をしたからって獲物を大量に置いて行ってくれたぞ!」
「ユリス殿。腹減ったぞ!早く飯にしてくれ!」
涎を垂らした白馬とデカすぎる狼が待ちきれない様子でユリスとリューネの帰りを待っていた。それにしても放し飼いにして大丈夫なの?
「よしよし。すぐにさばいてあげるね」
ユリスは二匹の従魔に懐かれている。
「なんか、思ってたのと違う……」
私はドン引きするしかなかった。
「さあ、どうぞ」
「おじゃまします」
「適当に座ってて」
ユリスの家の中は異世界ファンタジーっぽい造りで、家の造りをはじめ、家具や調度品は高級品というより手作り感が凄い。貴族っぽい感じは全くと言っていい程見受けられない。
「ユウコちゃんはここに来たのは初めてなの?」
「いいえ。入学前に何度か」
「そう…」
だから普通にしてたのか。それにしても、そんな前から知り合ってたの?色々心の中で疑問が湧く。
「お茶とお菓子をどうぞ」
リューネが紅茶とクッキーを持って来た。ティーセットは高そうだなぁ。
「ありがとう」
早速、紅茶を一口、口に含む。
「おいしい!」
「クッキーもどうぞ」
リューネは微笑みながらクッキーも勧める。クッキーも美味しい。ユウコちゃんは美味しそうにモグモグ食べている。
「ユリスは?」
「猟友会から払い下げてもらった鹿や猪などの解体処理をしています。急いで血抜きをしないと鮮度が落ちてしまうので」
「はぁ…ユリスとおしゃべりしたいなぁ」
「申し訳ない。私はそういう事は苦手なので」
「リューネちゃんはメシマズ勢なので」
ユウコちゃんが教えてくれた。あんまりそういう感じはしないけれど。
「でも、紅茶とクッキーは美味しいよ?」
「紅茶はお湯を入れるだけですし、クッキーはユリスが作ったので」
リューネはとてもすまなそうにしている。
「ところで、リューネちゃんは戦国時代に関係してるって聞いたけど、現代日本の感想はどぉ?」
「はい。母がこの世界の日本に当てはめると戦国時代の人だという事であって、私にとっては、得物…火縄銃程度しか直接の関係がないんですよね。私自身は、ユーロリア大陸の北部大陸で生まれ育ったので」
「ふうん」
さすがに異世界の事はちっともわからない。
「ギリシャでもそうですが、この世界は魔法や神の力などがない分、とても科学文明が発達していますね。それなりに利便性があります」
「そうね…」
「ですが、その分の弊害や代償も大きいと感じています」
「まあ、そうね…」
恐らく環境問題の事を言っているんだろう。
「リューネちゃんは日本語とても上手なんですよ」
ユウコちゃんは話題を変える。確かに会話に関してはその辺の日本人と違和感はない。見た目は思いっ切り西洋人なのにね。ユリスもそうだけど。
「母から教わった日本語とは大分かけ離れている部分がありますが、そのところはユリスから教わったので問題ありません」
「確かに、文字や言葉は明治時代や、昭和での戦争が終わって、変えられている部分やローマ字みたいに新しく作られた文字があるからね。私なんか戦前の文章とか江戸時代の文章とかは読めないもの」
「なるほど。ユリスも同じ事を言っていました。言い回しも違いますし」
「今の日本の生活環境とかは大丈夫?」
「はい。大丈夫です。ユリスに全部教わりました」
「そう…」
そんなこんなでたわいないおしゃべりをしているとなんだか美味しそうな匂いがして来た。やがて、セーラー服にエプロン姿のユリスが顔を出す。
「シズカ。晩飯食べて行くだろう?」
「えっ?」
「ユリスちゃんのご飯は美味しいよ」
「ユウコちゃん…」
「ユリスの料理は絶品です」
「うん…」
みんなの圧が凄い…。
「ユウコ。シズカの家に連絡入れといてやってくれ」
「はーい」
ユウコちゃんはスマホを取り出して、チャットで私の家に連絡を入れている。うちの親は娘の私よりユウコちゃんの方が信用度が高い。どうしてだよ?
「オーケーだって」
「ありがと」
私はヤケクソ気味にお礼をユウコちゃんに言った。
夕食はシチューだった。
「本当においしい」
「だろ」
ユリスはニコニコしている。ヨウヘイの手料理を食べるのは初めてだったが、いつもヨウヘイが作った料理を食べていたユウコちゃんが言うのだからそうなんだろうとは思う。リューネやユウコちゃんも黙々と食べている。ペレキスとロキはシチューの他に大きな器に山のように盛られた肉料理をガツガツモリモリ食べてなお、お代わりをしている。それにしてもユニコーンって普通にお肉を食べるのね…。
帰りはユウコちゃんのお父さんが車で迎えに来てくれた。
「気を付けてな」
ユリスは表に出て見送ってくれた。
「シズカちゃん。驚いたかい?」
車の中でユウコちゃんのお父さんに話しかけられる。
「あ、はい…」
「まあ、無理もない。どう見ても外国のお嬢さんにしか見えないからね」
「はぁ…」
確かにそうだけれど。どう反応すればいいのか分からない。
「シズカさんは、どうやってユリスちゃんの事をお兄ちゃんだと思った?」
ユウコちゃんは、私にとても重要な質問した。
「話し方かな。後は私とヨウヘイしか知らない事を知っていたから。とてもコピーしたとか、聞き出した情報を喋ったり演技しているようには思えなかった」
私は感じ取った事をそのまま話した。
「そうか。うちは、身長が変わっていない事かな?」
ユウコちゃんのお父さんはそう言った。ユウコちゃんも頷いている。
「確かに、言われてみればそんな気がする」
私は妙に納得した。身長はヨウヘイより私の方が高い事もあるが。
「ユリスちゃんには言っていないが、うちに来た時、髪の毛をそっと回収してDNA鑑定をしてもらった。ツテを頼ってね」
「えっ⁉」
私は一瞬たじろぐ。
「安心して。私のお兄ちゃんだと科学的に判明したから」
ユウコちゃんが嬉しそうに言った。
「ほ、本当ですか⁉」
私は驚きを隠せない。
「ああ。本当だ。家に帰る前に、うちに寄りなさい。証明書を見せてあげよう」
「は、はい…」
私の心臓は高鳴った。
「こんばんは」
「こんばんは。シズカちゃんいらっしゃい」
夜遅くにもかかわらずユウコちゃんのお母さんが迎えてくれる。ユウコちゃんがメールで連絡を入れていたようだ。私はフジムラ家におじゃまして証明書を見せてもらった。
「97.6%」
100%ではないのか。男性から女性になったのだからなのか。
「この数字は、ほぼ本人と断定されるに値するそうだよ」
「はぁ…」
何と言えばいいのか。喜んでいい筈なのに、何故かそういう雰囲気ではなかった。
「あの子…ユリスちゃん…うちでご飯食べた時、懐かしい味がするって言ったのよ。覚えがある味だって…うぅ……あの女の子は間違いなくヨウヘイなのよっ!…ウッウッ……」
ユウコちゃんのお母さんは泣き崩れてしまった。
「シズカちゃん。家に送ろう…」
「はい。ありがとうございます。おじゃましました」
私はいたたまれない気持ちでフジムラ家を後にした。
私は再び、ユウコちゃんのお父さんが運転する車に乗っていた。
「シズカちゃん」
「はい」
「ヨウヘイは、公には死んだ事になっている。…いや。殺された事になっているんだ」
「はい…そうですね……」
「この点は、くれぐれもよろしく頼むよ」
「はい。分かっています…」
「うん…ありがとう……」
ユウコちゃんのお父さんは涙を流していた。
「ただいまぁ」
私はやっと自分の部屋に帰って来た。
「疲れた」
制服を脱ぎ、部屋着に着替える。着替えを持ってお風呂に行く。
部屋に戻り明日の準備をする。といっても授業はなく、身体測定と健康診断だけだ。体育着上下を忘れなければどうって事はない。正式な授業は明後日からだ。
私はようやくベッドに入って寝る。眠れるかと思っていたが、かなり疲れていたのかすぐに寝落ちしてしまった。
今日は身体測定と健康診断の日である。生徒は体育着に着替えて身体測定と健康診断を受ける。どちらが先かは生徒の判断に任せられている。私は健康診断を先に済ませる事にする。
「おはよう。シズカ」
順番を待っていると、私は体育着姿のユリスに声をかけられた。体育着の裾はしっかりブルマーの中に入れている。まあ、そういう決まりだからね。私はちょっと恥ずかしいから少しだけ出しているけれど。ちなみに一年生は青色が学年色だ。ブルマーの白いサイドラインが二本あるのは共通したデザインだ。三年生の私はエンジで、二年生は緑である。
「もう。あれ程“先輩”を付けろと言ったのに!」
私はユリスに文句を言う。
「せ・ん・ぱ・い!」
ユリスはふざけて先輩という単語を後から時間差でくっつけた。
「ムッかぁ!」
私はユリスに遊ばれて腹を立てる。見た目はユリスでも精神の中身はヨウヘイだから始末が悪い。後でリューネちゃんが口元を抑えて苦笑いをしている。
「この列は健康診断の列?」
ユリスは私に質問する。
「そうだよ」
「じゃあ、並んで待たせてもらおう」
「はい」
「うへぇ」
私は嫌がったがユリスは平気な顔をしている。ヨウヘイにもそういうところはあったから、この娘は、本当にヨウヘイなんだなぁと思った。それにしても着やせするのか私より大きい胸はあまり目立たない。リューネもそうだ。それにしても、二人とも見た目は西洋人なのにブルマー姿に違和感がない。中身はヨウヘイだけど、本当に女の子になっちゃったんだなぁと思う。ブルマーの前部分も普通に女の子の形だし。
「ねぇ」
「なんだ?」
「ヨウヘイモードで話すのは、もうやめた方がいいんじゃない?」
「あっ、そうか…」
ユリスはハッとする。
「シズカ様、ユリス。前が空いておりまする」
リューネちゃんに言われて私とユリスは慌てて前を詰める。
健康診断の次は身体測定だ。女子にとってはヒミツの数字が飛び交う。
「158」
「全然変わっていない…」
ユリスは愚痴をこぼす。
「170」
「そんなもんか」
リューネちゃんは平然としている。
「165」
私は背が伸びている。2センチだけど。
「いいなぁ…」
ユリスは羨ましがっている。
次は胸囲だ。
「92」
「フフン」
ユリスはドヤっている。
「93」
リューネちゃんの方が大きいのか。
「81」
日本人では大きい方じゃないスか?
次は恐怖の体重。
「43」
これ以上さすがに見せられません。話せません。
ユリスの体重は私より軽い。胸が大きくても、あれだけスレンダーでは致し方なし。何故か私は敗北感を味わう。ユリスは後から合流したユウコちゃんと話が盛り上がっている。血を分けた兄弟だしねぇ…。
それから約三年後。
「ギリシャの火を浴びて滅せられよ‼」
ユリスは加護の火の機能とオリーブの油を組み合わせて角槍から“ギリシャの火”を放つ。水をかけても消火はできず、その火が消える時、すなわち、全てが焼き尽くされて灰すら消滅した時だった。
ゴオオオッ‼
「グアアアっ⁉」
塵状となった魔王の残滓は風に乗って逃亡を図ろうとするが、ユリスが放った火焔攻撃で焼かれて灰すら残らずに消滅させられてしまった。
「悪魔は燃やすに限る」
ユリスは目的をどうにか果たす事ができた。
「ギリギリだったな…」
ユリスは、はぁはぁ肩で息をしながら呟いた。
「これで、ようやく決着がついたか…」
約三年越しの因縁はここで決着がついた。
再び別れの時が来た。転移術の冷却期間が過ぎれば再び現代世界に戻れるという。
「なあ、シズカ」
「なあに?」
「ユリスというよりヨウヘイとして言うんだが、…私は不老不死の少女の身になってしまったが、シズカは結婚して幸せになっていいんだぞ」
「ヨウヘイ…」
「昔みたいな恋人関係には戻れんが、俺はシズカとのつながりまでは放さんぞ」
「うん…♡」
「これだけは、…これだけはどうしても面と向かってシズカに直接言い伝えたかった………。また会おう。アディオス!」
ユリスはギリシャに帰って行った。
完
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